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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第三章 雨月
72/286

72 博徒三人集まれば首が飛ぶ

《カフェまよい》 メニュー


『おはぎ』

こしあん、つぶあん、きな粉、胡麻、青海苔の五種から、日替わりで二種類を提供される。

真宵の祖母直伝の餡子からつくられる逸品。

お茶とお茶請けがついた『おはぎセット』は《カフェまよい》の看板メニューである。

持ち帰りは六個まで。




妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

ランチタイムが終わる頃、厨房で仕事をしていた真宵が、客席にでてくる。

客席で、お客とふれあいたいという真宵と、料理の修業がしたいという右近の希望が合致し、この時間は真宵が接客することが多い。



「いらっしゃいませー。」


また、入口の戸が開き、新しい客がやってきた。


「おう。邪魔するぜ。」


「三名さまですか?お好きな席にどうぞ。」


三人の客は全員男性で、少し汚れた浴衣を着流していた。

三人とも無精髭を生やし、ギョロっとした目をして、ちょっと柄が悪い感じだ。



「どうぞ、こちらメニューになります。」


三人が座ったテーブルにメニューを持っていったが、あっさり断られた。


「ああ。メニューはいいんだ。」


「あ、もうお決まりですか?」


真宵は意外に思った。

初めてのお客さんだと思ったのだが、すでに注文が決まっているようだ。

もしかしたら、誰かから噂を聞いて来店したのかもしれない。


「ああ、ここには『おはぎセット』ってのがあるんだろう?」


「ええ。よくご存じですね。ええと、初めてのお客様ですよね?」


「ああ。俺は小三太ってんだ。」

小柄で唇の薄い男が言った。


「ワイは又重。よろしゅうな。」

細身の右眉に傷のある男が言った。


「・・・悪五郎じゃ。」

一番体の大きな筋肉質の男が言った。


「はい。ええと、小三太さんに又重さんに悪五郎さんですね。 はじめまして。《カフェまよい》の店主で真宵といいます。」


「ああ。よろしくな。ここは、飯も甘いものもウマイって聞いたんだ。期待してるぜ。」

小三太は薄い唇の間から、歯をのぞかせた。


「はい。お口に合うといいんですが。 それじゃあ、ご注文は『おはぎセット』を三つでよろしいですか?」


「うむ。よろしゅう頼む。」

又重は腕組みしたままうなずいた。


「はい。かしこまりました。今日の『おはぎセット』は・・・・。」


「またれい!!!」

悪五郎が突然大声を出した。


「え?な、なにか?」


狼狽する真宵にむけて三人は、なにかを停めるように手のひらを向ける。


「『おはぎセット』の内容は、言わないでもらおう。」


「は、はあ。」


「俺は、つぶあんと青海苔に賭ける。」


「ワイはこしあんときな粉だ。間違いない。」


「・・・つぶあんと胡麻。」


どうやら、三人は今日のおはぎの内容で賭け事をはじめたらしい。

店内で賭け事をされるのは、いかがなものかとも思ったが、まあ、おはぎの種類を当てる程度のお遊びなら、めくじらをたてるようなものでもないだろう。


「え、えーと、いま発表したほうがいいですか? それとも、お持ちするまで、秘密にしたほうがいいですか?」


「おっ。お嬢ちゃん、わかってるな。もちろん、内緒のまま持ってきてくれ。サイコロの賽の目は壷を開ける瞬間が一番、みなぎるんだ。」


「はぁ。わかりました。少々お待ちください。」


いつの間にか、サイコロの壷振り役を任されたらしい。

特別なことをするわけでもないので、他のお客に迷惑がかからないなら気にしないことにした。



「おまたせしましたー。」


真宵が三人分の『おはぎセット』を持って席に戻ると、三人は前で手を組んで、念じるようにテーブルの真ん中を凝視していた。誰一人、真宵のほうを見ようとしない。


「えーと。声で発表したほうがいいですか?それともテーブルにおはぎを置けばいいですか?」


「テーブルの真ん中に置いてくれ。絶対に賽の目は先に口にしないでくれ。」


(賽の目っていわれてもなぁ。おはぎだし。)

ちょっと呆れながらも、とりあえずつきあうことにした。


「はい。じゃあ、置きますよ。せーの!」


おはぎののった皿をひとつ、声に合わせてテーブルの真ん中に置いた。


「どうだ?」


「なにがきた?」


「つぶか?こしか?」


置かれたおはぎは、両方とも黒かった。

胡麻と・・・こしあんだ。


「胡麻!胡麻だ。もうひとつは?これはこしあんか?つぶあんか?」


「こしあんだろう。つぶの姿がみえぬ。」


「・・・胡麻、当たった。こしあん・・はずれた。」


「はい。今日のおはぎは、こしあんと胡麻でした。」

真宵は正解を発表する。

クイズ番組の司会でもやらされている感じだ。


「ぐああ。はずれた。」


「く。胡麻か。」


「・・・胡麻、当たった。こしあん・・はずれた。」


はずれて、頭を抱える御三方を尻目に、真宵は注文の品をテーブルに置いていく。


「はい。『おはぎセット』三人前です。どうぞ、ごゆっくり。お茶のおかわりは遠慮なくおっしゃってくださいね。」


そう言って、真宵は去っていった。

いくらなんでも、ずっとクイズごっこにつきあってもいられない。




その後は、なにやらあれこれ言い合いをしてはいたようだが、他の客に迷惑がかかるほどではないので放置していた。

喧嘩するほど仲がよいともいうし、お酒が入っているわけでも、つかみあい殴りあいになっているわけでもないので許容範囲だろう。

もともとここの茶屋の客は、いろいろおしゃべりしたり、騒ぎながらお茶やお菓子を楽しんでいることが多い。

多少うるさいのは賑わいのひとつだ。


「おーい。お嬢ちゃん、勘定を頼む。」


小三太の声が向こうから聞こえた。


「はーい。すぐいきます。」


真宵が席に行くと、三人はきれいにおはぎをたいらげていた。


「お味はどうでしたか?」


「ああ。うまかった。とくにこしあんがうまかったな。」


「胡麻がうまい。香ばしさとあんの甘さがいい。」


「・・両方ウマイ。」


感想はまちまちだが、とりあえず気に入ってくれたらしい。

やはり、はじめてのお客さんに気に入ってもらえるのはうれしい。


「ありがとうございます。それで、お会計は別々ですか?それともごいっしょに?」


「ああ。会計は小三太だ。まとめてよろしゅうに。」


又重が小三太を指差す。

しかし、それには小三太が不満なようだ。


「おいおい。どういうことだよ、又重。賭けは引き分けだろう?」


「いや、ワイはこしあんが当たったし、悪五郎は胡麻を当てただろう。小三太はなにも当てとらん。小三太の負けやろう?」


「・・・だな。」


「いやいやいや。ふたつとも当てて、はじめて正解だろう? だれも正解しとらんのだから、引き分けだ。ここはワリカンだ。」


「何いっとる? 小三太はなにも当てとらん。ワイらは片方づつでも当てとるんやから、ワイと悪五郎の勝ちやろう?」


「・・・だな。」


「いやいや、それは違う。」


「違わん。」


なにやら雲行きが怪しくなってきた。

真宵にしてみれば、どっちでもいいからさっさと決めてほしかった。

仕事は他にもあるのだ。


「それやったら、このお嬢ちゃんに決めてもらおうか! それで恨みっこなしや。」


「ほう。まあ、それでいいやろ。嬢ちゃん、そないな理由や。よろしゅうな。」


「・・・それでいい。」


「え?私ですか?」


いきなり裁きを委ねられた真宵はうろたえる。

正直どっちでもよかったし、あまり真剣に聞いてもいなかった。


「じゃ、じゃあ・・・・。」


「どっちだ? だれが勝ちで誰が負けだ?」


「遠慮せんでええ。きっちり言うたって。」


「・・・どっち?」


真宵は一拍考えた後で、スパッと最低を下した。


「ええと、誰も当たらなかったんですよね? じゃあ、全員負けって事でいいんじゃないですか?」


すると、三人の動きがピタリと止まる。


「全員・・・負け。」


「引き分けじゃなく、負け。」


「・・・負けた。」


「え?全員負けと引き分けって、同じ意味じゃ・・・・。」


真宵が説明しようとしたとき、足元になにかがゴロリと転がった。


「え?」


真宵の足元に転がったものは、さっきまで話していた又重の生首だった。


「きゃーーーーーーー!!!!」


大きな叫び声が店中に響いた。

テーブル席の又重の体には首から上がついておらず、他のふたりも同様だった。


「いーや、納得いかん。なぜ、ワイが負けたことになる!?」


「俺だってそうや。負けたわけじゃない!」


「・・・負け違う。」


床に転がった生首は、今度は宙に舞い上がり、首だけで喧嘩し始めた。

髪をひっぱったり、耳に噛み付いたり、しまいには生首ごとぶつかり合う。

頭突きと呼ぶべきなのか体当たりと呼ぶべきなのか。

髪をふり乱し、顔に歯形や青あざをつくりながら、三つの生首は収まるところを知らない。

それ以上に真宵がおののいたのは、生首がとれた身体のほうが、血こそ吹き出ていないものの、頚椎やら筋やら血管が丸見えになっていることだ。


(な、生首同士の三つ巴の喧嘩なんて、どうやって止めたらいいのよ?)


真宵は泣きそうになりながら途方にくれた。



「お客様。それ以上は、他のお客様のご迷惑になりますのでおやめください。聞き入れていただけない場合は出入り禁止にさせていただきますよ。」


騒ぎを聞きつけた烏天狗の右近が厨房から出てきた。

無表情な顔で睨みをきかす。


「あ、烏天狗の旦那かい?」


右近の姿を見て、絡み合うように喧嘩していた生首がスゥーっともとの身体に戻る。


「こんなとこに鞍馬山の烏天狗がいるとはおもいやせんでした。」


「鞍馬山は降りた。いまはここの従業員だ。鞍馬山の仕事はしていないが、これ以上騒ぐのなら考えがないわけではないぞ。」


「いや、烏天狗の旦那に迷惑掛けるつもりはないんでさ。」


「ただの賭け事の戯れ。ご容赦願いたい。」


「・・・もうやめる。」


右近が凄むと、三人はおとなしくなり、『おはぎセット』の御代をおいてスゴスゴと帰っていった。




「右近さん、あの人たちとお知り合いだったんですか?」


「あいつらは『舞首まいくび』だ。とにかく賭け事が好きで、なにかにつけ賭けの対象にして、熱くなっては揉めている。まわりが迷惑がってよく鞍馬山に相談にくるんだ。」


鞍馬山は以前、右近が働いていたところで、妖異界の警察というか自警団のような役割を担っている。


「はた迷惑なやつらだが、人間を喰ったり、呪ったりするようなことはないから安心してもいい。」


「え、ええ。」


右近は首をかしげる。


「マヨイどの。顔色がわるかったから、その心配をしているのかとおもったんだが、違うのか?」


「え?心配してくれたんですか? だいじょうぶです。そういうんじゃないですから。」

真宵はちょっとひきつった笑顔を浮かべた。


(そういうんじゃなくて、あの、生首と首の取れた身体がなあ。)


骨とか血管とか、思い出しても気持ちが悪い。


(今日の賄いは、お肉やめにしよう・・。)


そんなことを考える真宵であった。




『舞首』

三人の博打うちの妖怪。

賭け事に負けたり、興奮すると首が落ち、そのまま喧嘩したりする迷惑な妖怪。

とにかく賭け事好き。




読んでいただいた方ありがとうございます。

今回は「舞首」でございます。

妖怪に詳しい方なら、物騒なタイトルでバレバレですね。


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