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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第三章 雨月
76/286

76 梅は干すもの漬けるもの

《カフェまよい》メニュー


『柏餅』

五月に特別メニューとして提供されたが、好評につき、たまに『饅頭セット』の饅頭としてつくられている。

白い餅はこしあん、蓬の緑色の餅はつぶあんである。

五月以降は柏の葉は妖異界の『遠野』の山のものがつかわれている。



妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

現在、すでに閉店時間を過ぎ、いつもならすでに母屋に引き上げている時間であるが、本日はなにやら従業員が残って皆、おなじ作業をしていた。




「小豆あらいちゃん、ほんとにだいしょうぶ? 遅くなるから、もう帰っていいのよ?」


店主である真宵は、心配そうに言った。

小豆あらいは、《カフェまよい》の従業員のなかで唯一、外から通ってきている。

見た目はまだ子供だし、閉店後、暗くなってから帰るので、いつも心配しているのだ。


「だいじょうぶダ! 仲間はずれはよくないゾ! マヨイ。」

小豆あらいは元気よく言った。


「そう? これは厳密にはお店の仕事じゃないから、帰りたかったら帰ってもいいからね。」


真宵は重ねて言った。

普段から、夜の妖異界は性質タチの悪い妖怪が出やすいので出歩いてはいけない、と言われている。

なので、妖怪とはいえ、子供の姿の小豆あらいを夜遅くまで引き止めるのは気がとがめるのだ。


「それにしてもマヨイ、ずいぶんとたくさん仕込むんじゃのう?」

座敷わらしが真宵に尋ねた。


厨房のテーブルの上には、これでもかというほど大量の梅の実がのせられていた。

それを、真宵、右近、座敷わらし、小豆あらいの四人が取り囲み、せっせとヘタとりに励んでいる。

ヘタとりとは、梅の実の枝とつながっていた部分を竹楊枝などでくりぬく作業のことである。

梅干しなどを作る際、これをしておかないと、出来栄えに大きな差が出る大切な作業である。


「ええ。毎年、おばあちゃんの家で梅干しを漬けていたんだけど、今年は私がやらないとね。どうせお店でもつかうんだから、こっちで漬けちゃったほうがいいかなって。」


真宵の祖母は昨年他界している。

とにかく働き者で、とくに食べ物に関しては並々ならぬ情熱を持っていたようで、漬物でも味噌でも、自作できそうなものはなんでも作ってしまうようなひとだった。

梅干しも大量に漬け込み、できあがったものは孫である真宵の家や親戚にも配ったりして喜ばれていた。


「ほう。マヨイどのの祖母どのもやっていたのか。」

右近が真剣に話を聞いていた。

《カフェまよい》のレシピの多くのは真宵の祖母から譲り受けたものと知った右近は、真宵の祖母をなにやら、神聖なもののように尊敬していた。


「右近、梅のヘタ取りもヘタだナ!」

小豆あらいが右近の手元を見て笑った。

たしかに、できあがった数を見ると、四人のなかで右近だけが明らかに数が少ない。


「む。馬鹿な。皆、いつのまにそんなにたくさん・・・。」

右近は慌てて、手の動きを速める。


「う、右近さん、ゆっくりでいいんですよ。それより丁寧にお願いします。ヘタがきちんと取れてなかったり、梅の皮に傷がつくと、出来が悪くなっちゃうんで。」

真宵がたしなめた。


「座敷わらしちゃんは上手ね。やったことあるの?」


普段は客席で接客の手伝いをするくらいで、あまり料理には興味を示さない座敷わらしであったが、この梅のヘタ取りは上手で、四人のなかで一番たくさん出来上がっている。


「こういったものは、昔からやっておったことじゃからのう。」

座敷わらしは言った。


梅の実を漬け、梅干しにするなどということは、昔の日本なら各家庭で普通に行われていたことだ。

家に憑いて、家の中で遊ぶ座敷わらしという妖怪にしてみれば、こういった手伝いは遊びの一環としてよくやってきたことで、珍しいことではなかった。


「そっか、経験者なのね。心強いわ。」

真宵は笑った。

真宵とて、昔、祖母の手伝いでやったことがあるくらいで、自分で梅を漬けるのは初めてなのだ。

経験者がいるのはとてもありがたい。


「あっ、小豆あらいちゃん、そっちの梅はこっちのと混ぜないでくれる? 別にしておきたいの。」


ヘタを取り除いた梅の実を、移そうとした小豆あらいを止めた。


「ン? こっちの梅はなにか違うのカ?」


「ええ。そっちのは妖異界でとれた梅の実なのよ。せっかくだから、別々に漬けて、味に違いが出るか研究してみようと思って。」


「こっちの世界でとれた梅? そんなものいつの間に手に入れたんだ?」

右近が不思議そうにきいた。

梅はこの『遠野』の山にもたくさん生えているが、そんなところまで真宵が行くはずはない。


「ふふ。山童やまわろくんに頼んだの。 私、怒られちゃったわ。 もっとはやくに言っておいてくれれば、もっとたくさん採ってこれたんですよーって。」


真宵は笑った。

山童は、頼めば木の実でも山菜でも山の幸を採って来てくれる。

今回の梅の実は、半分は人間界から持ってきたものだが、半分は山童に頼んで妖異界で調達したものだった。


「ああ、そう言えば、今日の昼におおきな包みを持ってきていたな。また、山菜か何かを持ってきたのかと思っていたが、これだったのか。」


「ええ。粒の大きさはちょっとバラバラだけど、ちゃんと完熟して傷のないのだけ選んで持ってきてくれたの。小さいのに働き者よね、山童くん。」


小さいといっても、人間の真宵よりははるかに長生きしているのだが、いまさらだれも指摘したりしない。

それを言い出せば、座敷わらしにしろ沢女にしろ、子供の姿をしていてもはるかに真宵よりも年上なのだ。

いちいちそれを言い出したところで、この世界ではあまり意味がなかった。


「あとね、ついでに梅酒とかも漬けようかと思って。焼酎と氷砂糖も用意してあるのよ。」


「梅酒? 酒は店では出さないつもりなのだろう? 気が変わったのか?」


以前から、酒好きののんべえ妖怪を中心に、酒を出してほしいとの要望はたびたび来ていた。

しかし、お茶やお菓子目当てで来ている客に迷惑がかかりそうなのと、日が沈む頃には閉店する営業形態とあわないのを理由に断っていたのだ。


「うーん。お店を居酒屋みたいにするつもりはないんだけど・・・。ほら、前にやったお餅つき大会とか、ああいったお祭りやお祝いごとのときに振舞うくらいはいいかなって思って。まだ、具体的にどうするかは決めていないけど、もし、やりたくなったときに、ああ、あの時つくっておけばよかったーなんて後悔したくないでしょ? 梅酒も梅干しも、出来上がるまで半年や一年かかっちゃうんだから。」


真宵は微笑んだ。

おそらく真宵の中では、この店でやりたことや叶えたい夢がまだまだあるのだろう。


「あ、そう言えば、梅酒用の焼酎も氷砂糖も母屋のほうに置いたままだったわ。いけない、忘れないうちにとってくるわね。」


そう言って、真宵は立ち上がった。


「重いんじゃないのか?俺が取ってこようか?」


右近の申し出を真宵は笑顔で遠慮した。


「だいじょうぶよ。それよりがんばってヘタを取っていて。この梅全部今日中にやっちゃうつもりなんだから。」


そう言って、真宵は母屋のほうへと急いでいった。



「・・・なにがそんなにおもしろいのじゃ? 右近。」


座敷わらしに言われて、右近は自分が知らないうちに微笑んでいたことに気がついた。


「ん?ああ。いや、ちょっとな。」


「思い出し笑いは、低俗な妄想をしておるときと相場が決まっておるらしいぞ。あの婚約者の烏天狗のことでも思い出したか?」


「・・・だれがだ。」

右近は顔をしかめる。


「ただ、少しおもっただけだ。マヨイどのは半年先や一年先もここにいるつもりなのだなと。」


「なんじゃ?どういう意味じゃ?」


「・・・人間が妖異界にいるのも、妖怪相手に商いをするのも異例中の異例だろう? なのに、マヨイどのは梅干しや梅酒をあたりまえにつくろうとしている。 梅干しも梅酒も出来上がるのは半年先、一年先だ。 たぶん、マヨイどののなかでは、半年後も一年後もこの妖異界で、店をやっているのが当たり前だと思っているのだろう。」


「・・なるほど。」


たしかに、人間である真宵がこの世界で店をやるなど普通のことではない。

いつ嫌になり、人間界へと逃げ帰ったところで、文句もなければ不思議なことでもないだろう。

だが、真宵は半年後のことを考えている。一年後のことを楽しみに想っている。

それが人間である真宵にとってよいことなのかはわからないが、右近たちにとってはうれしいことだ。


半年後、真宵とともに梅酒の出来を確かめるだろうか?

一年後、真宵とともに梅干しの出来を喜ぶだろうか?

来年もまた、真宵と梅干しや梅酒を漬けているだろうか?

再来年は?

その次は?


妖怪と違って、人間は老いる。

そして死ぬ。

妖怪のように永遠に近い時間を生きたりはしない。

そう思えば、真宵と過ごすこの時間など、砂時計のほんの一粒に過ぎないのかも知れない。


「・・・うまい梅干しが漬かるとよいの。」


「そうだな。」


ふたりは、それだけ言うと、また梅の実を手に取り、ヘタ取りに勤しんだ。






読んでいただいた方ありがとうござます。

三章雨月、フィナーレでございます。

ちょっぴりセンチメンタルな感じです。


次回から数回、いつもの幕間劇を数回はさみます。

幕間劇はみじかめのおはなしばかりなので更新ははやめにしようとおもっております。

よければ、また読んでいただけると幸せです。

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