90 夜雀、三度
登場妖怪紹介
『夜雀』
体長五十センチメートルほどのコロコロした身体をもつ雀の妖怪。
夜にしか出没せず、山道などを歩くと、チィチィチィと雀のような鳴き声とともに、目の前が真っ暗になる現象を引き起こす。
昼間に出歩くことができないため、《カフェまよい》に来店することができず、真宵の好意で、毎週水曜日の夜に、持ち帰りのお菓子を買いに店を訪れる。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
開店は、中天より少し前、午前十一時くらい。
閉店は、日没前となるため、季節により多少変わる。
古参の実力妖怪が多く、比較的治安の良い『遠野』であっても、日没後はタチの悪い妖怪が出没しやすいということで、日が暮れる前の閉店が慣習となっている。
とはいえ、何事にも例外は付き物で、日没後に訪れるものもいないわけではない。
コンコン。
《カフェまよい》の入口がノックされた。
閉店後、すでに、入口には鍵が掛けられている。
「こんばんわー。」
小鳥が鳴くように高く、子供のように舌ったらずな声が聞こえる。
「あら、夜雀ちゃんね。右近さん、入れてあげてくれる?」
「わかった。」
夜の賄い作りのため、釜戸の前に立っているので手が離せない真宵は、右近に頼んだ。
『夜雀』は《カフェまよい》では特別な客だ。
昼間出歩けない夜雀は、店の営業時間に来店することができない。
そのため、特別に毎週水曜日の夜に店を訪れ、持ち帰りで菓子を買っていく。
「あやつ、完全に賄いの時間を狙ってやってきておるぞ。」
そう言ったのは座敷わらしだ。
前に、夜雀がお菓子を取りに来店したとき、たまたま賄いの時間だったので、食事をごちそうしたら、その後もタイミングよく賄いの時間にやってくるようになった。
最近では、水曜日は賄いを多めに用意しておくことにしている。
「ふふ。べつにかまわないわよ。たいして手間はかからないし。」
真宵は笑った。
夜雀はちっちゃくてコロコロしていてなんだかゆるキャラっぽいので、ついつい甘くなってしまう。
「こんばんわー。」
右近に連れられて、夜雀が厨房に入ってきた。
「いらっしゃい、夜雀ちゃん。今日も賄い、一緒に食べていく? 」
「はい!ごちそうになります!」
夜雀は元気よく答えた。
「まったく。甘やかすとどんどん増長するぞ。」
「座敷わらしちゃんったら。いじわる言わないの。それに、今日はたいしたものじゃないのよ。ご飯は残り物の『おにぎり』だし。」
『おにぎり』は最近、メニューにのった品だ。
ランチの後でも、なにか食事代わりになるメニューをということで採用された。
売り切れることも多いのだが、今日は少々作り過ぎたようで、余ってしまったので賄いで食べてしまうことにした。
「おにぎり、だいすきです!」
夜雀は嬉しそうにはしゃいだ。
「じゃあ、もうできあがるから、みんな、手を洗って席についてね。」
真宵はできあがったばかりの料理をテーブルに並べた。
「今日の賄いは『茄子の味噌炒め』よ。暑いからちょっとピリ辛にしたからね。」
味噌の香ばしい香りが厨房に広がった。
茄子の味噌痛めは、時間が経っても味がしみて美味しいが、出来立ても熱々で違った美味しさが味わえる。
「夜雀ちゃんも遠慮しないで、たくさん食べてね。」
「はい! ナスビもだいすきです!」
夜雀と《カフェまよい》の従業員は手を合わせると、めいめい好きなおにぎりを手に取り、食事を始めた。
「おいしいです! このふわふわの紙みたいなのはなんですか?」
「ああ、それは『おぼろ昆布』っていうのよ。昆布って言う海草をうすーく削ってるの。海苔の代わりに巻くと、ほんのりお出汁の味がしておいしいでしょう?」
「はい!初めて食べました。おいしいです!」
「マヨイどの。この緑色の豆がはいったのは? 今日の『おにぎりセット』ではつかわなかったはずだが?」
「ええ。あまりもののおにぎりだけじゃ、ちょっと足りないかと思って追加で握ったの。『枝豆と鮭』のおにぎりよ。鮭がちょっとだけ余っていたから、ほぐして混ぜたの。鮭のピンクと枝豆の緑で可愛らしいでしょう?」
「うーん。可愛らしいかどうかはよくわからないが、味はうまい。これは店に出すべきだと思うぞ。」
美的センスとかに少々欠けている右近らしい意見だ。
「そうねー。鮭はもうつかちゃったからないけど、枝豆はたくさんあるから明日、『枝豆と塩昆布』でつくってもいいかもね。」
「この味噌炒めうまいゾ!」
めいめい会話を楽しみながら食事は進んでいた。
そこに、座敷わらしがなにか思いついたように、夜雀に問いかける。
「のう、夜雀よ。この『おにぎり』という料理は何故おにぎりというか知っておるか?」
「え?お米を握ってるから、おにぎりじゃあないんですか?」
夜雀が首をかしげる。
「それは表向きの話じゃ。実は『おにぎり』とは鬼を斬ると書いて『鬼斬り』じゃ。悪さをした鬼族を切り殺し、その角を米と一緒に羽釜に入れ、その身体を薪と一緒に釜戸で燃やすことで、味が深まる。 『おにぎり』がただ炊いた米の飯よりうまいのは、そのためじゃ。」
「ピイィィィィィィイイ。」
夜雀が耳を塞いで鳴きだした。
「座敷わらしちゃん! また、そんなこと言って! そんな物騒なことしてません!」
座敷わらしは時折、こうやっておかしなデマを吹き込んでは夜雀を驚かす。
嫌ってるからではなく、どうやら気に入ってるが故におもしろがっているようである。
夜雀には迷惑な話であろう。
「だいじょうぶよ。夜雀ちゃん。嘘よ。おにぎりはそんな怨念めいた料理じゃないんだから。」
「ピィ?」
夜雀はおそるおそる耳を塞いだ手を離す。
すると、さらに座敷わらしが追い討ちをかける。
「嘘ではないぞ。ホレ、あそこを見てみろ。今日、犠牲になった鬼たちのものじゃ。さすがにあれは食うことも燃やすこともできんからのう。」
夜雀が座敷わらしの示した方を見ると、厨房の隅に大きな金棒がふたつ立てかけられていた。
鬼に金棒。
諺にもあるように、紛れもない鬼の持ち物だった。
「ピイイィィィィィイイ!!」
夜雀は怖がり、耳を塞いだまま、うずくまり、ガタガタと震えだした。
「ちょっと!座敷わらしちゃん!」
その金棒はたしかに鬼のものだったが、もちろん斬ったわけでも退治したわけでもなく、無銭飲食しようとした赤鬼と青鬼が、借金の肩代わりにと無理矢理置いていったものだ。
しかし、騙されやすい夜雀を信用させるには、十分だったようだ。
夜雀はしっかり耳を塞いで、真宵が落ち着かせようしたが、まったく聞こうとしなかった。
「まったく。座敷わらしちゃんてば、どうして夜雀ちゃんに意地悪ばかりするの?」
そう聞いても、座敷わらしはそ知らぬ顔で『茄子の味噌炒め』を食べていた。
しかし、毎度毎度、引っかかっておどかされても、懲りずに毎週、顔を出すところをみると実はふたりは仲がいいのかもれない。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
ひさしぶりの夜雀登場でございます。
忘れた方は、19 夜の侵入者 39 夜雀再び あたりを読み返していただけるとうれしいです。