ずっと行方不明だった近所のお兄ちゃんが戻って来たけど、様子がおかしい。まさか異世界に行ったりしてないよね!?
――もし仮に身近な人が行方不明になった時、あなたならどうしますか?
――しかもその間『異世界』に行っていたのだとしたら、あなたはその人をどうしたいですか?
◇
私の名前は白河 真澄。
名門私立大である早応大学の1年生です。
突然ではありますが私には幼馴染、というよりは兄みたいな存在がいます。
その方は私より八つも年上の男性。
家が隣同士だった事もあって、幼い頃はよく遊んで貰っていました。
周りから見れば兄妹みたいなものでしたけど……まあ、正直それはどうでもいいです。
むしろ「兄妹」などという言葉など邪魔です。必要ありません。
……とにかく、まずは一言。
私はその人のことが好き! すっごい好き!
まあとにかくそういう訳です。
だったらさっさと告白するなりなんなりすれば? と思うかもしれませんが、残念な事にそれは現状出来ません。
そもそも子供の時から16超えたら告白しようと思ってましたし。ナメないで下さい。
じゃあ何故告白出来なかったのか――それは、その人が突然行方不明になってしまったからです。
居なくなってしまったのは『あの人』が18歳の時で、私は当時10歳。
「そろそろ5歳の頃にしてた結婚の約束をぶり返しておこうかなー」とか思っていた矢先の出来事でした。
最初はただの衝動的な家出だと思っていました。
どうやら大学受験に失敗して落ち込んでいた様でしたし。
しかし、1か月たっても戻ってこない。
……ま、まあそんなこともありますよね。
半年たっても戻ってこない。
……流石に次の受験にまでは戻ってくるでしょう。
一年たっても戻ってこない。
……おかしい、こんなことは許されない。
というか実の息子が行方不明だと言うのに、ご家族の反応が薄くないですか!?
え、何? 「アイツは自分探しの旅に行っているんだよ」って……そんなん信じられるか!
とまあ『あの人』の家族がこんな感じでしたので、捜索は一向として進みませんでした。
……そして、そんなこんなであっという間に八年もの月日が過ぎてしまいました。
年齢は告白する予定だった16歳などとっくに過ぎ、今では18歳の大学一年生です。
「はあ……」
私はこれまでの八年間を振り返りながら、大学の食堂で思わず溜息をつきます。
今は秋学期初日のお昼休み。なので食堂は昼食を食べに来た生徒で一杯です。
本来なら自分の席を確保するのも一苦労、なんですけど……
「白川さん! よかったらここ使ってください!」
とこちらから頼む間もなく、男子生徒の一団がテーブル席を譲ってくれました。
流石は名門、生徒がみんな親切で助かります。
「いや、今のはただ単に下心だから。真に受けちゃだめだよ真澄」
向かいの席で一緒にお昼を食べている友人が何か言ってますが、気にしない気にしない。
……まあ冗談はさておいて、こんな現象は小学校高学年辺りから慣れっこです。
どうやら私の容姿が世間の平均より上に位置しているらしいのが、原因みたいですが。
なので今は、ミス早応コンテストのファイナリストなんてのにもなっていたりします。
元々興味はなかったんですが、いつの間にか友達にエントリーさせられていました。
そして現在はその投票期間。
何と五月からおよそ半年間にも及ぶ投票で、私を含めた七人の中からグランプリを決定するらしいです。
一応、他のファイナリストのプロフィールは見てみました。
うん、ファイナリストだけあってみんな可愛くて綺麗です。だから正直グランプリは誰でもいいと思います。
てか投票期間長すぎです。くじ引きでいいでしょ、くじ引きで。
もしくはじゃんけん。
「……アンタ、一応ファイナリストなんだからボーっとしてないでそれっぽい活動しなさいよ。
ほら見なさい、他の子達はこうして毎日写真上げてるでしょ?」
私がそんなことをボーっと考えていると、女友達がスマホの画面を見せてきます。中身はSNSのページです。
そこに映っているのはお洒落なカフェやランチの写真、そしてキメ顔での自撮り。
おお、流石ファイナリスト。皆さんなんかこう……都会の『大学生』という感じです。
どの料理も値段が張りそう……でもこれに何千円も払うのだったら、『あの人』と一緒に食べたう〇い棒の方が何十倍も良いと思いますけどね私は!
「何他人事みたいな顔してんの。アンタも見習ってこういう写真を上げなさい。
じゃないと暫定一位から陥落するわよ?」
……私、暫定一位だったんですね。普通に最下位だと思ってました。
『あの人』が戻ってきた時の為に女磨きはしていたつもりでしたけど……人生何が起こるか分からないものです。
ともかくSNSに上げる写真を撮らなくては……まあ今食べてる学食のチャーハンでいいですよね。
文面は適当に……『今日のランチ』、と。
そして早速投稿すると、瞬く間にいいねとコメントの嵐が来る。
『すげぇ! チャーハンだ!』
『これはいいチャーハン』
『ナイスチャーハン!』
……自分で投稿しといて言うのもなんですが、この人達はバカなんでしょうか。
もう今年のミス早応はチャーハンでいいんじゃないですかね?
そんなことを考えていると、突然スマホが着信を知らせて振動する。
掛けて来た人は……私のお母さん。
『もしもしお母さん? いきなりどうしたの?』
『大変よ真澄! 行方不明になってたあの子が……英人君が戻って来たって!』
お母さんの言っていることが理解出来なくて、一瞬思考が止まる。
え? 戻ってきた? 『あの人』が? お兄ちゃんが?
『……良かった』
私は涙ぐみながら答える。
とにかく、生きて戻ってきたみたいで本当に良かった。
『貴方、英人君にはすごく懐いてたもんねぇ。
今お隣のお家にいるらしいから、よかったら会ってきなさい』
『もう向かってます』
『早!?』
待ってて下さい、今あなたの白河 真澄が会いに行きます。
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という訳で早速『あの人』と感動の再会を果たしたのですが……
「やあ、真澄ちゃん。久しぶり」
何かスゴイ渋い感じになってるー!!
まあ確かに以前から落ち着いた、というか暗い感じの人ではありましたが……ここまででしたっけ!?
身長はあまり変化はないようですが、体格はすごい引き締まっていると言うか……筋肉質になってます。
こちらを見てくる瞳も何だか悟りでも開いたかのようなものですし……兄さん、アナタはどこかの戦場で暮らしてでもいたんですか!?
「えーと……ま、真澄ちゃん?」
「す、すみません。少し感極まっちゃいまして……改めてお久しぶりです、『英人』さん」
私はペコリと頭を下げる。
以前は『お兄ちゃん』と呼んでいましたが、今後はあえて『英人さん』と呼びます。
これは前々から考えていた事。
でないといざ告白した時に「ゴメン……俺真澄ちゃんのこと妹としてしか見れない」なんて事態になりかねませんからね。
あくまで私は一人の女という事をアピールしなくては。
しかし改めて英人さんの姿を見ると、思わず見とれてしまいそうです。
八年という月日が私にそうさせているのでしょうか……でもさらに私の好みに合わせて戻ってくるなんてお兄ちゃん、グッドです。
しかし、これだと私以外にもその魅力に気付いてしまう人が出てくるかも。
世の女性が惚れてしまう前に、私が守護らねばなりませんね……。
そしてその日は、英人さんと私の家族でちょっとした帰還祝いのホームパーティーをやりました。
主賓の隣には、もちろん私が陣取ります。
「あ、グラス空いたようなので注ぎますね」
「お、ありがとう真澄ちゃん」
ビールを注ぎつつ、さりげなく二の腕を押し当てます。
何千回と練習してきた動きだけに淀みはありません。
安易に胸を押し付けたり、ビールを股間に零して拭こうとするなど愚の骨頂。
そんなことしたら最悪ドン引きされかねません。アピールはゆっくり焦らず順序を立てて。
世のラブコメヒロインの方たち、聞いてますか?
「しかし八年もの間に真澄ちゃんも変わったよなー。
今大学生なんだっけ? すごく大人になった感じがするよ」
想定通りのセリフですが、実際言われてみると嬉しいものですね。
「そ、そんなことないですよ~。ねぇ、父さん?」
(今です、父さん)
「いやー私としても娘がこんなに綺麗に育ってくれて、感無量だよ。
それに……二人が並んでいる姿を見ると、まるで仲のいい新婚夫婦みたいだな!」
(これでよいのか、娘よ)
「もー! 何を言ってるんですか父さん!」
(グッジョブです)
こんな感じでその後も様々な仕掛けを発動しましたが、英人さんの反応はイマイチ。
ま、初回ですからね。今日のは今後のアピールの為の布石という事にしておきます。
そもそも今回の本命は別にあります。
そろそろ英人さんのご家族が話題に出してもいいのだけれど……
「なあ英人。とりあえず家には帰ってきた訳だが、これからどうするよ?」
お義父様、ナイスです。これこそ待ちに待っていた瞬間です。
「だったら、大学受験をするのはどうでしょう? 勉強なら私が教えられますし」
英人さんが答える前に、間髪入れずに割り込みます。先手必勝です。
「おっそうだな」
「あらいいじゃない。26歳高卒職歴ナシというのもなんだし、とりあえずやってみたら?」
もちろん家族からの援護射撃も準備済み。
最終的には英人さんのご家族も同意し、私が受験勉強を付きっきりで教えることになりました。
計画通り、です。
何せ18歳と26歳ですからね。間違いが起きても不思議ではありません。
今は九月なので入試まで約五か月。濃密な時間が送れそうです。
何なら一年延長してもいいくらいですしね。
そんな訳で新生活がスタートした訳ですが……
「お、A判定取れた」
「お、お見事です。英人さん」
……おかしい、まだ勉強を始めてから二か月も経っていないんですけど!?
なのに受験当時の私の成績すら超えてくるなんて……絶対におかしい。
以前もそれなりに成績は良かったと聞いてましたが、流石にここまでではなかったはずです。
早速訳を聞いてみます。
「実は俺、旅してる間に完全記憶能力が発現したんだよね。
だから教科書丸暗記すれば、難問以外は何とかなるのよ」
え、何ですかそれは……(困惑)
そういうのって普通、後天的に開花するものじゃないと思うんですけど。
この人、本当に「自分探しの旅」なんてしていたのでしょうか……。
その後も一緒に過ごしていく内に、どんどん私の中で疑惑が強まっていきます。
例を挙げると……
「英人さん! 救急箱持ってきました! ……ってあれ? もう傷が……」
「以前に比べて傷の治りが早くなったのよね。健康的な食生活のおかげかな?」
「英人さん、それ100キロ……。しかも片手で……」
「鍛えてますから」
「い、今明らかに雷が直撃して……」
「気圧の関係で何とかなった(適当)」
後とっさに誤魔化してますけど、『魔法』というワードを何回も言いかけてるの、私しっかり聞いてますからね!
とまあ日頃から何度もそんな光景をしていれば、自然と一つの結論に行きつきます。
……英人さん、まさか異世界に行ってたりしてませんよね!?
そうでもなければ、これまでの現象に説明がつきません。
しかし……そうなると困りました。
どんな姿の英人さんも受け止める自信はあったのですが……まさか異世界とは。
それに手の古傷を見る限り、すっごい修羅場を潜り抜けてきたみたいですし。
「はあ……」
大学からの帰宅途中、私は思わず溜息をつきます。
この頃英人さんが文字通り遠い世界の人のように思えて、何だか少し寂しいのです。
別に「好き」という気持ちがなくなった訳ではありません。
むしろ、以前よりもっと好きになりました。だって想像以上にカッコよくなって戻って来たんだもん。
でもだからこそ、私なんかが隣に立っていいのかと時々どうしようもなく不安になります。
もうかれこれ三か月経ちますが、結局アピールは出来ても告白までは中々踏み込めないままです。
しかしうじうじ悩んでいても仕方ありません。
それに今日は受験勉強の様子を見に英人さんの家へと行く予定、切り替えないと!
そう思って気合を入れ直していると、前方から男女の集団が。
それは男性数人に対し女性一人と少し珍しい男女比率です。
「……白河 真澄ね?」
「は、ハイ」
いきなり女性が名前を呼んできたので、思わず返事してしまいました。
よく見てみると、その女性には見覚えがあります。
確か、私と同じミス早応のファイナリストの一人です。名前は日野 果南さん。
「あんたのせいよ……」
「え?」
「あんたが汚い手を使ってグランプリの座をかっさらったから、私がグランプリになれなかったのよ!」
日野さんはいきなり声を荒げます。
確かに投票の結果、私は(不本意ながら)ミス早応のグランプリには選ばれましたが……
「べ、別に汚い手なんか、使ってません」
そもそも積極的な行動すらしていません。これはれっきとした誤解です!
「誤魔化したって無駄よ! 普通に考えて、チャーハンの画像上げるような女がグランプリ取れる訳ないでしょ!」
「そ、そんな事言われましても」
そんなの私が一番聞きたい位です。
やっぱりチャーハンなんですかね? おいしいですし。
「フン。まあいいわ……あんたたち、『彼女を捕まえなさい』!」
そう言って日野さんが指示すると、男性の方々が一斉にこちらに向かってきました。
もしかしてこれって……かなりのピンチ!?
私は急いで回れ右をして逃げ出しますが、こんな日に限って履いているのはヒール。
すぐに男性の一人に腕を掴まれてしまいました。
「は、離してください!」
必死に振りほどこうとしますが、男女の力の差は歴然。
手が離れる気配はありません。
「よし! あんたら、『そのまま押さえてなさい』!
さて、お次は……」
そう言って鞄から何かの瓶を取り出す日野さん。
「それは一体……?」
「ああこれ? これはH2SO4。硫酸と言えば、文学部のあんたでも分かるでしょ?
ま、正確には濃硫酸なんだけど」
「――!」
そして瓶の蓋を開け、一歩一歩ゆっくりと私の方に近づいてきます。
ま、まさか――
「あら、その様子だともう察したようね。これから何が起こるのか。
そう、今からこの液体をあんたの顔にかけるわ。
大丈夫、死なないように加減はするから……でも、死んだ方がマシと思うような顔にはなってもらうけど」
そう言って彼女は歪んだ笑顔を見せてきます。
「や、やめて下さい! 離して下さい! これ以上やったら犯罪ですよ!?」
そう叫んで腕を掴んでいる男性の顔を見てみると、全員目の焦点が合っていません。
半開きになった口からうめき声を漏らしつつ、日野さんの指示に従っています。
明らかに普通じゃありません。
「えっ……!?」
「あら、今頃気付いたのね。これは私が持つ特別な『力』。
ファンの男共を下僕にしてどんな命令でも聞かせられるのよ!」
「ち、『力』……?」
彼女が何を言っているのかは完全には理解出来ませんが、今が異常な状況である事だけは分かります。
私は一層強く暴れて拘束から逃れようとしますが、やはり抜け出すことは出来ません。
別に自分の容姿に絶対的な自信や執着があるわけではないですが、それでも顔はやはり大切な部分。
硫酸で崩れてしまうのは、とても耐えらません。
「いくら暴れたって無駄よ。これからあんたは不細工、いや化け物として一生を過ごすの。
グランプリだなんて分不相応な肩書をもらったんだもの。これ位の罰があっても当然でしょ?
だから今回は特別に、私が直々にやってあげるわ」
そう言って彼女は瓶の蓋を開け、私の顔の前に持ってきます。
特に匂いはしませんが、まるで瘴気のようなものが出てきて体にまとわりついてくるような錯覚を覚えます。
「い、嫌……!」
震える唇で必死に言葉を紡ごうとしますが、恐怖で中々声が出ません。
もし私の顔が崩れてしまったら、もう二度と英人さんに顔を見せられなくなってしまう。
それは顔が焼ける痛みよりも、ずっと辛く恐ろしい事。
……こんなことになるのなら、さっさと告白しておけば良かったな。
そう思う間にも、瓶はどんどん傾いていく。
あともう少しで、液体は私の顔に垂れる。
それを直視するのに耐えられなくなって、私はギュッと目を瞑る。
「助けて、お兄ちゃん……!」
そしてそう呟いた瞬間、私の意識は途絶えました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……ん、あれ?」
ふと目を覚ました時、そこは誰かの背中の上でした。
あれ、確か私は……
朧げな記憶をたどりつつ、私は状況の整理を行います。
とりあえず私は今、誰かにおんぶされている。
そしてその後姿から見るに、正体はおそらく――
「えっ……ええっ!?」
「ん? ああ起きたか、真澄ちゃん」
その人が英人さんだと気づいて、私は思わず変な声を上げてしまいました。
しかももう大学生なのにおんぶまでされて……うう恥ずかしい。
でも何で、英人さんが私をおぶっているのでしょう?
もしかして英人さんが助けてくれたという事なのでしょうか?
「英人さん、私――」
「たまたま通りかかった所に倒れてたからな。びっくりしたぞ。
多分低血圧が原因だと思うから、今日は帰ったらすぐに寝た方がいいぞ」
私の話を遮るように、英人さんは喋ります。
まるで都合の悪いことを誤魔化すような話し方。
それに対して私は――
「クスッ……はい、分かりました」
思わず少しだけ、吹き出してしまいました。
だって昔から、誤魔化し方が変わっていないんですもの。
嘘をついたり、何かを隠す時はいつもそう。
何だか、すごく安心しました。
たとえ『異世界』に行っても、お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだなって。
私は嬉しくて思わず、背中に抱き着く力を強めます。
「お、おいどうしたいきなり」
「何でもありません。ただちょっとだけ、昔のことを思い出しただけです」
思えば、私がケガをしたり疲れた時はいつもこうしておぶってもらってました。
景色は少し変わったけれど、差し込む夕日はあの時のまま。
……うん、決めました。
何で私を助けた事を隠すのかは、聞きません。もちろん八年間のことも。
多分、話せない理由があるのでしょうから。
ですから私は、貴方が話してくれるまで待ちます。
だって、八年間も待ったんですよ?
こうなったらもうずーっと、待っててやるんですから。
だから覚悟してて下さいね?
私、英人さんが話したくなるようなイイ女になってみせますから。
「フフッ♪」
そして私はもう少しだけ、体をお兄ちゃんに押し付けたのでした。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。