勇者の旅立ち
初投稿です。よろしくお願いします。
「ここからが、本当の冒険といったところか……」
街道の続く先に広がる森を眺めて、小さく呟く。
俺の名前は篠原直行。二ヶ月ほど前にこの世界に勇者として召喚された。
この世界では、人類と魔族が長いこと戦争を続けている。
何でも、約千年前に魔族が突如として大攻勢を仕掛けてきたのだという。
その勢いは人類を滅ぼそうとするかの如く、実際にいくつもの国が滅びた。
その時、人類滅亡の危機を救ったのが、異世界から召喚された初代勇者である。
初代勇者が魔王を倒したことで魔族の軍は撤退し、人類は救われたわけだが、それは戦争の終結を意味しなかった。
大規模な戦闘こそなくなったが、小競り合いは断続的に続き、勇者の召喚が度々行われた。その結果、今俺がここにいる。
召喚されてから最初の一ヶ月は訓練とこの世界のことの勉強を行い、次の一ヶ月でいくつかの国を回って勇者のお披露目を行った。
そして、今は最前線である辺境諸国に向かっているところである。
辺境諸国は大陸の東部に広がり魔族の住む魔界に隣接している国々である。魔族との戦争では真っ先に戦場になるは当然として、魔界の魔物も出没する危険地帯である。
魔物は魔界からやってくるだけでなく、魔界を出て定住してしまったものもいる。魔界の外に定住した魔物の住処が、例えば目の前に広がる『魔の森』である。
辺境では魔の森のような場所はたくさんあり、避けて通ることはできない。つまり、これらかの旅は命の危険を伴う冒険になる。
物語ならば血沸き肉躍る冒険譚の始まりだが、現実は甘くない。それはよく分かっている。分かっているのだが。
これはあんまりだと思う。
魔の森に入り、街道沿いに十分ほど進んだところでそいつは現れた。
最初に出てきたのは四個の頭。続いて現れた細長い首も当然四本。しかし、その後にのっそりと現れた胴体は一体のみ。
そいつは、ヒュドラだった。
この世界では、複数の頭部と細長い首を持つ大蛇または大トカゲ型の魔物を総称して『ヒュドラ』と呼ぶ。
ヒュドラは『ドラゴンの眷族』と呼ばれることもある大物の魔物で、決してこなのような人里近い場所現れてよいものではない。この森から最寄りの町まで歩いて一時間も離れていないのだから。
ヒュドラはタフな魔物だ。さらに悪いことに、強力な再生能力を持っているので、少しずつダメージを与えていって倒すという戦法が使えない。
さすがにすべての首を切り落とせばそれ以上再生せずに死ぬのだが、一個でも頭が残っているうちは、切り落とした首さえも再生する。しかも切り落とされた頭一個元通りになるまでに一分とかからない。
幸い、切り口を火で焼けばそれ以上再生しなくなるので、ヒュドラを倒すならば、首を切って火で焼くということを全ての首に対して繰り返すことになる。
当然、ヒュドラも黙って首を落とされてくれるわけがない。だから、ヒュドラの討伐には、
・ヒュドラの攻撃を受け止められるだけの防具に身を固めた盾役二名
・ヒュドラの首を断てる上質な剣と腕を持った剣士一名
・火系統の魔法を扱える魔法使い一名
・ヒュドラの毒を解毒できる回復役一名もしくは回復薬と専用の解毒薬たくさん
これらが最低限必要になるといわれている。
翻って、現在の勇者パーティーのメンバーを確認すると、
・勇者一名(実戦経験なし)
・剣士一名
・魔法使い一名(ただし、火魔法は使えない)
以上。
各人の技量は置いておくとしても、必要最低限に足りていない。だから――
「ひ、姫様だけでもお逃げ下さい。ここは自分と勇者殿で抑えます。」
彼の言葉は正しい。勝てないならば逃げるべきだ。
本当は、気付かれる前に全員でこっそりと退避したいところだが、状況がそれを許さない。ヒュドラが出てきた場所は俺たちの前方約五メートル。息を潜めようが足を忍ばせようが見つからずに撤退は無理。誰かが足止めしなければ、逃げることもできないだろう。
彼――剣士のジョージは国の命令で勇者パーティーに入った元近衛騎士団員。そして魔法使いの少女、リリアは王女である。
王家を守る近衛の立場としても、一介の騎士、一人の男としても身を挺して彼女を逃がすというのは正しい判断だろう。
そこに、『人類の切り札』である勇者を巻き込むことの是非は置くとして。
状況はそれほどまでに悪い。この場をどうにか逃げ延びたとしてもまだ安心できない。
最寄りの町――俺たちが今朝出立したカヤの町へ逃げ込んだとして、そこは本当に小さな町だ。魔の森の近くだけあって冒険者もいるし、冒険者ギルドもあるが、さすがにヒュドラに対抗できる戦力はない。迂闊にヒュドラを引き連れていけば、町ごと全滅もあり得る。
歴史的に見ても必要な装備・人員が揃っていない状況でヒュドラを撃退できた例は少ない。特に単独で討伐した例は、真偽の不確かな伝説を含めても数えるほどしかない。
――『鋼鉄の肉体を持つ』と言われた太古の英雄は、ヒュドラの攻撃を歯牙にもかけず、右手の剣で首をはねては左手の松明を押し当てて傷口を焼いていったという。
――『最強の火力』と謳われた魔導士は、鉄をも溶かす高熱の炎でヒュドラの首を一つ一つ焼き潰していったという。
―― 剣と魔法を同時に使いこなした勇者は、炎を纏わせた剣を振るい、ヒュドラの首を焼きながら斬り落としていったという。
そして今、第四の方法が誕生した……
―― 終之太刀『せつな』
振り返れば、すべての頭を切り落とされたヒュドラと、その向こうで呆然としている剣士と魔法使い。
―― すべての首を一瞬で根元から切り落とす。
新たな伝説が語られるのはずっと後のことになる。




