79 幕間劇 木陰
68 運ぶもの急ぐもの2
の後話です。
妖怪『輪入道』はひと組の妖怪を送り届けたあと、よく休憩に使う常緑樹のトネリコの樹の下で座りこんだ。
梅雨時期の晴れ日。雨で出歩くのを控えていた妖怪も動き出すのか、今日は仕事が忙しい。
どうせまたすぐ、どこかからお呼びがかかるだろう。
食事や休憩は取れるときに取っておく。
いそがしい車力妖怪にとっては鉄則だ。
竹筒にはいった冷たいお茶をゴクゴクの飲み、喉を潤し水分を補給する。
「はぁ。今日はずいぶんと走らせたな。これくらいで疲れちまうとは、俺も年かね。」
そんなことをうそぶいた。
たしかに輪入道は頭は禿げあがった昭和の頑固親父のような風貌で、五十代後半くらいのみためである。
しかし、妖怪である輪入道は生まれたときからこの姿で、江戸の町を走り回っていた頃からこの姿だ。。
はたして、彼にとって年齢がどれだけ意味のあるものなのかはおおいに疑問だ。
「さてと・・。」
輪入道は竹の葉で包んだ包みを取り出すと、丁寧に開ける。
なかには形の揃った三角おにぎりが三つ並んでいた。
「今日の中身は、梅干におかかに鮭だったな。」
白いツヤツヤとした米粒を三角形にまとめているだけの料理であるはずなのに、何故、ここまで食欲をそそられるのであろう。
特別、匂いがするわけでもなく、みためも白い塊に黒い海苔が巻きついているだけの地味な配色だ。なのに腹ペコのときにはどんな豪華な料理にもひけをとらないごちそうに思えてくる。
「さて、どれからいくかな。」
三つのおにぎりは中身は三つとも別だったが、それは外見からはわからない。
輪入道は一番右のおにぎりを手に取ると、ガブリとかぶりついた。
握り飯は豪快にかぶりつく。
それが輪入道の流儀だった。
おにぎりは遠慮してチマチマ食べようすると、中の具にひとくちでたどり着かない。
結果、具のない部分と具ばかりの部分と別々に食べることになる。
それを防ぐためには、大口でバクリといくのが正解なのだ。
輪入道はそう信じていた。
「む。『おかか』だな。」
輪入道はその太い眉をひそめた。
おかかが嫌いなわけではない。
ただ、おにぎりの具でいちばんうまいのは『おかか』だ。といいはる知り合いのことを思い浮かべてしまうのだ。
「たしかに、うまいがな・・・。」
おかかの作り方は簡単だ。
薄く削った鰹節に醤油をかけかき混ぜれば完成だ。
簡単でおいしく、保存も利くご飯の味方だ。
しかも、このおかかはさらにひと手間加えてある。
醤油だけでなく、砂糖やみりんや酒を加えて、おにぎりにする前に軽く炒めてある。
そのせいで、少し甘めの味付けになっており、炒めた香ばしさと合わさると、もうお手軽な味付けではなく、立派なオカズの一品だ。
さらに、そこに混ぜられた白胡麻の風味がプラスされると、もう食欲は止まらなかった。
たった三口で、三角おにぎりは輪入道の腹の中に消えていった。
「さて、次にいくか。」
いくらうまいおにぎりとはいえ、たったひとつでは満足できない。
躊躇なく二つ目のおにぎりに手を伸ばす。
当然、輪入道の流儀に従い、ガブリと大口でかぶりつく。
「む。アタリだな。」
輪入道はニンマリと微笑んだ。
今、かぶりついたおにぎりの具は輪入道がもっとも好みとしている『梅干し』だった。
同じ妖異界の同じ空の下、同じ時間の別の場所で、妖怪『片車輪』は同じように竹の葉の包みを開いて、おにぎりを食べていた。
片車輪のほうは、一番最初に一番好きな『おかか』を引き当て、ご満悦だった。
そして、二つ目のおにぎりにかぶりつくと、口の中に酸っぱさとしょっぱさが広がり、おもわず唇をすぼめた。
「ああ。『梅干し』ね。あー、すっぱい。」
口の中の米粒と梅干しのかけらをすべて飲み込んでも、まだ、口中でなにかが暴れているように刺激が残っていた。
「なんで、あの輪入道は、こんなすっぱい梅干しが一番うまいなんて言ってるのかねえ?」
片車輪は、同業者の車力妖怪の顔を思い浮かべた。
片車輪も、べつに梅干しが嫌いなわけではない。梅干しは妖異界にもあるし、保存食としてもポピュラーだ。この《カフェまよい》のおにぎりに使われている梅干しも、昔ながらのやりかたで漬けているので、妖異界のものとそこまで差があるわけではない。
片車輪にしてみれば、一番好きな『おかか』はもちろん、『昆布』も『海苔の佃煮』も『高菜』も『梅干し』よりおいしい具のように思える。
なのに・・・。
「でも、なんていうか、あとをひくんだとねえ。」
片車輪はもう一口、かぶりついた。
なぜだかわからないが、梅干しのおにぎりを食べた後は、口の奥からどんどん唾液があふれてきて、ついついもうひとくち食べたくなる。
いまも、すぐさっきおかかのおにぎりをひとつたいらげているのに、むしろ食欲が増した感じさえする。
「ああ、すっぱい! こんなにすっぱいのに、なんでまた食べたくなるんだろうねえ?」
文句を言いながら、結局、梅干しのおにぎりを残さず食べ終わった片車輪は、むしろまだ食べたりないような感覚すら覚えていた。
しかし、まだ、おにぎりはもうひとつ残っていた。
今度は中身はわかっている。
『鮭』だ。
輪入道と片車輪、ふたりの妖怪は、同じ妖異界の同じ空の下、同じ時間の別の場所で、なんの因果か同じタイミングで同じおにぎりを手に持っていた。
ふたりとも、すでにふたつのおにぎりを腹におさめていたが、食欲はまだ衰えてはいなかった。
大きく口をあけると、最後のおにぎりにかぶりつく。
「「うまい!!!」」
同じ妖異界の同じ空の下、同じ時間の別の場所で、二人の妖怪の感想は同じ言葉で発せられた。
読んでいただいた方ありがとうございます。
幕間劇でございます。
おにぎり回でもあります。
自分はおかかと高菜が好きです。