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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第三章 雨月
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67 なやめる老人

登場妖怪紹介


『ぬらりひょん』 

後頭部がタコの頭のように大きい禿げ頭の老人の姿をした妖怪。

いつの間にか、家に上がりこんで茶を飲んでいたり、つまみ食いをしたり。飲食店で食べ終わるといつの間にやら、勘定もせずいなくなっていたりする。

どんなに戸締りしていても、厳重な警備でも、はいりこめる。

《カフェまよい》の常連。『おはぎセット』が好物。

食い逃げの常習犯だが、出入り禁止にされそうになると、その分の料金を払いに来るというよくわからない行動を繰り返している。



妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

開店からはや三ヶ月が経ち、多くの妖怪たちが訪れ、なかには、足繁く通う常連と呼ばれるものたちも増えた。

そのなかでも、初期から通い続け、いまもなお頻繁に店を訪れるひとりの老人妖怪がいる。




「右近さん、今日のランチは、これで最後です。」


店主の真宵は、最後のランチを客席で接客を担当している烏天狗の右近に渡した。

《カフェまよい》のランチは限定三十食。泣いても笑っても完売したらそれで終わりである。

しかし、ランチが売り切れたからといってそれで仕事が終わったというわけではない。

すぐに、甘味目当ての客が訪れるのだ。

ただ、焼いたり油で揚げたりすることの多いランチと違って、おはぎや饅頭はすでにつくってあるものを盛り付けるだけで、後は茶を煎れるだけなので、多少は楽になるといえば、そのとおりである。


「さてと・・・。」


ランチに使った食材や調理器具を片付けようと、振り返ったとき、厨房の中に、先ほどまでは確かにいなかったはずの人影を見つけた。


(なんで、いるのよ・・・。)


厨房のテーブルの横に、いつのまにやら蛸のように後頭部の大きな禿頭の老人が座っていた。

従業員が賄いを食べるのときの椅子まで、ちゃっかりつかっている。

『ぬらりひょん』。

この店の常連のひとりで、問題客のひとりである。


「ぬらりひょんさん。厨房には勝手に入らないでって言っているでしょう!」


真宵の抗議も馬耳東風と言わんばかりに、そしらぬ顔だ。


「おお、マヨイどの。おはぎを先にいただいておるぞ。お茶をよろしくたのむ。」


よく見ると、机の上には今日のおはぎのつぶあんときな粉が、丁寧に皿に盛られて置かれていた。


「なんで、勝手に食べているんですか!? 食べたいなら、ちゃんと客席に座って注文してください!」


「ああ、注文は『おはぎセット』じゃ。おはぎはもう、もろうたから、あとお茶をお頼む。」


「だから、勝手にもらわないでください! お茶はあとで持っていってあげますから、客席で食べてください。ここは、お客さんが入ったり、食べたりする場所じゃないんですよ!!」


再三の真宵の言葉も、聴いているのか聴いていないのか。


「なあ、マヨイどの。」


ぬらりひょんは神妙な顔になり、真宵を見つめる。


「なんですか?」


「わしは、最近、いろいろおもうところがあってのぅ。」


「・・・・はなしは、客席のほうで聞いてあげますから、さっさと移動してください。」


「昔はわしも血気盛んでのう。」


「昔のはなしもちゃんときいてあげますから、客席に移動してからにしてください。」


「いろんな店に入っては食い逃げして、いろんな家に入ってはつまみ食いして逃げておったんじゃ。」


「いまとやってること、同じじゃないですか。 わかりましたから、さっさと厨房から出て行ってください。お茶はちゃんと持っていってあげますから。」


「そのせいで、店の売り上げが多少合わなくとも、誰も責めはせんし、戸棚の菓子が消えておっても、誰が食ったと犯人探しすることもなかったんじゃ。わしを悪者にすることで、人間同士がいがみあわなくてすんだということじゃな。」


「悪者にするって、そもそも犯人、ぬらりひょんさんですよね? なんで冤罪被害者みたいないいかたになってるんですか? もうわかりましたから、客席に移動してくださいってば。」


「・・・・マヨイどのは、ひとのはなしを聞かん娘じゃのう。」


「どっちがですか!! 」



険悪になるふたりに、煎れたての煎茶のよい香りが立ちのぼる。

ぬらりひょんのまえに、湯飲みが差し出された。

持ってきたのは、小豆あらいだ。


「小豆あらいちゃん。・・・もう!ぬらりひょんさんをあまやかしちゃダメよ。」


おそらくぬらりひょんを想ってのことではないのはわかっていた。

最近、小豆あらいのなかで、お茶を煎れるのがマイブームなようで、手が空いているときに注文がはいると、率先して煎れるのだ。

あらうことが好きで、小豆だけでなく、米も野菜も、食器でもなんでも洗ってくれる半面、調理方面にはほとんど興味を示さなかった小豆あらいにとって、成長といえば成長である。


「おお。小豆あらいのとこの孫ではないか。気が利くな。」


「爺ぃはもう引退したゾ。いまは、オレが『小豆あらい』だゾ。」


「小豆あらいの奴も、遠い空から孫のおぬしを見守っておるぞ。」


「爺ぃは引退したけど、家にいるゾ。」


「あやつも、昔は血気盛んでのう。人間を怖がらせるためにいろんな川に小豆を洗いに行っておったわ。年はとりたくないもんじゃのう。だんだん弱って、塞ぎこんでいってな。」


「腰は壊したけど、他はピンピンしてるゾ。うるさいくらい元気だゾ。」



(すごい。)

真宵は感心した。


ぜんぜん、会話が噛み合っていない。

なのに、小豆あらいはイラつきもせず、飄々とぬらりひょんの相手をしていた。


(お爺さんと二人暮らししてるせいかしら? 手馴れてるかんじ。)


いちいちイラついて噛み付いていた自分が子供にかんじる。


(小豆あらいちゃん、ときどき妙にオトナなのよね。)


少し反省しつつも、このまま、ぬらりひょんに厨房に居座られるのも困るので、どうしようかと考えていたとき、ぬらりひょんが椅子から立ち上がった。


「ふう。時代とは変わるもんじゃのう。あの小豆あらいの孫が、人間の店で小豆をあらっておるとは・・・。時代が変わるなら、わしも変わらねばならぬということなのかのう。」


そんなことを呟きながら、ぬらりひょんはトボトボと厨房から出て行った。


「・・・なんか、今日のぬらりひょんさん、変じゃなかった? なにかあったのかしら?」


いつもは、もっと図々しいというか、ひらきなおっているかんじで。

今日はなにか、いろいろ語っていたというか、昔話なんかもしていたような。


(もっと、ちゃんと聞いてあげれば、よかったかしら。)


「ソウカ?いつもとたいしてかわらなかったゾ。」


「そう? だったらいいんだけど。」


小豆あらいの言葉にこころをなでおろした。

妖怪とはいえ、いろいろ悩むところのあるお年寄りに、冷たく当たったのではいろいろ後味が悪い。

とくに、ぬらりひょんはいろいろ問題はあるとはいえ、開店からずっと贔屓にしてくれている常連さんなのだ。



「ソレより、イイノカ?」


「え? なにが?」


「あのジジィ、御代払わず出て行ったゾ。」


「え?」


見ると、いつの間にか、おはぎののった皿は空になり、湯飲みの中にも茶は残っていなかった。

いつの間にか、すべて平らげていたようだ。


急いで、客席を探すが、そこにぬらりひょんの姿は影も形もなかった。


「あ、あんの、タコジジィ! また、食い逃げしたわね!! いつもとなんにもかわんないじゃない!!」


少しでも心配した自分の甘さを後悔する真宵であった。




読んでいただいた方、ありがとうございます。

ひさしぶりの『ぬらりひょん』でございます。

常連で、いつも店にいる妖怪のつもりだったんですが、最近登場回数が減っていました。


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