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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第二章 若葉
58/286

58 幕間劇 大福帳

49 ボクのおつかい

の後日談です。




その森は『遠野』の一角にあった。

虫の声も鳥の声もせず、ただ、木々の葉擦れの音だけが優しく耳に届く。

虫がいないわけでなく、鳥がいないわけでなく、動物がいないわけでもない。

ただ、その森の主に気を使い、虫も鳥も動物も、そして妖怪も、ここでは静かに時を過ごす。

森の中に小さな広場があり、その真ん中にひとりの老人が座っていた。

老人は頭も体も腕も足も指もすべてが細長く木の棒のようだった。

そのせいで、老人が広場に座っている姿は、まるで、柱が一本建っているように見えた。




「オシラサマ。ご要望のものを持ってきましたよ。」


少年の姿をした妖怪、山童やまわろはこの森の主でもあるオシラサマに、竹筒を三本手渡した。


「山の湧き水です。」


「ヨホホ。ご苦労じゃったのう。 ホレ。約束の駄賃じゃ。」


オシラサマは枯れ枝のような指で、山童に銭をわたす。


「はい。確かにいただきました。毎度ありがとうございます。」


山童は銭を懐にしまう。


「ヨホホ。本当は、《カフェまよい》の茶が飲みたいんじゃがのう。」


竹筒の水で喉を潤しながら、オシラサマは言った。

オシラサマは桑の木の妖怪だけあって、水分を多量に欲する。

普段は、雨水やら川の水で満足しているが、時折、わざわざ山童に頼んで、山頂近くの湧き水を汲んできてもらったり、人間が営んでいる甘味茶屋にお茶を買いに行ってもらったりしている。


「いいですよ。まよいさんとこは少し遠いので、駄賃は多めにいただきますけど。」


山童は、もともと握り飯や菓子を渡すと、木こりや山菜取りの手伝いをしてくれる妖怪だ。

人間界とは交流がなくなった今では、妖怪たちの手伝いをしては、駄賃をもらっている。


「ヨホホ。そんなこと言って、おぬしが行きたいんではないのか?山童よ。」


「ち、ちがいますよ。・・・そりゃあ、行けばついでに、自分のぶんのお菓子を買うことくらいはしますけどね。」

山童は口を尖らせた。

そうは言っても、山童もあの《カフェまよい》の甘味に魅せられた妖怪のひとりである。

できるものなら足しげく通いたいものだが、距離の問題で、山童の足でいくとなると、行って帰ってくるだけで、一日の大半が終わってしまう。仕事のついででもなければ、そうそう行けるわけはないのだ。


「おや、山童。おぬし、その腰にぶら下げている帳面みたいのはなんじゃ?」

オシラサマは、枝のような指で、山童の腰に下げている紙の束を指差した。

紙の帳面の様に束ね、そこに紐を通して腰にぶら下げている。いわゆる、大福帳のようなものだ。

山童とは、よく会っているが、以前はそんなものをぶらさげてはいなかったように思う。


「ああ、これですか? これはこの辺の山で、山菜がどの辺に多く生えているかとか、果実があとどれくらいで実りそうかとか、いろいろメモっているんです。」


「ヨホホ。なんじゃそりゃ? そんなことをせんでも、山童が食うぶんくらいなんとでもなるじゃろう?」


「そりゃあ、僕の分くらいは、ね。」


山童は、山に棲み、普段は木の実や山菜、果実などを食している。

『遠野』の山々は、山の幸が豊富なので、そんなことをしないでも、歩き回れば食べられるものを確保できる。


「自分の食べる分だけじゃなくて、売り物にするんですよ。」


「売り物?」


「ええ。知ってます? まよいさんとこの《カフェまよい》、店で使えそうな食材なら、買い取ってくれるんです。」


「マヨイさんがか? ヨホホ。そりゃあ初耳じゃのう。」


「だから、どんなものが採れるとか、どれくらいの量を確保できるとか、いつくらいに食べごろだとか、ちゃんと把握してないと、商売になりませんからね。普段から、忘れないように書き留めておくことにしたんです。」


「ヨホホ。そりゃあ、感心じゃのう。 山童はしっかりしとるのう。働きもんでけっこうなことじゃ。」


オシラサマは笑う。多少、銭にはうるさいところはあるが、この山童という少年妖怪の働き者なところは好感が持てた。

しかし、山童は不満そうに頬をふくらませる。


「ぜんぜんですよ! 聞いたとこによると、もう、狒狒ヒヒ猩猩ショウジョウが、山菜とか筍とかを、《カフェまよい》に持ち込んでるらしいんですよ!」


「ヨホホ。あやつらも、やるもんじゃのう。」


狒狒と猩猩は、山に棲む猿妖怪だ。

オシラサマたちとは別の山なので、ナワバリは違うものの、まあ、お隣さんとでもいったところだ。


「まったくですよ! まさか商売で、僕があのお猿さんたちに先を越されるとは思っても見ませんでした。一生の不覚です!!」

山童は沸々と沸きあがる闘志に、瞳を燃やしていた。


「スタートは出遅れましたが、勝負はこれからです。 でも、あのお猿さんたち、腕力と体力は有り余ってますからね。油断はできません。こっちはきっちり戦略を練っていかないと。」


「ヨホホ。戦略とな?」


「ええ、例えば、《カフェまよい》のランチは限定三十食なのは知ってますか?」


「ヨホホ。たしか、数に限りがあって、すぐに売り切れるとは聞いておるがのう。具体的な数まではしらんかった。」


「三十食なんです。つまり、ランチに使う食材なら、三十人分は確保しないと買ってもらいにくいってことです。」


「??? どういうことじゃ?」


「もう!鈍いですねえ。 同じ日の同じ値段で同じランチを注文したのに、内容が違ってたら、お客さんから苦情がでるでしょう? 


「ヨホホ。そうゆうことか。」


「そう!だから、それなりの数を揃えないと、商売にならないんです。でも、逆に言えば、それだけ大きな商売になるってことですからね。 ビッグビジネスのチャンスです。」


「ヨホホ。」


「時期も重要ですよ。まよいさんが、土日は人間界に戻っているのは知ってますよね?」


「ヨホホ。たしか、平日は妖異界で、土日は人間界で過ごしてるんじゃったのう。」


「はい。そして、あの店で使う食材は人間界のものがほとんどです。持ってきているんでしょう。ですから、月曜は豊富に食材が余っていますが、木曜金曜になると余裕がなくなるはずなんです。」


「ヨホホ。じゃから、持ち込むなら金曜が狙い目というわけか。」


「なに言ってるんですか?! 全然違いますよ。」

山童は呆れたように言った。


「いいですか? 金曜に持っていったって、その日のランチには間に合わないでしょう? 次の日から休みなのにどうするんですか?」


「・・・なるほど、たしかにのう。」

オシラサマは納得した。


「ですから持ち込むなら、水曜か木曜あたりが狙い目だとおもいます。食材に余裕のなくなる頃ですからね。保存していたものより採れたてのものがいいでしょうし。」


「ヨホホ。色々考えとるんじゃのう。」


「もちろんです。このチャンス、絶対モノにしますよ。 ・・・・さしあたって、なにを売り込むべきか考えないとね。筍はそろそろ旬がおわるし、山菜も春先ほどはとれなくなるし・・、いっそ罠とか仕掛けて、猪や鹿を狙うとか・・・、でも、僕一人じゃ難しいかな。だれか雇うとか? うーん。雇い賃払っても利益出るかなあ?」


山童は、ブツクサと独り言をはじめた。本人はかなり真剣なようだ。


「あっ。オシラサマ。聞き忘れてましたけど、この辺の山の幸を《カフェまよい》に卸してもかまいませんよね?」


オシラサマはこの森やまわりの山々の主である。主といっても、所有権があるわけでも、支配しているわけでもなく、古い妖怪としてまとめ役を担っている。


「ヨホホ。べつにかまわんよ。・・ああ、ただしやりすぎはいかんぞ。生態系を崩したり、山が枯れたりせん程度にな。」


オシラサマは主として、釘をさす。


「あたりまえですよ! 僕だって、この辺の山に棲んでいるんですから。 自分の棲みかをダメにするようなことはしません。人間じゃないんだから!」


最後にさらっと辛辣な言葉を言った。

自分の住んでる土地を汚し、自分の飲んでいる川の水を汚し、恵みを与えてくれる山を切り崩し、海に汚水を垂れ流すのは人間だけだ。

それに嫌気がさして、人間界を離れた妖怪も数多い。


「それじゃあ、僕は忙しいんで、行きますね。また、なにか仕事があったら言い付けてください。」


山童はそう言って消えていった。



ひとり残されたオシラサマは、思い出しながら顔を綻ばせる。


「しかし、あの茶屋ができて、二ヶ月。・・・いや、もうすぐ三ヶ月か・・。」


考えれば、ずいぶんとかわったものだ。


銭など見向きもしなかった『狒狒』と『猩猩』が、金を稼ぐことを覚えた。

手間仕事を手伝って、駄賃をもらって満足していた『山童』が、大きな仕事をしたいと息巻いている。

神出鬼没だった『迷い家』は、定住して店を構えている。

気まぐれで遊んでばかりだった『座敷わらし』が店の手伝いをしている。

若い『小豆あらい』は川でなく店の厨房で小豆をあらっているらしい。

すべて、あの茶屋とあの人間の娘の影響であろう。


「ヨホホ。やっぱり、《カフェまよい》の茶が飲みたくなったのう。」


また、山童につかいを頼むべきか?

それとも、久しぶりに自分で足を運んでみようか?


オシラサマは、人間の娘が働く茶屋と、そこに集まる妖怪たちの顔を思い浮かべて、目を細くした。







読んでいただいた方、ありがとうございます。

山童くんのおはなしです。

働き者の少年キャラは大好きです。


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