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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第三章 雨月
65/286

65 ミサキに立つ女

《カフェまよい》 メニュー


『酒蒸しまんじゅう』

饅頭セットの饅頭としてたまにつくられる品。

生地に真宵の祖母の家がある地域の酒蔵の日本酒と酒粕をたっぷりつかってある。

アルコール分はほぼ消えているので子供でも食べられるが、その香りのよさから酒飲み妖怪のファンが多い。

中身はこしあん。


そこはとある海岸。

《カフェまよい》からも、『遠野』からも離れたところにある場所で、波が高く、複雑にぶつかり、離岸流が発生しやすい危険な地形になっている。

誰もが足を運ぶのをためらうその場所を棲家にしている妖怪たちもいる。



チリーン。


先導の鈴を鳴らし、七人の行者姿の男たちが列を成していた。


彼らは『七人ミサキ』。

海岸や渓流、水の事故が多発する場所を徘徊し、出会った人間を事故で亡き者へと誘う忌むべき妖怪。

彼らと出会い、亡くなったものは、彼らに加わり七人ミサキのひとりとなる。

その際、一人が成仏するため、彼らは常に七人である。


七人のなかの『先導』と呼ばれる先頭を歩くものが、自分たちの歩く先に、ひとりの女性の姿見た。

この海岸は、今では数少なくなった人間界と繋がる場所。

自由に行き来できるのではなく、たまに繋がり知らぬ間に閉じる。

ときに、危険な場所に踏み入った人間を妖異界に招き、ときに、妖異界の妖怪たちの姿を人間界へと映す。

その女性が人間ならば、この場に足を踏み入れ、七人ミサキに出会ったことで、命を落とし、彼らの一人として列に加わったことであろう。

しかし、幸か不幸か彼女は人間ではなかった。

背中まで伸びた長い黒髪は、なぜかじっとりと濡れたように肌に張り付いていた。

梅雨時ではあるが、今日は雨は降っていない。波打ち際を歩いていて高波でもかぶったかとと思えるが、そのわりに着ている着物はまったく濡れてはいなかった。

そして、彼女が人間ではない証がその足元にあった。

着物の裾から出ている足は、足ではなかった。

鱗のついた太い蛇の胴体が足のかわりに彼女の身体を支えていた。


「『濡れ女』か。」


七人ミサキは呟いた。


『濡れ女』

女性の顔と蛇の半身を持つ妖怪。

海岸に棲みつき、人や舟を襲うとされる。

髪がいつも濡れているところからその名が付いたという。

酒好き。


「こんな処でなにをしている?」


七人ミサキと濡れ女は同じく海岸に棲む妖怪だが、積極的に交流したり、ナワバリを争ったりするようなことはない。

とくに、この辺りは濡れ女がいつもいる場所からはかなり離れている。

ちょっと散歩という距離でもないし、道に迷ってたどりついたというわけでもないだろう。


「うふふ。ひさしぶりにあなたたちとおしゃべりしたくなってね。たぶんこの辺で待っていれば、そのうち来るだろうと思って、待っていたのよ。」


「われわれをか?」


七人ミサキは、訝しむ。

七人ミサキから逃げ出すものはあっても、待つものなど誰もいない。

人間は当然のこと、妖怪たちであっても、積極的に関わろうとするものなどいはいないと思っていた。


「・・・知ってのとおり、我々は、歩き、渡り、巡る。足を止め、会話を楽しむ暇などないのだ。なんの気まぐれかは知らぬが、余興につきあうつもりはない。」


「あら、つれないのね。せっかく、お土産を持参したのに。」


濡れ女は、手に持った包みを七人ミサキにちらつかせる。

その包みに、七人ミサキは見覚えがあった。


「あの茶屋のものか?」


いつも、顔色が悪く無表情な七人ミサキの顔に少しだけ生気が灯る。

先頭の『先導』だけでなく、うしろの六人もざわつきはじめる。


「うふふ。あなたたちは、おはぎ派だったんだっけ? 残念ながら中身はおまんじゅうだけど、たまには悪くないと思うわよ。ほんの少しくらい、立ち止まって休憩くらいしても、罰はあたらないでしょう?」


濡れ女の誘いに、七人ミサキのこころが揺れる。

《カフェまよい》の菓子は、ただひたすら徘徊することを運命さだめられた七人ミサキにとって、唯一といっていい娯楽であった。こころ魅かれないわけがない。

とくに、うしろの六人は、じっと、先導の判断を固唾を呑んで見守った。


「・・・わかった。誘いに甘えるとしよう。」


先導はすこしためらいを感じつつも、誘いに応じた。


「ふふ。じゃあ、あの辺に座って、食べましょう。 座れないわけじゃないんでしょう?」


「すこしだけなら・・な。」


濡れ女はニコリと笑んだ。




「おはぎは六個しか持ち帰れないからね。饅頭にしたの。今日は『麩饅頭』だったのよ。」


濡れ女は、七人ミサキに饅頭を配る。

《カフェまよい》のローカルルールとして、おはぎの持ち帰りはひとり六個まで。まんじゅうの持ち帰りは最高十個までと決められている。

これは、常連たちが決めたルールで、買占められて、他の妖怪たちが食べられなくなるのを防ぐためである。ちなみに、この数は店内で食べた分は含まれない。


「・・ほんとうは、『酒蒸し饅頭』を期待して行ったのだけどね。」

濡れ女は、ちょっと不満そうに呟いた。


「『酒蒸し饅頭』? なんだそれは?」


「おいしい人間界のお酒をたっぷりつかったおまんじゅうでね。・・前は『しょうけら』につくってるのを見たら、すぐ知らせてもらえるようにしていたんだけどね。」


「いまは知らせてもらえないのか?」


「ええ。のぞきがバレて、出入り禁止になっちゃったのよ。まあ、出入りっていったって、中に入らず窓や天井から覗いていたようなヤツだったんだけど・・・。」


「ふ。無理もないな。」


七人ミサキは珍しく表情を緩めた。


「そういうわけで、いちかばちかで行くしかないのよ。毎日通える距離でもないしね。・・・麩饅頭がダメってことじゃないんだけどねえ。酒蒸し饅頭に比べちゃうとどうしてもねえ。」


濡れ女は、残った饅頭をひとつ口の中に入れる。

もちもちとした皮の食感が面白く、餡子は《カフェまよい》特製の絶品だ。

だが、あの芳醇な酒の香りを思い出すと、せつなくなる。


「そういえば、あなたたち、最近、あの茶屋に顔をだしていないんだって?」


七人ミサキの先導は、顔を固くした。


「・・・もともと、足繁く通う場所ではない。」


「でも、べつに通ったっていいでしょう? マヨイさん、最近来ないって気にしていたわよ。」


「・・・・。」


七人ミサキは複雑な顔をした。


「・・・・あの娘は、優しい。無垢で・・・そして無知だ。われらのことをなにも知らぬ。」


「マヨイさんは『七人ミサキ』がどういう妖怪かなんて、とっくに知っているわよ?」


「・・・言葉として知っていることと、その意味を知っているのとでは、別のことだ。」


「意味?」


「たとえば、もし、いま目の前に誰か人間が現れたら、我らはためらわずその人間に不幸をもたらす。そして、われらの仲間の一人としてとりこみ、同行の徒とするだろう。」


厳しい目で海岸線をみつめた。


「それが天下の大罪人であろうと、善人であろうと関係ない。女であろうと子供であろうと見逃しはしない。それが『七人ミサキ』だ。」


「そうね。」


「では、もし、罪のないだれかを死へと誘い、とりこんだ我らを見ても、あの優しく無垢な娘は、歓迎するだろうか? もしも、その犠牲になった人間が、自分の友人や恋人や家族だったとしたら。」


「それは・・・。」

たしかに、難しいかもしれない。

自分の大切な人を、死へと誘ったものを、妖怪へと変えてしまったものを、簡単に許し、歓迎できるものなどいるはずはない。


「それがわかっていても、われらはためらうことなく、ひとを死へと誘う。そういう妖怪だ。」


「じゃあ、あなたはマヨイさんに嫌われるのが嫌で、あえて距離をとろうとしているの?」


想定していなかった濡れ女の返しに、七人ミサキは動揺した。


「・・・・そういう意味ではない。」

目を逸らした。


「そうね。 そうじゃないわよね。だっておかしいもの。 もし、あなたのいうように、マヨイさんの大切な人を七人ミサキの一人にしてしまったとして、仮にそれをマヨイさんが許せなくて憎んだとしても、それをぶつけられるのは『アナタ』じゃないわ。」


濡れ女は、いつしか『あなたたち』ではなく『アナタ』と言い換えていた。

七人ミサキという妖怪ではなく、その先導を務めるひとりの個人として。


「もし、誰かを七人ミサキに加えれば、いまの『先導』であるアナタは、同時に成仏していなくなっているはず。もし、マヨイさんが七人ミサキを嫌っても憎んでも、そこにアナタはもういないはずだわ。」


そう。『七人ミサキ』はひとり加わればひとりが成仏して抜ける。

それ故、彼らはずっと七人なのだ。

そして、抜けるひとりはランダムではない。

必ず先頭の『先導』が抜け、その後、その後ろにいた二番手のものが次の『先導』になり、七人ミサキを導くことになる。新しくはいったものは最後尾だ。

つまり、もし、今後、七人ミサキが誰かを死なせ、真宵に憎まれたとしても、そこに、いまの『先導』はいない。すでに成仏しているはずなのだ。


「つまり、アナタはマヨイさんに嫌われるのが嫌なんじゃないわ。マヨイさんが悲しむのが嫌なのよ。近づきすぎて、親しくなりすぎて、裏切られたとき悲しい想いをするのが嫌なのよ。だから、距離を置いて期待されないように信頼されないようにしてるんだわ。違う?」


七人ミサキは、否、『先導』の男は、複雑な顔をする。

だが、真意は見せようとはしない。是とも否とも言わず、ただ、海岸を見つめた。


「濡れ女も、ずいぶんと優しいものの考え方をするのだな。」


感心しているのか皮肉を言っているのか、その両方なのか。

真意はやはり汲み取れない。


「まあ、わたしも人間に好かれるような妖怪ではないんだけどね。」


自嘲気味に笑った。

濡れ女は海岸に棲み、人を襲ったり、ときには海に出て船を沈めることもある妖怪だ。

その質は、蛇ではなく、海蛇という説も強い。


「わたしはあなたたちと違って、人間に害なすのに、理由や因果があるわけではないから、最近はなにもしていないんだけど・・。」


濡れ女は七人ミサキと違って、人間を襲う理由はない。襲わなければ存在できないわけでも、喰らわなければ生きていけないわけではない。

人間界と妖異界がもっと近かった時代なら、海を汚させないため、ナワバリを荒らさせないため、と理由もあったが、ここまで、ふたつの世界が離れた今となっては、それもないのだ。

ただ、それがいいことなのかは誰にもわからない。

『七人ミサキ』はその因果により、永遠に人間に害をなすことを宿命つけられている反面、いつか成仏できるという逃げ道も用意されているのだ。

『濡れ女』にはそれがない。

人間を襲い続けようと、それをやめてしまおうと、濡れ女は『濡れ女』であり続ける。


「そんなわたしでも歓迎しちゃうのよ。マヨイさんは。 あなたたちだって同じ。もう歓迎されちゃってるんだから、あきらめて、たまには顔を出してあげなさい。 マヨイさん、あなたたちが来ないのは、従業員が冷たい態度をとったから、来にくくなったんじゃないかって、気に病んでいたわよ。」


「馬鹿な。」


たしかに、茶屋の従業員である座敷わらしや烏天狗は、七人ミサキのことはあまりよく思っていない。

とくに、座敷わらしはそれを隠そうともしていない。

だが、そんなことは七人ミサキにとってはいまさらで、気にも留めていないというのに。


「だから言ったでしょう。あなたの言うとおり、あの娘は無垢で無知で、・・優しいのよ。悲しませたくないなら、観念することね。それに、梅雨の長雨のせいで、あの店、売り上げが下がっちゃってるんですって。売り上げに協力してあげなさいな。雨でも雪でもひたすら徘徊しつづける七人ミサキなら、天気が悪くても、足元が悪くても気にしないでしょう?」

濡れ女は悪戯っぽく笑う。


「さて。私はそろそろ行くわね。あんまり邪魔しても悪いし。」


濡れ女は蛇の下半身を器用に動かし、立ち上がった。


「ああ。饅頭を馳走になった。」


「ええ。ひさしぶりにいっぱいしゃべって楽しかったわ。 じゃあね。」


手を振って立ち去ろうとする。


「酒蒸し饅頭。」


「え?」

濡れ女は振り返る。


「酒蒸し饅頭だったな。もし、我らがあの茶屋の行ったとき、酒蒸し饅頭の日であったなら、おぬしに土産を買ってこよう。・・まあ、そんなうまくいくとは思わないがな。」


「ふふふ。素敵ね。ありがとう。期待して待っているわ。」


「ふ。まあ、我らはあの茶屋では七人として扱われるからな。おはぎがひとり六個だろうと、饅頭がひとり十個までだろうと、問題ない。食いきれぬくらい持って帰って来てやろう。」


七人ミサキの『先導』は笑った。


この約束が果たされるかどうかはわからない。

七人ミサキの先導は、もうすぐ成仏できるポジションである反面、いつ消えてしまうかわからない立場でもある。

明日にはこの妖異界から消えているかもしれないのだ。

知り合いに別離の挨拶もすることもなく。


だが、たとえ、先導が成仏したとしても、その約束は受け継がれるだろう。

次の先導に、さらに次の先導へと。


彼らは『七人ミサキ』。


巡る円環の一部であるのだから。









読んでいただいた方、ありがとうございます。

今回の妖怪は初登場ではありませんが、七人ミサキと濡れ女でございます。

ふたりともというか二組ともというか、両方ちょっとオトナな妖怪のイメージなので微妙に会話もオトナな感じになりました。

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