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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第三章 雨月
68/286

68 運ぶもの急ぐもの2

登場妖怪紹介


『輪入道』

首に牛車の車輪を巻いた初老の男性妖怪。

タクシーと運送業を兼ねたような運び屋の仕事をしている。

忙しいため、《カフェまよい》でゆっくり食事できないので、持ち帰り専門。


妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

多くの妖怪たちが訪れ、その料理や菓子に舌鼓を打った。

なかには、その味に魅了され、あししげく通う『常連』と呼ばれる妖怪も多い。

食い逃げとつまみ食いで、店主を困らせている『ぬらりひょん』。

みためとは裏腹に妖異界一の大食いである『ふたくち女』。

ランチのために、朝一番に並ぶ『見上げ入道』と『一つ目入道』。

ぬか漬をこよなく愛し、裏メニューとして注文する『河童』。

現在、従業員として働いている『烏天狗』の右近も、元常連だ。

だが、ある意味、その常連たちよりも繰り返し、店に足を運んでいるものが存在する。

従業員ではないが、また違うかたちで店を支えるもの。



「よお。嬢ちゃん。いつものできてるかい?」


禿げ頭に太い眉毛と厳つい顔の、昭和の漫画に出てくる頑固親父のような男性が店の入ってくるなり、そう言った。

彼の首にはエリマキのように牛車の車輪がくっついている。

もちろん、前衛的ファッションでもないし、健康のためでもない。まして、猫が手術のあと傷口を舐めないようにつけるエリザベスカラーでもない。

彼は『輪入道』。

炎に包まれた牛車の車輪に禿げ頭の入道の顔がついた妖怪である。

本来の姿は、車輪についた頭だけの妖怪なのだが、普段は人間と同じ姿で生活している。首の車輪はそのなごりだ。


「あ、輪入道さん、こんにちは。できてますよ。すぐ持ってきますので、お待ちくださいね。」


店主の真宵は、すぐに厨房に戻ると、竹の葉でできた包みを持ってきた。

《カフェまよい》でよく注文されるおはぎや饅頭のはいった折詰めの包みとは違う。


「はい。どうぞ。いつもどおり、おにぎりが三つはいっていますからね。」


「おお。ありがとうよ。いつも、すまねえな。」


「それと、これ。冷たい緑茶がはいってます。」

真宵は竹葉の包みと一緒に、竹筒の水筒も差し出した。


「ああ、いけねえ。また返し忘れるところだった。」


輪入道は、真宵から荷物を受け取ると、自分も腰に下げていた水筒を真宵に渡す。こちらは空っぽだ。

使い捨てのペットボトルと違って、竹でできた水筒はきちんと返却している。

空の水筒を返却し、お茶入りの水筒と握り飯をもらう。

ここ最近、毎日の日課になっている。

タクシーと運送業を兼ねたような仕事をしている輪入道は、ゆっくり店内で食べる時間が取れないため、真宵に交渉して、持ち帰りの握り飯を作ってもらっているのだ。


「はい。水筒、たしかにご返却いただきました。今日も忙しそうですね。」


「ああ、最近、雨が多かったからな。たまに晴れると、いろいろお呼びががかるんだ。」

輪入道は頭をかいた。

「まあ、雨の日は雨の日で、濡れるのが嫌だから、運んでくれって客もいるんで、どっちもどっちなんだがな。」


「ふふ。商売繁盛で結構なことじゃないですか。」



そんな世間話をしていると、また、入り口からひとりの客が店に入ってきた。


「マヨイちゃん。いつものできているかしら?」


それは四十代半ばくらいの女性の姿で、頭には鉢巻、服装は腹掛に股引と、お祭りで神輿でも担ぐときにしていそうないでたちである。

不思議なのは、輪入道が首にエリマキのように車輪を首にくっつけているように、彼女もまた腰にベルトかフラフープのように車輪をくっつけていた。


片車輪かたしゃりん

片方の車輪だけしかない牛車の妖怪。

女性の姿をしている。


彼女もまた輪入道とおなじ、妖怪やモノをのせて運ぶタクシーや運送業のような仕事をしている車力妖怪であった。


「あ、片車輪さん、こんにちは。できていますよ、すぐもってきますね。」


真宵は再び厨房へと足を向けた。

そこには、輪入道と片車輪が残される。

なにやら、いわくありげな空気が漂う。


「・・・・フン。おれの真似して、握り飯の持ち帰りを頼みやがって。」


輪入道が片車輪をねめつけた。


「フン。アンタにだけ、いい思いさせるかってのよ。マヨイちゃんは、こころよーく受け入れくれたわ。」


片車輪も負けじと睨み返す。


「それは、おれがお願いしたあとだったからだろう。店としては客の選り好みをするわけにはいかないだろうからな。仕方なくだろう。」


「なにいってるんだい? こちとら、この店が開店してから、ずっと懇意にしてきた御贔屓さんなんだよ。アンタとは付き合いの長さが違うんだよ。」


「聞き捨てならんな。この店に客を運んできたのは、おれのほうが早かったはずだ。付き合いはおれのほうが長い。嬢ちゃんとも親しくなったのも、おれが先だ。」


「はあ? なにいってるんだい?もう、呆けちまったのかい? アタシとマヨイちゃんは女同士だよ。仲いいのはどっちかなんて、わかりきったことじゃないか。」


「フン。女同士ったって、くたびれたバアサンと若い人間の娘さんとじゃあ、話も合うわけないだろうに。無理して相手してもらってるのがわからないかね?」


「だれがバアサンだよ! そっちこそ、ハゲちらかしたジジイじゃないか! 」


「なんだと!」


「なんだい!」


あやうくつかみ合いになりそうなところに、真宵が戻ってきた。

ふたりは、とりあえず喧嘩を中断した。


片車輪は輪入道のときとおなじように、竹の葉の包みと水筒を受け取る。


「いつも、ありがとね。今日の中身はなんだい?」


「ふふ。だいじょうぶです。片車輪さんの好きな『おかか』もはいっていますよ。」


「あら、うれしいねぇ。やっぱり、握り飯といえば『おかか』だよねえ。ここはおかかの味も一味ちがうんだよ。あまじょっぱくて、カツオの風味が活きてて、白胡麻も混ざっててさ。」


《カフェまよい》の『おかか』は、真宵の祖母の味である。

レシピといっても、とくに特別なものをつかっているわけではないのだが、かつおぶしを醤油と砂糖、みりん、それに隠し味の日本酒で和えたあと、軽く炒ってある。

コンビニのおにぎりとかにつかわれているものより、少し甘めの味で、ご飯によく合う。

簡単に作れるので、あまり作り置きせず、必要な分だけその日に作っている。

ひと手間かけたり、つくりたてをだすだけで、料理というのはおいしくなったりするのだ。


「やっぱり、マヨイちゃんはやさしいねえ。『アタシのために』わざわざおかかをいれてくれるなんて。」


片車輪は横目で輪入道を見た。

どうだ、それみたことかと言わんばかりだ。


不穏な空気を察した真宵は、あわてて付け加える。


「あ、輪入道さんの好きな『梅干し』のおにぎりもはいってますから、だいじょうぶですよ。」


それを聞いて、片車輪はチッと舌打ちし、輪入道は顔を綻ばせた。


「おお。そうかい。やっぱり、握り飯といえば『梅干し』だよなあ。ここの梅干しはしょっぱくってすっぱくって、飯がすすむんだ。素朴な味なんだが、味わい深いんだ。」


「ありがとうございます。あの梅干しも、ウチで漬けているんですよ。」


真宵は微笑んだ。

正確に言えば、祖母が漬けていた、だ。

他界した真宵の祖母は、料理でも菓子でも作れるものは自分で作ってしまうひとだった。

漬物はもちろん、梅酒やジャムやなど、なんでも作ってしまう。

そのレシピを書いたノートのおかげで、素人同然の真宵がなんとか店を切り盛りできているというのもある。

梅干しは毎年たくさん漬けており、真宵が祖母の家ごと相続した後は、ある程度親戚におすそわけしたあと、残りはたまにお店でもつかっている。

昔ながらの漬け方なので、最近の蜂蜜入りのやつとかに比べれば、かなりしょっぱいのだが、店に来る妖怪には好評である。


「汗をかくと、塩分が欲しくなるっていいますからね。だいぶ蒸し暑くなってきましたし。」


今度は、輪入道がフフンと片車輪を横目で見た。

なにやら、バチバチと火花が散りそうな視線の応酬だ。


「あ、あとの残りの一個は鮭にしておきました。今日のランチが鮭だったので。」


「ほぉ。鮭か。うまそうだな。」

「あら。鮭?大好きよ。」


ふたりは同時に言った。

気が合うのか気が合わないのかよくわからないふたりだ。


「ふ。あまり長々と話もしていられんな。おれは片車輪と違って忙しいんだ。」


「フン。それはこっちのセリフよ。そっちは乗り心地が悪すぎて、お客にそっぽむかれてるんじゃないの?」


「ふ。よくいうぜ。おまえ、ここの来るとき、誰も乗せてこなかったんだろう? 暇そうで何よりだ。」

輪入道が笑う。


「あら。あたしはここに予約のお客を迎えに来たのよ。アンタとちがって、予約客が多くてね。」


「なんだと。」


そこに、タイミングよく客席から声がかかる。


「あら、片車輪、もう来てくれていたのね。 ごめんなさい、気がつかなくて。すぐに行くわ。」


そう言ったのは、足が蛇の妖怪、濡れ女だ。

どうやら、彼女が片車輪を予約していたらしい。

それみなさいといわんばかりの片車輪の表情に、輪入道は歯ぎしりする。


すると、そこにまた声がかかる。


「あら、輪入道。いまあいてる? いけるなら、わたしたちを乗せていって欲しいのだけど。」


今度は、『高女』と『ろくろ首』のふたりだ。


「ああ。いまなら、だいじょうぶだ。超特急で送ってやるぜ。」


輪入道は得意顔で、片車輪にかえした。


再び、バチバチと火花散る視線の応酬がはじまったが、ふたりとも、客の準備が整ったので、それ以上続けるわけにはいかなかった。


「それじゃあな。嬢ちゃん。また明日も握り飯と茶を頼むな。」

「またね。マヨイちゃん。おにぎりありがとね。」


ふたりの車力妖怪は、それぞれの客を連れて、店を後にした。




「ほんとに、仲がいいんだか悪いんだかわからないふたりよねえ。」


仕事上のライバルってやつだろうか。

喧嘩するほど仲がいいともいうし、心のそこからいがみあっているようには見えない。


「ねえ。マヨイちゃん。『抹茶セット』のおかわりお願い。 今度は、お抹茶、濃い目にしてちょうだい。」


客席から注文が入った。


「かしこまりました。すぐおもちします。」


真宵は厨房に行くと、『抹茶セット』のオーダーを通した。

すると・・・。


「抹茶はオレが点てるゾ!」

小豆あらいの声が飛んだ。


「何を言っている。小豆あらいはさっきやっただろう! 今度は俺だ。」

烏天狗の右近も負けじと叫ぶ。


最近、小豆あらいがしきりに、お茶を煎れたり、抹茶を点てたりするのをやりたがっている。

最初は大目にみていた右近だったが、そのあまりの熱意というか貪欲さに仕事をとられる危機感が募ったのか、たまに仕事の取り合いになっている。


「お茶は、オレがイレル! 右近は、他の仕事をシテロ!」


「小豆あらいが茶を全部煎れたら、俺の仕事が菓子を皿に移すだけになるだろうが。俺は料理人見習いだぞ。小豆あらいは、洗い物に専念していろ!」


「ダメダ! お茶は全部オレダ!」


「そんなことが許されるはずないだろう!」


はぁ。

真宵はおおきくため息をついた。

このふたりもある意味、ライバルといえるのだろうか?

少々、レベルの低い喧嘩におもえてならないのだが・・・・。





読んでいただいた方、ありがとうございます。

今回は『輪入道』に加え『片車輪』でございます。


えーと、実は『片車輪』には思うところがありまして、ちょっと書かせいただきます。

おはなしとは関係ないので、興味ないかたは読み飛ばしをご推奨します。


妖怪好きな方には有名だと思いますが、自分は鳥山石燕さまという画家の江戸時代書かれた妖怪画が大好きです。

自分の書くおはなしに出てくる妖怪も多くは鳥山石燕さまの妖怪画に書かれているものです。

なので、ほんとうは『片車輪』ではなく『片 輪 車』と書きたかったんです。(あえてルビはふりません。)

鳥山石燕さまの画にはそう書かれていますので。

でも、どうやら、最近ではその名前は、差別用語を連想されるようで最近では『片車輪』と名を変えて呼ばれることが多いそうです。

個人的には「片方の車輪しかない牛車」の妖怪を『片 輪 車』と書いてなにが悪いの? 差別するつもりなんて全くないよ? と思っているんですが、やはり、小説家になろう サイトをお借りしている以上、あまり物議をかもすようなのはよくないかなと思い、『片車輪』となっております。

字面も音の響きも片車輪より、オリジナルのほうがいいとおもうんですけどねぇ。

鳥山石燕ファンとしては断腸のおもいです。


興味ない方には、なんのこっちゃ、ですね。

愚痴っぽくてスミマセンでした。

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