93 女子の友情
《カフェまよい》 メニュー
『水饅頭』
『饅頭セット』でつくられている饅頭のひとつ。
少し白がかった半透明の皮が涼しげな饅頭。
中身はこしあん。
皮は片栗粉や米粉で作られることもあるが、《カフェまよい》では食感を重視して、わらび粉と葛粉を混ぜて使っている。
「ただいまー。」
鞍馬山の『天狗』の娘、綾羽は扉を開けた。
ここは、自分の家でもなければ鞍馬山でもない。
現在、綾羽は家出中であり、この家は綾羽の友人の家である。
こじんまりとした小さな家だが、清掃が行き届いており、あちこちにおかれた小物や家具も、住人の趣味を感じさせるセンスのいいものが置かれている。
「おかえりー。」
家の主である娘が応えた。
綾羽と同じくらいの年齢の娘で、幼さの残る可愛らしい顔立ちをしている。
「ただいま、めーな。お土産買ってきたよ。」
綾羽は『めーな』と愛称で呼んでいる友人の隣にちょこんと座ると、大事に持って帰ってきた包みを床に置いた。
「ほんと? やったあ。またあの人間の女の子がやっているっていうお菓子屋さんの?」
「お菓子屋さんじゃなくて、甘味茶屋ね。まあ、どっちでもいいけど。」
「ふふ。綾羽の愛しの君と恋敵が一緒に働いているんだもの。複雑よねえ。」
妖異界で唯一、人間の娘が営んでいる甘味茶屋、《カフェまよい》。
そこには、綾羽の元婚約者?の右近という烏天狗と真宵という人間が働いている。
右近は料理の仕事がしたいと、鞍馬山の仕事を辞めたと言っているらしいが、綾羽とめーなは、二人の関係を怪しんでいる。
「ちょ、ちょっと、めーな。へんなこと言わないでよ。あ、あたしは別に、アイツのことなんてなんとも想ってないんだからね。」
「ふーん。なのにあんな遠いお店までたびたび通っているの?」
「そ、それは、あそこのお菓子がおいしいからよ。それだけよ。へんなこと言うんだったら、お菓子わけてあげないからね。」
綾羽は土産の包みを開ける。
「ふふふ。それで、今日はなに? おはぎ?おまんじゅう?あのお花みたいなお菓子?」
「今日はね、おまんじゅうよ。『水饅頭』。」
「みず饅頭? みずって、あのお水?」
「そうよ。見ればわかるわ。あ、よかった。つぶれてないわ。やわらかいおまんじゅうだから、持ち帰るときに気をつけてって言われていたの。空を飛ぶのも、いつもよりもゆっくり飛んできたんだから!」
「へぇ。・・・まあ! 素敵!きれい! こんな可愛いのはじめてよ!」
めーなは折詰めの中にはいっていた饅頭の美しさに声を上げた。
折の中には、乳白色の半透明の曇り硝子のような皮のなかに餡子が透けて見える美しい饅頭が並んでいた。
「ふふ。でしょう? まわりの皮プルプルなのよ。お店で一個だけ食べたんだけど、絶対めーなも気に入ると思って、お土産はこれにしようって決めてたんだ。」
綾羽は、『水饅頭』を崩さないように慎重にひとつ、めーなに渡す。
「ありがとー。うわっ。ほんとにプルプルしてるのね。それにちょっとひんやりしてる。」
めーなは、水饅頭を大事そうに顔の前まで持ちあげると、舌先でペロっと嘗める。
「あーん。そとのプルプルのとこもほんのちょっと甘いのね。」
めーなは水饅頭にチュッと口づけすると、まるで猫のようにペロペロと嘗めだした。
「めーな、いつも言っているけど、その食べ方、お行儀悪いわよ。」
「ふふ。いいでしょう?だれもいないんだし。あーん、この水饅頭って食べちゃうのもったいない。この前のお花みたいなお菓子も可愛かったけど、あたしはこっちのほうが好きだわ。」
「ああ、『紫陽花』ね。 あれも可愛かったわね。アタシは味はあっちのほうが好きかな。」
「ええー。水饅頭のほうが可愛いわよぉ。」
「めーなはペロペロ嘗められればいいんでしょう? アタシはあの練りきり餡が好きなの。」
綾羽は水饅頭をパクリと一口で食べる。
口の中でプルプル震える皮を破ると、中から甘いこしあんが顔を出し甘さが広がる。
「うーん、餡子はおはぎのとかわらないこしあんなんだけど、口の中でプルプルの皮とあわさると、まったく違う印象のお菓子になるのよね。」
そう言って綾羽がめーなの方を見ると、めーなはあろうことか、ペロペロと半透明の皮を嘗めとってしまい、つるんと皮だけ吸い込んでしまう。
手の上に残っているのは中身の餡子玉だけだ。
「ちょっと、めーな。なんて食べ方しているのよ。そんなことしたら、それ、ただの餡子玉じゃない。」
しかし、めーなは気にしていなかった。
残った餡子玉をパクリと食べる。
「いいでしょ。あたしはこうやって食べたいんだから。」
めーなは食べ終わった後も、ペロっと指を嘗めた。
「それにしても、その、《カフェまよい》だっけ?その甘味茶屋。ほんとにおいしいものがいっぱいあるのね。」
「そうねー。おまんじゅうとか日替わりで変えてるみたいだけど、ハズレはないものね。アタシが一番好きなのは『柏餅』だけど。」
「ふーん。あたしも一回行ってみようかなー。」
「え?」
「あたし、綾羽みたいに飛べないから今まで行ったことなかったけど、片車輪か輪入道に頼めば乗せてってくれるし。一回くらい、綾羽の想いびとの右近さんの顔も見てみたいし。」
「ダメ!」
綾羽は言い切った。
「行かなくていいわ。アタシがこうやって、いっつもお土産買ってきてあげてるんだし。」
「ええー。」
「いい? アタシに内緒で行ったりなんかしたら絶交だからね!」
綾羽はきっちり釘をさす。
めーなは不満そうに唇をとがらすが、綾羽は譲らなかった。
(めーなを右近に会わすなんてとんでもないわ。)
めーなは趣味がよくて、おしゃれで、話が合って、家出してころがりこんでもいつでも歓迎してくれる大親友だが、ひとつだけ気をつけなければならないところがある。
(この娘、こう見えて、大の男好きなんだから。右近に会わせて、その気にでもなったら洒落にならないわ。)
愛称めーな。
妖怪名は『嘗女』。
気に入った男性を寝所に誘い、からだじゅうを嘗め回すというお色気妖怪である。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
妖怪『嘗女』でございます。
妖怪、なんですかね?
男性を寝所で嘗めまくる女性だそうです。ただの性癖なんじゃ?と、ちょっと疑問に思ったり。
おはなしとは関係ありませんが、本日、関西で大きな地震がありまして、自分の住んでいるところは少しゆれただけで、被害というほどのものはなかったのですが、震源に近い地域ではかなりの被害がでたようで。
読んでいたただいている方に、被災された方がいるかどうかはわかりませんが、心よりお見舞い申し上げます。