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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第四章 青嵐
86/286

86 おにぎりころりん

お品書き


本日の『おはぎ』

こしあん ゴマ

本日の『まんじゅう』

黒糖まんじゅう

今月の『抹茶セット』の菓子

『岩清水』


『おにぎりセット』 始めました。

本日の『おにぎり』

梅干し おかか 昆布




妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

日に日に強まる日差しが新しい季節の訪れを感じさせていた。

夏が本格的にはじまろうとする頃、メニューにあたらしい品がひとつ書き加えられていた。





「よう。嬢ちゃん。いつものできてるかい?」


禿げ頭に太い眉毛と厳つい顔の、昭和の漫画に出てくる頑固親父のような男性が店の入ってくるなり、そう言った。

彼の首にはエリマキのように牛車の車輪がくっついている。

もちろん、前衛的ファッションでもないし、健康のためでもない。まして、猫が手術のあと傷口を舐めないようにつけるエリザベスカラーでもない。

彼は『輪入道』。

炎に包まれた牛車の車輪に禿げ頭の入道の顔がついた妖怪である。

本来の姿は、車輪についた頭だけの妖怪なのだが、普段は人間と同じ姿で生活している。首の車輪はそのなごりだ。


「あ、輪入道さん、こんにちは。できてますよ。すぐ持ってきますので、お待ちくださいね。」


輪入道はいつもどおり、『おにぎり』の持ち帰りを受け取りに来た。

車力妖怪である輪入道は、タクシーと運送業を兼ねたような仕事をしている。ゆっくり店内で食べる時間が取れないため、持ち帰りの握り飯を作ってもらっているのだ。

輪入道はチラリと店内を見渡す。

ランチタイムが終わったこの時間、以前ならおはぎや饅頭を食べている客ばかりだったはずだが、今日はそれに混じって、おにぎりを食べている客が多数いる。


「おまたせしました。これから暑くなってきますから、できるだけ早く食べてくださいね。」


真宵は竹の皮で包まれた『おにぎり』の包みを輪入道に渡す。


「どうかしましたか?輪入道さん?」


「いや、この『おにぎり』、結局店でも出すことにしたんだな。・・悪いことしたな。」


もともとおにぎりの持ち帰りは輪入道が真宵にお願いして、特別に作ってもらっていたものだ。

それが、同じ車力妖怪の『片車輪』にバレて、同じように頼むようになり、今度は店の客が知って、自分たちも食べたいと言い出した。

そのときは、おにぎりはランチ用に炊いたご飯の残りで握っていたので、無理だと断っていたのだが、どんどん噂がひろまって、いろんな妖怪から言われるようになり、結局このたび正規メニューとして提供することになった。

輪入道が最初に言い出さなければ、こうはならなかったかもしれない。


「いえいえ。もともと、ランチが終わった後に、なにか軽食を用意してほしいって言われていたんです。甘いものばかりじゃ、苦手なお客さんもいますから。」


《カフェまよい》は甘味茶屋なので、基本は甘いものとお茶を楽しむ店なのだが、昼に限定三十食で作っているランチ目当てのお客も多い。

ランチが終わった後も、なにか甘味以外の食事が欲しいとは、前々から要望が多かったのだ。

このタイミングでメニューにしたのは、確かに輪入道がおにぎりを持ち帰っているのがバレたからだが、別に、店として困っているわけでも、輪入道が気に病むことでもない。

おにぎりなら米さえ炊けば、すぐ握れるので、提供しやすいのだ。


「まだ新メニューで、珍しがられているだけかもしれませんが、なかなか好評なんですよ。」

ニコリと笑う。


「はは。まあ、ここの握り飯はうまいからな。そりゃあ、売り出せばみんな飛びつくさ。」


「ありがとうございます。メニューにするにあたって、右近さんと猛特訓したんですよ。今日のおにぎりも右近さんが握ったのも入っていますから、どれだか当ててみてくださいね。」


「ああ、だから最近たまに、かたちの崩れたやつが混じってたんだな。」


「ええー?もしかして、バレてました?」


「ふふふ。右近のやつにもっと精進しろって言っといてくれ。」


「ふふ。いつもおいしいおにぎりありがとうって伝えておきます。」


ふたりは笑いあい、輪入道は仕事へと戻っていった。






「右近さん、『おにぎりセット』ひとつ、お願いします。」


真宵は厨房に注文を通した。


「わかった。すぐ用意する。」


「茶はオレが煎れるゾ!」


「・・・・。」


右近は渋々、茶の用意は小豆あらいに任せ、おにぎりの用意をすることにした。

おにぎりはある程度先に握っておいておくので、皿にのせるだけで仕事は終わる。

右近は三角形のおにぎりを三つ皿にのせた。


「最初、おにぎり三個は多いかもって思いましたけど、意外とみんな食べちゃいますね。」


《カフェまよい》は女性客も多いので、おにぎりを三個セットで提供すると、量が多すぎるかともおもったのだが、いまのところ残す妖怪はだれもいなかった。


「そうだな。なんだかんだいったところで、皆、白い飯は大好きだからな。それより、あとおにぎりが五セットで売り切れなんだがどうする? 追加で握るか?」


おにぎりはある程度の数は、開店前に作っておくが、なくなりそうだと追加で補充している。

これからの時期、食中毒が怖いので、あまり長時間放置はしたくないのだ。


「そうね。たぶん、まだ注文はいりそうだし、もう少し作っておいたほうがいいわね。」


「米はもう洗ってあるゾ!」


「あら、準備いいわね。それじゃあ、かまど鬼さんに頼んで炊いてもらってね。」


「わかった。」

「ワカッタゾ!」


ふたりが視線の合わすとバチバチと火花を散らしているような気がしたが、知らないふりをした。


(最近、右近さん、精神年齢が下がってきているような・・・。気のせいかしら?)


いろいろと張り合うせいか、最近、小豆あらいと精神年齢が似てきている気がする。

会った頃は、クールなイケメン君だとおもっていたのだが・・・。





新メニューといことで物珍しさもあってか、あいかわらず『おにぎりセット』の売り上げは順調だった。

持ち帰りに土産として頼むものもいて、先ほど追加で米を炊いてもらったのは正解だったようだ。


「おまたせしました。『おにぎりセット』です。」


テーブルにおにぎりが三個のった皿と湯のみをテーブルに並べる。


「あら、おいしそうなおにぎり。」


「特別かわったとこのない、普通のおにぎりなんですよ。おくちにあうといいんですけど。」


「ふふ。知らないうちにこんなメニューが増えていたのね。」


妖怪『ふたくち女』はにっこりと微笑んだ。

長い髪を日本髪に結ったやさしそうな女性だ。

落ち着いた雰囲気の三十歳前後の見た目で、控えめな感じが落ち着いた良妻賢母をおもわせる。


「先日、はじめたばかりなんですよ。」


「そうなのね。それじゃあ、さっそうくいただくわ。」


ふたくち女はひとつおにぎりを手に取るとパクリとかぶりついた。

花街の妓女妖怪たちは、仕事柄あまり大きな菓子は、口紅がとれる、おおきな口をあけるのははしたないと歓迎しないのだが、ふたくち女にいたっては、大口も開けず、紅もとれず、はしたなくも下品にもならず、ひたすら優雅に食べ物を腹の収めていく。

ほんの数秒で、そこそこの大きさのさる三角おにぎりをひとつたいらげてしまった。

おもわず、真宵は見いってしまった。


「そ、それじゃあ、どうぞ、ごゆっくり。」


軽く頭をさげ、立ち去ろうと後ろを向いたら、呼び止められた。


「あ、まよいさん。このおにぎり、とってもおいしいわ。あと二皿おかわりいただけるかしら?」


「え?」


真宵が見ると、先ほどまで皿にあったおにぎりがもう消えていた。

まるで手品か魔法のようである。


「え、ええと、二皿ですか? 二個じゃなくて? 一皿三個なんで、六個になりますけど・・。」


念のために確認する。

そこそこ大きな三角おにぎり三個といえば、大のおとなでもかなりのボリュームだ。

それを追加で六個とは。


「ええ。とてもおいしいわ。おねがいね。」


ふたくち女はこともなげに笑った。




「どうぞ、『おにぎり』二皿おまたせしました。」


すでに先ほどの皿は下げられ、湯飲みだけのテーブルにおにぎりを並べる。


「おいしそう! まってたわ。それじゃあ、いただくわね。」


ふたくち女は、日本髪を留めていたかんざしをスッと抜く。

すると、はらりと落ちた長い髪の間に、おおきな口があらわれた。

『ふたくち女』。

顔にある普通の口とはべつに、後頭部にもう一つの口を持った妖怪である。


(でた。)

真宵はこころのなかでつぶやいた。


ふたくち女はさきほどとおなじように、おにぎりを手に取ると食べ始める。

ただ、今度はそれとは別に、長い髪が触手のように動いて、おにぎりをつかむと後頭部の口に放り込んでいく。

パクパクパク。

ヒョイヒョイヒョイ。

またたく間にどんどんおにぎりが皿から消えていった。


「そ、それじゃあ、どうぞごゆっくり。」


真宵が席を後にしようとしたとき、さらに呼び止められる。


「ねぇ。まよいさん。おにぎりおかわりいただける? もう二皿おねがい。」


ふたくち女はにっこりと微笑んだ。




「右近さん!さっき仕掛けたご飯、もう炊き上がってる?!」


真宵は厨房にはいってくるなり、聞いた。


「あ、ああ。もう蒸らしもおわって、これから、握るつもりだったんだが、どうした?」


真宵はきれいな水で手を洗いながら言った。


「急いで、握りましょう。私も手伝うわ。客席はしばらく、座敷わらしちゃんに頼んできたから。」


「どうした?また団体客でも来たのか?」


真宵のただごとではない態度に、右近は戸惑う。


「団体さんじゃないわ。・・・ふたくち女さんよ。それも、食欲に火がついちゃったみたい。」


「なに?!」


右近も顔色が変わった。


「担当をわけましょう。私がおかかと昆布のおにぎりを握るから、右近さんは、梅干しのをおねがい。」


「わかった。」


「もし、お菓子やお茶の注文がはいったら、小豆あらいちゃん、お願いね。」


「わかったゾ。」


真宵と右近は炊き立ての熱々のご飯に苦戦しながら、おにぎりを握りはじめた。

おそらく、ふたくち女の注文はこの程度ではおわらない。

真宵はそう予感し、そして、その予感は現実のものとなった。




「マヨイ。あと二皿、おかわりだそうじゃ。」


また、ふたくち女からの追加注文であった。

さきほどから、ふたりがかりで握っているのだが、いっこうに追いつかない。


「わ、わかったわ。右近さん、急ぎましょう。・・・いや、あんまり急いでかたちや握りや雑になっても駄目だから急がなくってもいいけど、できるだけ急ぎましょう。」


真宵があまりの忙しさにわけのわからないことを口ばしってしまう。


「そうだな。急ぎ過ぎない程度に急ごう。急ぎすぎてもしかたないしな。」


右近の返しも、なにやら意味がわからない。


「はい!おにぎり二皿できあがりました。よろしく。」


握りあがったおにぎりを座敷わらしにわたす。

しかし、ふたりは手を止めずに次のおにぎりを握りはじめる。




「マヨイ。あと二皿、おかわりじゃそうじゃ。」


さらに、ふたくち女からの注文がはいる。


「わかったわ。すぐ握るわ。」


「いや、だめだ。」


右近が止めに入った。


「え?どうして、右近さん。」


「マヨイどの。無理なんだ。・・・もう飯がない。」


「え?」


よく見ると、さきほど炊いた分の米はほとんど空っぽだった。

これでは二皿分のおにぎりは握れない


「小豆あらいちゃん、次のご飯は?」


「さっき仕掛けたばかりだから、マダかかるゾ。」


米は洗った後、少しの時間水を吸わせないといけないし、炊いた後も蒸らさないとおいしくならない。

こればかりは急ごうにもどうにもならない。


「・・・こ、これまでね。この注文はお断りするわ。」


真宵はガックリと肩をおとす。

従業員総出で、一丸となって立ち向かったが、ふたくち女ひとりの食欲に勝てなかったようだ。


「では、断ってくるぞ。」


座敷わらしが客席に戻ろうとしたが、真宵が呼び止めた。

こういう謝罪は、責任者の真宵がすべき仕事だった。





「すみません。ふたくち女さん。」


真宵は頭を下げたが、ふたくちおんなは別に気にしていないようだった。


「あら、そんな謝らなくていいのよ。しかたないわ。だってこんなにおいしいんだもの。『みんな』おかわりしたくなるわよね。」


「え、ええ。おかげさまで、好評で・・。」


ふたくち女の言葉に、真宵の笑顔が微妙にひきつる。


(『みんな』じゃなくて、ほとんどふたくち女さん『ひとり』でたべちゃったんですけど・・。)


事実であっても、口にはしなかった。

それが、接客業である。







読んでいただいた方ありがとうございます。

ふたたび『おにぎり』回です。

新メニューになりました。

で、米の飯といえば『ふたくち女』かなあ、と思いひさしぶりに登場です。

『ふたくち女』といえば、傷口が開いてふたつめの口になった人面瘡みたいなのとか、山姥が化けてたりとかいろいろありますが、このおはなしにでてくるのは『食わず女房』の昔話にでてくるふたくち女のイメージです。

ケチな男が飯を食わないコスパのいい嫁だとおもっていたら、夜中にバカ食いしていたってやつです。

いちおう怪談なんでしょうけど、なんとなく笑ってしまうお話ですよね。『食わず女房』。

飯食わないで働いてくれる嫁なんていねーよ! とツッコミたくなります。

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