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灼眼勇者の反逆劇  作者: 鈴の木の森
11/12

巡る始まり、踏み出す一歩

 城内に心なしかざわめきの声が聞こえ始める。それは、ボーッと見つめ合い突っ立っているうちに糸電話の要領で瞬く間に拡散していく。


 そのせいか、見開く度合いを超えた代償として瞳が乾燥したせいか、伊織はハッと我に返った。


 そして、ふらつく彼女の彼女の身体を片手で支え、幾何学模様を展開した。


「転移バイス、瞬間移動」


 魔方陣に瞼が震える。それくらいに眩しい光が決闘場に放たれていた。


 光に気づいた衛兵達のバタバタという足音が扉の外で響き渡り、豪奢な二枚扉が勢いよく開く。


 衛兵達の表情は海底を人が歩いているのを見たように口をあんぐりと開けた面白いものだった。


 伊織は軽く彼らの姿を睨めつけ、その様子に、内心ほくそ笑む。


 そこで、転移の時間は訪れた。魔方陣は猛烈な輝きを起こす。


 光が消えた時、二人の人間は消えていた。崩壊した決闘場の割れた窓の外側のブラインドには雪と混ざりたい霙状態となった砂埃が層になってこびりついた。それを、雪が奇妙な形へと固定させ、その上にまた新しい砂埃が溜まり、新しい雪がそれを固定させていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 森の中に一筋の明かりが現れた。その光は現れとともに一瞬の輝きとして消え去った。


 光の発光源には、ゴソゴソと動く人影が見える。もし、転移した二人とともに転移をした者がいたのならば知っているような些細な事だが。隠密に、密接にこれが誰かと聞かれれば、二人が伊織とエミリーであると教えよう。


 息を切らしつつ、しゃがみ込み伊織はエミリーを横たえる。


 シャランッ


 頭の中で鈴のような音が鳴った。伊織の視線は上下左右、遠方、近辺と多方向に適当に動き渡る。


(何の音だ?まるで、頭の中に発信源があるかのように音が鳴った。それはどういう……)


 視界の中にホログラムのように表示されるステータスと同様にはっきりと文字として記号として示されていた。


 伊織は人知れず、人知られず疲労の脳の中で今更ながらに思う。


(……本当に今更だけれど、魔法に、種族にステータス。まるっきり、想像によって生まれた世界、そのものだよな……)

(あれっ?……こんな事、考えたのっていつぶりだったっけ……)

(追放されてから……襲われ、出逢って、裏切られ、最後の最後で愛を知る……)

(そうか……この世界に来てから、一段落がついたのは初めてのことなのか……)


 黒く暗い世界へと白く清い澄んだ光が差し込める。


 けれど、やはり、黒い心は無くならない。これは赤灰色い心というべきかも知れない。


 ゲームのようなヘルプ表示にはこう書かれていた。


『呪いの傷~解除し癒すには聖水が必須~』


 その表示から伸びる矢印は真っ直ぐにエミリーへと向かっている。


 煤けた肌に傷…………


 何か回復に使える物はないのか?……薬草!?いや、だめか。聖水……


 今の伊織にとって、エミリーを回復させることができないという事実はやるせないという気持ち以外の何物でもない。


 伊織には、この世界の知識がない。

 回復?それには何を使う?薬か魔法結晶か、それとも魔法で治してしまうのか?


 それだけではない。彼女を救うための方法として示されている『聖水』。それがどこにあり、どういう物なのかすら分からなかった。


 これまでに幾度となく感じてきた感情ではあるが伊織は自分の役の立たなさに、酷く情けなく思う。


「ハァ……」

「弱々しい溜息だな。情けないぞ、我が眷属よ」


 ぶっきらぼうで、どの角度から見ようとも、お世辞でも柔らかい話し方とは言えないこの声はっ!


 と、首が折れるぞとエミリーが言うくらいに首を曲げて、背後に作られる影の方へと目をやった。


「浮かない顔をしているな。お前らしくもない、もっと他人を蔑む表情の方が似合っているぞ」


 ニッと口角を上げながら、彼女は言う。


「……大丈夫か、と聞こうと思ったけれどこの様子なら大丈夫そうだな。それに君らしいといえばそうだけれど、あの事の後にしては楽観的で、何というか一貫しているんだな」

「いやいや、伊織よ。あの事とは何を言っておる。お前が天使に恐れ慄いたことを言っておるのか?それはすまんかった、私も力を封じられるとは思わなかった物だからな」


(…………。)


 まあ、これも彼女なりの優しさで、憤怒の力と彼女の過去、そして俺の思想について今は触れられたくないだろうと俺を気遣ってのことなのだろう。


 その優しいさには、頭が上がらないというよりは頭が下がるな……ん?


「おい、エミリー。真剣な話に移る前に一つだけ言わせてもらってもいいかい?」

「良かろう良かろう。謝罪か?謝罪か?私に傷を負わせた謝罪か?」


 その言葉にはぐうの音も出ないほどに間違えはないけれど、なぜだろう……俺の中で深く大きく渦巻いていた罪悪感が瞬く間に消えていくのだが……


「まあ、確かにその真剣な話とはそのことなのだけれど、そうではなく、お前ちゃっかりと我が眷属とかと言わなかったか?」


 彼女は渋い顔をする。そして……


「ああー……、そうだな、言ったかも知れん。だが!それを聞いたと思うのは早とちりかも知れないとは思わんのか?」


 思うか!?どこの要素を摘んだら、それが俺の早とちりとなる、と思いつつも彼女流の言葉遊びについ釣られて突っ込むどころか、聞き返してしまった。


「その心は?」

「私の発している音が、あたかもお前の返答に対する音と似ているように聞こえるだけで、実際は全く別のことを話しているかも知れない」


 伊織の頭にアホ毛が生えたーーかと思った。そんなことがまかり通るのなら、この世に言葉という概念そのものがあってはならないことになるだろうが!と伊織は思っている。


 その様子が、どういう訳かエミリーのツボにハマってしまったようだった。エミリーは森の中にその顔!その顔だ!などと本人の前で腹を抱えて笑う。


(あの事を誤魔化してくれたのかと思っていたが……もしかすると、こいつ本当の馬鹿なのか?)


 伊織は大きく咳払いをした。それには彼女も反応して大人しくなる。


「そろそろ、真剣な話の方に移りたいのだが……笑いたい分笑えただろう?」

「あっ?ああ、すまんすまん。思う存分笑えたわ。まあまあ、安心しろ。私のこれは愛情表現だ」


 どうにも、伊織はエミリーにリズムを崩される性分のようで、曖昧な顔をする。


 彼女は上手い。悪く言うようで、よくよく聞くと褒めにも聞こえる。


 エミリーの表情は無邪気な子供の如くいい顔で横目で伊織を促した。伊織は彼女をボーッと凝視しながら自然と言葉が浮かんでくるのだった。


(……楽しそうだなぁ……)


「さあさあ、初めろよ?我が相棒よ」


 彼女に不安感や危機感はないのだろうか、と何となく思わなかったと言えば嘘になるが、それは後でその事については問い詰める事にして伊織は今日二度目の咳払いと共に口を開いた。


「ああ、そうだな。えーとまずは……」

「そうだった!……」ようやく開いた口を、結局閉ざしたのは、やはりあの饒舌(?)な吸血鬼だった。


「あー、すまないすまない。また遮ってしまったな。だが問題ない」


 今度はどんな問題発言を、と思う伊織置いて彼女は予想外にも的を得た、人徳のある人としての発言をした。


「……もう、呪いの力についてのことは気にするな。だから、謝らなくていい……それじゃあ続けてくれ」


 伊織は失礼ながら彼女の事を、「?」と言う顔つきで見てしまった。けれど、仕方ないではないか。ここまでの高低差をつける方も問題だと言える。それでも、彼女の表情は変わらなかった。 


「それならば、俺は感謝を言う。ありがとう……これで、話はとりあえず打ち切りとして、本題に移るぞ」


 伊織のぶっきらぼうで雑な話の進め方にどこかおかしなところはあっただろうか。エミリーはほんのりと頬を赤く染めて、遠くを見つめていた。


「俺には今やらなくてはならない事が一つと希望が一つある。それで、一つ君にお願いがしたいんだが、いいかい?」


 今更だな、とエミリーは頷く。


「そうか、ありがとう。だったら、聞くけれど、聞かせていただくけれど、君はもちろんここ以外のところにも行った事があるのだろう?」


 途端に話の相手はむくれ顔を見せる。そして、声も不機嫌なそうにこう言った。


「まわりくどい……伊織よ、はっきり尋ねたらどうだ。私にここ以外の場所の認識があるのかと」


 伊織は軽く舌を巻く。彼女の言っていることは事実、伊織自身が言葉に出す事を迷っていた事である。


 エミリーの勘は恐ろしい。それは往々にして当たる。全くどう考えたら相手のことをこうも読めるんだか。これが世間で言う『女の勘』なのかも知れない。


(女って……こぇー)


「そ、そうか?なら聞くけれど、どうなんだ?」

「それはあるに決まっているだろう」


 決まっているかは置いておいて、彼女の答えは即答だった。


 その答えに間髪入れず、待ちきれない伊織は答えを急かす。


「だったら、人間族でも訪れる事のできる王国はクリスタ王国以外にないのかい?」

「もちろんあるが……」


 彼女が口を開くには幾らかの時間が必要だった。腕を組み。頭を押さえスタスタと周囲を歩く。そのままのペースでエミリーは伊織の下へと歩いていく。


「ある。ただし極西だ。人の足で行けば何月かかるか分からない。それでもいいのなら」


 伊織はそれで妥協する。伊織はできるものなら、今この時でも、エミリーの傷に効く聖水が欲しいのだが……


「ところで、どうして街なんだ?いや、確かにいつまでも森にいるのはなとは思う。それでもどうして街なんだ」


 答えるべきか、答えないべきか。とはいっても隠す理由もない。それにこれは彼女に関わる事だ。


「君の傷を治す聖水を手に入れるためだ」


 エミリーは首を傾げる。そして、慌てた。


「せ、聖水!?聞き間違えか?なぜだ?どうして唐突にお前はそんなとんでも発言をするんだ!?」


 伊織から見ればとんでも発言者はエミリーなのだけれど、どうやらエミリーにとっては伊織がそうらしい。


「それは、君の傷に効くのは聖水らしいからな。……ん?どうして分かるか?俺が異世界人なためか表示が出ているんだよ。傷のところに聖水と」


 その後、エミリーは要らん要らんと子供のように叫んだ。荷が重いと。話によれば、聖水は日本で言うならば高級で希少な宝石のようなものらしい。しかし、出ている上に流石に何もしないのは俺の気が済まない。その俺の意には彼女も渋々、理解を示してくれた。


「だが、買いたいから買えるものではないと分かっただろう。それなら、どうするつもりだ?」


 待っていました!と伊織は思う。これが一つの希望である。


「行商をしようと思う。というか、それくらいしかできないだろうけれど」

「馬車もないのにか?」


 やはり彼女は、痛いところをついてくる。


 考えていないわけではない。だが、それはまず村にでも入ってお金の流れを知らない事には話にならない。


「それは、おいおいだ」


 この無責任さにもお前らしいとエミリーはOKを出してくれた。


(一体、俺は彼女の中でどんな評価を受けているのだか)


 この急展開。伊織、エミリーらにもついていけないこの展開。彼らはこの末にどのような結末を迎えるのだろう。


 締まりのなさが彼ららしい。そう言っていいのか定かではない。


 けれど、二人はこうしてなし崩し的に、謎なままに巡る新たなスタートを切るのだった。

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