勇者と山賊
山岳地帯に入って数日経った。
あれから白騎士には遭遇していない。まあ、死んでいなくてもそれなりにダメージは受けたはずだから、回復するまでは襲ってくることもないだろう。
この際、白騎士については気にしないことにしよう。また襲われても、撃退すればいいだけだし。
俺が戦争を生き延びて、国王の計画は失敗している。だから、何らかの次の手を打ってくることは十分にあり得ることなのだが、それは白騎士ではないだろう。いくら俺を最弱勇者と侮っていても、あの白騎士では暗殺には向かない。
まあ、白騎士を俺の方へ嗾けたのは国王一派なのは間違いないだろう。さては、問題ばかり起こす白騎士を扱いかねて、俺をだしにして追っ払ったのか。
さて、山岳地帯に入って変わったことが一つある。このあたりでは魔物が全く出ないのだ。
辺境でも近くに魔の森がない、比較的安全な場所はある。そういう場所に町や村を作るのだが、そういう場所にも魔の森から出てきたハグレな魔物が来ることはたまにある。
しかし、この辺りでは周囲の山に遮られて全くと言っていいほど魔物が現れないのだ。辺境でありながら、魔物に遭遇しない。そんな魔物の空白地帯がいくつかある。ミストレイク王国もその一つだ。
俺たちは、リセルを出立した後、立ち寄った町で短期で終わる討伐系の依頼があったら受けるようにしていた。厄介な魔物を倒すことも勇者の務めだそうで、色々問題のあった先代勇者が辺境では意外と人気が高いのも、経験値を求めて魔物を倒しまくったためらしい。
しかし、このあたりの町では冒険者ギルドに寄っても採取か護衛の依頼ばかりで魔物討伐の依頼はまずない。
魔物の脅威にさらされない安全な場所。だがそれは、必ずしも良いことばかりではない。まず、辺境の特産物である魔石や魔物由来の素材が取れない。魔物に荒らされないことを利用して、農業に精を出すにしても、山岳地帯では農業に適さない場所も多い。危険が少ない分、他国からの支援も少ない。
そして、魔物の代わりに現れる脅威もある。それは――
「命が惜しければ、金目のものを全部出しな!!」
俺たちは、十人ほどのガラの悪い男たちに囲まれていた。野盗、いや山道に入っているので山賊である。
辺境は総じて治安が悪い。街中ならばともかく、魔の森を突っ切る街道などでは犯罪の監視も不審者の取り締まりも行われない。
しかし、盗賊はいない。それはそうだろう。魔の森に潜伏して通りかかる旅人を待ち構えるような真似を続けていれば、いずれ魔物に襲われる。魔物を倒しながら魔の森に居座り続けらるならば、冒険者になった方がよほど儲かる。
そういう訳で、俺達はこれまで盗賊の類に遭遇することはなかった。魔物のいない山岳地帯に入るまでは。
「またぁ、これで何度目だっけ?」
「五回目ですな。山賊は今回が初めてですが。」
リリアとジョージがこそこそと話している。そう、盗賊に出会うのはこれが初めてではない。山岳地帯に入ってから結構な頻度で遭遇している。
この辺りは全体的に貧しいらしく、食い詰めて犯罪に走るものもそれなりにいるらしい。小さな村ならば村一丸となって助け合うので、貧しいわりに犯罪は少ないが、大きめの町だと食い詰めた犯罪者が集まって犯罪組織になるのだそうだ。
普段は町中に住んでいる、あるいは手下を町に潜ませている盗賊団が、町を出る旅人を物色して、手ごろな獲物とみれば、町から出て少ししたところで襲うというのが手口らしい。俺達は、少人数の見慣れぬ旅人ということで狙われやすかったようだ。
これまでの四回は町を出てしばらく進んだところで襲われた。山道で遭遇するのは今回が初めてだ。魔物がいないとはいえ、山中に拠点を持つのは大変らしい。
まあ、いずれにしてもたいして強い連中ではない。俺はアイテムボックスから木刀を取り出した。
「はっ、なんだそりゃ。木刀なんか出しやがって。そんなもんで俺達とやり合おうっていうのか。」
鼻で笑う山賊。だが、手下の一人が顔色を変えた。
「……男二人と女一人の三人組……アイテムボックス……木刀……、お、お頭、まずいです、あいつ、勇者です!!」
どうやら、俺たちの情報が回っていたようだ。
「ゆ、勇者だと。いや、それがどうした! こっちの方が人数は多いんだ! 勇者だろうが、魔王だろうが、いちいちびびっていたら俺達『峠の山賊団』の面子が……」
強がる山賊の頭が言い切る前にこちらは終わっていた。俺が『なゆた』で六人倒す間に、ジョージが鞘に納めたままの剣で一人打倒し、リリアも杖で一人の股間を強打……合掌。この程度の相手ならば、リリアでさえ魔法なしで倒せるのだ。
「あいにくと、山賊如きに手こずっていたら、勇者としての面目が立たないんでな。」
残るは、頭と情報通の部下の二名のみ。もちろん、即座に倒した。
「さて、こいつらをどうするか。」
山賊たちは縛り上げたうえで、回復魔法をかけて最低限動けるようにしてある。
今までは、町に近いところで襲撃されたので、そのまま町に戻って衛兵に引き渡したのだが、今回は町からだいぶ離れている。次の町へ行った方が早いが、それでも一時間以上かかるはずだ。これだけの人数をぞろぞろと連れ歩くのは少々面倒だ。ただ連れて行くだけではなく、妙な真似をしないか監視しなければならない。
「『勇者のアイテムボックス』に人間は入らないのですか?」
同じことを思ったのか、ジョージが聞いてくる。それができるなら、勇者部屋を介して人員の輸送も可能となるのだが、残念ながら無理だ。
「死体ならば入るぞ。」
「ヒッ!」
俺の言葉を聞いて山賊たちが青ざめる。いや、殺さないから。
確かにこの世界の常識として、盗賊はその場で殺して問題なし、無理して捕らえるよりも殺害推奨だし、俺も必要ならば殺すことをためらうつもりはない。しかし、面倒だから殺すというのは違うだろう。
なお、山岳地帯だけあって鉱山もあるらしく、犯罪奴隷の需要は結構あるらしい。捕まえた盗賊を生きたまま連れて行くと喜ばれる。
「正確に言うと、人や魔物をアイテムボックスに格納しようとしても、簡単にレジストされてしまうらしい。」
『勇者のアイテムボックス』はスキルの形で与えられているが、ベースとなるのは空間魔法の一種であるアイテムボックスの魔法であり、『勇者のアイテムボックス』もその魔法としての性質を受け継いでいる。
魔法なので、相手のREGが高くて自分のINTが低いとレジストされる場合がある。特にアイテムボックスの魔法の場合、相手の抵抗を抑えて強引に格納するには相手のREG1に対してINTが100くらい要るのだそうだ。実質的に不可能だ。だから、アイテムボックスに格納できるのは、無生物か死体か、REGを持たない植物などに限られる。
「すると、気絶させるか、自ら受け入れれば、生きた人間でも格納できるのではないでしょうか?」
ジョージにしては鋭い意見だ。まあ、気絶して魔法への抵抗力を下げたくらいではアイテムボックスには入れられないが、魔法を自ら受け入れれば理論上は人間でもアイテムボックスに格納できる。REGが高いだけですべての魔法をはじいてしまうと、回復魔法や支援魔法の恩恵も受けられなくなってしまう。
「アイテムボックスに格納されることは相当な不快感を伴うらしく、反射的にレジストしてしまうらしい。それを我慢してアイテムボックスに入った人もいるが……出てきたときには精神に異常をきたしていたそうだ。」
過去の勇者にそういう例があったそうだ。絶体絶命の危機で、勇者本人はともかく同行者の命は絶望的、という状況で最後の賭けとしてアイテムボックスに避難させたらしい。その勇者はたいへん後悔し、後に「絶対に人をアイテムボックスに入れないように」と言い残している。
いずれにしても、『勇者のアイテムボックス』で生きている人を運ぶことはできない。
「ここは私に任せてもらえる?」
ここでリリアが口を挟んだ。何かいい案があるらしい、自信たっぷりだ。
「これで良し。そっちの二人だけ連れて行って、残りは後で回収してもらえばいいわ。」
リリアの足元には生首が八つ並んでいた。
悪人に人権無し。リリアは容赦無し。
土魔法の応用だろう。山賊たちは見る間に地面に埋まっていった。あれでは縄で縛られていなくても身動きができない。自力で脱出は不可能だろう。
生首にならなかった二人は、山賊の頭と情報通の部下だ。事情聴取ならばこの二人で事足りる。
「あの~。オレ、便所行きたいんですけど~。」
生首の一つが、恐る恐る声をかける。
「そこですれば?」
情けも無かった。
結局、山賊たちは十人纏めて次の町まで連れて行った。
山賊たちのためというより、後で回収しに来る衛兵に配慮した結果だ。いくら仕事でも、汚物まみれの山賊を連れて帰るのは嫌だろう。
山賊たちも観念したようで、おとなしく連れられて行った。
衛兵に引き渡された後、何故かほっとした表情の山賊たちが印象的だった。




