66 猫はたまにふえる
《カフェまよい》 メニュー
『黒糖饅頭』
生地に沖縄産の黒糖をたっぷり使った蒸し饅頭。
利久饅頭とも呼ばれ、ベーシックなおまんじゅう。
『饅頭セット』の饅頭としてよく作られている。
中身はこしあん。
実は、蒸したてのアツアツが一番おいしいが、《カフェまよい》では朝にすべて作ってしまうので食べられるのは従業員だけの特権である。客の妖怪たちにはヒミツ。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
《カフェまよい》の店主真宵には、ひそかな楽しみがある。
まだ新米とはいえ、飲食店の経営者として、サービス業に従事するものとして、超えてはいけない一線はあるとわかっている。
接するのはあくまでプロとして。
それ以上でもそれ以下でもない。
相手に失礼があってはいけない。
特別扱いもダメ。
それを心に留めて、その上で、心の中でひそかに楽しむのだ。
「いらっしゃいませー。あ、ねこまたさん! いらっしゃい。」
真宵はひさしぶりに訪れたお気に入りの客に、顔に出さないよう平静を装いながら近づいた。
(あ、あいわからずのピョコピョコ猫耳。か、カワイイ!!!!)
「こんにちは。おひさしぶりです。」
「おひさしぶりだにゃ。最近は雨が多くて出歩けないにゃ。」
(ああ、ネコさんは、身体が濡れるの嫌がるものね。うーん、やっぱり、ねこまたさん、ほんとににゃんこさんなんだなぁ。)
「今日はひさしぶりに晴れていますものね。来ていただけてうれしいです。どうぞ、こちらへ。」
席に案内しようとしたが、ねこまたは動かなかった。
「あ、申し訳ないけど、今日はお持ち帰りだけでおねがいしますにゃ。」
「え?あ、はい。それは・・、もちろん、かまいませんけど・・。」
平静を装いながらもショックを隠しきれなかった。
いつも、おいしそうにおまんじゅうやおはぎを食べるねこまたの姿を、横目で観察するのが、真宵のなによりの癒しの時間だったはずなのに。
猫舌のねこまた用に『水出し緑茶』も用意してあったのに。
(おひげをヒクヒクしながら、においを楽しむ姿も。)
(にくきゅう付きの手で、湯のみを持ち上げる姿も。)
(おもいがけないおいしさに出会ったときにする、ねこみみをピンとたてるあの仕草も。)
(ないのね。今日は・・・。)
「お持ち帰りですね。なんにしますか? あ、新作のお抹茶セット用の練りきりも持ち帰りできますよ。」
「うーん。五人分だからにゃあ。べつの味だと喧嘩しそうにゃだから、全部おまんじゅうにするにゃ。自分の分もいれておまんじゅう六個おねがいするにゃ。」
「え?五人分?」
「にぇこまたー。おいしいもにょまだー?」
ねこまたのうしろの入り口から、ちいさな子供が顔を出した。
小さいがひげも生えており、ふわふわの体毛と、なにより、その頭についているのは、ねこまたとおなじ、猫耳。
(やだ! か、か、かわいいーーーーーーー!!!! ねこまたさんのお子さん? ねこまたさんて結婚してたのかしら?)
「こら!だめだにゃ。 すぐに持っていってあげるかにゃ、もうちょっと、まってるにゃ。」
「にゃーい。」
ちいさな猫妖怪は顔を引っ込める。
「ね、ねこまたさんのお子さんですか? 」
ねこまたはプルプルと顔を振る。
(か、かわいい!! ねこまたさんのプルプル、かわいい!)
「猫妖はときどきふえるんだにゃ。ねこまたになる一歩手前ってとこなんだにゃ。ふえるけど、またすぐにいなくなったりするから、ほんとにねこまたになって、妖異界に留まるのは、ほんのちょっとなんだにゃ。」
「へー。そうなんですね。じゃあ、その間は、ねこまたさんが面倒みているんですか?」
「そうだにゃ。だれも面倒みてくれにゃいから、仕方にゃくにゃ。」
「じゃあ、中に入って待っててもらえばいいのに。外で待たせちゃ、かわいそうですよ。」
「うーん、まだ、ちゃんと躾ができにゃいから、迷惑をかけてしまうにゃ。」
ねこまたは肉球つきの手で頭をかく。
「だいじょうぶですよ。いまは、そんなにお店混んでいないし。じゃあ、すぐに用意しますので、待っててくださいね。」
真宵は注文を通すために厨房へ向かった。
「ねこまたさーん。すぐできますから、ね???」
最後まで言う前に、なにかが真宵に体当たりしてきた。
そこまで、もの凄い力ではなかったのだが、不意を突かれて、しりもちをつく。
「いったーーー、い???」
なにが起こったのか理解する前に、倒れた真宵に次々になにかが覆いかぶさってくる。
重い。
重い、けど。
それ以上に。
きもちいいーーーー。
ふわふわのもこもこ、それでいて、あったかくて。
あっ。でも、でもこのザラっとした、ちょっとやすりみたいなので舐められているかんじ。
これってやっぱり・・・、
にゃんこさん!!!!
よねーーーー。
倒れた真宵のうえに、五人の?五匹の?ちっちゃな猫妖怪がおおいかぶさって、頭をすりつけたり、肉球で顔を押したり、手でも足でも顔でもかまわず舐めまわしたりしている。
「だから言ったにゃ。ねこまたになる前の猫妖怪は、たいてい飼い猫だった猫のにゃれのはてだから、人間には懐きやすいんだにゃ。まよいは食材の匂いやお菓子の甘いにおいが染み付いてるから、よけいにそうなるにゃ。」
「あ、はい。そうなんですね・・・。でも・・。」
(しあわせ・・・・・。)
真宵は、まとわりついてくる五人の猫妖の頭をなでる。
よく見てみると、五人とも毛並みが違う。
黒猫と三毛猫と白黒猫、虎が二人。虎は茶虎と・・・キジ虎なのかな。
(ああ、おなじ虎柄でも、茶虎さんはフワフワ。キジ虎さんはちょっとツルっとした、スムースな感じなのね。)
「こんにちは。猫妖怪さん。私はこの店の店主で真宵っていいます。よろしくね。」
「マヨイーーー。」
「よろちくーー。」
「マヨイおいしいもにょまだー?」
「マヨイいいにおいにゃー。」
「にゃにゃにゃぁ。」
(か、かわいいーーー。)
五人の猫妖はそれぞれの反応で、真宵にひっつき離れようとしない。
「こ、この子たち、みんな飼い猫さんだったんですか?」
お客さんのプライベートに踏み込むのはどうかと思ったが・・、知りたい!
「山猫みたいな野生の猫はめったにねこまたにはならないにゃ。猫が妖怪になるのは、ながーーーく生きすぎたり、人間に飼われてずっと人間と一緒にいたいって気持ちが強すぎたり、人間に強い恨みをもって死にきれにゃかった場合だにゃ。」
「ああ、猫は野生だと、そこまで長生きしないって聞いたことあります。」
猫は長い間、人間の愛玩動物として定着しすぎ、野生ではあまり長生きできない。
猫に限らず愛玩動物や家畜として、進化や交配を繰り返された動物は、その環境に適応しすぎて、もといた野生環境にはもどりづらいのだ。
「にゃ。野生で生きた猫は、ふつうに運命を受け入れて死んでいくしにゃ。」
「じゃあ、この子たちは、人間に飼われてて、人間が好きすぎて妖怪になったか、人間に恨みを持って妖怪になったか?」
あらためて子猫妖怪たちを見る。
「人間に恨みをもって妖怪ににゃったのにゃら、そんなにマヨイに懐かないにゃ。」
たしかに、子猫妖怪はうれしそうに頭を擦り付けている。これが恨んでいるものの演技だったら、かなり怖い。
「それに、長生きしすぎて妖怪化した猫は、妖異界に来た時点で尻尾がふたまたに分かれているからにゃ。」
そう言ってねこまたは振り向いてお尻をみせる。
着物のあいだから、二本の尻尾が飛び出している。
(ああ、ねこまたさんのお尻。長めの尻尾もかわいい。)
それに比べると、この子猫たちの尻尾は皆一本だけだ。
(いっぽんのおしっぽもかわいいけどね。)
「その尻尾が二本にわれたら、一人前のねこまたにゃ。まあ、たいていの猫妖はそうならずに消えていくんだけどにゃ。」
「消えちゃうんですか?」
「人間が好きすぎて、っていっても、その対象は大抵、元の飼い主だからにゃ。妖異界にはその飼い主がいないとわかると、大抵は自然に消えていくにゃ。」
「そういうものなんですか・・。」
真宵はちょっと残念だった。
できれば、また何度でも来てほしいのに。
「仮に、なにかのはずみでそいつらがねこまたににゃっても、猫は基本、単独行動だからにゃ。ウチにいるのはどのみち、いまのうちだけにゃ。」
「そっか・・。」
真宵は我慢できず、子猫妖怪をぎゅっと抱きしめた。
(ああ、もうこのまま、、離したくない!!)
「おまたせしました。黒糖饅頭六個、持ち帰り用です。・・・・なにをやっているんだ?マヨイどの。」
饅頭の包みをもって厨房から出てきた右近が、床に座り込んだまま、五人の小さな妖怪に囲まれて戯れている姿を見て、そう聞いた。
「あ、これは、その、えーっと。」
うまく説明できない真宵をよそに、ねこまたが、御代を渡すと包みを受け取る。
「ありがとにゃ。それじゃあ、もういくにゃ。」
ねこまたは、まるで母猫のように、子猫妖怪に語りかける。
「ぼやぼやしてると、ほおっていくにゃよー。そしたら、おいしいおまんじゅうは全部食べちゃうにゃー。」
すると、真宵にひっついていた子猫妖怪たちがカルガモの子のように、ねこまたの後ろについていく。
「だめにゃー。おまんじゅうほしいにゃ。」
「いっしょに帰るにゃ。」
「マヨイ、またにゃ。」
「ばいばーい。」
「おいてかないでにゃ。」
ねこまたと子猫妖怪たちは、嵐のように去っていった。
真宵に一抹の寂しさを残して。
「消えちゃう前に、もう一回くらいは来てくれるかな?」
ポツリとつぶやく。
手のひらにも、ほっぺたにも、子猫たちのあたたかさの余韻が残っていた。
「・・・マヨイどの。」
「え?なあに? 右近さん」
右近はなにやら、言いづらそうに真宵を見ている。
「雇用されている身で、アレコレ言うのはどうかと思うのだが、そのなりで飲食の接客をするのはいかがなものだろうか?」
「え?」
あらためて、真宵は自分の身体を見た。
「あーーーーーっ。」
真宵の割烹着は子猫の毛でいっぱいだった。
茶色やら黒やらいろんな色の毛が割烹着やら手のひらやらにこれでもかとこびりついている。
「ご、ごめんなさい。 いますぐ着替えてくるわ。」
真宵は急いで母屋のほうへと走っていった。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
ひさしぶりのねこまた回でございます。
ねこまたというか、猫関係のおはなしはもっと書くつもりだったのですが、意外とオチがおもいつかずあんまり書けずにいます。
うーん、猫カフェでもいってみるかな? などと思いつつ出不精な今日この頃です。