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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第一章 桜
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08 鞍馬山にて

人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。

ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵まよい


剣も魔法もつかえません。

特殊なスキルもありません。

祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。

ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。

        《カフェまよい》  店主 真宵


本作品は オムニバス形式なので、どの章から読んでいただいてもかまいませんが、

この章は 01 カフェまよい を読んでから お読みになることを推奨します

『鞍馬山』

《カフェまよい》から、山を三つほど超えた場所にある霊山である。

妖怪の棲む妖異界では特別な山で、その頂上には大妖怪『天狗』が居を構え、その弟子である『烏天狗』たちが暮らしている。

この世界に国や国境があるわけではないが、特別な場所や地域がいくつかある。

白面金毛の妖狐『九尾』が取り仕切る『古都』。

統治者こそいないものの『迷い家』『オシラサマ』『雪女』『座敷わらし』など古い歴史をもつ妖怪たちがこぞって暮らす地『遠野』

他の妖怪と交流を断ち、独自の文化と勢力を持つ最北の地『カムイ』

などである。

『鞍馬山』は、妖異界の自警団のような役割を担っており、『烏天狗』たちは、その機動力と神通力で各地を飛び回り、調査や巡回、トラブルの対処にあたっている。


その『烏天狗』のうちのひとり、右近。

《カフェまよい》の常連のひとりである彼が、鞍馬山の寺に戻ってきたのは、休憩と称して外出してから一時間ほど経った頃だった。

彼の仕事部屋に戻ると、そこは三十畳ほどもあるの大きな部屋で、文机が二列に並べられており、十人余りの烏天狗が書類の山に埋もれていた。

自警団のような仕事といっても、パトロールや悪い妖怪を成敗したりするような現場仕事ばかりではない。

報告書やら決済やら情報管理やらのデスクワークも多い。

ここには、妖異界中の報告やら情報が集まってくるので、処理が間に合わないのが現状だ。

ここにいる烏天狗は、一応、優秀なものばかり集められているエリートなはずなのだが、連日のハードワークで見る影もない。疲労困憊で、変化が解けてカラスの姿にもどっているものまでいる。


右近は、散乱した書類を踏まないように避けながら、自分の文机にたどりつく。

となりでは、おなじ烏天狗の古道こどうが書類と格闘していた。


「おう。ちょっとは休めたか?」

古道が帰ってきた右近に話しかけた。


「ああ、まあな。」

あいまいな返事をしながら、文机の前に座りなおす。

その際、そっと手荷物の包みを机の影に隠した。

しかし、古道はそれを目ざとく察知する。


「おい。なんだ。その包みは?」


右近が渋い顔をして応える。

「なんでもない。ただの私物だ。」


しかし、それで納得する古道ではない。

「なんでもなくないだろ。おまえ、まさか、休憩中にあの甘味茶屋まで行ってきたんじゃないだろうな?」


「・・・俺が休憩時間に、どこに行こうが、べつにかまわないだろう。」


「いや、そりゃあ、かまわんが・・。」


鞍馬山から《カフェまよい》までは山を三つ越えなければならない。

確かに、右近ほどの烏天狗なら、行って帰ってこられない距離ではないが、それでは休憩どころか全力疾走してきたようなものだ。


「おまえ、ほんとうにあの茶屋が好きだな。」


以前、右近から土産に《カフェまよい》のおはぎを何度かもらったことがる。たしかに、あれは美味だった。右近以外の烏天狗のなかにも、通っているものがいると聞く。

しかし、ここ最近の仕事量の多さを思うと、わざわざ、山を越えてまで行く気になれない。まして貴重な短い休憩時間を使って行くなんて、考えただけでぐったりする。


「なあ。」


「ん。どうした?」


「おれ、腹が減ってるんだよ。一個分けてくれよ。」


「駄目だ。」


「なんだよ。いいだろ、一個くらい。」


「おまえに食わせるために、わざわざ山を越えて行ってきたわけじゃない。」


お互い、仕事がたまっているため、書類に目を通しながら言い合っていると、入り口の方から声がかかる。


「右近さん。大天狗さまがお呼びです。」


呼びに来たのは、まだ若い烏天狗だ。名前は知らない。


「・・・わかった。すぐ行く」

右近は苦虫をつぶしたような顔で、伝えた。


「天狗の大将が?なんだ? 右近、おまえなにかやったのか?」

古道が尋ねた。


「別に何もしていない。・・・こころあたりはあるがな。」


古道には意味のわからない含みのある答えだった。


「それより、古道。この包みを見張っててくれ。間違っても開けて食ったりするなよ。おまえが食っても誰かに盗られてもただじゃおかぬからな。」


そう言い残し、右近は部屋を後にした。




鞍馬寺の奥の院。

そこに座しているのは、身の丈三メートルはある巨大な身体をもつ『天狗』であった。

『大天狗』『鞍馬天狗』『天狗の大将』などとも呼ばれる、この『鞍馬山』の主である。


「右近、仰せにより罷り越してございます。」


仰々しく挨拶すると、右近は部屋へと入る。


「おお、右近。来たか。」


天狗は右近を自分の正面に座らせた。

長身である右近も、天狗の前に座ると小さく見えた。

といっても、天狗は神通力で『見上げ入道』ほど大きくなることもできれば、小豆ほどの小ささにもなれる。いまの大きさが本当のサイズなのかは、天狗本人にしかわからない。


「なにか、御用でしょうか?」


右近は大天狗を仰ぎ見た。

天狗は長い鼻を指で触りながら、右近と目をあわさず、とぼけた顔で話し出す。


「あー。まあ、用とゆうか、たいした話ではないんじゃがな。おぬし、先程、どこかに行っておったようじゃな?」


「ええ、休憩時間でしたので、所用で外出しておりました。」

右近は、表情も態度も崩さず答えた。


「ほう。所用か。どこへ出かけておったのじゃ?」


「特にお耳にいれるようなところではございません。私が自分の休憩時間をどう使おうが自由ですので。」


「ふむ。たしかにおぬしの自由じゃな。ところで、なにか持ち帰ったようにおもうのだが、なんじゃ?」


「ただの私物です。」


「ほう、私物とな。ちなみに、中身はいったいなんなのじゃ?」


「・・・しらじらしい芝居はやめてください。 どうせ『千里眼』でみていらしたんでしょう?」


『千里眼』とは天狗の神通力のひとつで、数百里離れた場所の光景も瞬時に見ることができる。

つまり天狗は、部下であり弟子でもある右近の動向を、神通力で覗き見ていたのだ。


「おぬしが、御山を抜け出すのが見えたのでな。なにか大事でもあったのかと心配になってみておったのじゃよ。」

天狗はすっとぼけて言った。さらに続ける。

「・・・それでな、右近。ちょいと相談があるのじゃがな。」


「だめです。」

右近は即答した。


「まだ、なにも言うておらんぞ。それで相談というのはじゃな、」


「無理です。」

遮るように断る。


「・・最後まで話をきかんか! いいか?相談というのは・、」


「お断りします。」


天狗は大きな手で床を叩いた。

ッダンという音が奥の院に響く。


「なんじゃ!さっきから、人の話も聞かずに駄目だの無理だのと!さっさと、わしにもおはぎの分け前をよこさんか!」


(やっぱり、それか。)

右近は、ぐったりしながら返答した。

「なんで、あげなきゃいけないんですか。ただでさえ、忙しくてなかなか買いに行けないんですから。今日だって、できれば、お茶を飲みながらゆっくり茶屋で食べたいのを我慢して、持ち帰ってきたんですよ。」


「むむ。しっとるぞ。いつも持ち帰ってくるおはぎは、六個入っておるのじゃろう? だったら師匠であるわしに、半分よこすのがスジというものであろう。」


「冗談じゃないですよ。師匠が弟子から食物をまきあげるってどうゆうことですか? そもそも、仕事が忙しいのも、その師匠が仕事をしないからでしょう?」


天狗が『千里眼』をつかえば、簡単にわかることも、仕事をしてくれないので、わざわざ烏天狗を派遣して調査しなければならなくなる。

結果、時間がかかり、人員が減り、御山に残ったものの負担は増える。

右近たちが忙しい元凶は、この大天狗なのだ。


「だいたい、ろくに仕事していないんだから、師匠が自分で買いに行けばいいでしょう? 暇なんだから。」


「むむむ。おぬし、師匠に向かってよくもそんなことを。だいたい、わしが他の烏天狗に買いに行かせようとしたら、おぬしが止めたではないか!」


「あたりまえです!」

右近は語気を強めた。


「前にも言ったでしょう。《カフェまよい》の持ち帰りはおはぎ六個まで。師匠、自分がなんて命令したか忘れたんですか? 全員で行って、全部買い占めて来い! ですよ?」


それを知った右近は烏天狗全員に、「大天狗のつかいで《カフェまよい》に行ってはならぬ!」と言い渡した。

仕事をしない迷惑な社長より、面倒見のよい先輩。さらに右近以外にも、茶屋の常連がいたせいで、「もし、何か問題を起こせば出入り禁止になるかもしれない」と噂がひろがり、だれも、大天狗の言うことを聞かなかった。


「いいですか?前にも言いましたが、あの店は『迷い家』なんですよ。その気になれば、どんな妖怪の出入りも制限することができるんです。以前には、あの『ぬらりひょん』が締め出されて、なす術なかったそうです。」


「なに?あのぬらりひょんがか?」


「そうです。泣きを入れて、許してもらったそうですけどね。いいですか?アナタが出入禁止になろうが、嫌われようがかまいやしませんが、下手なことして、鞍馬山の妖怪全員が出入り禁止にでもなったら、私まで、行けなくなるんですからね。自重してください。」


「むーぅ。」


「誰かに使いを頼むのなら、ひとりかふたりにして、店に迷惑がかからないように買ってきてもらってください。まあ、仕事が溜まっているんで、そんなことしてる暇のある烏天狗がいるとは思えませんけど。」


ぐうの音も出ないとはこのことである。


「ほら、わかったら、さっさと仕事をしてください。あなたは腐ってもこの鞍馬山の主なんですから。」


「く、くさっても、とはなんじゃ。」


右近は小さくため息をつくと、天狗を見上げる。


「ちゃんと、仕事をすれば、おはぎをひとつ分けてあげます。」


「なに?それはほんとうか?」


「ええ。特別ですよ。」


「ちなみに、今日のおはぎはなにじゃった?」


「こしあんときな粉です。」


「むぅ。・・・・ふたつじゃ。」


「駄目です。」


「なぜじゃ! こしあんときな粉のどっちかひとつを選ぶことなどできるわけなかろう!」


「駄目です。私だって、今日は、茶屋で食べてこられなかったんですから。」


「おぬしは、残り五個全部、ひとりじめするつもりか。この強欲カラスめが!」


「あたりまえでしょう!もともと自分用に買ってきたものなんですから!」


視線がぶつかり火花が散る。

世にも低レベルな争いではあるが。


「そんなに食べたいなら、自分で行って買ってくればいいでしょう?師匠の神通力なら、あっという間なんですから!」


「ぐぬぬ。わしにわざわざ茶屋まで足を運べというのか?」


「運べばいいでしょう?暇なんだから! わかってますよ!どうせ、大妖怪の天狗たるものが、おはぎ食べたさに、人間のやっている茶屋に足を運ぶなんてみっともない。とか思っているんでしょう?」


「む。」

天狗が思わず黙ってしまう。


「まったく。師匠が人間嫌いなのは知ってますが、こんなことで意地を張ったってしょうがないでしょう?昔、どんないざこざがあったのかは知りませんが、あの人間の娘にわだかまりをもったってなにもなりませんよ。」


「わ、わしはわだかまりなぞもっておらんわ! ただ、人間なぞ、狡賢く醜悪で好きになれぬだけじゃ。」


「じゃあ、その嫌いな人間の作った食べ物なんか欲しがらなければいいじゃないですか? どうせ、長年掲げてきた人間嫌いの看板を、プライドが邪魔していまさら降ろせないだけでしょう? ほんとにええかっこしいなんだから。」


「え、ええかっこしいとはなんじゃ!」


「とにかく、仕事が終わらないかぎり、師匠におはぎは食べさせません。他の烏天狗にもよく言っておきます!」


「な、なんじゃとー。弟子の分際で、なんの権限があるんじゃ!」


「それだけ、みんな迷惑しているんです!」


「むぅぅ。わかった。 では、今日中に溜まった仕事は片付ける。そのかわり、おはぎはこしあんときな粉の両方をよこせ。」


右近は頭痛がする、と言わんばかりにこめかみを押さえた。


「なんじゃ、その態度は、あの店のおはぎは日替わりなんじゃろう? 今日を逃したら、次にその組み合わせを食えるのはいつになるかわからぬじゃろうが。」


「それは、まあ、そうですね。」


「なら、おはぎはふたつじゃ。わかったな!」


はあ。

右近はあきらめたように息を吐く。

明日、烏天狗が仕事から解放されて休めるのなら、おはぎ二個の犠牲もやむを得まい。


「わかりました。ちゃんと仕事してくれたら、おはぎを二個、夜食にお持ちします。」


「本当じゃな?」


「ええ。そのかわり、仕事は手を抜かないでくださいね。」


「あたりまえじゃ。そもそもあの程度の仕事を消化しきれておらんおぬしたちが、修行が足りんのだ。わしなら、半日で終わる仕事じゃぞい。」


これに関しては、天狗の言い分は正しかった。

天狗が本気になれば、たまっている仕事はすぐに片付く。

そうは見えなくとも、この『天狗』は妖異界でも五指にはいる大妖怪なのだ。


「はいはい。では仕事のほうを片付けて、明日は、ふがいない弟子に稽古のひとつもつけてください。」


右近は笑って師匠に言った。






01 話 にでていた烏天狗 右近 のお話です。

鞍馬山のおはなしは また時々書こうとおもっております。

よろしくおねがいします

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