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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第四章 青嵐
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91 古都の思惑

登場妖怪紹介


『九尾』

白面金毛の妖狐。

『古都』の主。

美しく長い九本の尾をもつことから『九尾』と呼ばれている。

本来の名は玉藻。

その名前を呼ぶことを許すのは、数少ない側近のみである。




妖異界のなか、もっともおおきな都である『古都』。

大妖怪、白面金毛の妖狐『九尾』が治めている。

妖狐の世界は、九尾の下には金狐、銀狐、黒狐、白狐の側近が。さらにその下に他の妖狐。さらには管狐や野狐と、完全な階級制度で成り立っている。

その妖狐の間で、最近、不穏な空気が流れていた。




「あら、銀狐さんやないの。こんなところで偶然やなあ。」


『古都』の政治中枢である執政宮、その廊下で『銀狐ギンコ』は後ろから呼び止められた。

振り返らずとも、声の主はわかっていた。

その訛りのきつい京ことば。

白々しいものいい。

できれば会いたくない。叶うことなら消えてほしい。そんな忌々しい女狐の声だ。


「・・・なんの用や? 『金狐キンコ』。」


『金狐』。

銀狐と同格の妖狐。

『九尾』の側近である。


金狐は、少しウェーブのかかった髪を肩まで伸ばし、妖狐にしては珍しくタレ目で丸顔だ。

ふんわりとした二十歳過ぎの女性の姿で、口元小さなほくろが印象的だ。

見事な金糸で刺繍がほどこされた着物を着て、首にはおおきな白い狐の襟巻きを巻いている。

よく見ると、その襟巻きは毛皮でもなければつくりものでもない、本物の狐が巻きついていた。

一見、おっとりとした優しげな姿だが、その名前を聞いただけで大半の妖怪たちは道を開ける。


「いいえぇ。最近、後宮うしろのみやであまりお姿をお見かけせんものやから、心配してたんですえ? お元気そうで、なによりやわあ。」


金狐の言葉に、銀狐はギラリと睨み付ける。

後宮は銀狐たちの主である『九尾』の私設宮である。

そこで見かけないというのは、九尾からお呼びがかからない。御目通り願えない。ひいては御不興をかっている。と遠まわしに皮肉っているのだ。


(このイケズの腹黒狐が!)


銀狐は奥歯が砕けるほど歯噛みした。

怒鳴り散らしたところで、悪気はなかったと、とぼけられるのは目に見えていた。


「ウチはこれから、九尾さまに、甘いものでも献上しようおもいましてな。お気に召してくれるとええんやけど。」


金狐は手に持った細長い包みを大事そうに撫でる。


「甘いものって・・・、まさか?」


「ええ。なんや『遠野』で人間の娘はんがやってるゆう、お茶屋さんのお菓子どす。」


「なんで金狐がそんなもんもっとるんや!」


この世界で人間がやっている店などひとつしかない。《カフェまよい》というあの茶屋だけだ。

一度、銀狐が足を運んで、菓子を九尾に献上したが、次に行ったときには茶屋は姿も形もなく、自分だけでなく、他の妖狐も誰一人、店を見つけることすらできなくなっていた。

その店の菓子を、金狐や配下の狐が手に入れられるはずはないのだ。


「ああ。そうなんやてなあ。なんでも、あの店に行ったどこぞの無骨者が粗相して、妖狐みんながとばっちりで出入り禁止になってるんやて? ほんま迷惑なはなしやわぁ。」


その出入り禁止になった原因の無骨者とは銀狐のことだ。

無論、そんなことは金狐も百も承知だろう。

すべて、わかった上で、すっとぼけて嫌味を言っているのだ。


「でもまあ、探せば、あそこのお菓子のひとつやふたつ持ち帰ってる妖怪はんくらい、見つかるもんでしてなあ。丁重にお願いしたら、快く譲ってくれはりましたわ。」


嘘だ。

直感的に銀狐は思った。

おそらく、菓子を持った妖怪を見つけ出して、圧力をかけ、半ば無理矢理ぶんどったのだろう。

この金狐という女は、ある意味自分などよりよっぽどタチが悪い。銀狐は常にそう思っていた。


「あのお茶屋さんには、いろいろ雅なお菓子があるそうやのに、手にはいったんは『羊羹』一本だけ。味はええそうやけど、みためは真っ黒で風情がないわあ。ほんまに、どこぞの阿呆は救いようがありまへんなあ。」


「アホウ。アホウ。ドコゾノアホウ!」


金狐の後に続けるように、首に巻いた襟巻きのような狐がしゃべった。

白っぽい毛の狐だが、耳の先と手足、それに尻尾の先だけがメッシュをいれたようなきれいな紫色をしていた。


「これ。阿紫アシ。行儀が悪いえ。」


金狐は阿紫と呼ばれた狐の頭を撫でた。

銀狐はギリギリと奥歯を噛む。

金狐はおろか、その配下の狐にまで馬鹿にされるとは、はらわたが煮えくり返る。

だが、それを糾弾すれば、それは恥の上塗りだ。


「ほな、そろそろおいとましますえ。九尾さまをお待たせするわけには、いかへんから。ほな、ごきげんよう。」


「マタナ!マタナ!オトトイオイデ!」


金狐は白々しく笑顔をつくると、さっさとその場から去っていった。

銀狐は、金狐の姿が見えなくなると、手にもっていた扇子を廊下に叩きつけた。


「ああ、腹の立つ!あの腹黒狐が! 黒狐より腹黒い!白狐よりも白々しい! あの後ろ髪ひっつかまえて、首を捻じ切ってやりたいわ!」


無論、そんなことをすれば、九尾からどんな罰をくらうかわかったものではない。

九尾は配下の多少の暴走には目をつぶるが、同族同士の諍いには厳しい。

小競り合いやいがみ合いならともかく、同族を手にかけたなどと知れたら、自分の生命さえ危ない。


「あれも、これも、みんなあの娘のせいや!」


あの《カフェまよい》という店の真宵とかいう人間の娘。

あの娘と関わってから、銀狐はなにもかもうまくいかなくなった気がしていた。

九尾から声がかからなくなり、店に拒絶され菓子は手に入らず、金狐には馬鹿にされる。

懲らしめてやろうにも、遠野の妖怪に守られ手が出せない。

何より気に食わないのは、その娘のつくる菓子を九尾が気に入っているということだ。


「ああ!腹が立つ!! なにもかも! だれもかれも! 」


銀狐は激しく地団駄を踏んだ。






玉藻前たまものまえさま。《カフェまよい》とかいう茶屋の菓子を手に入れました。『羊羹』いうあんまり風情のない菓子ですけど、味のほうはなかなかや思います。」


後宮を訪れた金狐は、羊羹をふた切れ高価そうな皿に盛ると、煎茶の入った湯飲みと一緒に九尾に差し出した。

玉藻とは九尾の名で、この名で呼ぶのを許されているのはわずか数名の狐だけである。


「ほう。羊羹か。いただこう。」


以前、食べた『紫陽花』という菓子とはずいぶん違っていた。

ただの黒い長方体。

飾り気も何もない。

光が当たると、わずかに黒い塊に赤みが差す。

餡に使った小豆の色だろう。

玉藻は竹楊枝で羊羹を切ると、刺して口に運ぶ。


(・・・甘いな。)


『紫陽花』はもっと上品な甘さだった。

食感も口の中でとけるように柔らかく、軽かった。

この羊羹はねっとりと口に広がり、甘さも『紫陽花』の比ではない。

正直、このふた切れをすべて食べきることさえ大変に思える甘さだ。

玉藻は静かに湯飲みを手に取る。


(・・・・うまい。)


羊羹の甘さでいっぱいになった口は、ほろ苦い煎茶を歓迎するように迎え入れた。


(なるほど・・。単独で味わうよりも、茶との相性を愉しむ菓子か。・・・なら、もう少し、苦い茶のほうがあうのかもな。)


金狐が持ってきた煎茶は、古都で手に入る最上級の煎茶だ。

渋味や苦味が控えめで品がよく、ほのかな甘みがあり、香りが高い逸品だ。

だが、単独で飲めば最高の茶も、繊細さが裏目に出て、羊羹の強い甘みに負けている気がする。


「いかがですか? あの店の菓子はなかなか手にはいらへんのですが、この金狐が玉藻前さまのために八方に手を尽くして手に入れまして。」


「そうか・・。」

玉藻はもう一口、羊羹を口にする。


「・・・金狐よ。」


「はい。」

金狐は、主の言葉に瞳を輝かせる。

主からかけられる言葉は、どんな珠玉よりも貴重だ。

しかし、それは期待したようなものではなかった。


「・・・ご苦労。さがってよい。」


さがってよい。

それは、さがれと命令されたのと同意だ。

不興をかったというほどではないが、ここに留まって欲しくはないということだろう。


「・・・はい。では、失礼いたします。」


まるで、死刑宣告か、この世の終わりのように、意気消沈した金狐は深々と頭を下げると、ゆっくり立ち上がった。

その姿はまさに青菜に塩をふったようであった。

トボトボと部屋を出て行こうとしたとき、玉藻から声がかかる。


「金狐。この菓子、よく手に入れてくれた。感謝する。」


とたんに、金狐の顔がパアッと明るくなる。

感謝する。

その一言を、主からいただける狐がどれだけいるだろう。


「いえ。とんでもございません。この金狐、玉藻前さまのためやったら、どんなことも厭いまへん。また、必ずあの店の菓子をお持ちしてみせます。」


金狐は自信満々に部屋を退出した。






「ドウダッタ?」


控えの間で待っていた阿紫は、金狐が戻ってくるなり尋ねた。

常に金狐と行動を共にしている阿紫だが、九尾に謁見するときだけはそうはいかない。

執政宮ならまだしも、後宮では阿紫は自由に歩き回る許可は得ていない。


「うーん。まあまあやね。あいかわらずこころのうちを読ましてくれへん御方やけど、最後にお褒めの言葉をいただいたわ。」


そう金狐は言った。

まあまあと言いながら、その顔は得意気だ。


「ヘエ。ヨカッタジャナイカ。」


阿紫はふわりと飛び上がると、再び金狐の首に襟巻きのように巻きつく。


「ふふ。まさか、人間のつくった菓子なんぞに九尾さまが興味をもつとは思えへんかったから、銀狐の献上した菓子をえらい気に入ってはったて聞いたときは、歯噛みしたもんやけど・・。」


「アイツ、ヘマシタカラナ!」


「ふふ。ほんまや。銀狐がへましてくれたおかげで、運がまわってきたわ。これから、どんどん、この金狐があそこの菓子を九尾さまに献上しますえ。」


「ソシタラ、マタ、オホメノコトバガ、モラエルゾ!」


「そのとおりや。そもそも、あんなヒステリー女がこの金狐と同格扱いやったことが間違いなんや。これからはこの金狐の時代や。銀狐も黒狐も白狐も関係あらへん。九尾さまのお側でお仕えするのは金狐だけや。」

金狐は夢見る少女のように、無邪気に微笑んだ。


「デモ、金狐モ、アノミセニハ、ハイレナインダロウ?」


「ふふふ。問題ないわ。探せば、あの店の菓子をもってる妖怪なんぞいくらでも見つかる。そしたらまた、譲ってもらえばええ。」


「コトワッタラ?」


「断ったら? そしたら、気が変わるようしたらよろしいだけのことや。」


金狐は再び微笑んだ。

今度の笑みには、どす黒い邪気が含まれていた。




呼んでいただいた方、ありがとうございます。

妖狐回でございます。

狐回はあまりはなしがすすみませんが、ながーい目で見てやってください。

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