83 初夏を感じるものとは何ぞや?
登場妖怪紹介
『つらら鬼』
雪女の眷属で、親指ほどのサイズの氷でできた小さな透明の鬼。
現在、《カフェまよい》の冷蔵庫に十二人、冷凍庫に四人働いている。
つらら鬼がいることで氷は解けにくくなるが、氷そのものを作れるほどの冷気が出せるわけではない。
《カフェまよい》の仕事をいたく気に入っており、『凍りの国』へ戻されることを警戒している。
冷気さえあれば生きていけるので食事は必要ないが、餡子好きで饅頭などをあげると、とても喜ぶ。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
最近、お茶を煎れたり、抹茶を点てたりすることに目覚めた小豆あらいが、積極的に手伝ってくれるため、お客の少ない時間は、右近、座敷わらし、小豆あらいの三人に店を任せ、真宵は新製品の開発につかったりしている。
「マヨイどの。そろそろ日没が近づいているので、閉店準備にはいってもいいか?」
客席から、厨房を覗いた右近が声を掛けた。
「え?やだ。もうそんな時間? ごめんなさい。全部まかせっきりにしちゃったわ。」
客が少なめだったので、ちょっとだけ新製品の試作をしてみようと、店を任せたつもりだったのだが、熱中しすぎて時間の経つのを忘れていた。
「いや、それほど忙しくもなかったので、気にしなくていい。茶とお菓子は小豆あらいが用意してくれたしな。」
お菓子は基本的に開店前にすべて作っておいて、すべて売れれば品切れにし、追加でつくったりはしないので、ランチ後の厨房はさほど忙しくはないのだ。
「それにしても、ずいぶん熱心にやっていたな。なにをやっていたんだ?」
右近が厨房に入ってくる。
厨房のテーブルには、なにやら色々と道具やら食材が散らばっていた。
なかにはいろんな色に染めた練りきりやらきんとんが粘土のようにちらばって、さながら絵の具のパレットのようだ。
「ええ。ちょっと色々やっていたら、自分でもなんだかよくわからなくなっちゃって。」
真宵はため息をつく。
「ねえ。右近さんが初夏とか七月って聞いて思い出すことってなに?」
「初夏? 七月? そうだな・・・暑い。」
真宵はガクリと肩を落とす。
「あ、暑いですか・・。そうですね、七月は暑くなりますからね。」
「む。なんだ? なにか不満そうだな。」
「い、いえ、不満ってわけじゃないんですけど・・・、参考にはならないかなって。」
「参考?」
「ほら。もう六月もおわりじゃないですか? 七月の『抹茶セット』の和菓子を考えていたんですけど、どうするか決まらなくて。」
「『抹茶セット』?いまの『紫陽花』じゃあ、だめなのか?」
『紫陽花』は現在『抹茶セット』につかっている菓子である。
練りきり餡を薄い赤紫と青紫に染めて、紫陽花の花に見立てた力作である。
今月はずっとそれでやってきたのだがそろそろ七月。新しくしようと画策していた。
「うーん、ダメじゃないんですけど、紫陽花はやっぱり梅雨とか六月のイメージなんですよね。季語だと夏の季語らしいんですけど。ずっと同じなのも芸がないし。」
「それで、新しい菓子を開発というわけか。」
「はい。・・・あ、そうだ。右近さん、いくつか試作品つくってみたので、今から見せますから、パッと見てなにに見えたか教えたください。」
「なんだ、また連想ゲームか? いいだろう。今度は必ず当ててやろう!」
「いえ、連想ゲームじゃあ、ないんですけど。・・・まあ、いいです。ゲームでもいいですから、思いついたものを言ってください。」
以前、『紫陽花』を試作したときも同じようなことをやった。
結果としては、右近には紫陽花を模した菓子が毛玉にしか見えずにおわった。
右近はこういったイメージを膨らましてなにかを連想するようなことが不得手らしい。
逆に言えば、右近が見てすぐにわかるのなら、客にも伝わる可能性が高いということだ。
「じゃあ、いきますよ。目の前に見えたお菓子が何に見えるかすぐ答えてください。」
「わかった。」
真宵はまず、ひとつ目の菓子を用意した。
ひとつめは『露草』。
餡子玉を鮮やかな薄緑色のきんとん餡で包み、花に見立てた青紫の餡を一粒。それに、水滴に見立てた錦玉羹を数粒散らした。
出来としてはこれが一番の自信作だ。
ただ、基本がきんとん餡なので、今月の『紫陽花』と似てしまい少々新鮮味がないのが弱点だ。
「どうぞ!」
右近の前に『露草』を出す。
「・・・・・苔!」
「コ、コケ、ですか・・。」
まあ、当たらずとも遠からずであろうか。
しかし、錦玉羹の水滴はともかく、わざわざ一粒のために色付けした青紫の花は無視されたようだ。
露草に見えなかったことは残念だが、苔と水滴でも、夏っぽい和菓子にはなるだろう。
「つぎ、いきますね。」
真宵は気を取り直し、次の菓子を用意する。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。正解は何だったんだ?」
「正解はどうでもいいんです。右近さんにどう見えるかが問題なんです!」
「わ、わかった。」
真宵の鬼気迫る様子に、少々気後れした右近がうなずく。
「じゃあ、ふたつめいきますよ。どうぞ!」
ふたつめの菓子は『朝顔』。
夏の植物としては定番だ。
餡子玉を練りきり餡でつつみ、丸くした後、真ん中をへこましヘラですじをつけた。
シンプルな練りきり菓子だが、意外とシンプルなほうが変化がつきにくく難しかったりする。
今回は露草の花につかった青紫の食用色素をそのままつかったので、青い花になったが、ピンクの花のほうがよかったかもしれない。
七月用の菓子ということと、ワンポイントでつけた緑色の葉っぱの形の餡に注目すれば、朝顔を連想するのは容易なはずである。
はたして、右近の答えは?
「・・・・ヘそ!」
「ぐぅ。」
よく、追い込まれたときの表現に「ぐぅの音もでない」というのがあるが、追い込まれても意外とぐぅの音はでるものである。
いま現在の真宵の感想は「ぐぅ」の一言である。
なにしろ、わざわざつけた緑色の葉っぱも、ヘラでつけたスジも見事になかったことにされた。花の色さえ気にせず、真ん中のへこみだけに注目したようだ。
「・・・つぎ、いきます。」
「え?あ、ああ。」
真宵の態度から、正解ではなかったことを知った右近であったが、どうすることもできなかった。
どうやら、追い込まれているのは右近も同じらしい。
「みっつめ、どうぞ!」
みっつめの菓子は『岩清水』。
錦玉羹をつかったゼリーのような菓子だ。
ほんの少しだけ緑色をした透明の錦玉羹のなかに、水草を模した緑色の餡と、岩に見立てた粒のままの小豆を閉じ込めてある。
岩清水の名前がピンポイントででてくるとは思わないが、『渓流』でも『清流』でも『水草』でも『川』でもいい。そのへんの名前が出てくればいいのだ。
実は、これが七月の菓子の最有力候補である。
出来としては、錦玉羹がちょっと固くなりすぎた感じなのでいまいちなのだが、夏っぽさと涼しさは一番表現できている気がする。
はたして、右近の答えは?
「わかった! 蛙の卵だ!」
右近は自信ありげに答えた。
「カ、カエル?」
真宵はガックリと肩を落とす。
真宵もよく田舎の祖母の家に遊びに来ていたので、蛙の卵がどんなものか知っている。
たしかに半透明でなかに黒い粒々のはいった、ゼリーっぽいやつだ。
だが、どこの菓子職人が客に、蛙の卵そっくりの菓子を出そうとするだろうか?
「そ、そうですか。カエルの卵に見えますか・・・。」
もはや、完全に心が折れてしまった真宵に、右近はあせって、まだ出されてもいない最後の菓子を見て言ってしまう。
「マ、マヨイどの! その、四つめ菓子なら俺にも何かわかるぞ。」
真宵が最後にとっておいた菓子は、練りきり餡で薄い朱色に近いオレンジ色の果実のようだった。お茶請けで出している塩昆布を細く切って刺し、ヘタのように見せている。
「柿だ! その色といい、ヘタといい、形といい柿にしか見えぬ! ちょっと先が尖っているから渋柿か干し柿だな。うん。よくできている。本物そっくりだ!」
ここぞとばかりに、オーバーな表現で褒める。
しかし、真宵の表情は暗いままで、ポツリと答える。
「・・・これ、柿じゃなくて、鬼灯です。 夏のお菓子なので・・・。」
あまり、原色に近い強い色より自然な感じのほうがいいだろうと、本物の鬼灯より優しい色にしたのが逆効果だったようだ。確かに柿の色にも見えなくもない。
「鬼灯・・・。いや、たしかに、言われてみれば・・・。」
「・・・いいんです。そうですよね。柿にみえますよね。私の腕が足りないんです。」
完全に意気消沈した真宵に、右近は掛ける言葉が見当たらない。
「右近に聞いても無駄じゃろうに。こういうことには向いておらん。」
いつの間にか座敷わらしが傍に来ていた。
「右近はセンスないゾ!」
小豆あらいまで寄ってきて茶化す。
「いいのよ。また、考え直すから・・・。ちょっとだけ休憩してくるわ。・・・あ、その『失敗作』、よかったら食べて。」
そう言って、重い足を引きずるように母屋の方へと歩いていった。
「右近、おぬしはほんとうにセンスの欠片もないやつじゃのう。」
「右近はセンスないゾ!」
右近は、必死にテーブルの上に残された菓子を凝視する。
(結局、最初のみっつの正解はなんだったんだ?)
《カフェまよい》従業員兼料理人見習い 右近。
料理人への道は険しく長いようである。
読んでいただいた方ありがとうございます。
上生菓子の回でございます。
幕間劇のほうにまわそうかともおもったおはなしですが、本編で書いてしまいました。




