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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第三章 雨月
61/286

61 試練4

お品書き


本日の「おはぎ」

つぶあん きな粉

本日の「まんじゅう」

若鮎 (新作)

本日のお茶

煎茶


飲食業にはトラブルが付き物だ。

なにしろ、毎日、何十人ものお客を相手にするのだ。

お客にもそれぞれ個性があり、何度も通ってくれる常連をいれば、初めて来店するものもいる。

同じメニューを食べ続ける客もいれば、毎回違うものを注文するものもいる。

気軽に話しかけてくる客もいれば、注文するとき以外、一言も発せず黙々と食べる客もいる。

無論、満足して帰ることもあれば、不満を残して後にすることもあるだろう。

そんな、多種多様の客の対応をするのだから、そう一筋縄ではいかないのが、接客だ。

それは、妖異界でもおなじこと。

これは、妖怪の棲む世界で甘味茶屋を営む一人の女性の、《試練》のおはなしである。




「いらっしゃいませー。」


真宵が新しく来店した客を迎えようとした。

しかし、その姿を見て、顔がこわばる。


(き、きた。・・よりにもよって、今日、来るなんて・・・。いいえ、望むところよ!)


真宵は気を引き締めて、あらためて客と向かい合う。

もちろん、顔の表情にだしてはいけない。

あくまで自然に、ごく普通に、笑顔で接客。

それを心に留めて、真宵は客の前へと足を進めた。


客は白髪混じりの髪と口髭を生やした初老の男性だった。

作務衣姿と雪駄を履いており、なんとなく、陶芸家とか工芸職人をおもわせるいでたちだ。

中途半端に伸びた髪と髭のせいで目立たないが、鋭い眼光と整った顔立ちで、たぶん若い頃はさぞかしイケメンであったと思われる。


「こんにちは。よりにもよって、今日来てしまったことをお詫びします。」


いきなり、客のひとことで出鼻を挫かれた。


(ぐ。見抜かれてる。)


「こ、こんにちは。来ていただいて、うれしいです。ほんとに・・。」

真宵は、最後の言葉が小さくなるのを、奮い立たせながら、笑顔をつくる。


「どうぞ、お好きな席へ。すぐ、メニューをお持ちします。」


しかし、客は首をふる。


「いいえ。メニューは結構ですよ。だいたいわかりますから。」


初老の男性は、手近な席に腰を降ろすと、真宵の顔をジッと見る。

射抜かれそうな眼光は、全部を見透すようだった。


「・・・ふむ。今日の『おはぎセット』はつぶあんときな粉ですか。 つぶあんは、今朝仕込んだばかり。なかなかいい出来なようですね。」


「え、ええ。」

(み、見抜かれてる。)


「羊羹とところてんはいつもどおり・・・・と。・・やはり、注目すべきは『まんじゅうセット』、ですかね?」


(見抜かれてる。全部・・。)

真宵は平静を装いながら、口を開く。


「はい。今日のおまんじゅうは、新作なんですよ。『わ・・』。」


「『若鮎』ですか。」


「・・・・・はい。」

新作の菓子の名前を、あっさり掻っ攫われた。


「『若鮎』。白玉粉に砂糖、水あめ、水を加えて練ってつくった求肥ぎゅうひを小麦粉、鶏卵、砂糖を混ぜ、薄く焼いた生地で包んだもの。 できあがったかたちが、まるで泳ぐ若鮎のようであることから、その名前で呼ばれる菓子・・・・ですか?」


「・・・・そのとおりです。」

言うべきことも、言いたいことも、全部言われてしまった。


「・・・おもしろいですね。 では、その、『若鮎』をいただきましょう。あ、もちろんセットにしてお茶をつけてください。 このお菓子には、煎茶があうのでしょう?」


「はい。かしこまりました。 少々、おまちください。」


真宵は、接客の定型文以外のことはなにも言えずに、席をあとにした。





「右近さん、『おまんじゅうセット』ひとつおねがい。 あ、お茶は私が煎れるわ。」


この時間、右近と真宵は交代で、客席と厨房を担当している。

茶を煎れるのは、厨房担当者の仕事なので、本来なら、右近の仕事なのだが、今回だけは真宵自身が煎れないと気がすまなかった。

特訓したせいもあって、右近の煎れたお茶が真宵のものと比べて劣るというわけではない。

しかし、真宵はどうしても、自分の煎れたお茶で勝負したかった。

そう。これは、真宵にとっては勝負なのだ。

お茶といえど、ほかのひとに任せるわけにはいかない。


「どうしたんだ? なにか、あったのか?」


真宵の異様なまでの気合の入り方に、右近はたじろぐ。


「ううん。ただ、ちょっと特別なお客さんなだけ。・・・あ、座敷わらしちゃん、私、少しの間、あのお客さんに集中したいから、ほかのお客さんのフォローお願いできる? あまり忙しくなったら、呼んでくれてもかまわないから。」


「わかった。」

座敷わらしは、こともなげに了承した。


「負けないわ。負けるものですか!」


真宵は気合を入れなおした。






「おまたせしました。『おまんじゅうセット』になります。」


「今日の饅頭は『若鮎』、それにお茶は煎茶・・・ですね?」


「・・はい。」


先に言われた真宵は、おとなしくテーブルに注文の品を並べる。

『若鮎』はキツネ色に焼けたカステラ状の生地が、細長い半月のような形になっている。

それだけなら、バナナにも、鰹節にも、二つ折りにした落ち葉にも見える餃子のようなものだが、熱した金串で、目とえらと胸ビレを焼印のように描いている。それだけで泳いでいる鮎に見えるので不思議だ。


「ほう。おもしろいですね。 形とコゲで菓子を魚に見立てているわけですね。これは、たしかにいままでの《カフェまよい》の商品にはなかったものですね。」


「はい。」


《カフェまよい》の菓子は素朴なものが多い。饅頭にしてもおはぎにしても、自然な色合いや風合いが美しいものはあるが、あえてなにかに見せたり、飾り立てたようなものはほとんどない。


「お客の反応は上々。皆、この珍しい菓子を楽しんでいるようですね。川を泳ぐ若鮎のようなお菓子、この季節にはぴったりです。」


「はい。」


「・・が、味の反応はそこまでではない、・・・・ですか?」


「・・・はい。」

(全部、見抜かれている。)


たしかに、見ための反応に比べて、味の反応が薄い。

悪いというわけではない。みんな普通においしいおいしいといって食べてくれる。

おいしくない、とか、食べられない、とかのクレームはひとつもない。

だが・・・。


「桜餅や柏餅のときのような、反応ではない。」


その初老の男性客にズバリ言われてしまう。


「・・・はい。」


「では、いただくとしますか。」


初老の男性客は、二匹ならんだ若鮎の一匹を手でつまむと、頭からパクリと丸かじりにした。

『若鮎』は外側からはわかりにくいが、中身が求肥なので、楊枝などで切ろうとしてもなかなか切れない。

無作法に見えても、手でつまんで丸かじりというのは、正解なのだ。

このお客にしてみれば、そんなこともお見通しなのだろう。


「外側の皮は、小麦粉と鶏卵、それに砂糖に隠し味で蜂蜜もつかってますね。なかの求肥はもっちりと粘りがあって餅のようですが、冷めてもかたくならない。なかなかいい出来だとおもいます。」


「ありがとうございます。」


「やはり、バランスですかね?」


「・・・・はい。」

(やっぱり、見抜かれてる。)


「中の求肥はあなたのおばあさまのレシピでしたか。外の皮はあなたのアレンジで・・。どちらも美味しいんですが、相性バッチリ・・、というわけにはいかなかったようですね。」


そう。

この『若鮎』という菓子は祖母のレシピノートにはない菓子だ。

『若鮎』は全国的にも有名な菓子のひとつではあるのだが、おはぎやお団子と違い、どちらかというと店で買ってくることが多いお菓子だ。

中の求肥はいろんなお菓子につかわれるので、祖母のレシピノートにのっている他の菓子から流用できたのだが、外側の皮といっしょに食べると、いまいちバランスがうまくいかなかった。


「もともとこの『若鮎』という菓子は、地域によって、求肥のほかに餡子を一緒に入れたり、味噌餡だったりと多彩ですからねぇ。なかなか、これが一番。というのは難しいのでしょう。」


そのとおりだった。

真宵も真宵なりに、生地の甘さを抑えてみたり、中に餡子を入れてみたり、求肥をもっと甘くしてみたりと、いろいろ試してはみたのだ。みたのだが、やればやるほど、なにが正解かわからなくなっていた。

とりあえず、はちみつを加えてみたら風味がよくなったので採用した。餡子をつかわなかったのは、単におはぎをはじめとして、餡子をつかった菓子は他にもたくさんあったから、かぶらないようにしたという消極的な理由だ。


「やはり、おばあさまのレシピを超えるのは、なかなか大変なようですね。」


「・・・・はい。」


ぐうの音も出なかった。

いままで、ランチはともかく、おはぎや饅頭の甘味はすべて祖母のレシピどおりつくっていた。

作り方はもちろん、材料の産地や銘柄も、わかるものはすべて祖母と同じものをつかうように心掛けていた。

それだけ真宵は、祖母の作る料理や菓子が大好きだったし、それが間違っているとはおもっていない。

だが、あまりに祖母のレシピに甘えすぎて、いざ自分がレシピにない菓子をつくろうとしたら、このざまである。


「いいんじゃないでしょうか。」


「え?」


おもわぬ評価に、面をくらった。


「たしかに、この菓子はまだ完成品とも、満点の出来だとも言えませんが、おばあさまのレシピどおりに作っただけのものより、気概を感じます。」


「そ、そうでしょうか?」


「おばあさまのレシピに頼りきりで、試行錯誤を繰り返すことを放棄してしまったら、そこで停滞するばかりです。若い芽は古い葉を押しのけ芽吹くものです。雛は何時の日か巣立ちをむかえるものです。いつか、おばあさまの味を超える菓子を作りだせる日を期待していますよ。」


初老の客人はそう言って、菓子と茶を食べ終わると店を後にした。





「はぁー。」


真宵はおおきなため息をついた。

まだまだだ。

勝負で言えば、完敗といったところだろう。


その姿を見ていた座敷わらしが言った。


「マヨイ。前にも言ったが、あの客はサトリじゃぞ?」


「うん。わかってるわ。」

真宵はこともなげに言った。


『サトリ』

サトリとも書く。

山に棲み、ひとのこころを見透かす妖怪。


「サトリはべつに食道楽グルメでも料理の知識があるわけでもない。相手の心を読み、知ったかぶりしておるだけじゃ。」


「うん。わかってる。」

真宵は笑顔だ。


「なら、なにゆえサトリの言うことなど、いちいち気にする? あれは、マヨイ自身の考えを先読みして口にしているだけじゃぞ?」


「うん。だからかな。」


「なんじゃと?」

座敷わらしには意味がわからない。


「だって、だとしたら、サトリさんが料理に満足してないってことは、私自身が満足してない、満足できていない品をお客さんに提供しているって事でしょう?」


「・・まあ、そうなるじゃろうな。」


「だったら、もっと精進しなきゃ! いつか、自分でも百点満点で自信を持って提供できる料理を作れるようにならなきゃ! そうしたら、サトリさんも百点つけてくれるわけでしょう?」


「なるほど。つまりサトリは、自分自身を写す鏡のようなものか・・。」

座敷わらしは納得した。

そして、少し愉快に思った。

サトリをそんなふうに考えた人間をはじめて見たからだ。


「今度来たときは、さすが!って言わせてやるんだから!!」

そう言って、真宵はこぶしを握り締めた。



ただひとつ、真宵にわからないことがあった。

サトリは最後に、いつか祖母の味を超えるのを期待している、と言っていた。

それは、やはり、真宵自身がそう思っていたのだろうか?

それとも、あの一言だけは、サトリ自身の言葉だったのだろうか?

たぶん、考えても答えはでないだろう。






読んでいただいたかたありがとうございます。

さっそくGWボケしているのか、前日に間違って63話を投稿してしまいました。

基本1話完結なのであまりかわらないのですが、今日のが61話、明日投稿予定なのが62話です。

今回の妖怪はサトリです。

メジャーな妖怪さんです。

お菓子として登場の「若鮎」はメジャー・・・なんでしょうか?

自分の住んでいる地域では中身は求肥だけが一般的なので、あっさりめのちょっとパンチの弱いお菓子ってイメージです。ぶっちゃけると、あんまり好きな和菓子ではなかったりします。餡子好きなので。



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