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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第三章 雨月
77/286

77 幕間劇 その瞳に映るもの

62 雨に咲く紫陽花

の数日前のおはなしです。




「よし!できた。」


真宵は渾身の新作菓子に挑戦していた。

『練りきり』

和菓子では花形といわれ、さまざまな色や細工で美しい形をつくりだす。

祖母のレシピで家庭的な菓子を中心に作ってきた真宵にとっては、かなりの冒険であった。

そしてその第一号、六月の菓子ということで挑戦したのが『紫陽花』であった。

餡子玉を中心に、薄い赤紫と青紫の練りきり餡をきんとんぶるいで漉して飾り付けてある。

漉されて、縮れたようになった練りきり餡が、六月を代表する紫陽花の花をイメージしている。

さすがに、プロの技とまではいえないまでも、見よう見まねで頑張ったわりにはなかなかの出来だとおもっている。


「右近さん。ちょっと、これ、見てもらえます?」


真宵はできたばかりの新作菓子を右近に見せる。


「ほう。あたらしい菓子か。いつものより、ずいぶん手間を掛けているように見えるが。」


「ええ。練りきりって言ってね。いろんな色や細工で表現するのよ。」


「ほう。なるほどな。」


右近は、興味深深で菓子を覗き込む。


「試食してもかまわないか?」


「あ、ちょっと待って。」


真宵はストップを掛けた。

そのまえにきいておきたいことがある。


「ねえ、右近さん。このお菓子、何に見えます?」


「何に見える? 菓子に見えるが、それがどうかしたか?」


いたって真面目に右近は答えた。


「いや、そうじゃなくて、このお菓子見て、なにか連想するものはない? 想いだすものとか感じるものとか、見たことあるなーとか思ったりしない?」


「・・・・。」


右近は眉間にしわを寄せる。


「・・・・な、なんにも、思わないならいいのよ、別に無理しなくても・・・。素人同然の私がつくったんだし。」


真宵はがっくりと肩を落とした。

内心、ちょっぴり自信があっただけに、ショックを隠せない。


「い、いや、これが、なにかに見えるんだろう? ちょっとまってくれ。すこし時間がほしい。」


右近は穴が開くかと思うほど、菓子を凝視する。


「・・・・二色の毛糸玉?」


右近の言葉に、真宵は、さらにガッカリした。


「け、毛糸玉、ですか?」


季節感まったくなし。六月も梅雨もどこにいったか行方不明である。


「い、いや待て。 もう少しで、なにかが見える気が・・・。 毛染めした毛羽毛現けうけげんか?」


「け、けうけげんさんに、見えちゃうんですか・・・。」


真宵は、完全に力が抜けた。

渾身の力作は、毛糸玉か毛玉妖怪にしか見えなかったらしい。

しかも、毛染めした、って・・・。


「やっぱり、錦玉羹で飾ったほうがいいのかしら。」


紫陽花の菓子を作る場合に、よく使われる手法で、透明や薄く色をつけた寒天のような錦玉羹を小さくキューブ状に切って飾り付けるという手法がある。

錦羊羹の透明感が、雨に塗れた紫陽花の風合いを見事に再現して、グッと本物感が出るのだ。

もちろん、そのぶん手間もかかるし、羊羹の固さやら、甘さ、練りきり部分とのバランスなど、課題も多い。

まだ、初心者の真宵には荷が重いと感じ、練りきりだけでつくってみたのだが、紫陽花に見えないのでは意味がない。



「紫陽花ダロ?」

「うむ。普通に紫陽花じゃな。」


そこに、救いの手を差し伸べたのは、小豆あらいと座敷わらしだった。

ふたりのやり取りを、横で見ていた妖怪たちは、一発で模範解答を言い当てた。


「ほんとう? ほんとうに紫陽花に見える?」


真宵は、すがるようにふたりに尋ねる。


「みえるゾ。」

「ちょうど季節じゃしな。なかなかよくできていると思うぞ。」


ふたりの評価を聞いて、真宵は右近をじっと見る。

こころなしか、視線が冷たい。


「右近は、センスないからナ!」

「こやつは、服の趣味もいまいちじゃしのう。」


「ば、馬鹿な! これがどうやったら紫陽花に見えるというん・・・。」

言いかけて、真宵の視線に気づき、口ごもった。


「た、たしかに、この、薄い赤紫と薄い青紫は、紫陽花の花によく見られる色だが、・・・それだけのヒントでピンポイントに紫陽花にたどりつくのは、いったい、どうゆう・・。」


「色だけでなく、その丸い形や質感など、いろいろあるじゃろうに、ほんとに鈍いのう。おぬしは。」

「見ればワカルゾ!」


「お、俺は、観察眼や洞察力で、他人にひけをとったことなどないぞ!」


「こうゆうのは、観察眼や洞察力ではなく、感性を働かせるもんじゃな。」

「右近はセンスないゾ!」


もはや、言いたい放題であった。


「マヨイ!オレ、味見したいゾ!」


小豆あらいが元気よく立候補する。


「ああ、そうね。せっかくだから、味のほうの感想も聞かせてほしいわ。」


真宵は、小豆あらいに、紫陽花の菓子を差し出した。


「ま、待ってくれ! もう少し、もう少ししたら、俺にも紫陽花の花に見えてくるかもしれない。もう少しだけ・・。」


右近の懇願は、聞き入れられず、菓子は小豆あらいの口に収まっていた。


「ウマイゾ!マヨイ。」


「そう?よかったわ。ありがとう、小豆あらいちゃん。」


完全においてけぼりにされた右近は、言い知れぬ敗北感を味わっていた。


(か、感性? センス? いったいどこに売っているのだ、そんなもの・・。)





《カフェまよい》 従業員兼料理人見習い 右近


美的センスに難アリ


読んでいただいてありがとうございます。

幕間劇でございます。


幕間劇は、時系列が前後いたしますのでご了承ください。

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