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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第三章 雨月
64/286

64 おとろしおぬし

《カフェまよい》 新メニュー


『抹茶セット』  銭 4枚

季節の和菓子と抹茶のセットです。

和菓子は月によってかわります。

六月の和菓子は『紫陽花』です。



妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

ランチタイムが終わる頃、厨房で仕事をしていた真宵が、客席にでてくる。

客席で、お客とふれあいたいという真宵と、料理の修業がしたいという右近の希望が合致し、この時間は真宵が接客することが多い。




「ありがとうございましたー。」


真宵が客を送り出した。

あいかわらず雨が多く、客数はほどほどといったところであるが、新メニューの『抹茶セット』もなかなか好評で、特に問題はない。


(さてと・・。)


真宵は客席を見渡した。

追加注文やお茶のおかわりをしたそうな客がいないか、チェックする。

店の常連にして、食い逃げの常連である『ぬらりひょん』が不穏な動きをしていないかも、要注意だ。

するといろんな個性的な妖怪がそれぞれお茶を楽しんでいるなか、なにやらものすごいものが目に入ってきた。


(な、なにあれ? 誰が置いたの? お客さんなの?)


客席の一角、四人がけのテーブル席になにやら巨大な物体がのっていた。

真宵がいままで見たもののなかで、似ているものを無理やりあげるとすると・・・。


(ししまい?)


そう。

あの怖いような面白いような犬みたいなカバみたいな、よくわからない大きな顔に真っ黒な毛がかつらをかぶせたみたいに付いている。

その髪の毛のせいで、体はどうなっているかわからない。

というか体が付いているのかもわからない。

大きな顔に比べて、かなり小さくて髪の毛に隠れてしまっているのか。そもそも、顔だけなのか。

とにかく、その大きな顔が、四人がけのテーブルの半分ちかくを占領していた。

頭しかなくてテーブルにのっているのか? 椅子に座って、あごをのせているのか?

よくわからないモノがよくわからない状態で存在している。

いいかげん、妖怪にも慣れたはずの真宵も、躊躇していた。


「座敷わらしちゃん。座敷わらしちゃん。」


真宵は困ったときには頼りになる、従業員兼同居人の座敷わらしに小声で尋ねた。


「あれって、妖怪さんよね? だれかの荷物とかじゃないわよね?」


真宵は目配せして、例のモノがのったテーブルを教える。


「なんじゃ。『おとろし』ではないか。ひさしぶりじゃのう。」


座敷わらしの言葉に真宵はホッとした。


「よかった。じゃあ、お客さんなのね? いつ、入ってきたのかしら? あんなに大きなお顔だと目立つはずなんだけど。」


接客が忙しかったにせよ、まったく気づかないとは思えない。そもそも、あの大きさは、入り口を通れるのかどうかもあやしい。


「おとろしは、いきなり、塀の上にのっていたり、屋根にのっていたりするからの。どうやって移動しておるのか、わしも知らん。」


「そうなの? でもまあ、お客さんとわかったなら、いいわ。注文とりにいってくる。あんまり、待たせちゃわるいわ。」


「あ、マヨイ。あやつは、しゃべらん。・・いや、しゃべらんわけではないが、意思の疎通ができん。注文はとらず、てきとうに『おはぎセット』でも、だしておけばよいぞ。」


「え?そんなわけにはいかないわよ。とりあえず、行って来るわ。ご挨拶もしておきたいし。」


真宵は、座敷わらしの忠告を聞かず、行ってしまった。

いままでも、しゃべらないお客さんは何組かいた。

『毛羽毛現』もモフモフとしかいわないし、『よぶこ』や『こだま』は、こっちの言ったことをオウム返しするだけだ。それでも、なんとか注文くらいはとれたのだから、あの『おとろし』もなんとかなると考えていた。




「いらっしゃいませ。《カフェまよい》にようこそ。」


「・・・・。」


(ほ、ほんとに、置物みたいね。微動だにしないわ。)


「こちら、メニューになります。」


真宵は、わざとメニューをおとろしの前に開けて置いた。

しゃべらない妖怪でも、指差したり合図を送ってくれることはある。


「・・・・・。」


しかし、おとろしは微動だにしない。


「お、『おはぎセット』なんかおすすめですよ。」


「・・・・・。」


「今日のおまんじゅうは麩饅頭ですよ。」


「・・・・。」


「な、なにか、お気にめすものありましたか?」


「・・・オ。」


「お?」


「オトロシ。」


??

(じ、自己紹介かしら? それとも、なにか注文の合図?)


「えーと。『おはぎセット』はいかがですか?」


「オトロシ。」


「『おまんじゅうセット』もおすすめですよ。」


「オトロシ。」


「・・・、申し遅れました。私、店主の真宵といいます。」


「オトロシ。」


(だ、ダメだわ。 座敷わらしちゃんの言ったとおり、ぜんぜん意思の疎通ができない。)


真宵はしかたなく、無理して笑顔をつくると、そそくさと退散した。


「少々お待ちくださいね。」




「どうじゃ?マヨイ。うまくいったか?」


座敷わらしは、舞い戻ってきた真宵に問いかけた。


「・・・座敷わらしちゃんの言うとおりだったわ。 ぜんぜん伝わらない。」


「じゃろうのう。」


「とりあえず、『おはぎセット』をお出しするつもりなんだけど、ほんとにいいのかしら?」


飲食店としては、注文を受けていない品を客に出すのは、いささか抵抗があった。


「いいじゃろう。ここに来たからには、なにか食いたいのじゃろうし、欲しくなければ、手をつけんじゃろ?」


「そうなのかな。仕方ないわよね。他に手はないし。」


真宵は、厨房に『おはぎセット』のオーダーを通した。





「おまたせしました。『おはぎセット』です。今日のおはぎはこしあんと胡麻です。」


真宵はとりあえずおはぎとお茶をテーブルに置いてみた。

食べないようなら、回収して他の手を考えよう。


「オトロシ。」


妖怪おとろしの反応は相変わらずだ。


(おとろしさんて何の妖怪なのかしら?)


失礼のないようにチラッと、おとろしの顔を確認する。

獅子舞のようであり、犬のようであり、カバみたいであり、沖縄のシーサーみたいにも見える。


すると、顔の下の髪の毛で隠れた部分から、ニョキッと二本の腕が飛び出した。

鱗のついた三本爪の腕。ちょっと龍っぽい。

その手で、テーブルをガシッと掴むと、おはぎを大きな口で喰らいついた。


(・・わざわざ、腕を出したのに、かぶりつくのね・・・。)


せっかく腕を出したのだから、手をつかえばいいと思うのだが、そうはしないらしい。

なにか、こだわりでもあるのだろうか?


(とりあえず、食べてくれたみたいで、オッケーってことなのかしら?)


あらためて、おとろしの顔を見る。

腕を見て思ったのだが、龍にもみえなくはない。鬼といえば鬼にも見えるし、動物っぽくもあるのだが、髪の毛と太い眉毛のせいで、ひとの顔っぽくも見える。

おとろしは、器用に口だけで湯飲みからお茶を飲みだした。

あまり、じっと見ているのも失礼なので、真宵は一礼して席を離れた。




「とりあえず、食べてはくれるみたい。」


真宵は、小声で座敷わらしに報告した。


「ねえ。座敷わらしちゃん。おとろしさんはなんの妖怪なの?」


「知らん。」


あっさり返されて拍子抜けした。


「座敷わらしちゃんでも知らないの?」


座敷わらしは、見た目は幼女だが、古い妖怪で知り合いも多い。

妖怪のことは、なんでも知っていると思っていた。


「あやつは、たまに、塀やら屋根の上にのっておる状態で、人間をおどろかせる。 おどろかせるといっても、あのみために人間が勝手におどろいておるだけで、自分からおどかしにかかるような妖怪ではない。なんで生まれたのか、なにをする妖怪なのか。わしは知らん。 たぶん、だれも知らぬぞ。」


「そうなの? 意外とミステリアスな妖怪なのね。」


真宵は、振り返って、おとろしの席を見た。


「あれ?」


先ほどまでいたおとろしの姿がない。

テーブルには空の皿と湯飲みだけが置かれていた。


「食べ終わったから、帰ったんじゃろう。心配するな。ほれ、あそこにちゃんと銭はおいて帰っておる。」


たしかに、テーブルには『おはぎセット』の代金が置かれていた。


「御代のことじゃないわよ。いえ、御代はもちろん大切なんだけど。どこいっちゃったの? ちょっとしか目を離していないのに。」


「そんなもんじゃ。あやつのことは深く考えてもムダじゃ。」




『おとろし』

おおきな顔を持つ妖怪。

詳細不明。  ・・・たぶん、ずっと不明。





読んでいただいた方ありがとうございます。

今回の妖怪は「おとろし」です。

絵だけでしかわからず、逸話も残っていないらしくどんな妖怪かはあまりわかっていません。

わからないので、わからないままおはなしにしました。


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