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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第三章 雨月
81/286

81 幕間劇 髪はおんなの

75 梅雨のち毛玉

の後日談です。



妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

例年よりも長めの梅雨も、そろそろおわりが近づいたのか、今日も晴れ間がのぞいている。




「いらっしゃいませー。」


入り口にお客の気配を感じて真宵が振り返ると、そこには常連のひとり『毛倡妓けじょうろう』が立っていた。


「あ。毛倡妓さん、いらっしゃい。今日はおひとりですか?」


毎回ではないが、よく『女郎蜘蛛』と『骨女』の三人で女子会的なことをやっているのだが、どうやら今日はひとりでの来店のようだ。

花街の三美女と呼ばれるだけあって、いつも豪奢な着物で着飾っている。

特徴的なのは、やはりその長い髪の毛だ。時代的なものなのか、髪を結い上げている女性が多い妖怪のなかで腰に届くくらいまで伸ばしている。


「まよいちゃん、ちょっと!」


ふだんはどちらかというと、おっとりした感じの毛倡妓が、今日はなにやら険しい顔でいきなり真宵の腕を掴んだ。


「な、なんですか? 毛倡妓さん。」


毛倡妓はグィと手を引き寄せ、真宵に顔を近づける。


「まよいちゃん。ちょっと話があるの。できれば、ふたりっきりで。」


毛倡妓はまわりを横目で見る。

ランチは終わり、そこまで混雑する時間ではないものの、やはりそれなりに客ははいっている。


「どこか、静かに話せるとこなぁい?」


なにやら鬼気迫る雰囲気に真宵は圧倒された。


「え、えーと。お、母屋のほうでよければ・・・・。」


外に出るという選択肢もあるが、座敷わらしや右近が、あまり真宵が店の外に出るのをよくおもっていないので、母屋のほうがいいと考えた。営業中はだれもいないはずだ。


「母屋ね。厨房から行けるんだっけ? じゃあ、行きましょう。」 


毛倡妓はそのまま真宵を引っ張っていった。





「どうかしたか?マヨイどの?」


いきなり厨房に毛倡妓に引きずられながら真宵が入ってきたので、右近は驚いた。


「え、えーと。ちょっとだけ、お店のほうお願いできる?」


「あ、ああ。それはかまわないが、なにか問題か?」

なにやら騒動事かと、右近が尋ねる。


「あら。右近の坊や。女同士の秘密に首突っ込むなんて野暮なことしちゃダメよ。」

毛倡妓は、悪戯っぽくウインクする。


「そ、そういうものか? 失礼した。」


真面目な右近は、真面目に謝罪した。


「毛倡妓さん。右近さんに変なこと教えないでください・・・。」


しかし、真宵の言葉は無視され、そのまま母屋のほうまで連れて行かれた。





「いったい、どうしたんですか? ふたりっきりで話って、なにかあったんですか?」


やっと掴まれた腕を開放された真宵は尋ねた。


「どうしたの、じゃないわよ。まよいちゃん! アナタ、毛羽毛現のおじさまになにしたの?」


「え?」


いきなりのことで、言葉を失った。

ここでその名前がでてくるとは思っていなかった。

毛羽毛現。

たまーーーーに店に現れる毛玉の塊みたいな妖怪である。


(毛羽毛現のおじさま・・・。ああ。っていうことは、毛羽毛現さんって男性だったのね。)


つい、この間の疑問が解けた。

なにしろ、みためも中身も毛玉なので、性別がどうなのか全くわからなかった。

しかし、知り合いがおじさまというのなら、やっぱり男性なのだろう。


「け、毛羽毛現さんが、どうかしましたか?」


「どうかしたも、高架下もないわよ。昨日、久しぶりにおじさまにお会いしたら、びっくりよ! なにあのしっとりサラサラの毛。おまけになんかいい匂いまでしちゃって。いつもなら、この時期のおじさまははっきりいって、この私でもためらうくらいの悪臭のからまった毛玉になってるのに!!」


「あ、ああ。そのことでしたか。」


真宵は納得した。

先日、来店した毛羽毛現は、たしかに毛倡妓のいうとおり、毛はからまり、ものすごい悪臭を放っていた。

我慢できなかった真宵は無理矢理、風呂に連れて行ってシャンプーしたのだ。

おかげでサラサラになって本人も喜んでいた・・・と思う。モフモフとしか言わないので確証はないが。


「どういうことか、無理矢理問い詰めたら、ここの名前を吐いたのよ。」


「む、無理矢理問い詰めたって、なにやったんですか? 毛倡妓さん。」


他人事ながら、毛羽毛現に同情した。


「そんなことはどうでもいいのよ、まよいちゃん。いったいどうしたら、あんなしっとりサラサラな毛になるの? 教えて!」


毛倡妓はすごい迫力で、なにやら目が血走っている。


「い、いえ。特別なことはなにも・・・、ただ、シャンプーとトリートメントしただけで・・。」


「しゃんぷぅ? シャンプーって、人間界の石鹸のことだっけ? トリートメントってなに?どういうの? 教えて!」


鬼気迫る勢いでがっしりと、真宵の肩をつかむ。

それだけでなく、なにやら毛倡妓の長い髪がウネウネと伸びてきて、真宵に絡み付いてくる。


「ちょ、ちょっと!毛倡妓さん。髪の毛! なんか絡み付いてきてますよ!」


「え?あら、やだ。ごめんなさい。ちょっと興奮しちゃったわ。」


なんとか解放された真宵はホッとする。


(け、毛倡妓さんて、じつは、けっこうアブナイ妖怪さんなんじゃあ・・。)


かなり初期から店に来てくれる常連で、女郎蜘蛛や骨女と一緒に、気のいいお姉さん妖怪だと思っていたのだが、なにやら、毛倡妓の違った一面を垣間見てしまったようである。


「あの、ですから、毛羽毛現さんをシャンプーして洗っただけです。あと櫛でとかしたくらいで。そんな特別なことはやってません。」


「そう。じゃあ、そのシャンプーとトリートメントっていうのがあれば、私もあんなサラサラの髪になるのね?」


「え? ええ。まあ。たぶん。」


「お願い! まよいちゃん。 そのシャンプーとトリートメントってやつ、私に譲って!」


「ええ?」


「もちろん、お金はちゃんと払うわ。」


「いや、でも、ウチは甘味茶屋で、シャンプーとかそうゆうのは商ってないんですけど・・・。それに毛倡妓さんは、いつも髪きれいだし、そんな必要ないんじゃ・・・。」


毛倡妓の髪は黒く長い艶髪で、ソバージュみたいにきれいなウェーブがかかっていて、十分きれいに見える。それに近くに寄ると、どこかで嗅いだようないい匂いがして、なんの問題もないように思われた。


「そりゃあね。髪の手入れには手間もお金も時間も掛けてるのよ。高価な椿油を大量に使ったり、寝る前に絡まらないよう編んでから寝たりして。」


(なるほど。どこかで嗅いだ匂いだと思っていたら、椿油だったのか。)

真宵は納得した。

椿油といえば、食用にもなるが、髪の手入れによいと昔からつかわれていた。

いまでも椿油を使ったヘアケア商品はたくさんあるくらいだ。


「でも、あんなサラサラにはならないの! お願いよ。一回でいいからあんなしっとりサラサラな髪になってみたいの。」

毛倡妓は懇願した。


真宵は困った顔で渋々洗面所から、シャンプーとトリートメントを持ってきた。

今使っている分がなくなった時用の予備のものだ。

気が進まないのはいくつか理由があった。

こんなふうに人間界のものをただ持ってきて売るのは、なんとなくズルイ気がしてしまうのだ。

どこからか仕入れて欲しい人に売るというのは普通の商売とはいえ、そんなことをするために人間界と妖異界を行き来してるのではないし、そんなことをさせるために『迷い家』が協力しているわけではないと思う。

真宵はカフェを開きたいという夢があってやっているのだし、『迷い家』はその夢に協力しているのだ。楽して儲けるためではない。

それに、もうひとつ。ゴミ問題だ。

真宵は誰かに言われたわけではないが、極力、妖異界にゴミを持ち込まないようにしている。

家電のようなものはそもそも持ち込むことができないのだが、プラスティックやビニールのようなものは全く持ち込めないわけではない。だが、真宵は最小限にしようと努力している。

このシャンプーやトリートメントも、中身は95パーセント以上が天然由来というひとにも環境にもやさしいというのが売り文句の商品だが、入れ物はやはりプラスティックが使われている。

こういった簡単に土に還らないものはできるだけ、持ち帰りたいのである。


「それじゃあ、今回だけですよ。いっかいこっきりですからね。」

真宵は念を押す。


「こっちのシャンプーでしっかり洗ったあと、しっかり洗い流してください。洗い残しは逆に匂いの元になったりしますから、しっかりと。そのあと、このトリートメントを馴染ませてから、少し時間をおいてまた洗い流してください。」


「ええ。それでしっとりサラサラ髪になるのね?」


「はい。たぶん。髪質はひとそれぞれですから、必ずしも毛羽毛現さんと同じになるとは限りませんけど。」


「ありがとう!まよいちゃん。うわぁ。なにこのいい香り!」

毛倡妓はふたつのボトルを持っておおはしゃぎだ。


「えーと、ローズ・・・、じゃなくて、薔薇と白桃ですかね。」


「まあ、薔薇の花と桃の実の匂いのする石鹸なんてはじめてよ。」

毛倡妓は愛しげにボトルを抱きしめる。


「ええと、もう一回言いますけど、ほんとに一回っきりですからね。」


「ええ、ええ。わかってるわ。ありがとう、まよいちゃん!」


毛倡妓はこれ以上ないという幸せ顔で帰っていった。






数日後。



「ちょっとまよいちゃん!どういうこと!」


店に怒鳴り込んできたのは、女郎蜘蛛と骨女だった。


「ど、どういうことと申しますと?」


訳がわからずうろたえる真宵に、ふたりの美女妖怪は迫る。


「なんで、毛倡妓だけにあんなシャンプーとか言うサラサラになる石鹸を売ったの?!」


「トリートメントとか言う石鹸もよ!!」


シャンプーやトリートメントは石鹸ではない。

などと言ったところで状況が変わるとは思えなかった。


「え、えーとなんでそれを・・・。」


「毛倡妓の髪がいきなりあんなふうに変わったら誰でも気づくわよ!」


「そうよ! 絶対何か秘密があると思って問いただしたら、やっぱり案の定よ。まよいちゃんがからんでたのね!」


(しまった・・・。毛倡妓さんに口止めするのを忘れていた。)


「まさか、まよいちゃん、毛倡妓だけを特別扱いする気?!」


「ひどいわ!まよいちゃん。」


「い、いえ、でも、ウチは甘味茶屋ですし、ああいったものは取り扱うつもりは・・・。」


「じゃあ、なんで、毛倡妓だけはいいの?!!!」

「じゃあ、なんで、毛倡妓だけはいいの?!!!」




結局、真宵は次の休みに女郎蜘蛛と骨女の分のシャンプーとトリートメントを買ってくる約束をさせられた。

女性の美への執着と情報網を甘く見てはいけない。

そう心に刻む真宵であった。






読んでいただいた方ありがとうございます。

幕間劇、今回で終了です。

次回から新章になる予定です。

梅雨明けの初夏くらいのおはなしになります。

だんだんリアルな季節と乖離していきますが、ご了承ください。

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