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王子様を探せ!

作者: 椎名里梨

***


 我が校の文化祭は、他校に比べてかなり力が入っている。

 各クラスの自主性を重んじ、タイムテーブルさえかち合わず、常識はずれなことさえしなければ、割と何でもありという風潮もさることながら、一般客からのアンケート一位に輝いた際の副賞である、クラスメイト全員に対する近場のテーマパークのフリーパス贈呈は大きな人参ともいえるだろう。


 さて、開催前から早くも大きな盛り上がりを見せている文化祭にて、我がクラスは「シンデレラ」の劇を行うことが決定した。一定時間しか一般客にアピールできない劇という催し物は、一見不利にさえ思えるだろう。しかし、短時間で最大限のパフォーマンスを一気に出しきるからこそのメリットも当然ある。

 第一に、時間が短ければ短いほど、ミスをする確率が格段に減る。特に、飲食は生焼けなどの衛生管理系の問題から始まり、接客時のトラブル等、何かと致命傷になりかねないトリガーが多く潜んでいる。勿論、そんなの関係なしに無事に閉幕することが大半だ。しかし、一度トラブルに足を突っ込んでしまうと、数日同じ形態で行うことが仇となる。何度となくトラブルを引き起こす冷やかしがやってくることもあれば、重箱の隅をつつくような風評被害が先行したが故に、後の一般客に敬遠されてしまうこともある。

 だが、ある種の一発勝負の劇では、その手の心配いらない。むしろ、予定の上演時間までの客引きに自信さえあれば、飲食系催し物よりメリットがあるとさえ言えるだろう。


 とはいえ、劇で真っ向勝負を仕掛けてくるクラスはとても少ない。

 何故ならば、目玉となる存在が必ずしもいるとは限らず、また気恥ずかしい思いが勝ち、舞台に上がるメンバーを揃えるのさえ一苦労というケースが多々あるからだ。その点、我がクラスはとても有利だった。何といっても、秘密兵器があるのだから……。


「んー、そんな重要な役。本当に俺でいいの?」

「いいの、いいの! むしろ、成瀬なるせくんじゃないと!!」

「そうそう!! 成瀬くんじゃないと出来ないよ!!」

「んじゃ、とっておきにカッコいい役にしてね」

「「もちろーん!!!!」」


 クラス中に響き渡る黄色い声に、飄々と受け答えする人物こそ我がクラスの秘密兵器こと成瀬くん。思わず怯みそうになるくらい整った顔立ちをしているが、明るく気さくでノリも良いため、クラスの王子様的存在でありつつムードメーカーも兼ねているクラス屈指の人気者である。

 そんなクラスメイトの成瀬くんの王子様役が見てみたい! というクラスメイトの女子たちの安直な考えが発端とはいえ、元来ノリが良すぎるほどの成瀬が主役を引き受けないはずもなく……。気付けばトントン拍子で、我がクラスの劇は決定した。

 劇についての話し合いは、女子たちの主導で展開していた。とはいえ、成瀬くんの風貌を最大限活用した客引き等の過程で女性客とお近づきになる打算的な夢を抱いている男子たちにとっても美味しい話のようで、表立って反対する意見は一切なかった。

 そんな欲望渦巻くクラスの中で、既に王子様役が決定している成瀬くんだけが何処吹く風。


「せっかくだし、優勝かっさらうような演技をしたいねえ」


 あくまでも劇に焦点を合わせた発言で、クラスを大いに盛り上げ、クラス内の士気をどんどん高まっていく。その手腕は最早さすがとしか言いようがないだろう。とはいえ、少なくともこの段階では、クラスが一致団結しているように見えていた。だからこそ、この後。こんなに揉めることになると、誰が想像しただろうか……。


「じゃあ、シンデレラは誰がする?」


 黒板の前にいた文化祭実行委員の鈴木すずきくんが話題を振った途端、クラスの雰囲気が一変する。

 確かにスタートは、みんな同じはずだった。成瀬くんの王子様姿を見たいという共通の思いを抱いていたはずだった。とはいえ、みんなの憧れである成瀬くんに、劇の中だけでも見初められる。そのポジションに夢見た瞬間、クラスの女子たちが教室中で火花を飛び散らし始める。

 自らをプッシュする熱いPR合戦はどんどん白熱し、次第にヒートアップ。攻防戦は一進一退を繰り返し、シンデレラ役はなかなか決まらず、収拾の兆しはまるで見えない。そんなクラスの女子たちの熾烈な戦いに対し、当の成瀬くんは「誰でもいいよー」と特に首を突っ込むこともせず、成り行きを楽しそうに見守っている。彼女たちの勢いに圧倒され、呆気にとられている私は端から戦線離脱。特別、成瀬くんと一緒に劇を演じることに興味もなかったことも相まり、自然とフェードアウトを決め込んでいた。


***


 一向に決まる気配のない話し合いに、困り果てる文化祭実行委員の鈴木くん。時間も忘れて、声を荒げて、各自持論を展開していくクラスの恋する乙女たち。そして、適当な茶々を入れつつ楽しんでいる無責任な男子も幾許か……。

 そんな状況に頭を痛めつつ、何ともカオスな様子を黙って見るしかない状態で立ち上がった人物こそ、ずっと静観していたはずの成瀬くんだった。


「あー、じゃあさ。俺が出す謎を初めに解いた人がシンデレラ役ってことで、どう?」


 大きすぎず小さすぎず。成瀬くんは普通に友だちと語る調子で言葉を続ける。さっきまで騒然としていたクラスも気付けば静まり返っている。


「やっぱりさ。王子とシンデレラの息はあった方がいいと思うんだよね。いいよね? みんな?」


 にっこりと笑いながら語る成瀬くんの行為は、いつになく強引に感じる。だが、満面の笑みを浮かべて堂々と言い切る成瀬くんに文句を述べる人もいなかった。


 そりゃあ、そうだ。

 現時点では、明らかに公平なチャンスがみんなに巡ってきているのだ。成瀬くん自身、そんな下衆な気持ちの動きを気付いているのかいないのか。みんなが反論しない隙に、計画を一気に話して畳み掛ける。

 成瀬くんは実に淡々と計画を述べていく。素知らぬ顔でさらりと語るものだから、その時点で成瀬くんの話術に引っかかっているなんて思いもしなかった。


「じゃあ、問題。今から十五分経ったら、俺がいる場所を探し出して迎えに来てね」

「「え……?」」

「正解者が出たら、正解者との写真をクラスの連絡網で流すから。ってことで、委員長さん。フライングして飛び出したら失格リストにチェックしておいてね」


 成瀬くんはルールを説明しつつ、テキパキと自分の荷物をまとめていく。


「じゃあ、十五分後。シンデレラ、お会いいたしましょう」

「「……」」


 いつも以上に爽やかな笑みを振りまき、あっという間に教室を飛び出していく成瀬くん。

 そんな成瀬くんの方法に、異論を述べる人はいなかった。というか、誰も口を挟む隙がなかった。むしろ、呆気に取られたうちに、物事が進んでしまっていたという表現が正しいかもしれない。

 第一、ここまで大掛かりな計画を実行に移している段階で反対するのは難しいことだ。そもそも、反対するなら成瀬くんの提案を覆すアイデアの提示は絶対必須条件なのは間違いない。

 今の今までシンデレラを決める良案を出すことが出来なかったクラスメイトたちが、成瀬くんのアイデアを覆すグッドアイデアを短時間で捻り出すことなんて出来るはずもなかった。

 混乱に乗じて、交渉を首尾よくまとめる。そんな成瀬くんの手腕は、最早お見事としか言いようがないだろう。


***


 ……十五分後。

 覚悟を決めたクラスメイトたちは、一人もフライングすることなく、一斉に成瀬くんを探しに教室を出発していく。


 鼻息荒く飛び出す子。

 教室の前で、右に行くか左に行くかで悩み始める子。

 手元のスマホで何かを調べている故か、おぼつかない足取りで取り敢えず教室を出て行く子。

 それぞれ思い思いの行動をとっているクラスメイトたちを見届けていると不意に声を掛けられる。


市川いちかわ、お前は探しに行かないの?」


 ボーッと教室で残っていた私に向けて、おもむろに語りかけてきたのは成瀬くんの幼なじみだという北川きたがわくん。明るくノリの良い王子様タイプの成瀬くんと一緒に並んでも、一切見劣りしない容姿を誇る北川くんが成瀬くんのように扱われない最大の理由は、恐らくこのチャラいと思われかねない軽い会話を繰り広げるせいだろう。


「あー……。特別、成瀬くんの相手役をしたい訳でもないし。何か蹴られて死ぬのも怖いし」


 当事者である成瀬くんに近しい人物に、下手に取り繕っても碌なことにならないだろう。ここは小細工しない方がいいはずだ。そう思った私は、素直な気持ちを述べる道を選択する。



 成瀬くんの相手役を特別したい訳でもない。

 これは、本当。


 馬に蹴られて死ぬのは怖い。

 これも、本当。


 何も、嘘は一つも述べていない。


「ははは。まぁ、そんなこと言うなよ」


 私の答えは、北川くんのお眼鏡にかなったみたいだ。声を出して笑っている北川くんの姿にホッとする。

 私のホッとした表情の変化を見逃すことなく、北川くんが急に真面目なトーンに戻して尋ねてくる。


「ってか、市川的に気にならない?」

「?」

「だって、お前さ。謎解き大好きだろ?」

「まぁ、ねえ。謎解きは好き、だけど……」


 これは謎解き、になるのだろうか? 確かに、成瀬くんは『かくれんぼ』をするとは言っていない。『謎』だと言い切った。ということは、キチンと意味がある場所で待っているということだろうか。


「気になりだした?」

「べ、別に……」

「ふーん」


 長い返事をする北川くんの瞳が、何だか怪しく光って見えるのは、気のせいだろうか? 若干たじろぐ私の傍から、そっと離れた北川くんはにこりと妖艶な笑みを浮かべつつ、とんでもない発言をしてくる。


「なぁ、俺が一番に成瀬を見つけたら面白い展開になりそうじゃない?」

「は?」

「市川より、早く謎を解きたいしさ。俺が成瀬の相手だと番狂わせすぎて、みんなすっごい顔をしそうだし。何か、面白そう!」

「え、え、え……?」

「さて、市川さん的に謎解き一番乗りを盗られる屈辱に耐えられるかな?」

「……」

「じゃあね!」


 チャラさ全開の言葉で煽るだけ煽った後、北川くんは教室を笑顔で飛び出していく。

 北川くんが言っていたように、私は謎解きイベントとか推理ゲームが大好きだ。一度、謎解きイベントの会場で北川くんと成瀬くんに遭遇したこともある。だからこそ、北川くんが私の謎解き好きを知っていることは不思議ではなかった。

 とはいえ、敢えて焚きつけてくるとは思わなかった。私がわざわざ危ない生存競争に巻き込まれないようにしていることに気付いた上での発言ならば、紛れもなく北川くんが放った言葉は宣戦布告。

 私が一番気になる手法で、私が最も興味をそそる方法で。その一点を上手に使って、焚きつけるなんて卑怯すぎる。気になって、気になって、仕方がない。


「あー……。もう!」


 そう言って、私も教室を飛び出していく。

 もう既に誰もいない教室に響く私の声は、誰に聞かれることもない。静かに響いている自分の声を背に、目的地に向かって走っていく。

 悔しいけれど、成瀬くんの言葉に隠されたヒントを繋いで分かったことがある。成瀬くんの気持ちが分かったからこそ……。だからこそ、成瀬くんの居る場所に行こうとしていた。


 成瀬くんの元に行ったところで、私は何がしたいのだろう。

 成瀬くんの相手役をゲットしたい訳ではない。勿論、クラスの催し物の妨害をするつもりもない。そんな私が、このレースに参戦することにどんな意味があるのだろうか……。

 私が行動することで引き起こされる未来を一切考えていない訳でもなかった。だけど、最後まで考えることを放棄した。気付けば考えるより早く、謎に隠された目的地に向けて、足早に進み始めている私がいた。


***


「成瀬くん」


 少しだけ学校から離れた場所にあるコンビニと公園の間にあるフェンスに寄りかかっている成瀬くんを見つけ、私は切れ切れな声を震わせ声を掛ける。切れ切れな声になっているのは、北川くんより早く見つけたくて走った結果だ。しかし、北川くんとのやり取りを全く知らない成瀬くんにはそうは映らないだろう。そう気付いた瞬間が修羅場だった。……まるで、成瀬くんの相手役を渇望しているみたいである、と。そんな私の葛藤に気付いているのかいないのか。成瀬くんはその点については触れることなく、手を軽くパチパチと叩きつつ、私を笑顔で出迎えてくれる。


「さすが、市川さん! お見事! 市川さんが一番乗りだよ」


 成瀬くんが寄りかかっているフェンスは、コンビニと公園の境界に設置されている。向かってフェンスの右側にはコンビニ、フェンスの左側には大きめな公園という位置関係だ。フェンスは乗り越え不可だが、キチンと歩道を使えば、コンビニから公園へは簡単に移動することが出来る。そのため、ちょっとした飲食物をコンビニにて手軽に購入し、ピクニック気分で公園にてくつろぐ人が多く、ここは近隣学生たちのみならず多くの市民たちの憩いのスポットとして人気を博している。

 とはいえ、学校からは比較的遠い場所に位置するため、公園にもコンビニにも、私は滅多に来ることがなかった。


「しかし、成瀬くん。……よく、ここまで十五分で移動できたねえ」

「まぁ、ね。十五分以内にクラスのみんなを撒けたらいい訳だし」

「なるほど、確かに。十五分以内に到着する必要性はない、か」


 成瀬くんの言う通り、十五分以内に目的地に着く必要性はないのだ。十五分という時間をフルに用い、目的地までの足がかりさえ作ることが出来ればよい訳だ。


「で、一応聞くね。どうして、この場所が分かったんだ?」

「シンデレラとは相棒に……息の合った『コンビに』なりたいんでしょ? でも、それだと学校近隣のコンビニでも問題ないはずよね。だけど、成瀬くんはもう一つヒントを言っていた『優勝かっさらうような演技をしたい』って。つまり、もう一つのキーワードは『好演(公園)』かと」


 せっかく行うのなら好演したい。そのためには、息の合うコンビでいたい。そのこと自体は理解できる感覚だと思っている。とはいえ、ノリだけで生きているような成瀬くんが文化祭の劇にキチンと向き合う律儀な一面があるとは意外すぎた。でも、そのひたむきな姿勢は何だか放っておけなかった。その心意気がスルーされてしまうのは、とても切なく思ってしまった。だからこそ、思わず駆けつけてしまった訳なんだけど……。


「お見事、お見事! 文句なし、パーフェクト! さすが、我がシンデレラ!」


 成瀬くんがとびっきりの笑顔で発言した瞬間。成瀬くんの言葉を聞いて、ようやく思い出すことがある。そうだった。これは、ただの謎解きではなかったんだ。


***


「……じゃあ、えっと。そういうことで……。成瀬くんがいたなら、それでいいので、えっと。さよなら」


 急に、自分の立ち位置を自覚し、慌てて逃げ帰るべく、成瀬くんに背中を向ける。そんな私の行動を見ていた成瀬くんが、毅然とした声で呼び止める。


「え? おい、何言っているんだ?」

「へ?」


 成瀬くんは不敵な発言をしながら私の傍に近寄り、一緒の写真を一枚撮る。流れるような手際のよさに、私は思わずフリーズしてしまう。私がフリーズしている間に、どうやら成瀬くんは手早く証拠の品々をクラスメイトたちに送っていたらしく……。


「よし、送信完了っと」

「ちょっ……。成瀬くん、何して」


 ハッと、我に返った時はもう時既に遅し……。


「ん? 市川さんの推理を録音したデータと到着記念写真を添付して、連絡網で流したの。もう逃げられないよ」

「え? え? え?」


 急に強気で攻めてくる成瀬くんの対応に、頭が付いていけず間抜けな相槌しか返せない。そんな私に対し、成瀬くんは余裕たっぷりのにこやかな表情をしつつ、言葉を続けていく。


「それでなくても、ここに立ち会っていた証人もいるしね」

「立ち合っていた……証、人?」


 意味が分からず成瀬くんの言葉を繰り返していた矢先、ある人物の顔が浮かび上がる。警告音のように身体中に響き渡る嫌な予感に促され、勢いよく振り返った先にいたのは予想通りの人物であったことは言うに及ばず。


「え……、北川くん。ずっと、ここで待ち伏せしてたの?」

「まさか! それだと、俺の勝ちだろ。というよりも、俺が先に見つけたとして市川に一番乗りを譲る理由あるか?」

「そりゃあ、まぁ……確かに。じゃあ、いったい……」


 あまりにもタイミング良く登場する北川くんに、自分でさえあり得ないと思っていることを口走っていることは理解している。とはいえ、冷静な判断を下すことは極めて困難なほどに、動揺しまくっている私は言葉が一切続かなかった。

 私の退路を断つ行為を推し進めていく成瀬くんの手際の良さを目の当たりにしてから、頭が割れるようにズキズキと痛んでいる。熾烈な女の戦いの最前線に、いきなり飛び出してしまったことに対する後悔も半端ない。そんな私に最後にトドメを刺したのは、他でもない自分自身が予測されていた通りの浅はかな行動を取っていた事実だった。


「え? 普通に市川が一番に成瀬を見つけると思ってたから、市川を尾行してただけ」

「……はい?」

「一番乗りを譲る気はない。だから、俺は成瀬を探すことはしなかった。だけど、市川の動きを観察はしていたんだよ」

「何、それ……。意味、分からないんだけど……?」

「つまり市川に一番乗りを譲って、恩を着せるつもりは更々なかった、ってことさ。だからこそ、市川を尾行したんだよ。あくまで、市川自身の自主性を重んじてね。成瀬のやりたい意図が分かった時、市川が熾烈な激戦に乗り込むことを恐れているからこそ、来るかどうかは半信半疑だったんだけど……。まぁ、そんな市川だからこそ見届けたくも思った訳で、尾行してたってこと」

「…………」

「第三者がいたら、さすがに結果を覆す気力もなくなるだろうからさ」


 自ら第三者と語る北川くんが立ち会う理由。それこそ……。


「到着記念写真の保険こそ、北川の存在って訳」

「え……、これ送ったの?」

「そうだよ? 素敵な一枚でしょ?」


 会話に加わった成瀬くんが見せてくれた写真こそ、クラスみんなに添付送信された到着記念写真だったのだが、あまりにも予想外の写真を撮られていた事実に目を丸くしてしまう。

 到着記念写真は、私と成瀬くんだけのツーショットかと思って青ざめていた。血眼になって探しているクラスメイトたちの神経を逆なでしかねない気がしたからこそ、血の気が引いていた。だが、実際には私と成瀬くんと北川くんの三人が映ったものを送信したようで、ツーショットは回避出来ていたらしい。とはいえ、ある意味ツーショットより衝撃的な写真になっていた。

 なんと写真の端で、北川くんはご丁寧にハンカチ噛み締めて悔しがった仕草をしていたのだ。その徹底した役者ぶりは憎らしいほど様になっている。類は友を呼ぶという言葉の通り、無駄にノリが良すぎるふたりの行動に眩暈がしてくる。

 既に、衝撃は受けた。だからこそ、もうこれ以上の爆弾発言はないと思っていたのだが……どうやら考えが甘かったようだ。


「自然に市川さんがハマりそうな罠を考えた結果とはいえ、予想以上にうまくいって自分も驚いてる」


 狙い撃ちで罠を仕掛けたことを淡々と認める成瀬くんの変貌ぶりに付いていけない。いつも教室で振りまいている爽やかな王子様オーラは一切なく、暴君な王様気取りをエンジョイしているようにさえ見える。しかし、それもこれも相手を意のままに操る手法の一環ならば、腑に落ちるものもある。

 クラスでも屈指の人気者として君臨している成瀬くんだからこそ、様々な顔を使い分けることさえ朝飯前でも不思議はないとも思えたからだ。とはいえ……。


「外堀から埋める、なんてさー。本当に先人たちは良い知恵を残してくれたよねー」

「よく言うよ。先人の教えなんてなかったとしても、お前はやっているだろ。成瀬の効果的に外堀を活用しつつ、じわじわと追い詰める行動なんて最早得意技の域だろ」

「ははは、北川酷いなー。でも、否定もしないよ」


 予想外の展開に若干パニック気味の私とは対照的に、ふたりはとても楽しそうに会話を繰り広げている。その中でもひときわ嬉しそうな表情をしているのは、他ならぬ成瀬くんだった。

 全く悪びれもせず、あっけらかんと手の内を見せ続ける彼らの思惑は一切読み取れず、脳内コンピューターはもうショート寸前だ。現状の整理さえおぼつかない私に対して、成瀬くんは遠慮なく追撃してくる。


「今は謎解き好きだけが勝ってるみたいだけど、まぁいいよ。外堀をガッツリと埋めつつ、じっくり惚れさせてみせるから。よろしくね、シンデレラ」


 そう言って、不敵な笑みを浮かべる王子様に冷や汗が止まらない。


 この冷や汗の原因は、馬に蹴られて死ぬ恐怖?

 それとも、厄介な人のパートナーになってしまった恐怖?


 これから私を取り巻く環境の変化を恐れつつ、ひと回りもふた回りも上手な役者たちに反撃できず、ただただ頭を痛めていた。後に成瀬くんの策略通り、まんまと溺れる未来が訪れることなんて、この時は想像すらしていなかった。だからこそ、現在悩ませている頭痛のタネがまだまだ序の口であることさえも、これっぽっちも気が付いていなかった。



【Fin.】

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― 新着の感想 ―
[良い点] 昔、ドキドキクライマックスの犯人はキミだ!で見て好きだなぁと思ったのを覚えています。なんだか懐かしかったです。 [気になる点] 主人公の末路が気になる…!
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