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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第三章 雨月
75/286

75 梅雨のち毛玉

《カフェまよい》メニュー


『ヨモギ饅頭』

生地に蓬を練りこんだ蒸し饅頭。

『まんじゅうセット』の饅頭としてよくつくられる。

ふかふかの生地と中のつぶあんが美味。


妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

例年よりも長めの梅雨も、そろそろおわりが近づいたのか、今日はあたたかな日差しが『遠野』をつつんでいた。

久しぶりの気持ちのよい晴天のせいか、今日は客足も順調のようである。



「ありがとうございましたー。」


一組の客を送り出し、店主の真宵は満足そうに微笑んだ。

今日は、いつもより客の入りがいい。

儲け主義なわけではないが、やはり、お客さんは少ないよりもたくさん来てくれたほうがうれしい。

新メニューの開発も楽しかったが、やはり店の主としてはお客さんの喜ぶ顔が見れるのが何よりなのだ。


「あら?」


真宵が客席を見ると、先ほどまで空席だった場所に、ある黒い塊が鎮座していた。


毛羽毛現けうけげんさんじゃない。いつの間にいらしたのかしら?」


毛羽毛現はこの店に来る妖怪の中でもめずらしく、人間の姿であらわれない妖怪だ。

多くの妖怪が、人間にそっくりな姿やよく似た姿に化けて来店するが、毛羽毛現は前から見ても後ろから見ても黒い大きな毛玉である。


「なんじゃ。毛羽毛現が来ておるのか? 珍しいの。わしがいくか?」


隣にいた座敷わらしが聞いてきたが、丁重に断った。

以前来たときにわかったが、毛羽毛現は人間に化けたり人間の言葉をしゃべったりはしないが、こちらの言葉は理解しているようだし、体の毛をのばして指差したりできるので、注文をとるくらいはできるのだ。


「だいじょうぶ。行ってくるわ。」


真宵はメニューを片手に持つと、勇んで席へと向かった。




「いらっしゃいませ。おひさしぶりです、毛羽毛現さん。」


「モフ。」


あいかわらず、言葉なのか鳴き声なのか、なにかの音なのかわからない声で返事をされた。

毛羽毛現は稀有稀現ともいわれ、稀にしかあらわれない妖怪なので、そこまで頻繁に来店するわけではない。名前と同じくレアな妖怪なのだ。


「どうぞ、こちらがメニューになります。・・・・・??」

真宵がメニューを差し出そうとしたとき、あることの気がつく。


(ん? これは・・。)


目だけで、キョロキョロとまわりを見て、他に異常がないことを確認する。

慎重に他に原因がないことも、思い違いをしてないことも確認する。

間違っていては、大変失礼だ。

何度も確認し、『それ』が間違いなく毛羽毛現のせいだと断定した。

しかし、それを口にするべきかどうか、判断は迷う。


(お、お客様に、それはどうなの? いや、でも、ほかのお客様にも、迷惑が・・。でもだからって・・・、勝手にそんな・・。)


ここは甘味茶屋。ただの飲食店である。

店としては、ただ、お客の希望する品を提供すればいい。それだけである。

だが・・・。


(ダメ。我慢できない!)


真宵は意を決し、メニューをテーブルに置いた。


「毛羽毛現さん、ごめんなさい。ちょっと失礼します。」


真宵は両手でガシリと毛羽毛現をつかむと、ゲームセンターのUFOキャッチャーのように持ち上げた。


「モフ?」


席からひっこぬくように持ち上げると、そのまま厨房へと走り出す。


「モ、モフー。」


なにごとかわからない毛羽毛現の、なにを言っているのかわからない鳴き声が響いたが、真宵は無視して突っ走った。


「座敷わらしちゃん、右近さん、わるいけど、お店のほう任せててもいいかな?」


「え?ああ。」

何事かはわからなかったが、真宵のただ事ではない様子に、右近はおもわず返事をしてしまう。


「じゃあ、よろしく!あと、沢女ちゃん、ふらり火さん、急いでお風呂場にお湯をお願い! とりあえず、タライに半分でいいから!」

そう言うと、真宵は母屋のほうへと消えていった。


「よくわからないけど、とりあえず行ってくるわね。沢女さま、いきましょうか。」

石釜から出てきた火の玉のようなふらり火が言った。

水瓶の上に座っていた小さな女の子姿の水神、沢女もコクリとうなずく。


「いったい、どうしたんじゃ?マヨイは。」


「さあ?」

座敷わらしに聞かれても右近はよくわからなかった。

ただ、なにやら違和感を感じ取る。


「・・・ん? なんだ?このにおい?」





真宵は母屋の風呂場に毛羽毛現を連れてくると、沢女とふらり火に用意させたお湯の入ったタライにつっこんだ。

元川守の水神である沢女と、元鬼火であるかまど鬼のふらり火は、よくふたりで協力して風呂を沸かしてくれる。

瞬間湯沸かし器とまではいかないものの、タライに半分ほどの湯ならさほど時間をかけずに用意することができる。


「モ、モフモフー。」


「ちょっと、我慢してください! 毛羽毛現さん、御自分じゃ気づいていないかもしれないですけど、ものすごい臭いですよ。」


そう。妖怪にとって、この臭いがどれくらいの不快臭なのかはわからないが、少なくとも人間の真宵にしてみれば、鼻をつままないと卒倒しそうなくらいの激臭だった。

言ってみれば、生乾きの洗濯物と、詰まった排水溝と、カビの生えた味噌汁を合わせたような臭い。

雑菌臭と腐敗臭と発酵臭がトリオで踊りだしそうな臭いだ。


「モフモフ?」


(そういえば、毛羽毛現さんて、知らない間に庭先とか縁の下に現れてはいつの間にか消えていく妖怪さんだっけ? 梅雨時期にこの毛玉で庭先で濡れそぼったあとで、そのままにしたら、そりゃあ臭うわよねえ。)


いくら臭うからといって、お客に無理矢理、風呂に入らせるのはやりすぎだとも思ったのだが、どうしても看過できなかった。それくらいの臭いだったのだ。


(他の妖怪さんたちは平気だったのかしら?)


真宵は桶で毛羽毛現の頭にお湯をかけながら思った。

妖怪のなかには、山で生活してたまに川で水浴びしているだけというものも多い。

このお湯を用意してくれたふらり火などは、まんま火なので、もちろん風呂にも入らず水浴びもしない。

沢女も半精霊というか半幽霊といったかんじで、どうしているのかわからないが、別段、臭いを気にしたことがない。


(やっぱり、この毛だからかしら?)


真宵は、マッサージでもするように毛羽毛現の髪の毛だか体毛だかわからない毛の汚れを落とす。


(ていうか、ほんとに毛だけなのね。どうやって動いてるのかしら?)


外見だけなら、長毛種の犬とかにも見えなくはないので、もしかしたら、毛玉の中に肉やら顔やらががあって、毛で隠れているだけなのかもと思っていたが、触ってみると、本当に毛しかなかった。

これでどうやって動いているのかも、食べたものがどこにいっているのかも不明だ。

それはもう「妖怪だから。」というしかないのかもしれない。


「毛羽毛現さん、ちょっとシャンプー使わせてもらいますね。しみないように目はつぶっててくださ・・・あれ?毛羽毛現さんて目はないんでしたっけ?」


「モフ。」


反応されても、答えがどっちなのかわからなかった。

そもそもこの声もどこからでているのかもわかっていない。


(うーん、どっちがいいのかしら?)


真宵は二本のシャンプーボトルの前で、迷っていた。

この風呂場には二種類のシャンプーが置かれている。どちらも、真宵が人間界から持ち込んだものだ。

ひとつはローズとホワイトピーチの天然成分配合の自然派シャンプー。95パーセント以上が天然由来というひとにも環境にもやさしいというのが売り文句の女性向けのものだ。真宵と座敷わらしがつかっている。

もうひとつは、オーガニックハーブをつかったさっぱりした香りの男性用シャンプーである。こちらは右近につかうように真宵が買ってきたものだ。

右近は最初、石鹸でかまわないと言っていたが、「飲食店は清潔さとみだしなみも重要!」との真宵の一言で使うようになった。いまでは気に入っているようだ。

あまり香りが強すぎると食事の邪魔になりそうなので、どちらもほのかに香る程度のものだが、どちらがいいのだろうか?


(うーん、やっぱり男の人用のがいいかしら? 男性はで花の香りっていうのはどうなのかな? あれ?毛羽毛現さんて男性だっけ?)


よくわからなくなった真宵は、本人に決めさせることにした。


「毛羽毛現さん、このふたつのうち、どっちの香りがお好きですか? こっちの花の香りがするほうは髪の毛がしっとりする感じで、こっちのさっぱりした香草の香りがするほうは洗い上がりすっきりするそうです。」


シャンプーボトルを近づけると、毛羽毛現は匂いをかぐような様子を見せる。


(いちおう、においは感じれるのかしら?)


だったら、なぜ自分のこの悪臭に気がつかないのだろう。

お湯で流して多少緩和されたとはいえ、いまでもなかなかの悪臭だ。

人間でも、自分の臭いには鈍感になるらしいが、いくらなんでも度を越していると思う。


「モフ。」


毛羽毛現は一束の毛をのばして、花の香りのするシャンプーを指した。


「こっちですね。わかりました。」


(あら、花の香りのほうがお好みなのね。ちょっと意外。)

なんとなく男性っぽかったから、ハーブの香りのほうを選ぶと思っていた。


「じゃあ、いきますね。」


真宵は手にたっぷりシャンプーをたらし、軽く泡立てると毛羽毛現を洗い始めた。

長い毛をからませないようにゆっくり揉み洗いするが・・・。


(あ、泡立たない。)


けっこうな量をつかって懸命に洗おうとするのだが、まったく泡がたたない。

人間でも、病気や怪我で何日も髪を洗えない日が続くと、シャンプーの泡立ちが悪くなることがあるが、ここまでとは。


「い、一回流しますね。」


「モフ。」


一度、お湯で流し、もう一度、さらにたっぷりめにシャンプーをつかう。

すると先ほどよりは泡が立ったが、まだまだなかんじだ。

真宵が普段からつかっているシャンプーなので、本当の泡立ち加減がこんなものではないとわかっていた。

さらにもう一度、湯で流し、三度目の正直でやっといつもどおりに泡が立った。


「いい感じですね。かゆいところとかないですか?」


「モフ。」


なんとなく、美容院のシャンプーみたいになっているが、洗う指には頭皮の感覚はなく、どこまでいってもただの毛玉だ。

真宵はしっかり汚れを落とすように、小型犬より少し大きい毛玉をなんとか洗う。

そして、一度汚れたお湯をタライから捨てると、何度も何度もしつこいくらいに毛羽毛現を濯いだ。


(シャンプーの濯ぎ残しとかも、においの原因になるのよね。そうだ。ついでにトリートメントもやっちゃえ。)


結局、全部で一時間以上かかって、毛羽毛現を洗い上げた。




「はい。じゃあ、ここでちょっとひなたぼっこしててください。」


真宵は風呂から出た後も、しっかりタオルで水気をふき取った後、丁寧に毛羽毛現に櫛をいれた。

ドライヤーがあればよかったのだが、電気製品は妖異界に持ち込めないので、自然乾燥に頼ることにした。

幸運なことに、今日は天気がいいので、オープンテラスでつかっていた椅子とテーブルを店先に出して、毛羽毛現を座らせた。この感じだとすぐに乾くだろう。


「今日の注文は、『お抹茶セット』でよかったんですよね。すぐお持ちしますから、今日はここで食べていってください。」


真宵が店の中にはいっていくと、毛羽毛現は幸せそうに声を出した。


「もふもふ。」


さっきまで、ベタついて絡んでいた毛がシャンプーとトリートメント、それに丁寧に櫛をいれてもらったおかげでしっとりと風に吹かれている。

体中の毛から、そこはかとなく薔薇と白桃の香が漂ってくる。

こんな気持ちがいいのは何十年ぶりだろうか?はじめてかもしれない。


眩しく照らす太陽の光に、毛羽毛現は夏の足音を感じていた。







読んでいただいた方ありがとうございます。

ひさしぶりの毛羽毛現の来店となぜかのシャンプー回です。


次回で三章、雨月が終わりまして幕間劇はさんで四章にはいる予定です。

世間はまだ五月でこれから梅雨なんですが^^;

季節感ズレちゃってますがご容赦ください。

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