07 試練
人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。
ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵。
剣も魔法もつかえません。
特殊なスキルもありません。
祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。
ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。
《カフェまよい》 店主 真宵
飲食業にはトラブルが付き物だ。
なにしろ、毎日、何十人ものお客を相手にするのだ。
お客にもそれぞれ個性があり、何度も通ってくれる常連をいれば、初めて来店するものもいる。
同じメニューを食べ続ける客もいれば、毎回違うものを注文するものもいる。
気軽に話しかけてくる客もいれば、注文するとき以外、一言も発せず黙々と食べる客もいる。
無論、満足して帰ることもあれば、不満を残して後にすることもあるだろう。
そんな、多種多様の客の対応をするのだから、そう一筋縄ではいかないのが、接客だ。
それは、妖異界でもおなじこと。
これは、妖怪の棲む世界で甘味茶屋を営む一人の女性の、《試練》のおはなしである。
「おまたせしました。こちら、持ちかえり用のおはぎ六個入りです。今日は右近さんの好きなこしあんときな粉ですよ」
真宵は、おはぎのはいった包みを、黒髪の背の高い青年に渡した。
「おお。そうか。ありがたい。」
青年は包みを大事そうに受け取った。
彼の名前は右近。『烏天狗』である。
「できれば、店でゆっくりマヨイ殿の煎れてくれた茶と一緒に食したいのだが、仕事がたてこんでいてな。すぐに、戻らねばならぬのだ。」
右近は、残念そうに言った。
「そうなんですか。また、ぜひ、お時間のあるときにいらしてください。」
「うむ。それでは失礼する。」
右近は店を出ると、背中から黒い翼をだし、空高く舞い上がった。
「右近さん、いつも忙しそうねぇ。」
真宵はつぶやいた。
右近は、鞍馬山に棲んでいる『烏天狗』で、この《カフェまよい》の常連の一人だ。
店の看板メニューである『おはぎセット』の大ファンであるが、今日のように、仕事が忙しいときは、テイクアウトでおはぎを買って、足早に去っていく。
(そういえば、お仕事って、なにされてるのかしら?)
ほかの妖怪たちを見ると、とくに決まった仕事をしているようには見えない。
人を脅かしたり、家に忍び込んだりするのが仕事といえば仕事なのだろうが、右近の言っている仕事は、そういうのではない気がする。
烏天狗の右近は、真宵のお気に入りの客のひとりだ。
客を差別する気はないが、ちょっとした世間話が楽しかったり、料理を褒めてくれたりすると、やっぱりうれしいものだ。
(それに・・。)
高身長のイケメンで、礼儀正しく、真面目、ちょっと固いかんじもするけど、仕事熱心。ときたら、好感度が高くなるのもしかたない。
(まあ、妖怪さんなんだけどね。それに、ほんとはカラスさんだし。)
一度拝見したのだが、あのイケメンは人間に化けたときの顔で、ほんとうは大きなくちばしのカラスの顔がほんものの顔であるらしい。
(でも、カラスのお顔もカワイイのよね。真っ黒なお目目で、クリクリしてて。)
カラスは遠目で見ると、おおきくて真っ黒で怖いイメージだが、近くでよく見ると、意外とキュートだったりする。
そんなことを考えていると、店の入り口がガラガラと音を立てた。
新しいお客だ。
「いらっしゃ・・いませ。」
一瞬、言葉に詰まったのを、気づかれないよう、真宵は笑顔で誤魔化した。
店に入ってきたのは、小さな子供、小学生の高学年くらいにみえる。
もちろん、この店の客が全員そうであるように彼もまた妖怪である。
それを示すように、彼の頭には、角が一本はえていた。よくみると、口元にはちいさな牙が覗いている。
鬼族の子供のようである。
鬼は妖怪のなかではポピュラーな種族だ。
他にも、鬼のお客さんはいるし、子供といっても、実際の年齢とは関係ない場合が多いので、問題ない。
しかし、真宵はこのお客があまり得意ではなかった。・・・正直言うと苦手だった。
「お好きな席へどうぞ。」
真宵は悟られないように、笑顔をつくった。
しかし、鬼の子供はキョロキョロして、席につこうとしない。
「あーあ、今日は窓際の席に座りたかったのになあ。」
鬼の子供が言った。
窓際といっても、《カフェまよい》は古い日本家屋と同じつくりなので、窓は主に換気の役割のためで、西洋風のカフェの大きなガラス窓などと違って、そこまで見晴らしがよい特等席というわけでもないのだが。
(・・・きた。)
真宵はそう思いながら、笑顔を崩さず応える。
「あ、いま、全部ふさがっているみたいですね。よろしければ、窓際の席が空けばご案内いたしますので、座ってお待ちいただけますか?」
しかし、鬼の子供は唇を尖らせてうそぶく。
「ええー。もうおなかペコペコだよ。空腹のお客を待たせるつもりかい?」
(ぐ。)
引きつる笑顔を、必死でつくろった。
「そ、そうですね。じゃあ、先に注文していただいて。空き次第、移動していただくってゆうのは?」
はぁー。
鬼の子供はオーバーにため息をついた。
「この店はずいぶんと、お客を急かすんだね。もっとゆっくりできると思ってたんだけど。」
真宵は、自分の表情筋に限界を感じながら、近くの空いている席の、椅子を引いた。
「と、とりあえず、立っているのもお疲れになるでしょうから、こちらにお座りいただいて・・。すぐ、メニューをお持ちしますね。」
真宵はそそくさと、メニューをとりにもどった。
そこにいた『座敷わらし』が声をかける。
「どうした?マヨイ?顔が引きつっておるぞ?」
「な、なんでもないわよ。座敷わらしちゃん。気にしないで。」
真宵は平静を装い応えた。
店主たるもの、従業員にみっともない姿は見せられない。
メニューを片手に、鬼の子供のところに向かう。
「・・・・・。」
鬼の子供は、椅子に座っていた。
真宵が気を利かせて、座りやすいように引いてあげた席の、「隣の席」に。
(ぜったい、わざとだよね。)
口にはださないが確信していた。
引かれた椅子が、だれにも座られることなく置かれている。
真宵は何事もなかったかのように、椅子を元に戻すと、隣の席の鬼の子供にメニューを渡す。
「どうぞ。こちらメニューに、なっております。」
鬼の子供はメニューを見ると聞いてきた。
「今日のランチはなんだい?」
(ぜったい、わざとだ。)
「きょ、今日のランチはもう終わってしまいました。もうしわけありません。」
「ええー。」
オーバーに驚く。
「ランチを食べに来たのになあ。もうないのー?」
「え、ええ。ランチはお昼の数量限定でお出ししているので。ごめんなさい。」
ランチタイムなどとっくに終わっており、ただでさえ売り切れ易いランチは、この時間まで残っていたことなど、ほぼないはずなのだが・・。
「じゃあ、ほかになにがオススメなんだい?」
「そうですね。やっぱり、当店看板メニューの『おはぎセット』がオススメです。」
真宵はメニューの『おはぎセット』の文字を指差す。
「『おはぎセット』ねぇ。」
鬼の子供は軽く考え込む。
「今日は、こしあんときな粉のおはぎですよ。」
すると、鬼の子供は残念そうな顔をする。
「えー。つぶあんが食べたかったのに。」
(ぐ。)
真宵の顔がさらにひきつる。
「お、おまんじゅうとかもオススメです。今日は薄皮まんじゅうです。」
「うーん。この前食べた、よもぎまんじゅうがおいしかったのに。」
「よ、羊羹とかもご用意してますけど。」
「そんなに、あまいものばっかりすすめられてもなぁ」
「で、では、トコロテンとかはいかがですか?酢醤油と芥子でサッパリしていますよ。」
「ここ、甘味茶屋だよね?すっぱいもの食べるなんてどうなのかなあ。」
「と、トコロテンは黒蜜ときな粉で食べてもおいしいんですよ。」
「うーん。」
お互い、ほとんど意地になりながら、繰り返す。
「で、では、ごゆっくりお考えください。注文がお決まりになりましたら、お呼びくださいね。」
さすがに、無理と思ったのか、真宵が脱出を計った。
しかし、鬼の子供が引き止める。
「あ、今決まった。」
「・・・。そ、そうですか。なんにいたしましょう?」
(ぜーったい、わざとよね!)
「そうだね。『おはぎセット』にしようかな。ホントは他に食べたいものがあるんだけど。」
「・・・かしこまりました。」
結局、最初にオススメしたメニューに決まり、脱力感を味わう真宵であったが、意地でも笑顔は絶やさなかった。
程なく、注文の品を持って、真宵が戻ってきた。
「お待たせいたしました。『おはぎセット』になります。あ、お客様、あちらの窓際の席が空いたようですけど、移動なさいますか?」
先ほど、一組お客が帰ったので空いた窓際の席を指す。
しかし、当の鬼の子供はキョトンとしている。
「え?窓際って?・・ああ。うん。そうそう窓際ね。そう窓際。・・・・でも、もういいかな、この席も居心地いいしね。」
「わ、わかりました・・・・。」
真宵は、笑顔で応えて、戻っていく。
(いまの、ぜーったい、わすれてたよね!)
「ごちそうさまー。」
さすがに、食事中は、アレコレ言うこともなく、鬼の子供は静かだった。
単に、他のお客の応対で、真宵が相手できなかっただけかもしれないが。
勘定を払い、真宵の顔を見る。
「ぜんぜん、おいしくなかった。」
鬼の子供は笑顔でそう言った。
「そ、そうですか。」
笑顔をひきつらせながら応える。
「ぜーんぜん、おいしくなかった。ぜーんぜんおいしくなかった。」
鬼の子供は踊りだす。
「おいしくないったらおいしくない。もう来ないたっらもう来ない。」
軽快にステップを踏みながら、店を後にする。
真宵は鬼の子供の姿が見えなくなるのを確認して、ガクリと膝をつく。
(や、やっとかえった・・。)
途方もない疲労感と脱力感が真宵を襲った。
それを見ていた座敷わらしが声をかける。
「マヨイ。言ったであろう? あやつは『天邪鬼』じゃ。ひとの言うことの逆をやりたがるし、言ってることは逆のことばかりじゃ。」
「・・わかっているわ。」
初めての客ではないので、どうゆう妖怪かは教えてもらって知っていた。忘れていたわけではない。
「あやつが、『おいしくない』と言えば『おいしい』ってことじゃし、『もうこない』は『またくるよ』ってことじゃ。」
「わかっているのよ。座敷わらしちゃん。」
真宵はため息をつく。
「わかっていても、どうしようもないのよ。このやるせなさはー!」
《カフェまよい》 店主 真宵
接客業の難しさを痛感する今日この頃。
今回の妖怪は「天邪鬼」です。
いちおう、最後まで名前をひっぱってみましたが、途中でまるわかりですね。
最後で、「なるほど」とおもわせるような文章が書けるようになりたいです。
おはなしとは関係ありませんが、初感想をいただきました。
ありがとうございます。読んでくださっている方がいるとおもうと励みになります。