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最弱勇者は叛逆す  作者: 水無月 黒


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模擬戦

 辺境の旅を始めて六日目。俺たちは何事もなくリセルへ到着した。初日のヒュドラ騒ぎは置いておくとして。

 要塞都市リセル。四方を強固な防壁に囲まれたこの都市は、規模の大きい魔の森三つに囲まれた危険地帯に立地する。

 なぜこんな危ない場所に都市を作ったのかと言うと、第一に辺境諸国と中央の大国を結ぶ交通の要であること。第二に魔物は倒せれば資源になること。辺境の主要産業の一つが魔物由来の素材にある。

 だから、駆け出しからベテランまで多くの冒険者が集まるし、冒険者ギルドもこの近辺では一番大きい。

 リセルに着くと、俺たちはいつも通り冒険者ギルドに挨拶に立ち寄った。すると、

 「それじゃあ、勇者サマのお手並み拝見と行こうかぁ。」

こうなった。

 目の前の男は、冒険者ギルドリセル支部のギルドマスター。名前はギルバートといった。元Aランクの冒険者だそうだ。

 冒険者ギルドは勇者の支援組織であり、挨拶に立ち寄ればギルドマスターが出て来るのはいつものことだったが、いきなり模擬戦を申し込まれた。

 とはいえ、俺としても一流の冒険者の戦い方を知りたいと思っていたところだ。せっかくなので、受けることにした。

 今いる場所は、冒険者ギルドの鍛錬場。幾人かの冒険者が遠巻きに観戦している。

 さて、ふざけた態度と小馬鹿にしたようなにやけ顔はこちらを挑発しているのだろう。その目は探るように真剣に俺のことを見据えている。

 手にした大剣はだらりと下げられているが、その切っ先は地面についていない。油断しているのではなく、どこから打ち込んでも対応できる体勢だ。

 こちらの出方をうかがっているのだろう。先手を譲ってくれるというのならば、遠慮なく仕掛けるとしよう。

 ―― 一之太刀『兜割』

 真直ぐに振り下ろした剣を、ギルバートは大剣で受け止めると一瞬目を瞠った。

 おそらく、威力が予想以上で驚いたのだろう。この世界では、威力の高い攻撃は武技(アーツ)か魔法とほぼ決まっている。武技(アーツ)でもないのに威力の高い斬撃は珍しいのだろう。

 『兜割』はその名の通り、被った兜ごと頭をたたき斬る勢いで斬りつける力技。また、『一之太刀(いちのたち)』と言うのは技の使いどころに対する分類で、十分な体勢から余裕をもって繰り出す技を指す。その特徴は大きく力強く、基本に忠実。結果として、一之太刀として繰り出される『兜割』は武技(アーツ)に近い威力となる。

 だが、ギルバートもベテランの冒険者だ。慌てることなく俺の剣を受け流し、「ほぉ!」と感心したような声を上げる。『兜割』を受け流された俺が全く体勢を崩さなかったことに対するものだろう。

 一之太刀は一見すると強力な必殺技に見え、事実、まともに喰らえば必殺の威力がある。しかし、こちらが十分な体勢で仕掛ける場合、相手だって十分な体勢で待ち受けているものだ。だから、基本に忠実な一之太刀は、想定される相手の対応、受けきる、避けきる、受け流す、相打ち覚悟で反撃する等々、あらゆる状況を想定して対処できるように考えられている。この程度の受け流しで崩されることはない。

 そして、体勢が崩れていないということは、すぐさま次の動作に移れるということ。それを感心して見ているだけというのは単なる隙でしかない。隙は突くべし。

 ―― 二之太刀『遡斬り』

 相手の突き出した剣や腕に沿ってこちらの剣を走らせる『遡斬り(さかぎり)』は、基本的にカウンター専用の技だが、今回のようにぬるい受け流しに対しても使用できる。

 二之太刀(にのたち)は、体勢を崩したり、隙を見せた相手に対して致命傷を与えるために使用される技で、その特徴は、小さく、素早く、正確に、である。白川流では、この二之太刀を叩き込むことが相手を倒す攻撃の中心となる。

 まあ、開祖白川武末は一之太刀のみで敵をバシバシ倒してしまい、『二之太刀いらず』などと、何か別の流派と紛らわしい呼ばれ方をしたこともあるらしい。白川流がマイナーな一因だろう。

 ギルバートの大剣から腕の上に沿って流れた俺の剣は、そのまま吸い込まれるように首へ。届く直前にのけぞるようにして避けながら、慌てて引き戻された大剣の柄で弾かれた。大した反射神経だ。

 しかし、ギルバートはこれで完全に体勢を崩した。ならば、追撃あるのみ。

 ―― 二之太刀『落とし斬り』

 上に弾き飛ばされた剣を、引き戻す代わりに相手の頭上に落下させるようにして斬りつける。

「くっ!」

 この速攻にもしっかりと反応して大剣で防御するのはさすがだが、何分大勢が悪い。防御には成功するものの、大剣は俺の剣に弾かれて下へ。

 俺の剣も上に跳ね返るが、これはわざとだ。すなわち、

 ―― 二之太刀『落とし斬り』

「なっ!」

 防御した大剣は下へ、攻撃した剣は上へ。先ほどと全く同じ攻防が繰り返された。ギルバートの顔に焦りが浮かぶ。

 この『落とし斬り』という技は、白川流内ではちょっと特別な意味を持つ。師匠が弟子を諫めたり、おちょくったりするために多用してきたのがこの技なのだ。

 諫められるのはともかくとして、弟子としても黙っておちょくられてはいられない。当然対抗策を編み出す。すると師匠の側もさらにその対策を突破する技を作り出し、それを繰り返した結果『落とし斬り』は異様に洗練された技に成長したのである。

 現在白川流が、「開祖白川武末を超えた。」と自信をもって言える技の一つが、この『落とし斬り』なのだ。

 ―― 二之太刀『落とし斬り』

「ちょっと待てぃ!」

 待たない。今行っているは、通称『無限落とし斬り』。一度はまると簡単には抜け出せない。

 恐ろしかろう、鬱陶しかろう。白川流の入門者が皆通ってきた道である。

 ―― 二之太刀『落とし斬り』

 そしてまた、防御した大剣が下に弾かれ……ない。力の入らない体勢から不自然な動きで押し返してくる。これは、武技(アーツ)だ。

 強力な武技(アーツ)を力でねじ伏せるのは愚行、少なくとも今の俺にはそれを可能とするだけの力はない。

 大剣の太刀筋から身を躱すと、大剣ごとギルバートがすっ飛んで行った。

 これは、『チャージスラッシュ』。本来は、離れた位置から突っ込んで行って斬りつける技だが、それを間合いを取るために使用したのだ。

 さらに、武技(アーツ)の動作にアレンジを加えて、武技(アーツ)の終了時点でこちらに振り返ることまでやってのけている。

 だから、間に合った。

 ―― 一之太刀『兜割』

 後ろから追いかけつつ放った一撃は、大剣に受け止められた。いや、単なる防御ではない。これも武技(アーツ)だ。

 振り下ろされる大剣に押されるようにして間合いを取る。すぐに間合いを詰めようとして、踏みとどまる。次の武技(アーツ)が発動直前だった。

 『スライス』。体ごと回転しながら剣を水平に振り回す武技(アーツ)だ。腰の高さで振られる剣は上下に避けるのは難しい。素直に大剣の間合いの外に逃げるのが正解だ。

 振り回される大剣をやり過ごせば、無防備な背中がこちらに向くのだが、あえて踏み込まない。『スライス』には二週目がある。

 この世界には、武技アーツ連結コンボと呼ばれる技術がある。武技(アーツ)の終了間際に次の武技(アーツ)を発動させることで、武技(アーツ)終了後の硬直時間と、次の武技(アーツ)を発動する際の溜を飛ばし、武技(アーツ)の連続発動を行うという高等技術だ。

 中でも、『スライス』から『スライス』への連結コンボは最も簡単にできるもので、俗に『ダブルスライス』と呼ばれる。最初の『スライス』をやり過ごして迂闊に近づけば、より加速した二週目にバッサリと切られることになる。

 まあ、実際に二週目があるとは思っていないが。『ダブルスライス』は二週目も見送ってしまえばあとは隙だらけになる。対人で使うことはまずないだろう。ただ、今は模擬戦なので、そういう賭けに出る必要はない。

 予想通り、『スライス』は一周で終了したので、間合いを詰めたが、その後もギルバートは武技(アーツ)を連続してはなってきた。武技(アーツ)で畳みかけるつもりのようだ。

 それにしても、巧い。武技(アーツ)を使いこなすとはこういうことなのか。

 俺が今まで武技(アーツ)を使ってこなかった理由は三つある。

 第一に、武技(アーツ)を発動する前に溜が必要で、溜ている姿を見ればどんな武技(アーツ)を発動しようとしているかだいたい判ってしまうこと。

 第二に、武技(アーツ)の終了後は硬直時間があり、その間完全に無防備になってしまうこと。

 第三に、武技(アーツ)は半自動で体が動くので、相手の動きに合わせて変化されることが難しいこと。一応、アレンジといって動作を修正することができるのだが、許容範囲を超えてアレンジしようとすると武技(アーツ)が中断してしまう。

 ミストレイク王国近衛騎士団の解決方法は豪快だ。溜や硬直時間中に攻撃するのは卑怯者。格上の相手の放つ武技(アーツ)を格下の者は必ず受けなければならない。あれを見ていたから俺は余計に武技(アーツ)が使えなくなったと言ってよい。実戦では絶対に死ぬ。

 その点、ギルバートはしっかりと武技(アーツ)の問題に対応している。まず、純粋に溜や硬直時間が短い。初級の武技(アーツ)しか使っていないとはいえ、一瞬の溜で武技(アーツ)を放ってくる。硬直時間も一呼吸と言ったところ。

 武技(アーツ)に必要な溜や硬直時間は、その武技(アーツ)を習熟するほど短くなると言われている。ギルバートは相当実戦で使い込んでいるのだろう。

 また、武技(アーツ)のアレンジも相当なものだ。どこまで変更を加えても武技(アーツ)が成り立つか把握しているのだろう、かなり大胆なアレンジを加えてくる。そのうえ、アレンジの使いどころが巧いので、時々別の武技(アーツ)かと思うほど動作が変わることがある。

 そして何より、戦いの組み立てが巧い。攻撃を受けることのない『安全な時間』を作り出し、そこに溜や硬直時間を確実に入れてくる。俺も何とか武技(アーツ)を仕掛ける隙を潰そうとしているのだが、なかなかうまくいかない。それどころか、少しでも隙を見せれば中級の武技(アーツ)とか武技(アーツ)連結(コンボ)とか硬直時間の長い大技を狙ってきそうだ。

 今日はこの武技(アーツ)の使い方を見れただけで十分な収穫だ。

 俺は、次々と繰り出される武技(アーツ)を丁寧に捌きながら慎重に見極める。近衛騎士団で鍛えられた甲斐もあって、初級の武技(アーツ)ならば捌くのに不安はない。しかし、ギルバートも何か狙っている。

 ギルバートの動きが僅かに変わる。仕掛けて来る。おそらくは、武技(アーツ)連結(コンボ)によるラッシュ。ここだ!

 ―― 三之太刀『片手突き』

 『片手突き』は文字通り、剣を片手で持って突く技だ。片手にすることでリーチが伸びることと、可動範囲が広がることが特徴となる。

 三之太刀(さんのたち)は自身の体勢が崩れたり、不利な状況になった時に、一度距離を取って仕切り直すために使用する技。相手を攻撃するよりも相手の動きを阻害することを目的とし、無視して強引に攻められた場合には強烈な反撃を加える布石となっている場合が多い。

 今回行ったことは、『片手突き』を突く直前の状態で待ち構えただけだ。ポイントはその位置。今まさに武技(アーツ)を発動しようとしているギルバートがどう斬り込んで来ようと、カウンターで急所を一突きできる、そういう体勢で待ち構えているのである。

 ギルバートは慌てて発動しかけていた武技(アーツ)を強引に停止する。武技(アーツ)の勢いで突っ込んできてカウンターを喰らったら、確実に致命傷だ。たとえ刃を引いた練習用の剣でも、急所に突き込めば死ぬ。

 武技(アーツ)の強制停止で硬直しているギルバートを見つつ、俺は剣を下した。

 硬直の解けたギルバートも大剣を下すと、右手を差し出してきた。

 「いや、参った。武技(アーツ)もなしでここまで追い込まれるとは思わなかった。」

 最初の胡散臭いニヤケ顔が嘘のようなさわやかな笑顔だった。

 「俺の未熟な武技(アーツ)じゃ使っても役に立たないさ。今日は勉強になったよ。」

 俺は、差し出された手をしっかりと握り返した。


直行がギルバートを圧倒しているように見えるかもしれませんが、ギルバートが武技(アーツ)を使いだしてからは、直行は防戦一方です。

本気で殺し合いをしたら、この時点ではステータスの高さでギルバートが押し切った可能性が高いです。

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