84 花街の掟
《カフェまよい》 メニュー
『岩清水』
『抹茶セット』に付く和菓子。 七月限定。
寒天に水飴を加えて溶かし固めた錦玉羹の菓子。
透明の錦玉羹のなかに岩と水草にみたてた小豆と緑色の餡を閉じ込めている。
単品注文、持ち帰りも可能。
妖異界でもっともおおきな都、『古都』。
大妖怪『九尾』が治めるこの場所に『花街』が存在する。
女達が花を売り身を売る、もっとも華やかでもっとも欲が渦巻く、苦界とも評される街。
「なあ。頼むよ、女郎蜘蛛。」
花街でも一、二を争う高級妓楼の一室で、男は女に頼み事をしていた。
女はこの花街が誇る三美女のひとりといわれる『女郎蜘蛛』。
一晩、共に過ごせば、庶民の稼ぎの一月分は軽く消えるという高級妓女だ。
「なんで、私に頼むんだい? アンタなら、いくらでもつかえる手下や使いの妖怪がいるだろう?」
女郎蜘蛛は男を疑り深く観察した。
男は夜着を羽織っただけの姿で、くつろいでいる。
男は三十路の男盛りの風貌。黒い瞳と黒い髪の精悍な顔と体躯の持ち主だ。
金など払って花街に来なくとも、街を歩けば、女が勝手に寄ってくるであろう男っぷりだ。
男の名前は『黒狐』。
高位の妖狐であり、この都を治める『九尾』の側近である。
なじみの客であるが、どこか得体がしれない油断ならないところがあると女郎蜘蛛は思っていた。
「そうはいかないんだ。よくわからないが、俺がつかってる妖怪、だれも、あの店にはいれないんだよ。はいれないっていうか、店そのものが見つからない。俺も、自分で探してみたんだが、柱の一本も見つけられなかった。」
黒狐はお手上げとばかりに両手を上げた。
「ああ、たぶん、出入り禁止にされたんでしょう? 知っているでしょ?あの店は『迷い家』でもあるのよ。一旦、あの御仁が拒絶したら、『ぬらりひょん』でさえ入りこめないないんだから。」
女郎蜘蛛は説明したが、黒狐は不満そうだ。
「おいおい。俺はまだ、あの店に行ったこともないんだぜ? それなのに出入り禁止をくらうってどうゆうことだ? なんにもしていないぞ。」
「アンタの配下の狐もそうなんでしょう? だったら、妖狐ごと全部、出入り禁止にされたんじゃない?アンタたち、狐さんはいろいろやりすぎるからねぇ。恨みを買いやすいのよ。」
(まあ、アンタはそんな感じじゃないけどね。)
女郎蜘蛛は心の中でつぶやいた。
たしかに妖狐はこの都を治めている妖怪たちで、高慢で鼻持ちならない連中だ。
この都を造り、治めてきた『九尾』の手腕とちからは認めているが、その配下の狐たちの増長ぶりは目を覆う。正直、大嫌いだった。
だが、この黒狐という男は、妖狐の中でも高位であるにもかかわらず、きさくでひとあたりがいい。何を考えているかわからないところもあるが、弱い妖怪や、花街の妓女を見下したりもしない。そのうえ、金払いのいい上客で、みためもいいとくれば嫌う理由はないのだ。
「まったく。銀狐のやつか。」
黒狐は同僚の女狐の顔を思い浮かべた。
銀狐は『九尾』至上主義。妖狐至上主義だ。
ほかの妖怪を下に見て、時には過激な行動にでることもある。
未然に防げることは防いでいるのだが、それは銀狐にとっては邪魔されてると思っており、黒狐とはいまいち折り合いがよくない。
「なあ、だったら、女郎蜘蛛から取り成して、俺だけでも店に入れてもらえるようにしてもらえないか? その、人間の娘さんでも、迷い家にでも。」
「冗談じゃないよ。」
女郎蜘蛛は即答した。
「あんたたち狐とあの店のゴタゴタに私を巻き込まないでちょうだい。古都に棲んでるからって言っても、私たち花街の妖怪は狐の配下でも子分でもないんだから!」
まわりからどう見られていようと、花街の女妖怪は誇り高い。
金を積まれて帯を解くことはあっても、金で心を開くことはないのが花街の妓女だ。
いくら上客であっても、妓女を小間使いのように扱われては、矜持が許さない。
「そんなに怒るなよ。お願いしてるだけだよ。別に配下扱いしているわけでも、子分扱いしているわけでもないよ。」
黒狐はなだめた。
「ふん。どのみちだめよ。たぶん、狐を出入り禁止にしたのはマヨイさんじゃなくて、迷い家か、座敷わらしよ。遠野妖怪と狐のゴタゴタを私がちょっと言ったからってどうにかなるわけないでしょ。あきらめなさい。」
女郎蜘蛛のつれない態度に黒狐は頭をかく。
「あー。だめか。俺は遠野におもうところなんてないんだけどなー。」
「アナタがそうでも、まわりはそうじゃないでしょ。九尾さまの側近なんてやっているんだから。」
女郎蜘蛛自身もたまに信じられなくなるが、黒狐は『九尾』の側近の一人である。
「じゃあ、せめて、なにか買ってきてくれよ。持ち帰りもできるんだろう?」
「だから、そんなの、ほかの妖怪にいくらでも頼めばいいでしょう? 狐以外の妖怪はいくらでもいるんだから。私をだれだとおもっているの? 古都の花街にこの妓女あり、って詠われた女郎蜘蛛よ。」
結局、また最初の問答に戻ってしまい、繰り返すことになった。
「ほかの妖怪に頼んだら、女郎蜘蛛と一緒に食えないじゃないか。」
黒狐は突然、そんなことを言い出した。
もちろん、それを真に受けるほど初心でも馬鹿でもない。
だが、そうやって、時折、心を揺さぶることを言ってくる黒狐を小憎らしくも、嫌いではなかった。
廓遊びは、花と実を遊んでこそ、一人前だ。
ただ一晩の行為を求めるだけの助平親父は半人前。
入れ込みすぎて、本気になって身を持ち崩すのは問題外だ。
そういう意味では黒狐は一流の遊び人だ。
結局、女郎蜘蛛は押し切られ、次に会うときになにか買ってきておくと約束した。
数日後。
「ほう。これが《カフェまよい》の『おはぎ』か。」
黒狐は折り詰めのなかのおはぎを穴が開くほど見つめていた。
黒狐はほんとうに、このおはぎを食べるためだけに妓楼を訪れ、女郎蜘蛛を指名していた。
その金があれば、そのおはぎを百個買ってもおつりがくるというのに。
「これが、《カフェまよい》でいちばんうまい菓子なのか?」
黒狐は、女郎蜘蛛に頼む際、いちばんうまい菓子を買ってきてくれと頼んでいた。
「まあ、好みはそれぞれでしょうけどね。あそこの看板商品といえばこれよ。日によって味は変わるけど、それはこしあんときな粉よ。」
うれしそうにはしゃぐ黒狐を見ながら女郎蜘蛛は少々呆れた。
女郎蜘蛛を妓楼で指名しておいて、女郎蜘蛛自身よりおはぎに夢中になる男など黒狐くらいだ。
「ほぉ。こりゃあ、うまいな。おはぎなんて、どれも同じだと思っていたが、こんなうまいおはぎははじめて食った。」
口いっぱいにおはぎを頬張る。
こういった子供っぽいところも計算なのか地なのか、疑いだすとキリがない。
「どうした?女郎蜘蛛。いっしょに食べよう。」
折り詰めを差し出す。
「そうね。じゃあ、こしあんのほうをひとつもらおうかしら。」
女郎蜘蛛はひとつおはぎをつまむ。
「なんだ、きな粉は苦手なのか?」
「ふふ。嫌いじゃないわ。でも、きな粉は食べるときに粉が落ちやすいから、私たち妓女のあいだではあまり好まれないの。あの店で食べるのも饅頭のほうが多いわね。」
「そうなのか。こんなにうまいのにな。」
黒狐はさらにひとつおはぎをつまむとかぶりついた。
「そういや、銀狐が買ってきたのは紫陽花の花のかたちの菓子だっていっていたな。そんなのもあるのか?」
「ええ。『紫陽花』っていってね。練りきり餡をつかったきれいなお菓子よ。上品な甘さで、抹茶と一緒に食べるとほんとにおいしいのよ。」
女郎蜘蛛は微笑んだ。
女郎蜘蛛たち花街の妖怪のあいだでは、『紫陽花』の菓子は評判だった。見た目もきれいでおいしく、その上食べやすい。
「へぇ。うまそうだな。今度はそれを買ってきてくれよ。」
「ふふ。おあいにくさま。『紫陽花』は六月限定のお菓子なんですって。昨日から七月でしょう? 七月は『岩清水』って錦玉羹のお菓子なのよ。店で食べてきたけど、透明でまるで川の流れを切り取ったみたいな涼しげなお菓子だったわ。」
「なんだ、月で変わるのか?ずいぶん凝っているんだな。へえ、『岩清水』か。じゃあ、それを買ってきてくれ。涼しげでうまそうだ。」
「いやよ。甘えすぎだわ。私は小間使いじゃないって言っているでしょう。」
女郎蜘蛛はプイとそっぽを向く。
「そんなこというなよ。そうだ。もうすぐ七夕だろう。天の川を見ながらその菓子をふたりで食べよう。天の川を見ながら、川の菓子を食べるなんて風情があるじゃないか。」
女郎蜘蛛は心中で舌打ちした。
まったく、こういうところが小憎らしい。
七夕は織姫と彦星が年に一度だけ会える夜だ。その夜の逢瀬を誘われて、無粋に断っては女郎蜘蛛の名がすたる。
花街の妓女はその粋と矜持の高さが売り物だ。受けるにしても断るにしても、無粋な答え方をするわけにはいかない。
「そうね。雨が降るかもしれないけどね。」
七夕に雨が降れば、彦星と織姫は逢えない。
約束はしても、簡単に逢えるとはおもわないことね、と釘を刺しているのだ。
「なら、雨雲はすべて吹きとばしておくさ。」
「雨女が遊びに来ないといいわね。」
ふたりで言葉を遊びながら、相手の出方をうかがう。
お互い視線をあわせて微笑みながらも、どこか勝負をしているような緊張感が漂っていた。
ここは花街。
色恋沙汰にもルールがある。
花街では惚れさせてこそ花。
惚れたほうが負けが不文律である。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
黒狐と女郎蜘蛛のちょっと大人の関係みたいなおはなしです。
若い男性で金と権力もってりゃ、花街で豪遊してるだろう(偏見?)ってことで、書きました。
七月のお菓子は『岩清水』で決定ってことで。
個人的には寒天系の和菓子って苦手なんですが・・・。
練りきり餡が好きです。




