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最弱勇者は叛逆す  作者: 水無月 黒


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朝の鍛錬2

 俺たちがリセルに立ち寄ったのは、目的地の途中にある都市だから。だが、それとは別に俺はこの都市で行っておきたいことがあった。

 それは、レベル上げと戦闘訓練だ。

 最初はここに来るまでに通過する魔の森で、戦闘経験を積もうと考えてした。辺境の入り口近辺には弱い魔物しかいないと聞いていたので。

 しかし、実際に辺境の町へやってきて、冒険者ギルドで情報を集めた結果、それは止めることにした。効率が悪すぎるからだ。

 辺境の入り口、リセルの手前の町までは、確かに弱い魔物しかいない(ヒュドラは例外中の例外)。しかし、それ以前に魔物と遭遇しない。特に街道ではよほど運が悪くない限り魔物に襲われることはないという話だ。

 魔物を探して魔の森の奥に入るくらいならば、リセルを拠点にした方が便利だ。近くに生息する魔物は質量ともに豊富で、どこにどんな魔物がいるかという情報もそろっている。経験豊かな冒険者も多いから何かあっても安心だし、講師役を引き受けてくれるものも見つかるだろう。

 そういうわけで、途中の町に長居せずに真直ぐにリセルまで来た。幸い、ギルバートは冒険者ギルドとして全面的な支援を約束してくれたし、模擬戦を観戦していた何人かのベテラン冒険者も協力を申し出てくれた。ギルバートはこれを狙って模擬戦を申し込んできたのか、それともただ戦ってみたかっただけなのか。なんとなく後者の気がする。

 その日はそのまま、ベテラン冒険者からの指導を受けることになった。まあ、俺は腕自慢の剣士から模擬戦を挑まれたりもしたが。

 リリアは魔法職の冒険者から可愛がられていた。魔法を覚えるまでに時間がかかるので、リリアの年でそれなりに魔法を使えるものは少ないらしい。さすがは王家の英才教育、と言ったところか。

 一番の問題はジョージだろう。近衛騎士団の平民団員は貴族団員とは別の問題を抱えている。簡単に言えば、負け癖がついているのだ。貴族団員の放つ武技(アーツ)を正面から受けて派手に吹っ飛ばされ、しかし器用に受け流してほぼノーダメージのまま負けたフリをする。この負ける演技だけは超一流だ。

 もちろん、そんな特技は負ければ終わる試合だから通用する手段であり、魔物相手にやったら死ぬ。と言うことを体に教え込むために念入りにボコボコにされていた。


 翌日の早朝、俺は再び冒険者ギルドの鍛錬場に来ていた。ギルドに隣接する、ほぼ冒険者専用の宿に宿泊しているので、体を動かしたければここに来るのが手っ取り早い。

 今日は日課の鍛錬の他にもう一つ試したいことがあった。ヒュドラを屠った技、終之太刀(ついのたち)『せつな』だ。レベルが上がってから、『せつな』だけはまだ試していなかった。

 白川流には、技の使いどころに対する分類がある。

 十分な体勢から余裕をもって繰り出す、一之太刀(いちのたち)

 相手の隙を確実にとらえ、致命傷を与えるための、二之太刀(にのたち)

 自分が不利な状況から間合いを取り仕切り直すための、三之太刀(さんのたち)

 この分類は、技の使いどころ、使い方に関するもので、技そのものの分類ではない。同じ技であっても、状況に応じて一之太刀として使ったり、二之太刀として使ったり、三之太刀として使ったりする。

 また、余裕のある状況で使用する一之太刀より一瞬の隙を的確につく必要のある二之太刀の方が難しいし、不利な状況で使用する三之太刀はもっと難しい、という具合に難易度に差がある。

 通常はこの三種類を駆使して戦うのだが、白川流にはこのほかにもう一つ分類がある。それが、終之太刀(ついのたち)

 終之太刀は簡単に言えば、奥の手とか必殺技のようなものだ。

 「(これ)が決まれば、相手が倒れてそれで終わり。決まらなければ、己が倒れてそれで終わり。」

 勝つにしろ負けるにしろ、出せば終わるから終之太刀(ついのたち)と呼ばれる。

 必殺技と言うと、どんな敵も倒す強力でかっこいい技と言うのが一般的なイメージだろう。しかし、白川流では終之太刀の地位は低い。ぶっちゃけ、白川流では終之太刀を使うことは恥ずかしいことと言ってよい。

 もっと言うと、白川流では習いたてで使い熟せていない技は全て終之太刀として扱われる。難易度的にも終之太刀は一之太刀の下と言う扱いだ。

 使用することにリスクがあるうちは終之太刀。100%失敗することなく繰り出せ、相手に対応されて不発に終わっても、その後のフォローがちゃんとできる。そこまでできて一之太刀として使用することが許される。これを白川流では『終之太刀を卒業する』と呼んでいる。

 実戦で終之太刀を使用する時というのは、他にもう打つ手がなく後は死を待つのみ、という後がない状況に限られる。ヒュドラ戦の時がそうだったように、一か八かの賭けになるのだ。

 さて、白川流の技は、終之太刀から始まり、一之太刀、二之太刀、三之太刀と成長していくわけだが、例外的に終之太刀専用扱いの技がある。それが『せつな』だ。一瞬で敵を斬り裂く『せつな』の場合、何かあった場合にフォローのしようがない。

 もっとも、『せつな』は開祖白川武末以外に今まで誰も使えなかったといういわくつきの技なので、終之太刀以前の問題なのだが。俺も、『せつな』を使えるようになったのは、この世界に来て、身体能力を向上させる補助魔法を覚えてからだ。

 終之太刀を戦いで使うつもりはない。しかし、いざという時の切り札になる以上、試しておく必要がある。

 俺は、試し切りの標的用に用意した杭を鍛錬場に打ち込む。一応、ギルバートには許可を取ってある。

 地面にしっかりと固定して標的から離れる。『せつな』の間合は二間半から三間。だいたい五メートル前後だ。標的を斬ってさらに同じだけ進んで止まる。『せつな』は一瞬で約十メートルを真直ぐに駆け抜ける。途中に障害物があっても避けることはできない。

 早朝の人がいない時間を選んだのは、人が多いとやりにくいからでもある。

 現在の観客は、リリアとギルバートの二名。ジョージは昨日ボコられた影響でまだ寝ている。怪我自体はギルドの治癒師に回復魔法をかけてもらって完治しているが、魔法による治療は本人の体力を消耗するのだそうだ。

 リセルの冒険者ギルドで『せつな』の試し斬りを行おうと思ったのは、治癒師が常駐していることも理由の一つだ。終之太刀、特に『せつな』は失敗した場合のリスクが高い。ちょっと想像してほしい。目にもとまらぬ超高速でずっこけたら、どれほど悲惨なことになるか。保険は必要だ。

 アイテムボックスから練習用の木剣を取り出して構える。そして、一瞬。それで終わり。『せつな』はある意味、すごく地味だ。

 「速すぎる! 全然見えなかった。しかも、木剣で斬りやがった!」

 ギルバートが興奮気味に叫ぶ。

 木の剣で木の杭を斬る。我ながら無茶なことをしていると思うが、開祖白川武末は木の棒で、鎧兜に身を固めた敵を手にした刀ごと切り裂いたと言われている。このくらいかわいいものである。

 「やっぱり凄いの? 速すぎて、私には何が起こっているのかも分からないのだけど。」

 「ああ、凄い。まずあの速さがヤバい。あれじゃぁ、避けようがない。その上、木剣であの切れ味だ、威力も申し分ない。範囲攻撃でない分派手さはないが、武技(アーツ)で言えば、上級クラスだ。」

 なるほど、分かりやすい。上級の武技(アーツ)は『せつな』並みに非常識、と。

 ともかく、『せつな』を含めて白川流が問題なく使用できることは確かめられた。これで、心おきなくレベルアップできる。


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