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灼眼勇者の反逆劇  作者: 鈴の木の森
7/12

記憶の勇者

 木々の作り出す暗闇を、月光がぼんやりと辺りを照らす。


 その明かりが僅かな影を映し出した。その影は、木を真ん中に座る男女のシルエットの形をしている。


 仮眠を兼ねて木を背もたれにしていたのだ。二人にとって睡眠は久しぶりで自然と体の力が抜ける。


「エミリー、違うのなら俺はお前にかなり失礼な事を言うことになる。だから、違うのならすぐに違うと答えてくれ。言うぞ……お前って吸血鬼……何だよな」


 伊織は渋々と言った感じで、いや、違う。本当は好奇心という名の邪念を抑えきれず、気が付くと口がぱくぱくと動き、そのような意味を持つ言葉を放っていた。内心、自分で言っておいて頭を下げる。


(あっ……悪い、本当にごめん、エミリー……)


 その場の音を誰かが持っていってしまったように静寂が訪れる。しかし、伊織がチラッと振り向いていることに気づかれないくらいの角度で首を傾けエミリーの横顔を見ても、彼女のあの青い瞳は輝いていなかった。


 伊織はそれには胸を撫で下ろしつつ、この雰囲気を現実の位相から微妙にずれている花畑にいるように、とはいかずともそれくらいにしようとリカバリーを試る。


「ま、まぁ、何だ。人はそれぞれ必ず一つは言いたくないことがあるもんだ。俺もある。だったら、君もあるだろう。だから……」


 伊織は光ならもっと上手く言うだろうなと自分の口下手に多少腹を立てていると、当然、俺の無理にエミリーは気づき、己から話を始める。


 伊織は自分の人格の不確定さを思い知らされる。


(俺は何て人が出来ていないんだ……)

(俺は分かったようなことを言って、実際は全然周りが見えていない……)

(俺は誰かを不幸にさせる……)


 荒んだ心は、サビを出す。伊織はたった一言で、それも自分で放った言葉によって気を落とす。


「いいだろう。教えてやる……確かに、私は吸血鬼だ。だが……それがどうした?この世の中において三種族でない者は異色として怖がられ、煙たがられる。けれど、そんな事は関係ない。それを理由として行動を起こさないのは甘えだ。それこそ、今のお前のようにな」


 伊織は最初、エミリーが自分に対して言っていると気づかなかった。三度ほど彼女の文章を暗唱し彼女の意図に気がついた時、出し抜けだったためか伊織は自分に帰りきらない顔つきをしてしまっていた。


(俺が?俺が現状に甘えている?そして……行動を起こさない?まさか、まさかね……)


 しかし、エミリーは伊織の心を隣で見ているように、まあ見ているのだが、完璧な状況判断能力で可憐に伊織の葛藤を……潰す……


「硬く、強靭な刃は脆く、折れやすい。今のお前は薙ぐことのなかった刀そのものだ。私のような者に興味を持って何が悪い?それは当然で必然で確定した事項だ。そうだろう?」


 サッーっと彼女の言葉に拍手するように木々が揺れる。


 そして、淡い月光に映し出されているシルエットの片方が俯いていた頭を起こし、今度ははっきりと後ろを振り返った。


 エミリーもそれに呼応するように顔を傾ける。


 彼女のその通りだろうと言いたげな決め顔を見て、伊織は笑い出す。伊織は額に手を当てながら笑う。何が面白いんだかと思いつつも腹の中で何かが沸騰したようにぐつぐつと湧き出してくる。伊織につられるようにエミリーも笑う。二人はしばらく笑い続ける。鈴虫の声の如く美しい声を上げながら。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 灰青色におぼめく朝の最初の光が昇る頃、伊織は森のさらに奥へとエミリーに連れて行かれていた。


 そこは、伊織自身でストップを掛けていた場所だった。オタクだった伊織だからこそ分かることだったが、大抵ダンジョンの深いところに潜れば潜るほど魔物は強くなるものだ。だから、もう少し力をつけてから立ち入ろうと思っていたのだが……


「そんな事は気にしなくて大丈夫。だって私は強いもの」


 と、エミリーは言って俺の言葉など微塵も聞かず、ほとんど強制的に連れてこられているのだった。


 森は奥に行くに連れて生えている植物の種類まで変化してきた。俺にとっての現実世界で言うなれば、森の浅いところはジャングルのようで、深くなるに連れて植物園のように整備されていった。


「ところで、お前にはどこか他の人間族と違うものを感じるのだが、何かしたのか?」


 朝起きてから、しばらく何も話さなかったのはそれを考えていたからかと納得しつつ、そんな事まで分かるものなのかとちょっとした疑心暗鬼に伊織は陥る。


(それは、俺が異世界からの人ってことに気が付いたのか?それとも……他の何か……まぁ、別に隠すことでもないし、行動を共にするのなら早い内に言っておいた方がいいだろう)


 「ステータスオープン」と小さく呟き、顎で見るように促す。


 彼女は目を細めて、遠方の物を視認するが如く思案げな表情でその顎を何だと言いたげに見つめる。


 けれど、伊織は断固として反応しないので、エミリーは意に反して少し左前方に身を乗り出した。


「何が言いたい?」


 伊織は眉間に皺がよった彼女に自分の眉間を押さえながら、早く老けるぞと茶化しつつ、普通だろ?と言う。


 彼女は自分の眉間を擦りながら答えた。


「余計なお世話だ!私の場合、寿命は人間と同じだが吸血鬼の回復力は健在だ。……で何の話をしていたか……そう、そうだった。お前の話だったな。で、どう言うことなんだ?お前のステータスはランキングをつけるなら百人中五十番を取るくらい平均的だが……」


 伊織は、案外感情のアップダウンの激しいエミリーに少々驚きながら、少し落ち込む。


(分かってはいたけれど……俺が平均である事は分かってはいたけれど……そこまで……例えまで付けて言わなくても……状態異常を食らったよ!)


「ま、まあ、その通りで俺のステータスは全ての要点において特質した要素はない。けれど、俺は異世界からの召喚された勇者様なんだぜ?」


 そんな突拍子な、ステータスから見ればあり得ない事実を聞かされ、エミリーは伊織の冗談だと思い笑い出す。


「異世界からの勇者?アハハハッ、伊織、冗談を言うならもっとマシな事を言うべきだよ。異世界、異世界?痛い、痛すぎる……痛いぞ、伊織……」


 されど、伊織にとっては事実であるので冷静に繰り返す。その冷静にある筈のないことを真剣に語る伊織にさらにエミリーは爆笑する。


 しかし、伊織が語ることをやめた時点でエミリーの笑いは当然止まる。何があったと言うくらいだ。


「え、あれ?もしかして冗談じゃなくて、事実だった」


 その質問に対し真面目な顔で頷く俺を見て、彼女は少ししおらしくなる。


「そ、それはー……何というか……すまない。それには率直に謝るよ」


 別にいい、と伊織は右手を顔の前でブンブン振る。別にステータスが低いことが嫌なわけじゃないと。


「俺はそんなステータスを持っている奴が異世界からの勇者なわけがないと追放されたんだ。けれど、今となってはどうでもいいことだよ。そいつが本当に魔人族で戦争になったら大変だもんな……それを考えてやったことだろう……」


 伊織は木々で見えない地平線を眺めるように、ボーッと焦点の定まらない目で正面を見やる。


 伊織はエミリーが何を言ってくれるのかと多少の期待を持っていたのだが、エミリーは期待以上のことを言い出した。


「ちょっと……待ってくれ。もう一度だけ、ステータスを見せてくれないか?」


 エミリーは唇を手で覆いながら、目を右下に伏せている。


 伊織は何も言わずにステータスを開いた。


 彼女の瞳は、俺のスキル欄へと吸い寄せられていく。


===========================


スキル:記憶


===========================


「まさか、まさかな……」


 エミリーは、俺の平均ステータスを凝視して、どうしてだか酷く驚いた様子を見せていた。


「な?別に俺のステータスには何も無いだろう?」


 伊織は表手を広げて、仕方ないんだよと言おうとする。それをエミリーが唐突に遮った。


「記憶の勇者……伊織、あなたは記憶の勇者なんだよ……」


 伊織はエミリーが何に体を震わせるほど驚いているのか理解することができなかった。


(記憶の勇者?いやいや、そんな有名な力があるのなら国が俺を追放するわけがないだろう?それに、そんな力がこのステータスにあるとは思えない……)


「まさか、もし、一億万分の一そうであったとしても、このステータスで何が出来る?そもそも、そんな有力な力を国王が切り捨てるわけがない……」


 エミリーは、待ちきれないように伊織の言葉に被せて説明をしてくる。


「記憶の勇者は伝説の存在、それも今は亡き吸血鬼族のもの。母上が生前おっしゃっていた。記憶の勇者様は悪を切り捨て、善だけを残すことの出来る唯一の人であると。私も昔……会ってみたいと……」


 最後の言葉だけが小さくなる。それに伊織は何も気づかず「何か言ったか」と言った。


 そして、慌てるエミリーを傍目に考え込む。


(吸血鬼族……今は亡き種族の伝説ならば、そのことを知らなくてもおかしくは無いか……けれど、国王は吸血鬼族の人とエミリーという娘を作っている。隠し子であっても、吸血鬼族の知り合いがいたのなら、そのことを知っている可能性も……)


「エミリー、その記憶の勇者は、どんな事を出来たんだ?」


 彼女の返答の内容はそれこそチートで、それもクラスメイトのものなどそれの一部にしかならないレベルのものだった。


「想像したものなら何でもすることが出来た。しかし、お前より前にも数人の記憶の勇者は誕生したようだ。だが……」


 だが……


 伊織は唾をゴクリと飲み込み、エミリーの言葉に一言も聞き漏らすまいと、最新の注意を払いながら耳を澄ます。


「だが……その勇者達は一人として記憶の勇者としての力を引き出すことが出来なかった……」


 けれど、と伊織はその言葉に些細なりとも間違えがあるのでは無いかと思う。


「けれど、俺は属性のない魔法を使えるようになった。それも、想像通りに自由自在に。それは、一度だけでも能力が使えた事を示すんじゃないのか?」


 エミリーも伊織も疑問に満ちた顔をする。それは仕方のないことだった。この知識も経験もない状況で、意を出し合ったところで最終的にまとまる結はたかが知れているだろう。


 伊織もエミリーも視線でそのことは二人の中の秘密として、暗黙の了解とする。


 そこで、伊織とエミリーは開けた場所、目的の場所へと着くのだった。二人の眼科には禍々しいオーラを放ち無数の角状の岩を組み合わせて作られたであろう魔城という言葉がふさわしい城があった。


 つい始まる……種族ルールへの反逆が。


 二人は、奈落の魔城へと足を踏み入れる。

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