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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第三章 雨月
71/286

71 狐の討ちいり

登場妖怪紹介


銀狐ギンコ

妖狐。

白面金毛の妖狐『九尾』の側近。

高い妖力をもつ高位の妖狐で、九尾至上主義、妖狐至上主義。

人間や他の妖怪を見下す傾向にある。



妖異界のなか、もっともおおきな都である『古都』。

大妖怪、白面金毛の妖狐『九尾』が治めている。

その『古都』で、現在、ある騒動が起こっていた。




「銀狐よ。これが人間の娘がつくっているという菓子か。」


この都の支配者である大妖怪『九尾』は目の前に置かれた紫陽花の花を模した薄い赤紫と青紫の二色でつくられた菓子を見た。


「はい。玉藻前たまものまえさま。人間の娘がつくった菓子など玉藻前さまのお気に召すとはおもいませぬが、余興のひとつにでもなればと愚考いたしましてございます。」


銀狐ギンコ』は深々と頭を下げた。


ここは後宮うしろのみやと名づけられた『九尾』こと玉藻が棲む私設宮である。

都の政治や謁見を行う執政宮とは別で、出入りを許されているのは高位の狐妖怪のみである。

銀狐はその高位狐妖怪のひとりで、『九尾』のことを妖怪名でなく、本名の『玉藻』の名を呼ぶ栄誉を与えられている。

そのなかの一室。

豪華な調度品で飾られた広い畳敷きの部屋に、九尾と銀狐の姿があった。



「ほお。二色で紫陽花の花を模したか。」


九尾の座す場所は、幾重の御簾に遮られ、姿はまわりからはよく見えない。見えるのは正面に座っている銀狐からだけだ。

しかし、御簾ごしに溢れる妖気から、そこに座するのは、紛れもないこの都の主、九尾であることは疑いようもなかった。

静寂に包まれた部屋に、九尾の声が響く。

おおきな声ではないのに、鈴の音のようによくとおり、鉄の鎖のように相手を支配する不思議な声だった。

銀狐はその声に魅了され、縛られ、押し潰されそうになりながら、陶酔のなかに浸っていた。


(玉藻前さまのお声を聴ける栄誉はこの銀狐だけ。金狐でも黒狐でもないこの銀狐だけ。)


銀狐は、この『紫陽花』という名の菓子をつくったという人間の娘のことを思い浮かべた。

人間でありながら、妖異界にはいりこみ、妖怪をたぶらかし、店まで開いている娘。

人間の分際で、この銀狐にたてついた腹立たしい娘。

本来なら、あのような娘のつくった菓子など、頼まれても主の口にいれたくなどないのだが。

それでも、主の関心をかうためなら仕方がない。

『九尾』こと玉藻前は、退屈がお嫌いなのだから。


「はい。人間のあさはかな知恵でございます。このような、二つの色をあわせただけで、紫陽花とは。似ても似つきません。くだらぬ菓子でございます。」


銀狐は、九尾に粗相があってはならぬと、『紫陽花』の菓子を念入りに確認し、部下の狐に毒見もさせた。

毒見した狐はうまいうまいと言っていたが、しょせん低位の妖狐。普段から、さして美味なものも食べていないであろう。要は、毒が入っておらず、九尾の不況をかうほどの不味さでなければよいのだ。

見た目に関しては、これまた稚拙で、紫陽花というにはあまりの出来だ。

特に、化けることに関しては右に出るものなしといわれる妖狐から見れば、失笑ものだ。話にならない。

もし、いま九尾が紫陽花の花が見たいと仰せなら、銀狐は即座に本物と寸分違わぬ紫陽花に化けて見せるだろう。

まあ、それでも、愚かで稚拙な人間の娘の笑い話にでもなるのなら、それで十分なのだ。

しかし、九尾の反応は銀狐の予想とは違うものだった。


「人間とはおもしろいことを考えつくものだな。」


九尾の口元が少しだけ動いた。


(笑んだ? まさか? 玉藻前さまが?)


銀狐は信じられないものを見て、自分の目を疑った。

いつも退屈そうに、冷めた表情をしている主が。

なにか興味のあるものに惹かれたときだけ、わずかに瞳を輝かせる。そして、すぐに飽き、また冷たい硝子玉ののような瞳に戻る、あの主が。

笑むなどということが。

それも、人間の娘がつくった菓子などで。

あってはならない。


「た、玉藻前さま。このような、紫陽花とは似ても似つかぬようなもの。とても、玉藻前さまの御目を楽しませるものだとは思えませぬが・・・。」


「ふ。わからぬか? 銀狐よ。たしかにこの菓子は紫陽花の花そっくりだとは言えぬ。お前の言うとおり、稚拙だ。」


「はい。」


「だが、稚拙なものにもかかわらず、紫陽花を連想させる。この二色はたしかに紫陽花の色に似せておる。だが、他にこの色の花がないかと言えばそうでもなかろう? この菓子の表面の糸くずのようなもの見て誰が花を想う? だが、この菓子を見て紫陽花を想うものは少なくはなかろう。」


そう言われると、銀狐は反論できなかった。

確かに、銀狐はこの菓子を見たとき稚拙だと嗤った。

なんと稚拙な紫陽花だと。

だが、それは紫陽花であるとしっかり認識していた。


「本物の紫陽花が見たければ、本物を持って来ればよい。写したければ絵でも描けばばよい。本物そっくりのものをもって本物を連想させることと、似ても似つかぬものをもって本物を連想させること。はたして、難しいのはどっちであろうな?」


九尾の言葉を聞いて、銀狐は胸のなかにマグマが煮えたぎるような感覚を覚えた。

それは、先ほど自分が思っていたことだ。

こんな稚拙な紫陽花を見せるのなら、自分が本物そっくりの紫陽花に化けて見せよう。

しかし、九尾が望んだのは、本物そっくりな花ではなく、稚拙に似せた花だった。

それは、そっくりに化ける銀狐ではなく、人間の娘がつくった菓子を望まれたということ。


「ふむ。味もよい。ほどよく甘く舌触りも滑らかだな。なんとも品のある甘さだ。」


菓子を口にした九尾は、笑みこそ見せなかったものの、満足そうな表情を見せた。


「銀狐よ。この菓子は、もうないのか?」


「い、いえ、もちろん、まだ用意してございます。」


八個入っていた菓子の半分は、念には念を入れて、妖狐たちに毒見させた。

大妖怪『九尾』を害せるような毒がこの世にあるとは思えないが、万が一ということもある。

つまり、菓子はまだ三つは残っていた。


「そうか。では、もうひとついただこうか。 それとなにか喉を潤すものを。」


「はい。この菓子は抹茶との相性のよい菓子であるそうです。」


銀狐は煮えたぎるマグマを必死に抑えながら、進言した。

これも、あの人間の娘の店がそう勧めていると聞いたからだ。

腹立たしい。

腹立たしい。

腹立たしい。

しかし、主の不興をかうよりはましだ。


「そうか。では抹茶と共に持って参れ。」


「はい。すぐにお持ちいたします。」


銀狐は、主に深々と頭を下げた。

そして、己の胸に煮え滾るものの正体を自覚した。

胸に煮えたぎるマグマの正体。それはまさしく『嫉妬』に他ならなかった。





「ええい!さっさと乗り込みや!! グズグズするものは置いていくえ!!」


銀狐は、九尾の元を退出したあと、すぐに配下の妖狐を呼び寄せた。

そして妖狐たちを、狐ではないが九尾に忠誠を誓っている妖怪、『朧車おぼろぐるま』に乗り込ませる。

『朧車』は『輪入道』や『片車輪』とおなじ牛車の妖怪で、ものや妖怪を乗せて運ぶことができる。

見た目の大きさは大人が四人も乗れば満席なはずだが、百人でも乗せて運ぶことができる。

現在その能力をつかい、何十という妖狐を乗せようとしていた。


あの、真宵とかいう人間の娘め! 思い知らせてやろう。

当分の間、営業ができぬように店を壊してやるか。

二度とはむかわぬように痛い目にあわしてやるか。

あの店にいる妖怪たちは刃向かうだろうが、問題ない。

本気で妖狐一族と事を構えたいものなどおるまい。

おそらく、本気で刃向かってくるのは、あの座敷わらしと烏天狗の若造くらいのものだ。

鞍馬山といざこざを起こすのはまずいが、あの烏天狗は鞍馬山を降りたといっていた。

ならば問題あるまい。

妖狐が隊を成して襲いかかれば、ひとたまりもないだろう。

・・・しかし、あの娘に怪我をさせるのはまずい。

玉藻前さまがあの娘の菓子を気に入っている間は。

いっそ拉致して監禁して菓子だけつくらせるか・・・。

どうせ、すぐに玉藻前さまの興味も失せるだろう。その後は・・・・。


不穏な企みを銀狐がしていると、男性の妖狐が話しかけてきた。


「よう。銀狐。なにをしてるんだ?ずいぶんと気合が入っているな。まるで討ち入りにでも行くみたいだぜ。」


「・・・黒狐コクコ。なんのようや。」


『黒狐』。

銀狐と同格の高位の妖狐である。

ほとんどが女妖狐でかためられている『九尾』の側近のなかで数少ない男性妖狐である。

銀狐にしてみれば、雄の妖狐が九尾のまわりをうろついているだけでも腹立たしいのに、その上、この黒狐は自分と同格なのである。忌々しいことこの上なかった。


「いま、忙しいのや。」


銀狐は嫌悪感を隠さず、黒狐をねめつけた。


「どこに行くんだ?」


しかし、黒狐は気にせず尋ねる。

空気を読んで引き下がるなどという男ではないことは銀狐にもわかっていた。


「・・・『遠野』や。人間がやっている茶屋があってな。」


「ああ、あの噂の茶屋か。ちょうどいい。俺も連れて行ってくれよ。一度、行ってみたかったんだ。」


「冗談やない。なんで、黒狐なんかを!」


「心配するな。銀狐の邪魔をしたり、手柄を横取りしたりはしないから。ただ見物するだけさ。」


そう言うと、黒狐はさっさと『朧車』に乗り込んでしまった。

こういうところが、銀狐は嫌いだった。

銀狐も金狐もほかの狐も、主である『九尾』の関心を引くのに必死になっている。

なのに、黒狐だけは手柄にも褒美にもまったく興味を示さない。飄々と好き勝手に動いているだけだ。

にもかかわらず、どこか特別扱いされているような気がしてならないのだ。

妖力が強いのは認めるが、このような何を考えているかわからない輩を側においている主の真意が銀狐にはわからなかった。


(まったく、なにゆえ黒狐などと・・・。)


歯噛みしながらも、自分も『朧車』に乗り込んでいった。





「なんでや? ここのはずやのに・・・。」


『遠野』の峠に降り立った銀狐は呆然と立ち尽くした。

ここにあるはずの茶屋が。先日、訪れたはずの《カフェまよい》が。

忽然と姿を消していた。


「おいおい、なんにもないじゃないか?」


黒狐は呆れたように銀狐に尋ねた。

まわりの配下の狐たちもウロウロしている。


「そんなわけない! ぜったいにあるはずや! 狐の耳と鼻で見つけられへんもんなんかあらへん! 探しや!!!」


銀狐の号令で狐たちは一斉に散らばり探し始めた。








その頃、《カフェまよい》では。



「ねえ、マヨイちゃん。あの後どうなった?」


客として来ていた骨女が心配そうに尋ねた。


「え?あの後ってなんですか?」


「ほら、この前、銀狐のヤツが来たじゃない。あれから、狐から嫌がらせされたり、無茶なこと言われたりしなかった?」


「狐さんですか? あれから、狐妖怪さんはだれも来ていないとおもいますけど・・。座敷わらしちゃん、見かけた?」


「いや、わしも見ておらんぞ。」

近くにいた座敷わらしが答えた。


「だ、そうです。」


「あら、そうなの。それはよかったわ。ちょっと心配してたのよ。」


「ふふ。ありがとうございます。でも、そんなにめったなことは起こったりしないと思いますよ。」

真宵は笑った。


座敷わらしはそしらぬ顔でその場を離れた。








《カフェまよい》 入店禁止妖怪リスト(一部)


『ぬらりひょん』

食い逃げ常習犯のため出入り禁止。後に謝罪。現在解除中。


『しょうけら』

のぞき行為のため出入り禁止。 真宵が要請。


『あかなめ』

迷惑行為のため出入り禁止。 真宵が要請。


『加牟波理入道』

迷惑行為 (未遂?)のため出入り禁止。 真宵が要請。


『泥田坊』

店内を泥で汚すため入店禁止。 迷い家が拒否。現在は真宵の取り成しにて、店頭での持ち帰りのみ許可。



『妖狐』 (NEW)

座敷わらしの要請により一族及び眷属、すべて出入り禁止。




注釈。

『迷い家』に出入り禁止をされると、《カフェまよい》の店舗部分及び母屋の生活区域、すべてが『察知できなくなる』。




《カフェまよい》は今日も平穏だった。




読んでいただいた方ありがとうございます。

前回に続き、妖狐でございます。

いつものほのぼの系とちょっと雰囲気違いますが、べつに妖怪大戦に突入したり、実は真宵さんが陰陽師の血を引いてたり、妖怪探偵になったりはしませんので、ご安心を(笑)。


九尾の狐は別に名前をつけようとは最初から思っていたんですが、最後まで「玉藻」と「葛の葉」で悩んでました。

どっちも妖怪好きにはたまんない名前ですよね。響きも字面も最高です!


あと、今後、金狐やら黒狐やらも出てくる予定ですが、設定はテキトーに変えてますのでご了承ください。

本来なら、九尾より格が上の天狐が配下になってたりします。

前回でた「管狐」もどっちかっていうと、狐の配下とか眷属より、人間に憑くおはなしの多い妖怪だと思います。

そのへんは創作ってことで、大目にみてやってくださいまし。

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