60 はじまりはたいてい雨
カフェまよい メニュー
『おはぎセット』 銭 5枚
つぶあん、こしあん、胡麻、きな粉、青海苔のなかから日替わりで二種類のおはぎ。
お茶とお茶請けのお漬物等がつきます。
『おはぎ』 銭 4枚
二個セット
『まんじゅうセット』 銭 3枚
日替わりのおまんじゅうにお茶とお茶請けのお漬物等がつききます。
『饅頭』
単品 銭 2枚
『羊羹セット』 銭 3枚
羊羹にお茶とお茶請けのお漬物等がつきます。
『羊羹』
二切れ(一人前) 銭 2枚
一本 銭 10枚
『ところてんセット』 銭 3枚
黒蜜きな粉と酢醤油芥子付が選べます。お茶、お茶請け付。
『ところてん』 銭 2枚
黒蜜きな粉と酢醤油芥子付が選べます。持ち帰り不可。
お茶は、煎茶、番茶、玄米茶など、季節等によりかわります。
お茶は、お客様、ひとりひとり別の急須でお煎れしています。
お茶のおかわりは自由です。 お気軽に申しつけください。
ただし、茶葉を新しくする場合は、銭 1枚 追加料金が発生します。
『ランチ』
昼食。 限定三十食。 銭 7枚
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
先月から実施されたオープンテラスは一昨日をもって、終了となった。
「よく降るわねぇ。」
店主の真宵は、店の外を覗きながらつぶやいた。
六月。旧名で水無月。梅雨である。
雨が降っているのに、水が無い月とはこれいかに?
「水が無い月ではなく、水の月で水無月じゃ。昔は『無』は、『~の』という意味でつかわれていたからのう。」
座敷わらしが、隣に立って言った。
口に出したわけでもないのに、心を覗かれたようだ。
座敷わらしには、『サトリ』みたいに人の心を読む能力はないはずなのだが。
「オープンテラス、あっという間に終わっちゃったわね。」
もともと、梅雨が来れば外で営業は無理。梅雨が明ければ暑くなって外でくつろぐのは無理。ってことで、いましかない、と実施したのだ。
終わったのは予定どおりなのだが、終わってみると、あっという間すぎて、なにやら気が抜けたかんじである。
「・・・・すみません。わたしのせいで。」
テーブル席にひとりで座っていた女性がポツリとつぶやいた。
「え? 違いますよ。ぜんぜん雨女さんのせいじゃないですよ。」
『雨女』
雨雲を連れてくる女性妖怪。
彼女の現れるところは、必ず雨に見舞われる。
男女の秘め事から生まれた妖怪とも言われている。
「梅雨が来たのは雨女のせいではないが、今日の雨は、雨女が連れてきたものじゃろう?」
座敷わらしが言った。
こういうところは、正直すぎるというか、デリカシーが無い。
「もう。座敷わらしちゃんたら! 気にしなくていいですからね。梅雨なんだから、雨くらい降って当たり前なんです。」
そう。
時期は梅雨。
雨女のせいだけではなく、雨続きの毎日で、少々、客足が鈍っている今日この頃である。
「・・・・おいしい。 こんなにおいしいなら・・・・毎日でも、食べに来たいわ。・・・でも、私が毎日来たりしたら、・・・・・迷惑・・・ですよね。」
雨女はコックリと顔を下げる。
長いストレートの黒髪が顔にかかった。
美女といって差し支えのない美しい女性なのだが、表情のせいか、少しハの字にさがった細い眉のせいか、なんとなく不幸な匂いのする女性だ。
「な、なに言っているんですか? 迷惑なわけないじゃないですか。 いつでも来てくださいね。」
「毎日、雨が降ると、ますます客足が鈍るぞ。」
座敷わらしがポツリと呟く。
たまに辛辣だ。
「・・・・そうですよね。・・・私なんかが、毎日かよったら・・・・、他のお客さん・・・・来にくくなっちゃいますもんね・・。」
「そ、そんなことないです! べ、べつに、いまのお客さんの入りでも、ぜんぜんやっていけないわけじゃないし。さ、最近、ちょっと忙しすぎたくらいだし、ちょっと暇になるくらいが、ちょうどいいってゆうか。こうやって、ゆっくり、お客さんとおはなしできるなんて、すてきなことだもの! おほほ。」
「マヨイ。顔がひきつっておるぞ。」
「・・・・。」
「・・・、でも、この、『ところてん』・・・・とっても、おいしい。」
雨女はところてんを一切れ、チュルリと吸い込む。
「ありがとうございます。ところてんって、意外と黒蜜もあうんですよね。酢醤油に芥子が一般的ですけど。」
「ええ・・・・。なんていうか・・、この・・チュルンと・・した・・感じが、・・・とても・・おいしい。」
「そうですよねー。和菓子屋さんだと『葛きり』のほうがメジャーですけど、ところてんにはところてんのおいしさがあるんですよねー。」
葛きりにつかう本葛は、和菓子の材料だけでなく、根っこは葛根として薬用としても有名だが、海外では悪魔の蔦など呼ばれたりするほど、繁殖力が強く、駆除が面倒なやっかいものとして知られている。
木に絡みついて、枯らしてしまうほど締め上げたり、刈り取ったり薬で枯らしても、根っこが残っていれば再生したりするので、けっこうすごい植物である。
これを和菓子の材料にしようとなると、葛根を地中から取り出した後、砕いたりすりおろしたりして、粉状にする。
それに水を加えざるで濾し、沈殿した葛粉を、何度も何度も何度も何度も、不純物がなくなって真っ白な粉になるまで、繰り返すのだ。
とうぜんそれだけ手間のかかっているものなので、お値段が高い。
ところてんも、よいものはそれなりの値段はするのだが、本葛粉に比べるとお求め安い。
ところてんは、安くておいしい庶民の味方なのだ。
「『ところてん』はみためものどごしも、涼しげですからねー。これから蒸し暑くなるから、お勧めです。人気出るかもしれないわね。夏場の暑い時期には、重めのおはぎとか餡子より、さっぱりしたものが食べたくなるし。」
「それは、看板メニューの『おはぎセット』や『まんじゅうセット』の需要が下がるってことではないのか? ずいぶんと悠長じゃのう。」
座敷わらしはうそぶく。
普段は経営やお金のことには、まったく口をださないくせに、今日はなにやら辛辣だ。
「えと。そ、それは、そうかもしれないけど・・・。」
「・・だいじょうぶですわ。」
雨女が、顔をあげると、真宵にむかって微笑みかける。
儚げというか、弱々しいというか、なんとも頼りなげな笑顔である。
せっかくの美人なのに、なにか損している感じだ。
「こんなに・・、おいしいんですもの・・・。『おはぎセット』の売り上げが落ちても、そのぶん他のものが売れてくれれば・・・、問題・・ありませんわ。」
問題ない、といわれても、不安を誘うような弱々しさであるが、たしかにそのとおりである。
真宵は、なにかをひらめいた。
「・・そう。そうよね。 雨で売り上げが落ちるなら、他で伸ばせばいいのよ。雨で客足が遠のいてるんなら、来たくなるようなことをすればいいのよ。」
「・・・あの、それは・・・どうゆう・・・。」
どうやら、雨女本人はわかっていないらしい。
「ありがとう、雨女さん! なんかわかった気がするわ! お客さんが減ってたら、ぼーっとしてちゃだめよね。 どんどん次の作戦をかんがえないと!」
「・・よくわかりませんが・・、お役にたてたなら・・・、うれしいです・・。」」
「そんなにうまくいくかのう。」
「いかせるのよ!座敷わらしちゃん! なにごともやってみないとわかんないわ!」
真宵はがぜんやる気になっていた。
「オープンテラスができなくなったなら、ほかの事をすればいいのよ。 重い甘味が人気が落ちたら、軽い甘味を考えればいいのよ。」
「たとえばどうするんじゃ?」
「うーん、たとえば、羊羹を涼しい水羊羹に変えるとか、おまんじゅうも前につくった水饅頭なんか涼しげよね。ランチも、食欲がわくような、ちょっとスパイシーな味のもいいかもしれない。そうよ、いっそメニューを増やしちゃおうかしら? せっかく右近さんが来てくれて、人手が増えたんだもの。お客が少なめで、時間に余裕のある今がチャンスよね。そうよ!危機は好機! 前向きに考えなきゃね!」
真宵は両手をぐっと握り締めた。
「あの・・・、なにか、やる気になっていますが・・・・、いいんですか?」
雨女がボソッと座敷わらしに尋ねる。
「ふ。いいんではないか? なにをやるかは知らぬが、雨空を見て、ため息をついているよりは、マヨイらしい。」
座敷わらしは笑った。
「《カフェまよい》も開店して三ヶ月! 正念場よ! 見てらっしゃい! 雨だろうが雪だろうが、食べたくなるようなおいしいものをつくってみせるんだから!!」
六月の雨空。
《カフェまよい》の店主真宵は、新たに決意を固めた。
読んでいただいた方ありがとうございます。
新章 雨月 となります。
気分的には 梅雨時期のおはなしだとおもっていただければ助かります。
季節はずれですみません。
えーと、特に気にすることでもございませんが、
桜は 真宵メインで
若葉は 新従業員ということで右近メインのはなしが多めでした。
雨月は 曇り空、雨空ってことでトラブル多めのおはなしになる予定です。
よろしければ今後もおつきあいくだされば幸いです