09 傘から提灯
人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。
ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵。
剣も魔法もつかえません。
特殊なスキルもありません。
祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。
ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。
《カフェまよい》 店主 真宵
妖怪に棲む妖異界。
そこにただひとつの人間が営む甘味茶屋 ≪カフェまよい≫
店主の真宵は、今日も今日とて忙しく働いていた。
「いらっしゃいませ。 おふたりさまですか?」
真宵が、新しく入ってきた客に声を掛ける。
「ああ、ふたりだよ。」
片方の男が返答した。
ふたりの客は見た感じ十代半ばの少年で、一見、妖怪には見えない。
ただ、その服装は奇抜で、片方は紫色の派手な着流しを着くずして、なぜか、おおきな緋色のから傘を広げている。
店内で。
もう片方は同じように着流しの着物を着ているが、こちらは、山吹色の地に銀糸の刺繍。片手にはなぜか提灯。
昼間なのに。
(なんで傘? 雨なんか降ってないよね?)
外は、いい天気で、雨が降る気配もないし、このお客も濡れている気配はない。
(そして、なんで提灯? この真っ昼間に。)
いまは、ちょうどランチタイムが終わった時間。店内も明るい。
(なんていうか、このふたり・・。)
真宵は、こうゆう服装に、ちょっと既視感を感じていた。
そう。あれに似ているのだ。
地元のヤンキーがお祭りの日とか、成人式とかにこぞって着る、派手な着流し着物。
安くはないだろうに、別の場所や機会では絶対着れないよね?ってド派手な色や刺繍入りのものをチョイスするアレ。
傘とか提灯もそれの小道具かと思えば、そんなにおかしくもないのか?
あと、時代物のコスプレとかにも見えなくもない。
時代考証とかそっちのけのド派手な着物とか着てるやつ。
まあ、どんな服を着ようと、お客の自由だし、口出しする気はないのだけど。
(少年たち。着物を着くずしすぎて、胸元が見えちゃってますよ。おねーさんにはちょっと、刺激がつよいかなぁ。)
洋服なら、第二ボタンまで全開ってくらい胸元が開いている。
そうゆうのが好きなひとならセクシーな少年の胸元に大喜びって感じなのかもしれないが、少年たちは二人とも、真宵の視点から見れば高校生くらい。生意気な弟くらいにしか見えない。
とはいえ、そんなことをお客に言う気はさらさらない。真宵はいつものスマイルで接客する。
「どうぞ、空いてる席にお座りください。」
店内に誘導する。
「あ、そちらの傘、お預かりしましょうか?」
提灯はまだしも、開いたままの傘は、店内では少々大きすぎ通路では迷惑だ。
できれば、邪魔にならないように閉じてほしい。
「ああ、そうだね。預かってもらおうかな。」
少年は、緋色のから傘を開いたまま真宵のほうに差し出す。
(なんで、ひらいたまま?)
そう思いながらも、真宵はから傘を受け取った。
え?
傘を受け取った瞬間、真宵の手にぐにゃりとした感覚が伝わる。
先ほどまで、確かに竹でできていたはずの柄の部分が、あきらかに違う感触のものに変わっていた。
足。人間の足。いや、人間の足がこんなところにあるはずない。妖怪の足?とにかく人間の足のように見える足が、傘の柄に変わって伸びていた。
真宵の手は、ガッチリとその足首をつかんでいた。
「きゃああああ!!」
真宵は、おもいっきり唐傘を投げた。
傘は空中で、ふわりと舞い上がり、一本足で着地する。
驚いて尻餅をついた真宵に、唐傘がケケケと笑った。
唐傘の傘の部分におおきな一つ目と口ができており、長い舌をぺロリと出した。
「な、な、な・・・・」
なんなんですか?! と言いたかったのだが、声が出なかった。
「おい。脅かしちゃだめだろ。大丈夫ですか?」
山吹色の着物のほうの少年が、倒れている真宵に手を差し伸べた。
「すいません。いたずら好きなやつで。悪いやつじゃないんですよ・・。」
真宵が少年の手をとろうとしたとき、目の前にぶらさがっていた提灯がくるりと向きを変える。
そこにはパックリと開けた大きな口と垂れたおおきな目がついていた。
「俺と同じで。」
少年の言葉につづけるように提灯が喋った。
「いやああああああ!!」
また、真宵の叫び声が茶屋に響き渡った。
それを聞きつけ、『座敷わらし』が姿を見せる。
「どうしたんじゃ? マヨイ?」
半分腰を抜かした真宵にきく。
真宵が無言で指差したのは、二人の少年と顔とついた傘と提灯。
座敷わらしはだいたいの状況を把握した。
「マヨイ。あやつらは『唐傘お化け』と『化け提灯』じゃ。」
「お、お化け?」
ふだん妖怪に囲まれて生活しているのに、なぜか「おばけ」ときくとドキッとしてしまう。
「古い道具が変化した『九十九神』系の妖怪じゃな。ひとを脅かすのが趣味なだけで、とくに害はない。安心せよ。」
「が、害はないっていったって・・。」
おもいっきり、尻餅ついておしりがジンジンしてるんですけど。
「ちょ、ちょっとまって。あの生足だしてる傘とひとを小馬鹿にしたような顔した提灯が唐傘お化けと化け提灯なら、あの高校生みたいな人たちはなに?」
派手な着流しの二人の若者を指差す。
本当は、お客さんを指差すのは接客業としてはNGなのだが、いまは気にしない。
「ああ、あれは分身みたいなものじゃ。」
「分身?」
「ハーイ!唐傘お化けDEATH!」
紫の着流しを着た唐傘お化け(人)が言った。
「ボクも唐傘お化けダヨー!!」
唐傘お化け(傘)が舌をベロベロしながら言う。
「化け提灯その1でーしゅ!」
山吹色の着物の化け提灯(人)が指で変なシンボルをつくる。
「化け提灯その2だあよーん。」
化け提灯(提灯)がケタケタ笑った。
(なんで、ちょっとラッパー風なのよ。)
ふざけた四人組なのか二人組なのかわからない連中に、苛立ちを覚える。
「傘や提灯じゃ、ものを食うのも移動するのも不便だしねー。人間のカラダ、マジリスペクト!」
たしかに、足のついてる唐傘はともかく、顔だけしかない提灯では移動もままならないだろう。
真宵は、なんとか冷静さを取り戻すと、立ち上がり、無理やり笑顔をつくった。
「ほ、他のお客様のご迷惑になるような行為はなさらないように、お願いします。」
「「「「うぃーす。」」」」
二人の妖怪が四種類の声で返事をする。
ますます馬鹿にされているような気分になった。
「す、すぐメニューをお持ちしますので、座ってお待ちください。」
カウンターでメニューを手に取った真宵は、自分に言い聞かせる。
「ダメよ、真宵。相手のペースに乗せられちゃあ。座敷わらしちゃんも言っていたじゃない。おどかすだけで、害はないって。ここは、御茶屋なんだから、普通におもてなしすればいいだけ。」
よし!と気持ちを新たにすると、真宵は振り返った。
その目の前に、何か大きなものが落ちてくる。
ドォオン。
「ばあ!」
「きゃあああああ!!!!!!」
真宵は思わず、手に持っていたメニューを投げつける。
「うわっ。」
その真宵を驚かせたモノはすんでのところで、メニューを避ける。
「あっぶないなー。気をつけろよ。マヨイ。怪我したらどうするんだよ。」
『天井さがり』である。
忍者みたいなかっこうをした少年姿の、天井からぶらさがっている、だけの妖怪。
「こっちのセリフです。おどかさないでください!」
真宵は天井さがりに怒りをぶつける。
「おかわりを注文しようとしただけだよぅ。オーバーだなあ、マヨイは。」
すっとぼける天井さがりに、さらに怒りを増した。
「さっき、ばあ! って言いましたよね? 聞きましたよ?聞こえましたよ?聞き覚えのある声でしたよ?」
天井さがりは、さらにすっとぼけて、口笛を吹く。頭を下にしてぶらさがっているので、よけいにふざけて見える。
「だって、マヨイいったじゃん。天井にぶらさがったままでいいって。」
「それは、天井さがりさんが、椅子に座るとまともに食事できないって言うからでしょう! それに言いましたよね? 他のお客さんの迷惑になる行為は絶対にやめてくださいって。」
「それなら、だいじょうぶ。」
天井さがりは笑って答えた。
「他の客をおどかしたりしないよ。だって、ここの客、みんな妖怪なんだもの。」
「え?」
想定してなかった答えが返ってきて戸惑っていると、これまたよけいな妖怪たちが口を挟んできた。
「ワカルワーソレ。妖怪同士で脅かしあってもマジつまんないもんな!」
「言えてる。ヤッパ脅かすんなら、人間がベスト! 反応が違うモンね。」
「ケケケ。」
「ククク。」
騒ぎを聞きつけた唐傘お化けと化け提灯である。
援軍を背に自信をもった天井さがりが、逆さづりのまま胸を張って言った。
「だから、だいじょうぶだよ。お客さんを脅かしたり、迷惑掛けたりしないから。脅かすのは、マヨイだけ!」
「お客さんがダメなら、従業員もダメにきまってるでしょうーーー!!」
真宵の声が店内に響いた。
本日より、≪カフェまよい≫ に新たなルールが加わった。
お客さま及び店員をおどかすことを禁止します
店主 真宵
今回の妖怪は 「からかさお化け」と「化け提灯」
ついでに「天井さがり」が再登場しております
唐傘と提灯は人間に化けてしまうと、個性なしになりそうだったので、
本体の傘や提灯とべつに人間の形をした分身をだしている、というかたちになりました。
人形使いにみせかけて、実は人形が本体でした。みたいなやつだと思っていただければ幸いです。
○イの大冒険のキルバー○と一つ○ピエロみたいなのでも可。