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灼眼勇者の反逆劇  作者: 鈴の木の森
4/12

最弱と身分

 伊織が自分の最弱っぷりと役立たず具合を突きつけられ続けた講義がようやく終わり、やっと自分のことを馬鹿にし続ける連中とおさらばすることができた頃、自分はどんな職につくのだろうか?というちょっとしたワクワク感を胸に伊織は団長に教皇様のところへと連行されていた。


 道中、また騎士っぽい装備を身につけた人や文官らしき人、メイドなどの使用人とすれ違うのだが、以前の表情とは異なり俺に悲痛な眼差しを向けられる。まるで、この後伊織がどんな処分を受けるのか、ある程度察知し理解しているかのように。


 伊織はさっきとは別の居心地の悪さを感じながら、団長の後をこそこそ付いて行った。


 あの美しい意匠の凝られた巨大な両開きの扉の前に到着すると、その扉の両サイドで直立不動の姿勢をとっていた兵士二人がラテファ団長と勇者一行の一人が来たことを大声で告げ、中の返事を今度は待ち、返答が返ってきたのを確認してから扉を開け放った。


 ラテファ団長も、それが当然というように堂々と扉を潜り、国王陛下から十メートル程離れた立場の差を示すには絶妙な位置に跪いた。伊織もそれに習う。


 今度は扉を潜った後の真っ直ぐと伸びるレッドカーペットやその中央にある玉座、覇気と威厳を持った初老の男は変わらなかったが、その隣にいた美少女や鎧姿の好青年、騎士団員はいなかった。あれは儀式のようなものだったのだろう。もしかすると、あの鎧姿の好青年も本当は騎士ではなくコスプーー変装だったのかもしれない。


「クリスタ国王陛下、『勇者一行』のステータス測定を完了しました」


 ラテファ団長の口振りから、国王陛下は『勇者一行』のステータス測定が終わり次第報告に来いと命じていたのだろう。この時、上目遣いで見ていたので確かではないが、国王陛下の瞳がキラリと光ったのを伊織は見逃さなかった。


「そうか。それで?」


 国王陛下の声には、態度には、隠し切れていない棘が見えていた。それに対し、伊織はやっと解放されたというのにまた冷や汗を流す。


「彼の名は瀬良伊織といいます。彼は例外者、イレギュラー人物です。誰もがHP、CP、五感、スキル、固有スキルにおいて王国全土を捜索しても一人として見つからないだろう高スペック能力を誇る中、彼は『記憶』という耳に入れたことのないスキルを保有している以外、平均値の低スペック能力を持つ者です」


 自分観察の中でも自分はかなり心が広く、メンタルが強いと分析していた伊織だったが直球すぎる言葉に関してはちょっとばかし頭に来ていて、心内で愚痴を漏らす。


(無理やりに召喚しておいてそこまで言いますか~!概ねその通りなんですけれど、せめてカーブとかフォークとか使えよな!それにそれは、俺自身が一番残念なんですけれど!?)


「そうか。下がって良いぞ、ラテファ騎士。それでは門限の騎士達よ、今こそ使命を果たすときぞ!これまでの鍛錬の成果を出すが良い。瀬良伊織、魔人族に付いた可能性のある人間族を捉え、王国追放を命ずる。疑わしきは罰すべきぞ!」


 その直後、背後にある両開きの扉の両サイドで直立不動の態勢をとっていた騎士達が槍を構えて伊織を見据える。


 騎士達の握る槍の刃は、月光の中に氷のように煌きつつ振り回される槍の刃の光が言いようもないほど恐ろしく、その光は真っ直ぐと寄り道をせず伊織の心臓を捉えていた。


 ラテファ団長は地面を強く見つめ、固定されたかのように頭を動かさない。国王陛下は憎たらしい笑みを浮かべている。伊織は今度は必死に今の状況を理解しようと内心首を捻る。


(えっ?何?どういうこと?意味が分からない。勝手に召喚しておいて低スペックだった奴がいた、そんなことはあり得ない、こいつはどうにか紛れ込んだ魔人族のスパイだ!捉えて追放してしまえ?ハハハ、俺が間違っていたようだな。実害だけでなく、精神的ダメージも与える。この世界は異世界ものでも最底辺だ!)


 伊織はこの状況をなんとか乗り越える策を考えてはいたが、絶体絶命さにこの与えられた猶予の少なさに、自分をこんなことにした神へと理不尽な決断をしてなお笑顔でいる国王への憎悪の感情しか考えを浮かばせることができなかった。


 国王の首を狙おうかとも思い付いたが、その後のことを考えたらそんなことは無意味なのである。結局のところ、戦う術のない伊織は捕まるだろう。そうなれば刑が軽い方がまだマシだ、ということで伊織は鋭い刃を向ける門限の騎士達に両手を上げるのだった。この上ない、苦渋の決断である。


 二人の騎士は徐々に槍を構えたまま距離を詰めてくる。正直、伊織としては逃げないから、罰は受けるから早く捉えて追放してくれよと思っていたが騎士達にとっては何のそので、そんな考えがあるなんてことには微塵も気づかず未だ十メートル程の距離が縮まらない。


 伊織はこの二人の騎士が自分のことを他の『勇者一行』と同じに考えているのではないか?話が聞こえていなかったのではないか?と思い、一言だけ口を開いた。


「門限の騎士さん、安心してください。俺に他の『勇者一行』のような力はどうしてだか存在しません。そういうことなんで、近づいても大丈夫ですよ?」


 伊織はこの時、授業やご老人に戦争の話を聞いたときのことを思い出していた。例え敵であっても、自国を守ろうとする強い意志を持つ兵隊は手当てをしたという実話だ。人間は例え敵でも、身分の上の人間にいいように使われているのを見ると助けたくなるものなんだな、と自分を捉え追放しようとしている門限の騎士達に不覚にもそのような感情を抱いてしまっていた。


 そして、国王の前だったため口を開くことはできなかったのだろうが、鎧の隙間から見えた彼らの顔は泣きはしないものの「すまない」という謝罪の言葉が刻み込まれているように皺を鼻の頭に寄せていた。それは虚偽ではなく、真実であったろうと思う。


 伊織は両腕を騎士達に拘束されながら、レッドカーペットの上を逮捕姿勢で歩いた。まったく、レッドカーペットの上で逮捕された人間なんて史上初ではないだろうか?などと皮肉を巡らせながら紅の闇を繋ぐ道を歩く。


 そうして、城の出口へと向かう道中、今日二度出会った騎士っぽい装備を身につけた人や文官らしき人、メイドなどの使用人と三度目の正直としてまた出会ったがもう、見向きすらされなかった。しかし、これは伊織が捕まったからではない。国王が伊織の後ろを歩いていること、そして彼らの予想が恐らく詳細な点までに一致していたからであろう。


 途中、ついさっきまでクラスメイト達といた広間にも通り掛かったが、そこには窓の隙間から流れ込む無駄に爽やかな風と差し込む夕日だけが残っており、中は閑散としていた。


 見上げるような石段を降りて、これまで見た両扉の中でも一際美しくそして大きな扉を潜るとそこにはどこまでも手入れの行き届いた庭園があった。


 城の防衛門へと向かう、城からまっすぐ伸びた中央通りの両脇には直剣を右手に持ち顔の前で立てている勇者の姿をした剪定された木が適度な間隔で植えられており、門と城のちょうど真ん中にある噴水には人間族が魔人族と亜人族を隷属させている姿を形取った彫刻が施されていた。


 伊織はその酷い光景を形として残している人間族の考え方にしわくちゃに顔をしかめる。


 伊織は人間族が世界を支配し、魔人族や亜人族を隷属させるという考え方に過剰に反感意識を持ってしまった。クラスでは伊織自身が力なき者に分類されていたからこその考えかもしれない。もっとも、現在進行形で人間族の長である国王への憎悪が時間と共に増しているせいかもしれないが。


 伊織と教皇、騎士団長を乗せた黒塗りの馬車は風を切るように城の敷地内を駆け抜けていく。防衛門に差し掛かった時、何らかの魔法陣が反応を示して、目の前が青白い淡い光を放った。


 ちなみに防衛門というだけあって、よく見る異世界アニメなどに出てくる綺麗な模様か何かしらの装飾の入っている門とは訳が違う。話によるとあらゆる属性の攻撃魔法も、物理攻撃も通すことのない強力な結界能力を持つこちらの世界にしかない特殊な金属で作られたアスファルトのような鼠色一色の壁である。


 気がつくと、伊織は一人その壁の外側へと投げ出され国王とラテファ騎士団長はその壁の上に立ち下賎なる者を見るように伊織のことを見下ろしていた。どうやら、転移魔法(?)がかけられていたらしい。


 伊織は自分のこれからの生きる世界である後ろの世界を見ることを躊躇しながらも細めた片目で後ろに広がる暗い世界へと視線を動かした。


 自分の立っている城の周囲を取り巻く石造りの川の橋を超えた先にはまだ暗くはない時ではあるにも関わらず一寸先は闇という世界が広がっていた。


「感謝しろぞ、愚かなる青年よ!貴様は我なるクリスタ王国国王アル・フィルデナイト・ブラウン・クリスタの多大なる慈悲の心に感謝すべきである!我は貴様を処刑ではなく、追放として命の泉までは乾燥させなかった。とはいっても、貴様の背後に広がるバイオの森にはこのラテファをも凌ぐ魔物がいると聞くがな」


 そう、国王は己の思考が稚拙なのではないかと疑わされるほどに理不尽極まりない偏った見解を揺るぎなく語り、そして甲高い声で高笑いした。ラテファ騎士団長の瞳は講義の時とは百八十度反転し、あの温もりのある態度や口調はなく冷血という文字そのものであった。


 伊織は当然、怒っていた。それと同時にこの二人に怒りをぶつけることの無意味さを思い知らされていた。絶対的な決定権を握る国王陛下そして、それに絶対的な忠誠を誓う騎士団長、それに歯向かう無意味さは人間関係の崩壊の修復と同等の無意味さを誇っていた。


「どうした?返事を返したらどうなんだ?魔人族の瀬良伊織!!」


 国王は鈍く輝く金歯を剥き出しにしながら、狂気じみた表情で叫ぶように伊織に唾を吹きかける。


 この時、伊織は自分の無力さに何よりも憤りを感じていた。そして、一言だけ口を開いた。


「国王、今日この日のことを覚えておけ!この日のことを決して忘れるな!次に俺がここへ帰ってくるまで……決して忘れるな。まあ、お前が忘れていようとも覚えていようとも貴様の首は俺が…………貰う!!」


 この時、放った言葉は狂気の国王も無我のラテファをも凍りつかせるほどに、伊織の言葉には人という概念が消えていたという。それは鬼のようで、黒く無力透明な瞳が赤く輝いたと後にこの対峙は伝説となるのだった。


 そして、凍り切った精神を片手に怒涛の展開で何の装備もなく制服という一張羅のまま、伊織は暗黒の森へと足み踏み入れた。

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