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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第四章 青嵐
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98 沢女のなつやすみ

人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。

ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵まよい


剣も魔法もつかえません。

特殊なスキルもありません。

祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。

ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。

        《カフェまよい》  店主 真宵


《カフェまよい》から数km離れたところに一本、川が流れている。

決して大河と呼ぶような大きな川ではないが、力強く豊富な水を湛えた清流である。

その川の上流にむかって一人の妖怪が歩いていた。

山歩きにはあまり向いているとは思えない僧衣を纏った男で、大福のようなまんまるな顔には垂れた目と顔の半分はありそうな大きな口がついていた。

そして、その髪の毛のない頭の上に小さな女の子を乗せていた。


「沢女さま。もう少しで着きますからな。」


男が頭に乗せているのは『沢女』。

元は川を守る土地神で、現在は人間の娘が営む甘味茶屋を手伝っている妖怪である。

いま、ふたりが目指している川は、つい半年ほど前まで沢女が川守を務めていた場所である。


「沢女さまがいなくなった後、なんとかやっとりますが、なかなか同じというわけにもまいりませんでなあ。とりかえしのつかない失態や変化はなくとも、澱みや滓は少しづつ溜まっていくものですからな。こうやってご足労願うのは、大変申し訳なく・・。」


「いいのよ。」

頭の上の沢女が語る。

《カフェまよい》ではまったくしゃべらず、店主の娘や一部の従業員にはそういう妖怪だと思われているが、別に沢女はしゃべれないわけではない。


「もともと、わたしのわがままであなたたちに任せっきりにしているんだもの。なにかあったときには、遠慮なく呼んでくれていいのよ。川守の任は降りたけど、わたしにとってあの川は大事な故郷であることに変わりはないんだから。」


「そう言っていただけると助かります。なにしろわれらはただの魚妖ですからな。なかなか川守の仕事となると・・・。」

そう言って、男は額の汗をぬぐった。


「あ。あのむこうですよ。」


男が木々の間を抜けると、少しひらけた場所に出て、視界の先にはキラキラと光が反射する水面が見えた。

そして、川の辺に一人の女性が立って、ふたりを待っていた。


「沢女さまーー。おかえりなさいませー。」

大きく手を振ってふたりを出迎える。


「久しぶりね。『山女魚』。」


「お久しぶりです。沢女さま。お会いしたかったです。・・・もう、『岩魚坊主』。もっとはやくにお連れする予定だったでしょう。なにグズグズしてたのよ? 沢女さまに何かあったかと思って心配したじゃない。」


「むうう。これでも急いだんだがなあ。わしのような魚妖があんな峠の茶屋まで行くのは大変なんじゃぞ。」


「アンタがヘマして干からびようと、腹を割かれようと、どうでもいいけど、沢女さまになにかあったら承知しないんだからね。」

山女魚は岩魚坊主をねめつけた。


山女魚ヤマメ

若い女性の姿をしたヤマメの妖怪。


岩魚坊主イワナぼうず

僧侶の姿をした岩魚の妖怪。


ともに、水のきれいな清流にしか棲めない妖怪なので、沢女を敬愛している。

仏像や僧侶に化け、川で殺生をしないように人間を諭す。彼らもまた川を守る妖怪である。



「そう、岩魚坊主を責めないであげて。わざわざ迎えに来てくれたんだから。それにゆっくり歩いてきたから、この辺の景色もゆっくり見られてよかったわ。」


沢女が微笑んでたしなめると、山女魚も黙るしかなかった。


「じゃあ、さっそく川の様子を見させてもらうわね。」


沢女はそう言うと、岩魚坊主から飛び降りて、川へと走っていった。

ポチャ。と小さな音をたてて、川に飛び込むと、そのまま浮いてこない。

山女魚も後に続き、川へと飛びこむ。

岩魚坊主も荷物をその場へ置くと、追いかけた。


沢女は水の中にいた。

手で水を漕がなくても、足で水を掻かなくても、沢女は自由に水の中を移動できた。

時に流れに身を任せ、木の葉のように流されたかと思うと、時に水の流れも物理法則も無視したように流れに逆らい上流へ登っていく。

そんなことをしながら、懐かしい川の波動を感じ取っていた。

山女魚や岩魚坊主はそんな沢女に遅れまいと必死についていく。

こちらは魚妖らしく足を使い手で漕ぎ、力強く泳いでいく。

沢女のような神がかった動きではないが、清流を泳ぐ魚のように全身をつかった見事な泳ぎだ。


久しぶりの川を堪能すると、沢女は渓流の真ん中にある岩にちょこんと腰掛けた。

そこに、山女魚と岩魚坊主が水面から顔を出す。


「そうね。たしかに少し水が濁ってるかしら。日照りで水の量が減ってるからでしょう。心配ないとは思うけど、せっかく来たんだから水をきれいにしておくわ。あと、少し下流のほうにちょっとおかしな波動を感じるけど何かあった?」


「はい。梅雨の長雨で、一部、川に土砂が流れ込んだ場所があります。」


「それで、水の流れが少し変わっているのね。後で見に行くわ。」


沢女は川の波動を感じただけで、水源地から海へとつながる河口まで、すべての現状を把握できる。

川の異変や問題を次々と言い当てていく。


「それくらいかしら? 他になにかある?」


「あ、岸涯小僧がんぎこぞう! あのガキが最近、上流までやってくるんですよ! ヤマメやイワナまで獲っていって。すっごい迷惑してます。」

山女魚が怒った。


岸涯小僧は河童に似た子供の妖怪だ。

泳ぎが上手く、川で魚を獲って食べ生活している。

山女魚たち魚妖からすれば、忌々しい存在だ。

その岸涯小僧が最近、この川にまで現れ、魚を獲っているのだ。


「まあ。」

沢女はクスリと笑う。


「それは困ったわね。でも、少しくらいは許しておあげなさい。魚も増えすぎると川の生態を崩してしまうものよ。あまり獲り方が過ぎるようなら、わたしから河童に言ってあげるわ。」


「はぁい。」


山女魚は渋々了承した。

河童は岸涯小僧の後見人のようなことをやっている。

見かけによらず良識派なので、話せばちゃんとわかってくれるだろう。



「あ。やっぱり沢女さまだー。」


突然、水面からひょこっと魚が顔を出した。

それを皮切りに、まわりの水面から次々と魚の顔が飛び出してくる。

山女魚たちの眷属の魚妖たちだ。


「皆、元気でいましたか?」


沢女の言葉に、魚たちが一斉にバチャバチャと喜び騒ぎだす。

中には空中まで飛び跳ねる魚妖までいた。


「そうだ。あなたたちにお土産があったんだったわ。」


「お土産?」

「うわあーーーい。」

「沢女さまーー。」

水音がうるさいくらいに騒ぎ出す。


「ふふ。岩魚坊主、運んでもらった荷物も持ってきてもらえるかしら?」


「ええ。少々お待ちください。」


岩魚坊主は岸まで戻ると荷物を頭に載せ、濡らさないように器用に泳いで、沢女のいる川の真ん中にある突き出た岩までまで持ってきた。


「開けてもらえる?」


岩の上に岩魚坊主と山女魚があがると、荷物の包みを開ける。


「その細長いほうがみんなのお土産よ。『水羊羹』ていうの。」


包みの中には二本の水羊羹と折り詰めがひとつ入っていた。

全部、《カフェまよい》から持ってきたものだ。


「ああ。でも、切り分けるものがないわね。仕方ないわ。ちょっとお行儀が悪いけど、手で千切りましょうか。」


沢女は山女魚と岩魚坊主に命じて、水羊羹を千切って水面に投げさせる。

すると、次から次へと争うように魚妖たちは口でキャッチしていく。


「ひとりにつきひとカケラよ。ズルはだめよ。もらった子は退がって。」

山女魚が子供に言い聞かせるように、指示しながら、水羊羹を投げる。


「ほら。沢女さまに感謝しろよ。おまえたちのためにわざわざ持ってきてくださったんだからな。」

岩魚坊主が教師のように、魚妖たちを教示する。


「沢女さま、ありがとー。」

「あまーい。」

「プルプルしてる。」

「おいしーい。」


水羊羹をもらった魚妖たちは、口々に喜びの声を上げた。


「ふふ。そのお菓子は『水羊羹』と言ってね、もともとは『羊羹』て言うもっと固くて甘味の強いおかしなんだけど、暑い夏場でも食べやすいようにって、やわらかくあっさりした甘さにしているのよ。」


『水羊羹』は現在、《カフェまよい》で提供されている。

暑い時期に、羊羹のねっとりとした食感よりもいいだろうと、寒天の割合を調整し、プルプルとしたゼリーのようなゆるゆるの食感にしてある。

のどに滑り込むようにはいっていく水羊羹は、まさに夏のお菓子だろう。


「あの・・・、沢女さま。」

岩魚坊主がなにやら遠慮がちに言う。


「なあに?」


「あの、全部やってしまうと、わしらのぶんがのうなってしまうんですが・・。」


「そうですよ。あたしたちも少しもらってもいいでしょう?」

山女魚も同意した。


しかし、沢女は首を振る。


「駄目よ。これはこの子たちのぶんよ。全部あげてしまいなさい。」


「そんなあ。」

「殺生な。」


ふたりは不満を漏らしたが、沢女には逆らえず、渋々残った水羊羹も水の中の魚妖に与えてしまう。


「ふふ。だいじょうぶよ。あなたたちには特別なお土産を用意してるんだから。」


沢女の言葉につまらなそうに落ち込んでいたふたりの顔がパッと明るくなる。

沢女は包みの中にのこった折り詰めの蓋を開けた。


「はい。どうぞ。『岩清水』って言うお菓子よ。きれいでしょう? 今月だけしか作っていないお菓子なのよ。」


「うわぁ。素敵。これ、ほんとに食べられるんですか?」


「これはまた、見事な菓子ですな。」


ふたりに渡された菓子は、まるでガラス細工のように透明で、中には数粒の小豆と緑色の餡が封じ込められていた。

まるで美しい清流の一部を切り取ってきたようだ。


「うわぁああ。きれー。いいなあ山女魚さま。岩魚坊主さま。」

川の中の魚妖がふたりのもつ小さな菓子に釘付けになる。


「ふふ。『岩清水』っていうのは、岩から沁みだした清水が川の流れを作る様をお菓子で表現したんですって。川を守ってくれたあなたたちにぴったりのお土産でしょう?」


お土産がこの『岩清水』になったのはただの偶然だ。

突然、岩魚坊主が店にやってきて、川が濁ってきたので助けてほしいと言って来た。

力になることはやぶさかではなかったが、いきなりだったのと土曜の深夜だったので、店主の了解もとれず、『座敷わらし』と『迷い家』だけには後のことを頼んできた。

月曜に帰れないときのことを考え、『瓶長』に代理を頼むよう言付けた。

土産を持たしてくれたのは、座敷わらしだ。

たまの帰郷なら、土産のひとつも持っていけ、と冷蔵庫の菓子を渡された。

『岩清水』と『水羊羹』。奇しくも水の名前を冠した菓子を渡されたのは、夏場の涼しげな菓子には水に関するものが多いのと、日持ちがする菓子だったので冷蔵庫に残っていただけのことだ。


「ああーん。食べるのがもったいないわ。」

山女魚はあまりの美しさに食べるのを憚られていた。


「むう。寒天のようですな。中の緑色の水草は餡子のような・・。見た目も味も楽しめるとは、これはまた素晴らしい。」

岩魚坊主は少しだけかじると、味を堪能していた。


「ふふ。あなたたちが、このお菓子に負けないくらいきれいな川にしてくれることを期待しているわ。」

沢女は微笑んだ。


ふたりはその言葉に、はしゃいでいたのをやめ、深くかしずいた。


「もちろんです。沢女さまがいつお帰りになっても、失望せぬよう、この川を守って見せます。」


「この岩魚坊主、心血を注ぎ、川守の任、勤め上げてみせますぞ。」


「ふふ。頼んだわよ。」



沢女が《カフェまよい》の仕事を請けたとき、後任に迷わずこのふたりを選んだ。

山女魚も岩魚坊主もそれほど強い妖怪ではない。

妖力だけとれば、この川にももっと強い妖怪はいるだろう。

だが、沢女はこのふたりこそが川を守る職にふさわしいと思った。

山女魚も岩魚坊主も、仏像や僧侶に化け、人間に川での殺生を戒める妖怪だ。

だが、人間を呪ったり傷つけたりはしない。

岩魚坊主などは一度は人間に腹を割かれたことがある。それでも、祟ることも復讐することもなかった。

とても優しい妖怪なのだ。

傷つけられても裏切られても、ただただ、川の大切さを殺生の無意味さを説いてまわった優しい妖怪。

もしかしたら、川を汚され埋められ、失望し、人間の顔を見るのも嫌になっていた自分などより、よっぽど川守にふさわしいのかもしれない。


(このふたりがいなければ、あの店の仕事も請けていなかったかもしれないわね・・・・。)


そんなふうにさえ思える。

このふたりの優しさにひたむきさに触れていなければ、自分はまだ人間に失望したままだったのではないか? 絶望したままだったのでないか?

そう思えば、このふたりは恩人なのだ。

沢女にとっても。もしかしたら《カフェまよい》にとっても。



「さあ、それを食べたら、仕事をしましょう。まずは、土砂が流れ込んだって場所ね。」


「はい!沢女さま。」


沢女の里帰りは忙しくなりそうだった。




読んでいただいた方ありがとうございます。

《カフェまよい》のインフラ担当、沢女のおはなしでございます。

初登場といたしましては『山女魚』『岩魚坊主』です。


今回をもちまして四章 青嵐 が幕となります。

次回より幕間劇をはさみまして、五章 蝉時雨 の予定です。

とくに何が変わるわけではありませんが、七月の終わりからお盆までのお話の予定です。

引き続き読んでいただければ幸せです。

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