スタンピード2
「今だ、ぶっ放せ!」
ギルバートの合図とともに複数の魔法が放たれ、ほぼ同時にゴブリンの群れに着弾した。
ゴブリン達は三百匹くらい集まった時点で隊列を組んで進軍を始めようとしたので、その出端を挫く形で魔法攻撃を仕掛けた。
使用したのは中級以上の範囲攻撃魔法で、数十匹のゴブリンがまとめて吹き飛んだ。
ゴブリンとの戦闘はこうして始まった。
今回迎撃に参加している冒険者は五十名ほど。魔法使いはその中の約十名。さらにその半数の五名が一斉に放ったのが初っ端の魔法攻撃だ。
あの攻撃を二十回くらい連発できれば、それだけでゴブリンの千匹くらい殲滅できる計算になるが、そこまでMPが持たない。MP回復薬も多めに持ってきているが、あれは連続して使用すると効果が落ちるらしいのだ。
それに、上級の魔法ともなると詠唱の時間も長くなる。相乗効果を狙って同時に着弾するようにタイミングを見計らい、着弾地点も厳選した一斉攻撃は開戦直後以外にはなかなかできないだろう。
そして、最初の魔法攻撃は数を減らすことよりも足止めと撹乱を主眼としたものだ。
何しろ、相手の数が多い。乱戦になれば、一流の冒険者ばかりなので簡単にやられはしないだろうが、取りこぼしがリセルの方へ行ってしまう。それでは意味がない。
だから、今回はひたすら足止めしつつ数を削っていく、長期戦を想定している。最初の攻撃に参加した魔法使いが半数だけなのもこのためだ。最初に攻撃した五名の魔法使いは休息に入り、MPの回復に努めている。代わりに残りの魔法使いがMP消費の少ない単体攻撃をピンポイントで放ち、ゴブリン集団の混乱を煽っている。
当然、足止め策は魔法攻撃以外にも仕込んである。ゴブリン達の進む先にはトラップを仕掛けてある。時間もなかったため質・量ともたいしたものではないが……と、ちょうど一匹引っかかったようだ。毒を塗った撒菱を踏んづけたゴブリンがひっくり返ってのたうち回っている。あれを見ればゴブリン共も慎重にならざるを得ないだろう。なお、冒険者達は鉄板入りの靴を履いているので転ばなければ問題ない。
そして、トラップゾーンを抜けてきたゴブリン達を待ち受けるのが、大きな溝だ。ゴブリンには飛び越せないほどの幅と、ゴブリンには簡単に抜け出せないだけの深さを持つ溝は、ゴブリンに対して空堀の役目を果たす。これが今回の本命。この溝は、今回の作戦で掘られたわけではなく、過去のスタンピーに際して作られたものを再利用しているそうだ。
その溝のこちら側には柵が設けられている。鉄の棒を組み合わせただけの柵は、ゴブリンにとっても大して苦労せずに乗り越えられるだろう。だが、溝から這い出し、柵を乗り越えようとしている中、ゴブリンは無防備な姿をさらすことになる。柵のこちら側で待ち構えている冒険者達は、一方的に斬り捨てることができるのだ。
今回の作成の肝は、ゴブリン達を溝のこちら側に侵入させないことにある。柵を乗り越えてこちら側まで入ってきたゴブリンは当然こちらを攻撃してくる。侵入してきたゴブリンの数が増えればその対応に時間がかかり、柵のところで食い止める戦力が減ることになる。結果として一定数以上のゴブリンの侵入を防ぐと加速度的に更なる侵入を許すこととなり、スタンピードを食い止めることができなくなるのだ。
だから、魔法攻撃で撹乱して前衛が対応できない数のゴブリンが来ないようにコントロールしながら、少しずつ数を減らしていくのだ。
前衛が防ぎきっているうちにゴブリンが戦意を失うところまで数を削りきる。それが勝利するための絶対条件であり、スタンピードを食い止める唯一の手段だ。
「今のところ、順調のようだな。」
ギルバートが全体の戦況を見渡しながらつぶやく。
戦闘を開始してから既に一時間程経ち、冒険者達は前衛も後衛も一回以上ローテーションしている。待機しているメンバーと交代する隙を突かれないように、練習も兼ねて最初のローテーションは短めに行っている。
ギルバートの言う通り足止めは順調で、柵を越えて侵入してきたゴブリンは一匹もいない。
だが、まだまだ序盤戦だ、現状で戦況を楽観視することはできない。
柵の手前の前衛と魔法による遠距離攻撃で着実にゴブリンを倒していっているのだが、見た感じ、ゴブリンの数は減っていない。むしろ増えている。森からは次々に追加のゴブリンがやって来るのに対して、こちらの倒すペースが追い付いていないのだ。
まあ、足止めを優先している以上仕方のないことではある。
今のところ、魔法攻撃とトラップが功を奏して、ゴブリンは警戒していて積極的に前に出てこない。そのため、主力である前衛はかなり余裕、というか暇している。
しかし、ゴブリンの力は数だ。集団の数が増えれば士気が上がり、好戦的になる。そこに的確な指揮系統が復活して一点集中で突っ込まれたら防ぎきることは難しくなるだろう。そうならないために攻撃魔法による撹乱を行っており、指揮するギルバートの腕の見せ所でもある。
数を頼むゴブリンの性質は厄介だが、今回の作戦自体そのゴブリンく性質を利用している面もある。それなりの長さがあるとはいえ、一本の溝で食い止められるのは、ゴブリンが別動隊を作って、溝を迂回して側面や背後から襲ってくることがないからだ。数を頼むゴブリンは、最も数の多い本体から離れて別動隊を作ろうとしない。狩りの時には普通に回り込んで包囲するのに、不思議なものだ。
さて、俺たち勇者バーティは、前衛・後衛のローテーションに組み込まれていない。上級魔法を使えるリリアは何かあった時に備えてMPを温存。俺とジョージは状況に応じて前衛の応援、ということで三人ともギルバートのそばにいる。
前衛が暇している今、俺とジョージの出番はない。暇なので、先ほどから俺は矢を射かけていた。白川流の弓術もそれほどやりこんでいたわけではないが、何とか普通に射た矢を武技として飛ばせるようにはなっていたので、実戦訓練にちょうどいい。
俺は、通常のゴブリンに混じって少数いる弓使い、魔法使い、それから指揮をしている個体を選んで射殺していった。敵の遠距離攻撃を早めに潰しておけばそれだけ前衛が安全になる。指揮している個体を叩けばゴブリンの組織的な行動を阻害することができる。
今回使用した弓は、長弓だ。長弓と言っても和弓よりも小さいのだが、武技として射ることで射程も威力もかなりのものだ。ゴブリン側の弓や魔法は射程が短いので、一方的な攻撃になっている。
「いや、本当に何でもありだなぁ。」
ギルバートが感心しているのだか呆れているのだかわからない声で言う。弓術の武技使いは冒険者よりも狩人に多いらしい。
迎撃チームの冒険者に弓使いがいなかったので、用意した弓矢はリセルに置いてくることになるところだったのだが、俺が弓を使えたことと、『勇者のアイテムボックス』に入れれば邪魔にならないことから、俺が頼んで持ってきたものだ。
他に使う人がいないこともあり、予備の矢はたくさんある。
しかし、これが冒険者の戦い方なのかと思う。
軍隊ならばそれなりの数の弓兵を用意するだろう。数で射れば矢によって面での攻撃もできる。俺一人だけでは狙撃に専念せざるを得ない。
柵の手前に張り付いている前衛にしてもそうだ。この状況ならば剣で斬るよりも槍で突く方が適している。しかし、前衛の冒険者のほとんどは剣で戦っている。
この世界では槍をメイン武器とする冒険者は少ないらしい。剣よりも間合いの長い槍は、懐に潜り込まれると対応し辛くなる。魔物の中には非常に素早かったり、隠れて不意打ちを仕掛けるものもいて、槍の間合いの内側に侵入してくるものも多いのだ。
槍術の武技には懐に潜り込まれた場合に使えるものがあまりないのに対して、剣術の武技は上級になれば間合いを伸ばすものもあることもあって、冒険者は剣と槍ならば剣を選ぶ傾向にあるという。
そして、軍隊ならばこの場合少数精鋭ではなく、数を揃えるだろう。相手は所詮ゴブリン、高ランクの冒険者も選りすぐりの精鋭も必要ない。普通の兵士に槍を持たせて、柵の手前に並べておけば、つっこくで来るだけのゴブリンの千匹くらい殲滅できる気がする。
冒険者にしても、ゴブリン相手ならばもう1ランク下げても十分戦力になる筈だ。Dランクは数がいるからこれを主力にして、高ランクの冒険者をそのフォローに回した方が効率がよさそうだ。
まあ、上位種が出てきたり、乱戦になった場合に犠牲者も増えそうだが。
そう考えると、ギルバートの思惑も見えてくる。彼はこの戦いで犠牲者を出さないことを優先しているのだろう。確かにここでゴブリン共を食い止められればそれに越したことはない。だが、失敗してもリセルに籠れば、少なくとも人が殺されることはない。だから、ギルバートは作戦が失敗しても全員生きて帰れるように少数精鋭にしたのではないか。
後から聞いたところ、ギルバートとしてはAランク、Bランクの冒険者を中心に、Cランクの中でも実力者を厳選して連れて行きたかったのだそうだ。ただ、リセルを拠点としていても、高ランクの冒険者は遠出することも多く、また魔族との戦争に多く取られていたこともあって十分に数が揃わなかったらしい。
戦いは長引いた。
朝から始まって、もう既に昼を過ぎている。前衛も魔法使いも何度か交代し、軽く食事もとっている。
こちらの損害は皆無で、未だに柵の内側への侵入は許していない。しかし、時間が過ぎると戦況は悪化していく。
足止め用のトラップは既に使い果たしているだろうし、深い溝もゴブリンの死体で埋まっていく。最初の大魔法による混乱もいつまでも続かない。
実際に、前衛はだいぶ忙しくなってきた。ジョージも何度か応援に出ている。俺は、弓による攻撃が予想以上に効果があったということで、相変わらず矢を射かけている。
また、盾を持ったゴブリンが前に出て、攻撃魔法から仲間を守るようになった。粗末な盾で、俺の矢や強めの魔法ならば簡単に貫けるが、弱い魔法で攪乱するといった手が使いにくくなった。
最初の時のように大魔法を一斉に叩き込めば再び混乱させることはできるだろうが、その後の魔法攻撃が薄くなるため、使うタイミングを考える必要がある。
「しかし、まるで退却する気配がねぇな。」
ギルバートが愚痴るが、これが最大の問題だ。これまでの戦闘で、既に三百匹はゴブリンを殺している。「軍隊の三割の兵士が死傷すれば、組織的な戦闘ができなくなり全滅」というのはゴブリンには当てはまらないとしても、目に見えて数が減れば士気が下がり、逃げ出そうとする奴が現れてもおかしくない。
「それに、ちっとも数が減った気がしねぇ。」
今朝、ゴブリンたちは、三百匹くらい集まったところで進軍を開始し、戦闘が始まった。その後も継続的に森から追加のゴブリンが現れて、今では最初の倍以上の数がいる。総計でそろそろ千匹近く出てきているはずだが、ゴブリンの増援が止まる様子がない。
「やっぱ、いるなぁ、キングが。」
うれしくない予想だった。




