56 幕間劇 小豆戦争
45 鞍馬山にて4
で、右近が自分ひとりでおはぎづくりに挑戦した前段階のおはなしです。
幕間劇では 時間が前後しますので、ご了承ください。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
その従業員『烏天狗』右近。
日々、料理人となるべく修行をかさねていた。
現在、右近がもっとも関心を寄せているのは『あんこ』。
なにしろ、《カフェまよい》の甘味メニューのほとんどが、このあんこを軸に作られている。
右近のもっともお気に入りのメニュー『おはぎ』にもつかわれている。
このレシピは、真宵の祖母から伝えられたもので、大事なものであるが、特に秘匿されるわけでなく、右近にも開示されている。
しかし、作り方を知っているのと実際に作れるというのは全く別の話である。
「マヨイどの。折り入ってお願いがあるのだが。」
右近は神妙な顔で、真宵に話を切り出した。
「どうしたんですか? 右近さん。」
「今度、時間があるときでかまわない。俺に餡子のつくり方を教えてもらえないろうか?」
「あんこ?」
《カフェまよい》の看板メニューの『おはぎセット』をはじめとして多くのメニューにつかわれる餡子。
それは、この甘味茶屋の軸ともいってよい食材だった。
「でも、いつも私が餡子つくるの手伝ってくれていますよね? 段取りも全部、頭に入ってるんじゃないんですか?」
真宵は首をかしげた。
《カフェまよい》のあんこは防腐剤などをつかっていないので、あまり日持ちがしない。
なので、店ではほぼ毎日のように、餡子を仕込んでいる。
右近は毎日それを見ているし、手伝っている。いちいち指示しなくとも、なんでもやってくれるし、あらためて教えるようなことはないと思っていた。
「いや、手伝いではなく、俺に作らせてほしいんだ。 一から全部。」
「いちからぜんぶ。ですか?」
たしかに、毎日手伝っているとはいえ、小豆のゆで加減や、味付け、仕上がりなど、大事なポイントは全て真宵がやっていた。
右近は真宵の指示に従っていただけで、自分で判断していたわけではない。
自分の力で、《カフェまよい》のあんこを再現できるのか?
右近はずっと試してみたいと考えていた。
「そうですね。お店に出せるかどうかはわかりませんけど、やってみますか? 今日の夜にでも用意しておいて、明日の朝・・、ちょっと早起きしてもらうことになりますけど。」
「望むところだ。ぜひ、お願いしたい。」
翌朝。
真宵が身支度を済ませて、厨房に赴くと、すでに右近は、厨房の掃除をすませ、エプロン姿で待機していた。
「お、おはよう。右近さん。なんか気合はいっていますね。」
「もちろんだ。マヨイどのが祖母どのから受け継いだという秘伝のレシピをご教授いただけるのだからな。一言たりとも聞き逃がすつもりはない。」
「ひ、秘伝? ご教授・・って、そんなたいそうなものでもないんですけど・・、まあ、やってみまようか。」
真宵は手をきれいに洗うと、さっそく取り掛かった。
「まずは、小豆をあらうところからね。 洗うって言っても、ゴシゴシ磨くわけじゃなくて、やさしく水であらって、まわりについたゴミやほこりをとりのぞくかんじで。 このとき、傷んだり割れたりしているのを見つけたら、取り除いてくださいね。 そんなに神経質にならなくってもだいじょうぶですけど。」
右近は言われたとおり、ざるに入れた小豆をあらう。
「・・・そういえば、小豆をあらうのははじめてだな。」
「そうでしたっけ? まあ、いつも小豆あらいちゃんが、先にやってくれますものね。」
そう。おなじ従業員の小豆あらいは、小豆をあらうのが大好きだ。朝来て、まずやりたがる仕事がその日のぶんの小豆をあらうことだ。
たまに、餡子の仕込がない日だと、つまらなそうにしている。
「こんなものだろうか?」
「ええ。いいとおもいます。あまりやりすぎると割れてしまったりしますから。・・・じゃあ、それを鍋に移してください。」
おおきな鍋に小豆をいれたあとたっぷりと水を注ぐ。
「あらためて見ると、小豆ってもとはこんなに小さいんだな。」
右近が鍋を覗き込む。
「ふふ。いつもは、このあたりは小豆あらいちゃんがやってしまいますもんね。 小豆は煮ると水を吸ってすごく大きくなるんですよ。だから、鍋も大きめので煮てくださいね。」
「わかった。」
「じゃあ、しゃんしゃん火さん、お願いね。」
「わかったぞい。まかせておけ。」
釜戸のなかから、かまど鬼のしゃんしゃん火が声を出す。
「火加減はかまど鬼さんに任せてもだいじょうぶだとおもいますけど、もし他で作る場合は強火で沸騰したら、蓋をして火を止めてください。」
「わかった。」
「それで、十五分くらい蒸らします。・・・それじゃあ、私は今日のランチの仕込みにはいりますから、右近さんは鍋をしっかり見張っていてくださいね。」
「俺は手伝わなくていいのか?」
「ええ。右近さんは鍋をしっかり見張っていてください。餡子を失敗しちゃったら、今日はおはぎもおまんじゅうもなしになっちゃいますから。」
「わかった、責任重大だな。」
右近は、真剣な顔で鍋と向き合った。
「マヨイどの。そろそろ時間なのだが、どうだろうか?」
右近が真剣そのものという顔で聞いてきた。
右近は、鍋が煮えるまで、火を落として蓋をしたあとも、まったく目を離さなかった。
「はい。いいとおもいますよ。じゃあ、一回、茹で汁を捨てて、渋きりをしてください。」
この辺は普段から手伝っているので、問題はなかった。
特に、大量の水で小豆を煮た鍋はかなり重いので、率先して右近がやっていた仕事だ。
「ところで、渋きり、とはなんなのだ? やり方は聞いていたが、なんのためにやっているのかはよくわかっていないんだ。」
右近が正直に言った。
こういったことをしっかり教えてほしくて、今日のことをお願いしたのだ。
「ああ、あらためて説明したことってありませんでしたっけ? こうやることで、小豆の渋みとかエグみとかアクが抜けるんですよ。」
「なるほど。」
「アクや渋みも味のうちなんで、ひとによっては抜かなかったり、半分残したりするんですけど、ウチはけっこうしっかり抜いちゃうほうですね。」
「ここでも、すでに味に関わってるんだな。」
「そうですね。砂糖の味とかに目がいっちゃいますけど、小豆の味はけっこうこれで決まっちゃったりします。だいじな工程ですよ。」
「なるほど。勉強になる。」
「それじゃあ、次に鍋に小豆がひたひたになるくらい水をいれて煮ます。沸騰したら、弱火にするのを忘れないでくださいね。」
「わかった。」
普段からやっている工程とはいえ、ひとつひとつ自分でやってみると、知らないことやなにも考えずにやっていたことが見えてくる。
右近は、いままで以上に真剣に仕事に向き合っていた。
ガチャリ。
そこに、厨房の勝手口が開いて、小豆あらいがやってきた。
小豆あらいは《カフェまよい》の従業員で唯一、通いで働いている。
朝は早く、いつもは一番乗りだったりするのだが、今日は真宵と右近がかなりはやく仕事を始めていた。
「小豆あらいちゃん、おはよう。」
「オハヨウ! 今日ははやいナ、マヨイ。 あれ?右近も一緒カ?」
上機嫌で挨拶した小豆あらいだが、右近が鍋に小豆を移しているのを目撃して、顔色を変える。
「オイ!! その小豆をドウシタ!!!」
小豆あらいが大声で怒鳴った。
もともと変声期前の高い少年声だが、今はヒステリックなまでにキンキン声で怒鳴り散らしている。
普段は、こんな怒り方をしたことがないので、真宵も右近も驚いて声も出ない。
「ナンデ小豆がもう湯だってル!! 誰があらったンダ!! ナンであらっタ!!!!」
小豆あらいは細長い手で、右近につかみかかる。
「おい。ちょっと、鍋をあつかってるんだぞ。危ないだろうが!」
茹で汁は捨てたとはいえ、煮立った小豆のはいった鍋をあつかっているのだ。もし、小豆あらいにぶちまけでもしたら、大やけどだ。
「そうよ。小豆あらいちゃん。ちょっと事情があって、先にはじめてただけよ。別に、あなたの仕事をとったわけじゃないのよ。」
真宵もとりなそうとするが、小豆あらいは興奮して聞く耳をもたない。
「オレの小豆とっタ!! オレの小豆アラッタ!!!!」
大きな目に涙をためて、右近に抗議する。
普段は冷静な右近だが、年下の同僚に、ここまで涙目でつっかかってこられると、さすがに申し訳なくなってくる。
「わ、わるかったよ。別に、小豆あらいの仕事をとるつもりはなかったんだ。もう、勝手にあらったりしないから、今回だけは許してくれ。な?」
しかし、小豆あらいは信じない。
「オレの小豆とっタ!! オレの小豆アラッタ!!!!」
右近が謝っても、真宵がなぐさめても、小豆あらいはおさまりがつかず、まだ寝ていた座敷わらしまでもが出てきてとりなしたが、簡単にはおさまらなかった。
結局、右近はひたすら謝りつづけ、遂にはふたつのことを約束させられた。
一。 小豆をあらうのは小豆あらいの仕事。けっして領分を侵さないこと。
一。 どうしても、あらう必要がある場合は、事前に許可をとること。
右近にしてみれば、別に、小豆をあらいたいわけではないのだが、そうでも約束しないと、おさまりがつかなかった。
しかも、それでも小豆あらいは完全には信用したわけではなさそうで、時折、親の敵でも見るような目つきで右近を見るようになった。
「おれは、餡子がつくれるようになりたいだけで、小豆をあらいたいわけじゃないんだが・・。」
職場の人間関係・・、もとい職場の妖怪関係に悩む右近であった・・。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
今回から数回、幕間劇でございます。
楽しんでいただけると幸いです。




