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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第四章 青嵐
95/286

95 田の神泥の怪

登場妖怪紹介


泥田坊どろたぼう

田んぼ仕事で、泥に足をとられて動けなくなったり転んだりするのを妖怪のせいにされたことから生まれた妖怪。

地中から腕や顔を出した状態で動き回るが、下半身は決して地中から出さない。

田んぼ仕事を怠けて、田を荒廃させると、家まで来て仕事をせかす。



妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

夏も本番に差し掛かり、強い日差しが峠の茶屋を照りつけていた。

梅雨のような長雨はほとんどなくなったが、太陽が少し傾きかけた時間帯に、よく夕立があり、ひとときの清涼感を届けてくれていた。




「あら? 今日も降ってきたわね。」


店主である真宵は、外から聞こえる雨音にポツリとつぶやいた。

最近はよくこの時間帯に雨が降る。

南国のスコールほどではないにしろ、けっこう一気にドサッと降って、パッと止む。夏らしいといえば夏らしい。

雨が降ると、一気に気温が下がるので、クーラーも扇風機もないこの世界では、けっこうありがたかったりするのだ。まあ、そのあと、余計に蒸し暑くなったりもするのだが。

やはり、恵みの雨、というだけあって、まったく降らないと困ってしまうのだろう。


「・・・すいません。私のせいで。」


テーブル席にひとりで座っていた女性がポツリとつぶやいた。


「え? 違いますよ。ぜんぜん雨女さんのせいじゃないですよ。」


雨女あめおんな

雨雲を連れてくる女性妖怪。

彼女の現れるところは、必ず雨に見舞われる。

男女の秘め事から生まれた妖怪とも言われている。


最近は、この時間によく来店する。

実際、雨女が来ると高い確率で雨が降るのだが、雨女が雨を降らせているのか、雨が降るときに雨女が現れるのか、真宵はよくわかっていない。

前に、座敷わらしに尋ねたが、「どっちにしろ同じことじゃ。どっちが先でどっちが後か、など考えるだけ無駄じゃ。」と一蹴された。

納得したわけではないのだが、そういうものだと受け入れてしまったほうがはやいのだろう。


「それに、これだけ暑いと、たまには雨も降ってもらわないと、木や草も萎れちゃいますからね。」


「ふふ。そうですねぇ。私も、日照りで作物が枯れそうだら雨を降らせてくれ、とか、雨が続いて畑の土が流されるからもう降らさないでくれ、とか好き勝手言われたりしますよ。」


ハハ。と真宵は愛想笑いをした。

たしかにそういうものだろう。とくに人間は。

雨が降れば、邪魔だ。不快だ。憂鬱だ。と文句をいい。日照りが続けば、暑い。作物が。水不足が。と騒ぎ立てる。

自然に感謝するより、文句をいうほうが圧倒的に多い気がする。


「どうぞ、ゆっくりしていってくださいね。」

真宵はにっこりと微笑んだ。



「すみませんだど。」


店の入り口から、野太い声が聞こえた。

《カフェまよい》の入り口は自動ドアではないが、営業中は当然、鍵は掛けてないので引けば開くし、自由に出入りできる。

しかし、かの声の主は入ってこようとも、戸を開けようともしなかった。


「あ。はーい。すぐ、開けます。ちょっと、待ってくださいねー。」

真宵は入り口に向かって言った。

真宵には声の主に見当がついていた。



「はい。おまたせしました。」

真宵が入り口を開ける。


一見、誰もいないように見えるが、少し視線を落とすと地面から泥だらけの上半身がニョキっとでていた。


「こんにちは。泥田坊さん。雨の中よくいらしてくれました。」


泥田坊どろたぼう

田んぼ仕事で、泥に足をとられて動けなくなったり転んだりするのを妖怪のせいにされたことから生まれた妖怪。

地中から腕や顔を出した状態で動き回るが、下半身は決して地中から出さない。

田んぼ仕事を怠けて、田を荒廃させると、家まで来て仕事をせかす。


今日は、外が雨なだけあって、いつもよりさらにドロドロである。


「こんにちわだど。また来させてもらったど。」


「はい。ご来店ありがとうございます。今日はなんにしましょうか?」

真宵は小さい子供の相手をするようにしゃがんでから、手に持ったメニューを開いて泥田坊の方に向けた。


普通なら、まず店内の席に案内するのだが、この泥田坊という妖怪はちょっと特殊で、土の中を泳ぐように移動し、地上には上半身だけ姿をみせる。下半身は土の中から出さないのか、もともと上半身だけの妖怪なのか真宵はよく知らない。

とにかく、常に土と泥にまみれた妖怪なので、店内にいれてしまうと、店を泥だらけにしてしまうのだ。

そのため、店の建物そのものである『迷い家マヨイガ』が嫌がって出入り禁止を言い渡されていたのである。

現在は真宵の取り成しで、店内に入ることはできないが、店頭で注文し持ち帰ることは許されており、いつもこんなふうに店外から声をかけ、戸を開けてもらうようにしている。泥だらけの手で扉を触って汚さないようにするためだ。

行儀がいい、というよりも、二度と出入り禁止をくらってなるものか、という強い意志が感じられる。


「うーん。なににするか迷うど。おはぎもいいし、まんじゅうも捨てがたいど。」


「ふふ。ゆっくり悩んでもらってだいじょうぶですよ。ちなみに今日のおまんじゅうは『塩大福』ですよ。」


「むおーー。うまそうだど。それにしようか・・・む? こ、これはなんだど? 『おにぎりセット』?ここで米の飯が食えるのだか?」


「え、ええ。ランチが終わったあとも、お腹の空いているお客さん用におにぎりを出しているんです。ああ、そういえば、泥田坊さんはお持ち帰り専門ですものね。」


最近は『おにぎりセット』がいつでも食べられるようになったが、以前はご飯が食べたい場合はランチタイムにランチを食べに来ないと食べられなかった。

特に、ランチは持ち帰りできないので、持ち帰り専門の泥田坊にはその選択肢はなかったのだ。


「そ、それを頼むど! 『おにぎりセット』にするど。米の飯が食いたいど。」

泥田坊は興奮気味だ。


「は、はい。えーと、お持ち帰りなんで『おにぎり』になりますね。ひとつでいいですか?三個セットになってますけど。」


「もっとたくさん買って帰ってもいいだか?」


「ええ。一応、おにぎりは三個いりをふたつまで、お持ち帰り可、ってなっていますけど。」


《カフェまよい》のローカルルールだ。

一部の妖怪による買占めを防ぐために常連が作ったルールだったが、いまではすっかり定着していた。ちなみに、『おはぎ』なら六個。『羊羹』なら一本が限度である。


「ちょうどいいど。二人前たのむど。友達と食べられるんだど。」


「かしこまりました。『おにぎり』二人前ですね。ふふ。泥田坊さん。お米のご飯お好きなんですね。」


「米は大好きだど。自分でも田んぼでつくってるんだど。」

地面から出ている上半身だけで胸を張る。


「あら?そうなんですか? すごい。」

真宵は感心した。

この世界に来るようになってだいぶ経つが、ほとんど、店から出ることがない真宵は、この世界でどんなふうに妖怪たちが生活しているのか、あまり知らなかった。


「じゃあ、泥田坊さんのつくるお米に負けないくらいおいしいおにぎりを持ってきますから、ちょっと待っていてくださいね。」


「待ってるど!」

泥田坊は上半身だけで踊りだしそうなほどはしゃいでみせた。


(ふふ。泥田坊さんてば、子供みたい。)

そんなことを思いながら、真宵は厨房に向かった。

その途中、ふと疑問に思った。


(そういえば、泥田坊さんの坊って、お坊さんの坊? それとも、坊やの坊かしら?)


考えてみても、いつも泥だらけで年齢も顔も身形もわからないので判断がつかなかった。







「もどったどーーー。」


泥田坊は自分の棲家の田んぼに戻ってくると大きく叫んだ。

そこは、山の斜面をつかったおおきな棚田で、日当たりのいい山の南側が波紋か魚の鱗のように開拓されている。

先程まで降っていた雨で、田の稲やあぜの草にはきれいな水滴が光っている。

泥田坊は手に大事そうに《カフェまよい》の包みを持っていた。

本人は泥だらけで、地中を泳いで帰ってきたはずなのに、包みは手に持った部分に少し泥がついているだけで、あとは不思議とまったく汚れていなかった。


「おかえりーー。」


だれもいない田んぼから、返事が返ってくる。

返事の主は、透明人間でも、泥の中に隠れているわけでもない。田んぼの真ん中に一本だけ立てられた鳥よけの『案山子カカシ』だ。

カカシは突然、ばねで跳ね上げられたように高くジャンプすると、空中でくるりと回転し、泥田坊の横に突き刺さった。

竹の棒を十字に組み、藁と紐でつくったなんとものどかなカカシだ。ご丁寧に、頭には麦わら帽子、手には手袋、体には木綿の着物が着せられ、顔にはへのへのもへじが書かれてある。


案山子神かかしがみ

田や畑を守る案山子の九十九神である。


「お土産買ってきたどー。」

泥田坊は包みを大きく掲げる。


「ほんと? やったぁー!」


案山子神はピョンと飛び上がると、人間に化けた。

化けたといっても、着物や麦わら帽子はそのままで、竹や藁の部分が足や腕になっただけだ。

顔もなんとなく、へのへのもへじの名残なのか、まんまるまなこの団子鼻のへの字口だ。なんとも愛嬌のある顔である。


「何買ってきたの? おはぎ? 饅頭?」


案山子神はまんまるな目を輝かせ、包みをみつめる。


「今日はなんと、『おにぎり』だど。」


「え?おにぎり? あのお店って甘味茶屋じゃないの?」

案山子神は意外そうに言った。


案山子神自身は、《カフェまよい》に行ったことはないので詳しいことはよく知らないが、おいしいあまいものを売っている店であると思っていた。


「おらは入れないだども、お昼はらんちって言ううまい飯もだしてるんだど。最近は、おにぎりも売ってるそうだど。」


泥田坊も、ついこの間まで出入り禁止にされており、いまも店内には入れてもらえないのでそこまで詳しくはない。


「へえ。楽しみだな。じゃあ、さっそく食べようよ。ボク、お腹空いちゃった。」


案山子神は田んぼから少し離れた場所に腰掛ける。

泥田坊はもともと上半身しか地上に出ていないので、案山子神が地面に座ると、やっと同じくらいの目線になった。


「さあ、食べるど。」


泥田坊が布の包みを開けると、中には竹の葉で包んだおにぎりがふたつつみはいっていた。

ふたりはそれぞれおにぎりをとると、竹の葉を剥く。


「うわぁ。おいしそう!」

案山子神が思わず声を漏らした。


なかには三色のおにぎりがきれいに並んでいた。

白い白米に、緑色のものが混じったまぜご飯に、茶色いご飯。

握り飯といえば白いご飯のイメージしかなかったふたりは意表を突かれた。


「うーん、どれから食べよう?」


「なやむど。でも、おらはやっぱり白い飯から食べたるど。」

泥田坊は白いおにぎりを手に取った。


「よし!ボクもそうしよう。」


ふたりは仲良く白いおにぎりにかぶりついた。


「あっ。梅干しおにぎりだ。」

「おら、梅干しおにぎりが一番好きだど。」


昔ながらの漬け方をした肉厚の梅干しがご飯にあわないはずはなかった。

ふたりはパクパクとおにぎりを腹の中に片付けると、二人仲良くプっと梅干しの種を吐き出した。


「うーん。ボクは次はこの緑色のを混ぜてあるやつにするよ。」


「おらもそうするど。」


また、ふたり仲良くかぶりついた。


「うわぁ。おいしい! なんだろう。海の香りがするよ。」


「これ、たぶんわかめってやつだど。」


「わかめか。それで海の香りがするのか。・・・あれ?わかめの他にもちっちゃい魚みたいなのがはいっているよ。」


「ほんとだど。めだかみたいなちっちゃい魚だど。」


泥田坊たちは名前を知らなかったが、この魚は『ちりめんじゃこ』とか『シラス』とか呼ばれるカタクチイワシの稚魚の釜ゆでしたものだ。

これは『じゃことわかめのまぜおにぎり』だ。


「海草と魚で海のにおいのするおにぎりか。海の水ってしょっぱいんだっけ? このおにぎりの塩も海の塩かな?」


「きっと、そうだど。」


かたや田んぼを守る案山子神、かたや田んぼに棲む泥田坊。ふたりとも海など行ったこともないのだが、『じゃことわかめのまぜおにぎり』はその見たこともない世界を想像させてくれる味だった。


「最後のこれは何かな? 失敗して焦がしちゃったんじゃないよね?」


「たぶんちがうとおもうど。」


案山子神は最後の茶色のおにぎりを手に取ると、ちょっと鼻に近づけた。


「あ、これ、醤油だ。お醤油の匂いがする。たぶん、お醤油を塗ってから焼いたんだよ。」


「ほんとだど。醤油のにおいがするど。それになんか香ばしいど。」


泥だらけの顔で、どこに鼻があるのかもよくわからなかったが、匂いはちゃんとわかるらしい。

泥田坊は茶色い醤油味の『焼きおにぎり』を口に運ぶ。


「おいしいぃーー!!」

「うまいど!!!!!」


さすがに焼き立てとはいえないが、表面のパリパリに焼けた部分は適度な歯ごたえで、前に食べた二つとは違った食感を楽しませてくれる。

口の中に広がる醤油の風味と香りは焼いたせいで香ばしく、知っている醤油の味より深くうまみを感じた。

おそらく醤油になにか出汁のようなものや、隠し味で酒のようなものも混ぜているのだろう。

でなければ、醤油だけでこんなにおいしくなるとは思えない。


「醤油味なんだけど、ほのかに甘みがあってご飯の味もちゃんとあって、うーん、これ、ほんとうに醤油?」


「うまいど。うまいど。」


ふたりは夢中でかぶりつき、三個のおにぎりをきれいにたいらげた。



「うわぁ。おはぎやお饅頭もおいしいけど、おにぎりはもっとおいしかった。こんなにおいしいんなら、ボクも行きたいなー《カフェまよい》。」


「カカシは田んぼを離れられんだど?」


「わかってるよー。そんなこと。」

案山子神は拗ねたように唇をとがらせた。


案山子神は、めったなことでは田んぼから他のどこかへ行ったりできない。

カカシは昼も夜も田や畑に立って、動物から守るのが仕事だ。

案山子神も同じだ。

カカシが勝手にどこかに行ったりしないのと同様に、案山子神も自由に移動できない。

それは本人の意思や希望とはまた別の、妖怪としての性、案山子としての宿命のようなものである。


「心配しなくても、オラがまた買ってきてやるど。だからカカシは、ちゃんとこの田んぼを守るんだど。」


目の前には青々とした稲が育っている棚田が広がっている。

この時期、稲は一日ごとに一雨ごとにスクスクと成長する。

いまはまだ、穂に実が入っていない状態だが、じきに実って穂が垂れる頃にはそれを狙って鳥たちがやってくるだろう。

それを守るのが案山子神の役割だ。


「わかってるよぉ。」


「よし!今年の目標は、あの店の『おにぎり』より、うまい米をつくる、だど!」


「えぇー? それは、無理じゃないかなぁ?」


「なに言ってるど!もっともっとうまい米をつくってやるど。やってみないとわからないんだど!」


泥田坊と案山子神は、自分たちの棚田を一望した。


雨雲は既に去り、天からは夏の日差しが田の稲たちに降り注いでいた。






読んでいただいた方ありがとうございます。

「泥田坊」再登場と「案山子神」でございます。

案山子神は案山子の九十九神とさせていただきましたが、ほんとは神話の流れを汲むえらい神様という説もあるようです。

このおはなしでは、神様とか関係なく、普通のカカシから派生した妖怪さんですので、よろしくお願いします。


このおはなしとは無関係ですが、同サイトに「駄菓子召還 ~地獄に堕ちたみたいなんで、とりあえず楽園を目指そうと思う~」という別小説を投稿させていただきました。

「妖怪道中甘味茶屋」とはだいぶ毛色が違いますが、よろしければそちらのほうもよろしくお願いします。

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