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最弱勇者は叛逆す  作者: 水無月 黒


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最弱の勇者

 翌日、俺たちは魔の森の入り口に来ていた。

 そう、昨日柄にもなく、本当の冒険云々と格好をつけたあの場所である。

 出発したばかりで何故舞戻っているのかといえば、もちろんヒュドラのことを報告するためだ。

 昨日はあの後、急いでカヤの町に引き返し、冒険者ギルドに駆け込んだ。

 魔物関連は冒険者ギルドの管轄になる。辺境の小国では余裕がないので、国に報告が行っても結局動くのは冒険者ギルドになるという。

 冒険者は魔物に関する異変、特に危険な魔物の出現を察知したら、速やかに冒険者ギルドに報告することが半ば義務になっているそうだ。

 出立前に立ち寄ったギルドでそう説明してくれた職員を捕まえてヒュドラの報告をしたが信じられない顔をされたのでヒュドラの頭を出して納得させたら後は大騒ぎになった。

 人を変えて何度か同じ話をさせられ、何故か成り行きで対策会議とやらにも出席した。

 何とか解放されたのはその日の夕方になってからだった。まだ日は出ていたが、色々と疲れたことと、そのまま出発すると魔の森で夜を迎えることになるので一泊することにした。冒険初心者としては、いきなり魔の森で野営は勘弁してほしい。

 ヒュドラ対策会議はいまだに難航しているらしい。魔の森の調査を行うことだけは決定しているが、最悪二体目のヒュドラに出くわすリスクを考えると、派遣できる人間がいない。俺たちのところにもオファーがあったが、勇者の任務を盾に丁寧にお断りした。ヒュドラを倒した実績を鑑みてのお願いだろうが、同じことをもう一度やれと言われても無理だ。次は絶対に死ぬ。

 そういうわけで、今朝は早々に町を出てきた。

 魔の森を俺たちは押し黙って進む。昨日の出来事を思い出して緊張する俺たちをよそに、森の中は平和だった。ヒュドラが徘徊していたせいか、他の魔物や動物の気配もない。

 やがて、何事もなくヒュドラと遭遇した地点を過ぎると、リリアとジョージの緊張が緩んだ。ヒュドラの脅威が去ったことを実感したのだろう。今まで押し黙っていた反動か、ジョージが妙に饒舌になっている。いや、まだ魔の森の中なのだから気を抜いてよいわけではないのだが。

 「しかし、あのヒュドラを倒した一撃はすざまじかったですなぁ。勇者殿はいつの間にあのような武技(アーツ)を習得したのですか?」

 剣士としては、やはりそこが気になるらしい。

 「……いや、あれは武技(アーツ)ではない。勇者召喚される前、元の世界で習い覚えた、武術の技だ。」

 俺はこの世界に召喚されるまでは、ごく平凡な高校生だった、と言いたいところだが、戦いに関しては完全な素人とは言えなかった。俺には少々武術の心得があった。

 と言っても、別に一子相伝の秘剣を受け継いだとか、最強の剣士を目指しているとか言った重い話ではない。単に近所に住んでいた爺さんが武芸の師範をしていただけだ。幼いころから遊びに行っているうちに気に入られ、いつの間にか内弟子のような扱いになっていた。

 戦国時代の剣豪、白川武末を開祖とし、世間一般では古流剣術と呼ばれるが実際には武芸百般何でもありの戦場で生き残るための技術。

 その名を『白川流』という。

 ヒュドラを屠った技は、終之太刀(ついのたち)『せつな』という。簡単に言うと、目にもとまらぬほどの速さで相手の懐へ飛び込み、その勢いの全てを剣に乗せて斬り伏せる、というかなり無茶な技だ。

 正直、この世界に来るまで、白川流がここまで実戦で役に立つとは思っていなかった。

 剣の技術もそうだが、今回最も役に立ったのは『常在戦場』の心構えだろう。

 江戸時代に入り世の中が平和になると、白川流の先人は一つの危惧を覚えたそうだ。

 どれほど優れた技術を持っていようとも、戦場を知らない若者は場の空気に飲まれて実力を発揮できずに死んでしまうのではないか、と。

 そこで白川流では、突然戦場に放り込まれても動じない心構えを作る方法の研究を始め、それは現代にいたるまで続いているのだという。

 それはいいのだが、唐突に「バンジージャンプに挑戦。」とか言い出すのはやめてほしいぞ、師匠!

 実際に、ヒュドラと遭遇した時に正確に技を繰り出せたのは、この心構えのおかげだろう。あれはかなり分の悪い賭けだったが、失敗しても死ぬだけで理不尽な特訓が待っているわけではない、と思えば気楽なものである。

 何故だろう、全く感謝の気持ちが湧いてこない。

 そんな俺の心情とは関係なく、ちょっぴりハイなジョージのお喋りは続く。

 「なるほど、別の世界の武技(アーツ)でしたか。しかし、あれほどの強さなのにどうして……」

 途中で失言に気付いたようで、ジョージの言葉が尻窄みになった。なので、続きは俺が言う。

 「どうして『最弱勇者』などと呼ばれるのか、か? それはもちろんステータスが低かったからだ。」

 「この世界はゲームのようだ。」過去に召喚された勇者がそう語ったそうだ。俺も同感だ。

 この世界では、レベルがあり、スキルがあり、能力を数値化したパラメーターがある。特別なスキルかアイテムがあればそれらを確認することができる。

 召喚された直後の俺のステータスはこんな感じだった。

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 氏名 :篠原直行

 クラス:勇者

 年齢 :17歳

 レベル:1

 HP  :100/100

 MP  : 20/ 20

 ATK  : 10

 DEF  : 10

 AGI  : 15

 INT  : 5

 REG  : 10

 スキル:

 ・武器術系

  剣術、槍術、棒術、弓術、投擲術、拳術、体術

 ・魔法系

  光魔法、補助魔法

 ・その他

  鑑定、勇者のアイテムボックス、言語理解

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 RPGとかに馴染みのある人ならばほとんど説明不要だろう。

 勇者として召喚されると、クラスは『勇者』、スキルとして『言語理解』『勇者のアイテムボックス』は必ず得られる。またレベルは1から始まる。ここまでは全ての勇者共通だそうだ。

 パラメーターは、HPは体力とか生命力に相当するもので、ダメージを受ければ減り、0になれば死ぬ。

 MPは魔法を使用すると減り、なくなれば魔法が使えなくなる。

 ATKとDEFは物理的な攻撃力と防御力。

 AGIは俊敏性。足の速さではなく、反射神経の速さにかかわる値らしい。

 INTとREGは魔法に対するATKとDEFに相当するらしい。ただ、攻撃魔法以外の魔法もあるため、使用した魔法の効果の高さと、受けた魔法に対する抵抗力と言うのが正確なところらしい。

 なお、INTの値と頭の良さには関係がないそうだ(重要)。

 この数値をどう見るかだが、この世界のクラスを持たない一般人がレベル1の場合、HP/MPが100程度、他の項目は10程度が平均だそうだ。つまり俺の能力は一般人並み、MPが低い分それ以下ということになる。

 因みに、クラスというのは職業や役割に対する適性のようなもので、そのクラスに対応した特定のパラメーターを上昇させたり、スキルを得たりする効果がある。ただし、勇者クラスは特殊で、人によってどの能力がどれだけ向上するか、何のスキルを得るかはまちまちだという。

 例えば、『最強勇者』と謳われた先代は、レベル1の時点でHP/MPが300、他の全項目が100あったそうだ。逆に数値が一般人以下の俺は『最弱勇者』というわけである。

 ならば、能力値が低い分、スキルで補っているのかというと、これもまた微妙なところだ。

 武器術系のスキル(拳術、体術もここに含まれる)がたくさんあって強そうに見えるかもしれないが、この世界では器用貧乏と呼ばれる。何故かと言うと、武器術系スキルは持っているだけでは意味がないからだ。

 例えば、剣術スキルを持っていなくても剣を持って戦うことはできる。そして幾度も剣を振り続けていると、武技(アーツ)を使えるようになる。武技(アーツ)というのはゲーム的な必殺技のことと思ってよい。武技(アーツ)を発動すると、体が半自動で動き、通常より数段威力の高い攻撃を繰り出すことができる。

 武器術系スキルを持っていると、対応する武器に関する武技(アーツ)の習得が格段に速くなる。しかし、いくらスキルを持っていても、より高威力で切り札となる上級の武技(アーツ)を習得するのはなかなかに困難だ。だから、「たくさんの武器を半端に使えるよりも、一つの武器を極めろ」と言われる。

 魔法系のスキルも似たようなもので、スキルがなくても正しい練習を続ければ魔法を習得できる。スキルがあれば魔法の習得が格段に速くなる。

 ただ、魔法の場合、相手によっては属性に対する相性があったり、魔法の系統毎にできることに違いがあるので複数習得しているものも多い。

 俺の持つ魔法スキルだが、補助魔法は味方の強化、敵への阻害、HPや状態異常の回復などを行う支援系の魔法。光魔法は極めると超強力な攻撃ができるらしいが、初級のうちは灯りを生み出したり簡単な浄化や治療ができる程度のものだ。

 俺はMPが少ないので上級の魔法を習得することはできないだろう。それ以前に魔法中心の戦闘自体無理だが。

 残りのスキル、『鑑定』は人や物や魔物の情報を確認できるレアスキル。『勇者のアイテムボックス』はアイテムを大きさや重さに関係なく持ち運びできる便利な魔法の強化版。『言語理解』はこの世界の言葉を理解できるようになる必須能力。

 いずれもすごく便利でレアな能力だが、直接戦闘で使用できるものではない。

 結局のところ、俺のステータスはどこからどう見ても強そうに見えない。自分でもそう思う。


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