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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第三章 雨月
73/286

73 ほらを吹く竜

《カフェまよい》 メニュー


『紫陽花』

『抹茶セット』につくお茶菓子。六月限定。

薄い青紫と赤紫の二色の練りきり餡をきんときふるいにかけたもので餡子玉を包んで、紫陽花に見立てた菓子。

単品注文、持ち帰りも可能。


妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

ランチタイムが終わる頃、厨房で仕事をしていた真宵が、客席にでてくる。

客席で、お客とふれあいたいという真宵と、料理の修業がしたいという右近の希望が合致し、この時間は真宵が接客することが多い。



「いらっしゃいませー。」


入口の戸が開いて、新しい客があらわれた。

真宵は出迎えようと、足を運ぶ。


「いらっしゃいませ。・・・・はじめてのお客様ですか?」


普段から厨房と客席を行ったり来たりの真宵なので、全ての客の顔を記憶しているわけではないのだが、特徴のある客は忘れないし、たぶん、この客が過去に来店していれば、覚えているだろう。

人間の年齢でいえば、十代後半。高校生か、大学生くらい。衣装はなんだか金やら銀やら柄なのか模様なのかわからないとにかく派手な羽織を羽織って、肩からおおきな貝殻を下げている。


(あれって、法螺貝よね?)


巻貝の中でも最大級の大きさを誇る法螺貝。

よく、山伏が笛にしている。

昔は戦の号令にもつかわれていたらしく、日本人には馴染み深いといえば馴染み深い。

その法螺貝を、それもけっこうな大きさのやつを肩から下げていた。

理由は不明だ。


「ああ。はじめてだ。 ボクが足を運ぶに相応しい店だといいんだけどね。」


少年はそう言って、店の中を値踏みするように見渡した。


「は、はあ。」


真宵にはよく意味がわからず、とりあえず普通に接客することにした。


「どうぞ、お好きな席に。すぐ、メニューをお持ちしますので。」


長雨のせいもあり、空席は多い。

今日も、雨量は少なめではあるものの、朝からずっと雨がやまない。


「ちょっとまって。」


「はい?」


「ボクにふさわしい席に案内してもらいたいんだけど。」


「え? ふさわしい席ですか?」


席に案内するのはやぶさかではないが、ふさわしい席と言われると、よくわからない。


「え、えーと、こちらの席ではいかがでしょう?」


真宵は空いているテーブル席に案内する。


「ふぅーん。ここが、この店で一番の特等席なんだね? うん。まあ、いい席だ。ここにさせてもらおう。」

少年は満足そうに席に着いた。


(と、特等席ってわけでもないんだけど。まあ、四人席を一人で独占するわけだから、特別っていえば特別よね。)




「どうぞ。こちらがメニューです。」


真宵がメニューを差し出す。

しかし、少年はメニューにさっと目を通しただけで、また同じような質問を繰り返した。


「ふぅーん。で、このなかで、ボクにふさわしいメニューはどれだい?」


よくみると、なにやら指先で自分の額をチョンチョンと指差している。

正確には、額ではなく、額からでている二本の角だ。

角といっても、鬼のような尖った角ではなく、細くて途中で枝分かれしている、鹿のような、トナカイのような、珊瑚のような角だ。


(角がなにか関係あるのかしら?)


真宵は考えてみたが、やっぱり意味がわからない。


「そ、そうですね。ふさわしいかどうかはわかりませんが、当店の看板メニューとしては、『おはぎセット』です。日替わりで二種類のおはぎをお出ししています。今日はこしあんと胡麻です。」


「なるほど。」


「あと、最近の新メニューで『お抹茶セット』も人気です。お抹茶と練りきりのセットです。今月は『紫陽花』で見た目にもきれいですよ。」


「ふぅーん。」


聞いているのか聞いていないのかわからない薄い反応で、少年は応える。


「で、ボクにふさわしいのは、どっちなんだい?」


また、指でチョンチョンと自分の角を触る。


(結局、そこに行き着くのね・・・・。)


「そ、そうですね。お客様は、衣装にも気をつかっているようですし、『お抹茶セット』はいかがでしょう?目でも舌でも楽しめると思いますよ。」


言い換えれば、『派手な衣装だし、着るものも食べるものも、見た目を気にするタイプでしょう?』ってことなんだが、この場合、仕方ないだろう。

初対面の客にふさわしいメニューといわれても、あまりに情報が無さ過ぎる。


「ああ。なるほどね。キミにもボクの着ているものの素晴らしさが伝わってしまったようだね。うん。まあ、ボクの服のセンスがわかるキミが選んだのなら、間違いないだろうね。その『抹茶セット』とやらをいただくとするよ。」


「かしこまりました。すぐお持ちしますので、少々お待ち下さい。」


決してセンスがいいとは思っていなかったのだが、あえて言う理由は無い。

好意的に解釈してくれてのなら、それが一番だろう。




「どうぞ。『紫陽花』です。お抹茶は、すぐにお持ちしますので、さきにお召し上がりください。」


真宵は、軽く礼をすると席を離れた。

『抹茶セット』は余裕のあるときは、先にお菓子をお出しして、少し時間を置いて抹茶をお持ちすることにしている。

たしか、茶道ではそうするのが主流だったはずだ。

もちろん、客がどうお茶とお菓子を楽しむかは自由なので、茶道にならって、お菓子を食べた後で抹茶を飲む客もいれば、抹茶と菓子を交互に食べている客もいる。


「マヨイ!抹茶、出来上がったゾ!」


厨房から、小豆あらいが顔をだした。

以前は、洗い物ばかりで、ほかのことに興味を示さなかった小豆あらいだが、最近、お茶を煎れることにはまっているらしく、率先してお茶を煎れたがる。

特に抹茶を点てるのは大好きらしい。茶筅でシャカシャカやるのが小豆や米をあらうのとちょっとだけ似ているせいかもしれない。


「はい。ありがとう。小豆あらいちゃん、お抹茶点てるのうまくなったわね。」


真宵も茶道に関しては、ほとんど素人で、簡単な作法を少しだけ教えてもらったことがあるだけなのだが、抹茶碗のなかは、きれいに大きさの揃った決め細やかな泡で、なかなかうまく点てていると思う。


「ソウカ? オレ、いつでも抹茶、点てるゾ!」


小豆あらいはうれしそうに笑った。

厨房の中から、右近がじっとりした視線を送っていたが、気がつかないふりをした。

最近、小豆あらいにお茶を煎れる仕事をかっさらわれることが多くて、不満が溜まっているらしい。


「じゃ、じゃあ、これ、お客さんにお出ししてくるわね。」


真宵はそそくさとその場から逃げ出した。




「おまたせしました。こちらお抹茶です。」


真宵は派手な羽織の少年の席に、抹茶碗を静かに置く。

すると、先ほど出した『紫陽花』の菓子はまったく手をつけられていなかった。


「あ、あの、なにかお気に召さない点がありましたか?」


「いや。あまりの美しさになかなか手が出せなくてね。美しすぎるものや、素晴らしすぎるものというのは、時として触れることすら罪深く思えてしまうものなんだよ。さすが、このボクにふさわしいお菓子だ。」


お菓子を褒められているのか、自画自賛しているのかよくわからない言葉に、真宵は顔がひきつった。


(ナ、ナルシスト系なのかしら?)


「あ、でも、お抹茶は冷めないうちにお飲みいただいたほうが、おいしいと思いますよ。」


真宵は無理に笑顔をつくって、その場を離れた。



(ちょっと、苦手なのよねー。ああいうタイプ。)


真宵はため息をつく。

一応、共学の高校、大学に通っていた真宵だが、ああいったナルシストっぽいというか自己陶酔型というか、まわりにあまりいなかった。

そのせいか、どう接すればいいかよくわからない。


「ちょとキミ!いいかな?」


思っているそばから、お声がかかった。


「はい。いかがされました。」


少年の席に行くと、どうやらお気に召したようで、菓子も抹茶もすべてなくなっていた。


「いやー。みためもボクとおなじで華やかだったけど、味のほうもよかったよ。うん。上品な甘さで、抹茶とよくあっていた。上品さも、甘さも、ボクとそっくりだね。」


「は、はあ。お。お気に召したのならよかったです。」


「ところで、キミ。ボクのこと知ってるかい?」


また、指で自分の角をツンツンしている。

癖なのか、なにかのヒントなのか。


「えと、ごめんなさい。存じ上げません。」


「ふふ。しかたないなあ。特別に教えてあげるよ。ボクの名前は『出世螺しゅっせほら』。」


特別に聞きたいわけでもなかったのだが、教えてくれるらしい。

しかし、それで納得できたこともあった。


「ほら? ああ。だから法螺貝をお持ちなんですね。法螺貝の妖怪さんでしたか。」


思えば、『から傘お化け』や『提灯お化け』のように、本体が傘や提灯で、人間の姿は仮りものといった妖怪も多い。もしかしたら、この出世螺という妖怪も実は肩からぶらさげている法螺貝のほうが本体なのかもしれない。


「うーん、まあ、間違ってはいないんだけどね。法螺貝の妖怪なのはたしかだから。」


そう言いながら、また指で自分の角をツンツン指す。なんだか先程よりも激しく主張しているようにも見える。


「あ、あの、よくわからないんですけど、もしかして、その角がなにかヒントになっていたりします?」


たぶん、どれだけ主張されても真宵にはわかりそうにないので、率直に聞いてみた。


「あ。わかっちゃった? うーん。仕方ないなあ。あんまりひとには知られたくないんだけどなあ。でも、わかっちゃうよねえ。この角、目立っちゃうし。」


いや、わからないから聞いているんですが。

そう思いながらも、とりあえず話を聞くことにした。


「ボクってさあ、元々は法螺貝だったんだけど、長年の修行で龍になっちゃたんだよね。」


「ああ!龍! それでその角!」


真宵はようやく理解できた。

たしかに出世螺の鹿みたいな珊瑚みたいな角は、掛け軸とか縁起物に描かれる天空を舞う龍の頭についている角によく似ている。


「いやあ、バレちゃったらしかたないよね。うん。これって龍になった証の角なんだよね。あんまりひとにいいふらさないでくれると助かるなあ。」


バレたのかバラしたのかは、よくわからないが、とりあえず納得できた。


「ほら、やっぱり、『龍』って妖怪の中でも特別じゃない? 別格っていうか、もう妖怪じゃなくて神様あつかいっていうか。」


「へぇー。そうなんですね。」


真宵にはいまいちピンとこなかった。

たしかに龍は縁起はよさそうだが、妖怪同士の格とか言われるとよくわからない。


「へぇーって、驚かないのかい?だって龍だよ?あの妖怪のなかでも特別な存在なあの龍だよ? キミはなんともおもわないのかい?」


出世螺はなにやらご不満の様子だ。


「え?えーと。なにを思うといわれますと・・。」



「ちょっと! 右近いる!?」


いきなり戸がガラッと開くと、烏天狗の綾羽がはいってきた。


「あ、綾羽さん、いらっしゃいませ。いま、右近さん厨房に・・・。」


「厨房ね! わかったわ。  いいわよ、場所はわかるから!」


綾羽は、ズカズカと大股で中へと入っていってしまった。

それを見ていた出世螺は顔をしかめた。


「なんだい?あの無作法な娘は? まったく、親の顔が見てみたいね。」


「いえ。ちょっと元気がありあまってますけど、わるい娘じゃないんですよ。意外と素直なところもあるし。鞍馬山ってとこの『天狗』の娘さんです。」


「え?てんぐ? テングって天狗? 鞍馬山の? あの大妖怪の『天狗』?」

出世螺は目を白黒させる。


「え?ええ。鞍馬山の天狗さんの娘さんらしいですよ。 ああ、そういえば、凄い妖怪さんなんですってね。私、あんまりこの世界のこと詳しくなくって・・。この前も、『九尾』さんて偉いかたの御使者がいらしたんですけど、知らなくって、きちんとご挨拶もできなかったんですよ。」


ちょっと照れたように首をかしげる真宵に、出世螺は目をむいた。


「き、九尾? 九尾がきてるの?ここに?」


「いえ、来られたのはたしか銀狐ギンコさんてかたで・・・。」


「ぎ、銀狐って、側近中の側近じゃないか。」


「そうなんですか? 私、ぜんぜん知らなくって。 でも、あれから来てないってことは怒らせちゃったのかしら?」


「きゅ、九尾の使者を怒らせちゃったの? キミが?」


出世螺は、はなしをきいて完全に硬直してしまった。

そこに、座敷わらしが近づいてくる。


「ん?なんじゃ。出世螺ではないか。めずらしいの。」


「ざ、座敷わらしか。ひさしぶりだな。」


「あら、座敷わらしちゃん、お知り合い?」


「べつに。とくに親しいわけでもない。」


「でも、なんだか偉い、龍の妖怪さんなんでしょう?」


「龍? まあ、龍といえば龍じゃろうな。」


座敷わらしは出世螺をじっと見る。

出世螺のほうはなにやら居心地が悪そうだ。


「妖怪の世界では、蛇もミミズも法螺貝もハマグリ浅蜊アサリシジミも、全部、龍の仲間か眷属とされておるからな。」


「あら?ずいぶんと大雑把なのね。」


「ハ、ハマグリやシジミといっしょにするなー!!」


出世螺は怒鳴った。

真宵にしてみれば、ハマグリやシジミのほうがお吸い物やお味噌汁にできて親愛の情を感じたりするのだが。


(でも法螺貝も、食べられるのよね。たしか。)


法螺貝も一部に毒があるので注意しないといけないが、食べられる。

刺身でも茹でてもいける高級食材だ。

とはいえ、その値段を考えれば、やはり、真宵にとってはハマグリやアサリやシジミのほうがありがたい。


「だいたい、龍といっても角が生えただけで、なにが変わったというわけではないじゃろうに。」

座敷わらしは呆れる。


「そうなの?」


「な、なにをいう! ボ、ボクは龍だぞ。偉いんだ。すごいんだぞ!」


「じゃあ、何ができるんじゃ?いうてみい。」


「ざ、座敷わらしちゃん。あんまり、追い詰めないで。お客さんだし、ね。」


「な、なんだキミ! それじゃあ、まるで、ボクが嘘をついているみたいじゃないか!」


「そういうわけでは・・・。」


いちおう、助け舟をだしたつもりだったのだが、気に入らなかったらしい。


「なら、マヨイ。人間から見て龍とはどんなことができるんじゃ?」


「ええ?」


「想像でも、伝説でもなんでもよい。たとえば、どんなことができる妖怪だと思う?」


「ええと、龍さんは、日照りをおこしたり・・。」


「どうじゃ?」


「・・・ボクは法螺貝だぞ。日照りなんかおこしたら干からびちゃうだろ。」


「逆に、雨を呼んだり・・・。」


「どうじゃ?」


「・・・雨がふらせたけりゃ『雨女』でも呼べばいいだろ。」


「うーん。火を吹いたり?」


「どうじゃ?」


「貝が火を吹いたら、パックリ開いておいしく食べられちゃうだろ!」


それは二枚貝の場合で、法螺貝は巻貝なはずでは?

と、ツッコミたかったが、ちょっとかわいそうに思えてできなかった。


「ほれみい。なんにもできはせんではないか。」


「座敷わらしちゃん。もういいわよ。別になにもできなくたって龍は龍なんだし。それに、角もかっこいいわよ。」


真宵にしてみれば、目の前のお客さんが龍だろうが法螺貝だろうが蛤だろうが関係ないのだ。

美味しく楽しく食事やお茶を楽しんで帰ってくれれば、それでいい。


「そ、そうだろう! ほら。この人間は座敷わらしなんかよりも、ものの道理がわかっている。この角の意味がわからないなんて、座敷わらしも残念だよ。」


「ふん。・・・それより出世螺。おぬし、今日はきちんと飲食代は持参しておるのであろうな?」


「え?」


真宵はなにやらよからぬことをきいたような気がした。


「出世螺がよくやるてじゃ。自分は偉い龍だ。すごい妖怪だと吹聴し、自分を崇めたり自分に飯や贈り物をすればよいことが起こるなどとほらをふいて、食い逃げしたり、金をせしめたりする。ほらをふくの語源は法螺貝を吹くからきておるからな。」


それを聞いて、真宵の顔つきが一変する。

冷たい視線で出世螺に詰め寄る。


「出世螺さん。まさか、食い逃げやら無銭飲食をたくらんでいるなんて事はないですよね。」


「え?いや、そんな。」


「うちは、ただでさえ、『ぬらりひょん』さんていう問題客をかかえているんです。これ以上、食い逃げやら無銭飲食やらを見逃すつもりはありません。ちゃんと!お支払いいただけますよね?!」


出世螺はダラダラと貝が潮を吹いているかと間違うくらい冷や汗をかいていた。

ちいさく縮こまって、ポツリとつぶやく。


「しゅ、出世螺だけに、出世払いとかは・・・・。」


「できるわけないでしょう!!!」




出世螺は近日中に必ず代金を払いに来るという約束で、出入り禁止を免れた。





読んでいただいた方ありがとうございます。

今回の妖怪は「出世螺」でございます。

若干、マイナーぎみかもしれません。

一応説明しておきますと、法螺貝が山と海で長年修行して龍に出世したという妖怪さんです。

ほんとに龍になったようで、本作のようにほら吹きってわけではございませんので、よろしくお願いします。

みえっぱりのほら吹き設定は、ここだけのこととお考えくださいませ。



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