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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第三章 雨月
62/286

62 雨に咲く紫陽花


私は死んでもあのひとを愛していたけど、


  あのひとは死んだ私は愛せなかったの。


    ただそれだけのことに気づくのに、ずいぶん遠回りしたわ。




妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

看板メニューといえば、『おはぎセット』と『まんじゅうセット』。そして、数量限定で提供される『ランチ』である。

開店より、すでに三ヶ月を過ぎ、あらたな局面を迎えていた。




「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。」


店主、真宵は笑顔でお客をでむかえた。

長雨のせいもあり、以前より客足は鈍っているものの、やはり、足繁く通ってくれる常連も多い。


「まよいちゃん。こんにちは。」


「あ、骨女さん、こんにちは。」


骨女ほねおんな

花街の三美女妖怪のひとり。


艶やかな若草色のひとえで、優雅に結われた髪に赤い珊瑚のかんざしを挿している。

いつもながら、衣装も立ち振る舞いも完璧だ。

よく女郎蜘蛛と毛倡妓の三人で女子会的なことをやっているが、今日はひとりでの来店だ。


「ほんとに、よく降るわねー。嫌になっちゃう。」


「雨の中、来てくださってありがとうございます。足元はだいじょうぶでしたか?」


「ええ。『輪入道』に送ってもらったから。それにしても、まよいちゃんも、こんなに雨ばかりじゃ、大変でしょう? 」


たしかに、電車もバスもない妖異界において、天気はダイレクトに客足に影響する。

『遠野』の山間部にある《カフェまよい》に雨の中わざわざ足を運ぶのは大変だ。

タクシーのような役割をしている『輪入道』や『片輪車』に乗せてもらって来店してくれる客もいるが、やはり普段よりは、客席は閑散としている。


「ええ。まあ、客商売ですから、いいときもわるいときもありますよ。それに、余裕のあるうちに、いろいろやりたいこともありますしね。」


「ふふ。前向きね。まよいちゃんらしいわ。」


骨女は手近な席に着くと、真宵からメニューを受け取った。

常連のひとりである骨女にしてみれば、わざわざメニューはみなくてもだいたいわかっているつもりだったのだが、そこに見慣れないメニューが追加されているのに気がついた。


「『抹茶セット』?」


「ふふふ。お気づきになりましたね。骨女さん。それこそ、《カフェまよい》の新メニューです。」

真宵は不敵に微笑んだ。


「へぇー。ここでお抹茶が飲めるの?」


「ええ。前から考えてはいたんですけど、毎回、お抹茶を点てるのは手間がかかりすぎると諦めてたんです。でも、この度、従業員一同特訓の末、満を持して提供できることになりました。」


そう。このメニューは真宵だけでは実現困難なのだ。

注文がはいる度に、真宵がお茶を点てていては、客席担当が手薄になる。

なので、閉店後や暇な時間をみつけては、右近や小豆あらい、座敷わらしまで、茶筅で抹茶を点てる練習に励み、いまでは、皆、客に出せる程度の腕前にはなっている。


「お菓子もお抹茶にあわせた、お茶菓子をご用意しています。」


「へぇ。それは楽しみね。 じゃあ、その『抹茶セット』をひとつお願いできるかしら。」


「はい。ありがとうございます。少々おまちください。」

真宵は自信満々に微笑んだ。




「どうぞ。今日のお茶菓子は、練りきり『紫陽花』です。」


「まあ、きれい!」


骨女はおもわず声を上げた。

饅頭ほどの大きさの練りきり餡は、ピンクに近い薄い赤紫と、同じく水色に近い青紫のグラデーションで、見事に紫陽花の花を表現している。


「二色の練りきり餡をきんとんぶるいで漉して、餡子玉に飾り付けました。紫陽花に見えるとうれしいんですけど。」


練りきりをつかった和菓子は、お茶菓子の中でも花形だ。

和菓子屋なら、季節や行事に応じて何百種類のレシピを使い分け、また、あたらしいものを開発し続けている。老舗の和菓子屋には江戸時代のレシピが連綿と受け継がれているところまであるらしい。

もちろん、真宵にはそこまでの知識や情報があるわけでなく、本に書いてあるやり方を見よう見まねで、祖母の餡子のレシピと無理矢理融合させてつくったのが、今回の『紫陽花』である。


「ええ。素敵! とってもきれいよ、まよいちゃん。」


「そうですか? よかったです。それじゃあ、先にお菓子をお召し上がりください。すぐ、お抹茶をおもちしますので。」


真宵は、うれしそうに礼をすると、席を後にした。

もともと、祖母のレシピをもとにしていたので、おはぎや饅頭など家庭的なお菓子が多かった《カフェまよい》であるが、ここにきて、味だけでなく、視覚でも楽しめるようなお菓子の提供にのりだしていた。

もともと和菓子は、茶道の茶菓子として発展した経緯があり、目で楽しむものも多い。

ただ、そういったものは、そのぶん手間がかかるので、あえて避けてきたのだが、なにごとも挑戦と、新メニューとして掲載されたのだ。




「右近さん。お抹茶はどうですか?」

真宵は厨房を覗き込む。


「ああ、マヨイどの。なかなかいい出来だとおもう。」


右近は、茶筅をおくと、抹茶碗を差し出した。


「ええ。泡もきめ細かくて、きれいに点てられていると思います。特訓の甲斐がありましたね。」


真宵は抹茶の出来に満足した。


「オレのほうが、右近より、うまくできるゾ!」


厨房の奥から、小豆あらいが言った。

洗い物好きで、調理にはあまり興味を示さない小豆あらいであるが、お茶を煎れるのは嫌いではないようで、抹茶の点て方を特訓したときも、率先して練習していた。

さらに、最近、右近にライバル心を燃やしているようで、なにかと張り合っている。


「ふふ。こんど注文がはいったら、小豆あらいちゃんにお願いするわ。そのときはお願いね。」


「マカセロ! オレは抹茶を点てるのもウマイんだゾ!」


小豆あらいは胸を張った。

張り合うつもりのない右近は、複雑な顔である。




「おまたせしました。お抹茶です。」


真宵が茶碗をテーブルにそっと置く。

すると、なにやら、骨女の様子がおかしいことに気づいた。


(え? 骨女さん、もしかして泣いてる?)


うつむいているので、顔はよく見えないが、肩をわずかに震わせ、声をおしころしているようだ。


「ほ、骨女さん、どうかしました? お菓子がなにかへんな味がしましたか?」


よもや、菓子が原因だとは思わなかったが、先ほどまで元気だったのに、ほんの少し場を離れている間になにがおころうはずもない。


「・・・ううん。ごめんなさい。たいしたことじゃないのよ。ちょっと昔のことを想いだしてね。」


「昔の事・・、ですか?」


「ええ。・・・・・まよいちゃん、私がどうして、妖怪になったか知っている?」


「え? 骨女さんがですか?」


そう問われて、真宵は考えた。

妖異界で過ごしているうちに、多少は妖怪のことにも詳しくなった。

妖怪は、妖怪として生まれてくるものもいれば、人間の想いや想像から生まれるものもいる。動物が妖怪になることもあれば、古い道具が変化することもある。そして、人間が妖怪に変わることも。

骨女の言い方からすると、彼女もまた人間から妖怪へと転じたタイプなのだろう。


「知らないです。」


真宵は正直に答えた。


「ふふ。私はね、前は人間だったの。どこにでもいるような町娘でね。まあ、ちょっと近所で評判の器量よしだったけど。平凡な家に生まれて平凡な人生を送っていたわ。結婚の日取りも決まっていてね。相手は、貴族でもお金持ちでもなかったけど、働き者のやさしいひと。とても愛していたし、愛されていると思っていた。平凡でも幸せな家庭が築けると思っていたわ。」


「・・・築けなかったんですか?」


「・・・・ええ。式をあげる一週間くらい前に流行り病に罹ってね。感染る病だったから、会うこともできなくてね。そのまま死んじゃったわ。」


「そんな・・・。」


「死んでしまったんだから、そこで、あきらめておけばよかったんだけどね。私はあのひとに逢いたくて逢いたくて。どうしても、あきらめきれずに逢いに行ってしまったの。」


「逢いにいったって、亡くなっていたんでしょう?」


「・・・ええ。逢えるならなんでもよかったのよ。死体になっても、骨になっても、妖怪であっても。・・・逢ってどうしたかったのかしらね? いまさら添い遂げられるわけでもなかったでしょうし・・。」


「それで、逢えたんですか?」


「・・・最初に逢いに行った晩はね。今日みたいな雨の日で、彼の家の庭には紫陽花の花が咲いていたわ。」


真宵の胸がトクンと脈打った。

紫陽花の和菓子が、骨女の記憶の琴線に触れたのだろうか?


「家の戸を何度も何度も叩いたわ。開けてほしい。逢いたい。私よ。ここを開けてってね。・・・でも戸は開かなかった。最初はね、雨音が強くて、私の声が届いてないんだった思ったわ。私だってわかったらきっと開けてくれるって。」


「・・・・。」


「だから、毎晩あのひとのところへ通ったの。次の日も次の日も、雨がやんでも、紫陽花の色が変わっても。」


「それでも、逢えなかったんですか?」


「ええ。気がついたときには、その家はね、空き家になっていたの。」


「え?」


「死んだはずの女が訪ねてくる恐怖に耐えられなくなって逃げ出したのか。私みたいに流行り病で逝っちゃったのか。・・・もしかしたら、私が知らない間にとり殺してしまったのかもしれないわね。」


「そんな・・。」


「ほんとうのところは、私にもわからないのよ。知る術も調べる術もなかったから。 ただ、あきらめきれなくてね。ひとめ逢うだけでいい。ひとめ逢うことが叶えば、あのひとは私を想いだしてくれる・・てね。半狂乱になって町を探しまわったわ。」


骨女は自嘲するように笑った。


「馬鹿よね。逢ったところでどうなるものでもないのに。 ・・・あのひとはね。私とわかっていて戸を開けなかったの。私の声が届かなかったわけじゃない。私が誰かわからなかったわけじゃない。わかったうえで、拒絶したの。逢いたくなかったの。私は死んでもあのひとを愛していたけど、あのひとは死んだ私は愛せなかったの。ただそれだけのことに気づくのに、ずいぶん遠回りしたわ。」


「そんなこと・・。」

わからないじゃないですか!

そう言いたかったが、口に出せなかった。

それは、きれいごとだ。

とても、無責任なきれいごとだ。

長い時間をかけて、なんとか自分の気持ちと過去にふんぎりをつけた骨女に、そんな無責任なことを言う資格は誰にもない。


「そんなことをしてるうちに、いつしか花街に流れついたというわけよ。花街は苦界といわれているけど、どんな女も受け入れる場所ではあるからね。・・・・これが、妖怪骨女の誕生秘話ってわけね。たいした話じゃないけど、紫陽花のお菓子を見てたら思い出しちゃったわ。」


「骨女さん・・。」


「ほんとに、そんなことで妖怪にまでなっちゃうなんて、バカな女でしょう?」


「・・でも、妖怪になったおかげで、私はこうやって骨女さんに逢えたわけでしょう? だったら、私は妖怪でも、骨女さんに逢えてよかったです。」


骨女が妖怪になったことが、はたしてよいことだったかどうかはわからない。

でも、真宵が骨女に逢えた事は無意味ではないと思いたい。

これは、きれいごとなのかもしれない。

でも、無責任でも嘘でもない。

真宵の本心だった。


「ふふ。ありがとう。まよいちゃん。・・あら、せっかくのお抹茶が冷めちゃったわね。」


骨女は抹茶碗を持ち上げると、赤い唇をそっと触れさせた。


「けっこうな、御点前よ。おいしかったわ。」


そういって、微笑む骨女に真宵は複雑な心境を覚えていた。


(い、言わないほうがいいのかしら? でも、そんなわけにも・・・。)


「ほ、骨女さん。このタイミングで、すごく言いにくいことなんですけど・・・。」


「あら?どうしたの?」


「・・・骨女さん、涙で化粧がおちてます。」


真宵は、できるだけ小声で、伝えた。


「え?嘘! 」


骨女は急いで、懐から小さな鏡を取り出す。

そこには、目のまわりの白粉がながれて、なかの「骨」が透けて見えていた。

『骨女』

その名のとおり、本当は骨だけの妖怪である。

その美しい顔も、白魚のような指も、全部、白粉を塗ってつくったものであった。


「ちょっと、まよいちゃん! このこと、他のだれかにしゃべったら・・・。」


「わかってます。今見たことは忘れます!私はなにも見ていません!」


真宵は固く約束させられた。




 






読んでいただいた方、ありがとうございます。

今回は、新メニュー登場と骨女でございます。

前書きは書くことがなかったのでポエミーなかんじにしてみました。

梅雨時期のはなしなんでしっとりと。

まあ、世間はGWなんですが・・・。


できるだけ毎日更新してきましたが、さすがにGWくらいはゆっくりしようとおもいます。

なので、GW中は不定期更新になります。ご了承ください。

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