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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第二章 若葉
52/286

52 ガンコ!ゲンキ!ガンギ!

登場妖怪紹介


『河童』

水辺に棲む水の妖怪。

本来の姿は、頭に皿、口にくちばし、背中に甲羅、手に水掻き、尻に尻尾を持つ。

店に来店するときは、皿と水掻き以外は隠している。

泳ぎが達者で相撲が好き。

好物は『きゅうりの糠漬け』


妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

中天前の開店から約二時間はランチタイムだ。

現在、この時間帯は客席の担当は、新人従業員の右近に任されている。

真宵が見繕った濃紺のエプロンを身に纏い、忙しく接客に勤しんでいる。



「いらっしゃいませ。空いている席へどうぞ。」


右近はいつものように、客を出迎えた。


「よぉ。邪魔するぞ。右近。」


「河童か。珍しいな。まだランチタイムだぞ。」


『河童』。

河に棲む妖怪。

本当は、背に甲羅、尻に尻尾、口にはくちばしがあるが、店に来るときには全部隠している。

しかし、頭の皿と水掻きだけはそのまま。


河童は《カフェまよい》では、少し特殊な客で、お目当てはお昼時限定のランチではなく、おはぎや饅頭などの甘味でもない。店主の真宵が祖母から譲り受けたという糠床で漬けられた絶品の『糠漬け』だ。

糠漬けは正規メニューではなく、ランチの漬物やセットのお茶請けでたまに出される品だ。

河童はその味に惚れこみ、真宵に頼み、特別に裏メニューとして出してもらっている。

なので、普段は忙しいランチタイムではなく、少し客の減る時間帯を狙ってやってくるのが習慣だ。河童なりの気づかいなのだろう。

なのに、今日は珍しく、ランチタイム真っ只中の時間に登場である。


「ああ。今日はちょっとツレがいてな。」


よく見ると、河童の後ろから小さな子供の妖怪がついてきていた。

小学生くらいの目がギョロっとした男の子で指には河童と同じく水掻きがついていた。


「先に、マヨイに挨拶しておきたいんだがいいか?」


「あ、ああ。いま、油をつかっているから、手は離せないと思う。 話すくらいならできると思うから、厨房の入口で声をかけてくれ。」


「ああ、わかった。」




「マヨイ。忙しいところ、悪いな。ちょっといいか?」


河童は言われたとおり厨房の入口から声をかけた。

飲食店の厨房ということで、気をつかって、中には入ろうとしない。

河童は意外にも、常連のなかでは常識のある妖怪だ。勝手に厨房に入って盗み食いする『ぬらりひょん』などとはだいぶ違う。人間と関わりが深かった妖怪のせいなのかもしれない。


「あら、河童さん。ちょっとまってくださいね。」


そう言うと、真宵は『かまど鬼』になにやら指示してから河童のほうにやってきた。

おおかた、鍋の油に注意しろとか、そんなことを指示したのだろう。


「こんにちは。めずらしいですね。今日はランチを食べにきたんですか?」


右近と同じようなことを聞く。

それだけ、河童がこの時間にくるのはめずらしいのだろう。


「うーん。そうといえばそうなんだが。」

あいまいな言い方の後、河童は尋ねた。


「ところで、今日のランチは、魚か?肉か?」


「え? 今日のランチはアジフライなんでお魚ですけど?」


ランチは日替わりメニューなので、今日のメニューは? ときかれるのはよくあることだ。なかには肉好きの客も魚好きの客もいるので、別にそれを聞かれるのも不思議はない。

しかし、無類のきゅうり好き糠漬け好きの河童が聞いてくるとはおもしろい。


「そうか。よかった。肉だったら、出直そうかと思っていたんだ。」


「あら。河童さんてお肉ダメなんでしたっけ? 」


「いや。オイラじゃなくてな。今日はコイツに魚を食わしてやりたくて来たんだ。ほら、挨拶しろ。」


河童の後ろから子供の妖怪が顔を出す。

その手に水掻きがついているのを見て、真宵は思った。


「あら、可愛い妖怪さん。 河童さんのお子さん?」


「オイラの子供じゃねぇよ。こいつは岸涯小僧がんぎこぞう。オイラの棲む河にいる・・・・、まあ、親戚か近所のガキってとこだな。」


岸涯小僧がんぎこぞう

河に棲む子供の姿をした妖怪。

魚を捕まえるのが得意。

よく、河童に間違えられる。


「あら。そうなんですね。うちの小豆あらいちゃんとおなじくらいかしら? よろしくね。岸涯小僧くん。」


たしかに、岸涯小僧と小豆あらいはおなじくらいの背格好だ。目がギョロっとしているのもよく似ているかもしれない。体は手足が細長く痩せ気味の小豆あらいに対して、岸涯小僧は健康的なくらいむっちりしている。

(小豆あらいちゃんももう少し食べさせたほうがいいのかしら?)

真宵はふとそんなことを考えた。


「岸涯小僧ダ。よろしくタノム。」


岸涯小僧は歯をガチガチ鳴らして、挨拶した。


「岸涯小僧くんは、お魚が好きなの?」


「魚はスキダ! 魚しか食ってイナイ。 オレの捕った魚がイチバンウマイ! コンナトコ、食べにこなくても、オレ、イクらでも、魚捕れる!」


「こら。そんな言い方あるか!」

河童が岸涯小僧を叱る。

本当に父親のようだ。


「うふふ。いいのよ。いつも自分で捕っているなんてえらいわね。 」


「ああ、それで、いつも生のまま食べてるから、たまには別の食べ方もさせてやろうとおもってな。」


「ふぅん。いつもはお刺身で食べているのね。お刺身もおいしいけど、お魚はフライにしてもおいしのよ?」


「刺身? フライ? なんだ、ソレ? オレはいつもソノママ食ってるゾ。」


「え?そのままって・・・。」


「ああ、コイツ、歯が丈夫なもんでな。 魚を頭から骨ごと全部食っちまうんだ。」


「あら、頭から骨ごと・・、それは・・、お刺身とは、ちょっと違うわね・・・。」


「そういうわけで、ランチをふたつ頼む。忙しいところ、邪魔してわるかったな。ああ、それと・・・。」


「『きゅうりの糠漬け』ですね。だいじょうぶ。いい感じに漬かっているのがありますよ。」

真宵は笑った。





「おまたせしました。今日のランチ『アジフライ定食』です。」


右近が運んできた品をテーブルに並べる。

目を引くのはやはりメインの二尾並べられたアジフライだ。

揚げたてで、キツネ色の衣がなんとも食欲をそそる。


「コレが、魚ナノカ?」

岸涯小僧は、不思議そうにアジフライを箸でつつく。

たしかに、魚の尻尾のようなものはあるが、そこからきれいに三角形にひろがってひらべったくなって、まるでおおきな落ち葉か何かのような形だ。

岸涯小僧の知っている魚とはかなり違う。


「ああ。アジという海の魚を、頭と内臓をとって開いているんだ。それに、パン粉というものをつけて、油で揚げている。」


「パン粉? パン粉とは何だ? 聞いたことのない名前だな。」

右近の説明に河童がさらに質問する。


「俺もはじめて知ったんだが、小麦粉を水と塩を入れてなにかで醗酵させたあと焼くと、パンというものになるらしい。それをさらに細かく砕いたのがパン粉なんだそうだ。」


「なんだ? やけに手間のかかるものだな。」

それをさらに、魚につけ油で揚げるとなるとかなりの手間だ。


「だいたい、なんで最初、粉の小麦粉を一度パンとやらにして、そこからなんでまた粉にしているんだ?」


「俺にもわからん。だが、試食させてもらったが、味は間違いない。」

ただいま絶賛料理修行中の右近であったが、真宵のつくるものは、妖異界のものとはまったく違って、説明されても理解できないことのほうが多い。


それから、そこに置いてある容器に醤油とソースが入っている。赤いのが醤油で緑がソースだ。どちらも、アジフライにあうので、好みでかけて食べるといい。」


「醤油はわかるが、そーすってのはなんだ?」


「ソースは異国の醤油のようなものだ。同じ黒い液体だが、まるで味が違う。まあ、アジフライはなにもかけなくても美味いがな。それじゃあ、糠漬けはあとで持ってくる。ごゆっくり。」

右近は席を離れた。



「さて、それじゃあ、いただくか。岸涯小僧。」


しかし、河童が目をやると、岸涯小僧はすでにアジフライにかぶり付いていた。もう半分ほど食べおわっている。


「オイ!河童。 これ、魚じゃないぞ。ぜんぜんチガウ。魚はこんなにサクサクパリパリしてないゾ。」

岸涯小僧は大きな目をキラキラさせる。


「これも魚なんだ。アジって海の魚だってさ。油で揚げてるから、生で食うのとはだいぶ違うだろうけどな。」


河童もアジフライをひとくちかじる。

衣に歯をあてた瞬間に驚いた。

軽い。

もっと硬いものを想像していたが、サクリと音を立てて簡単に噛み切れる。唇でもきれそうなくらい軽い。

そして、なかの魚はふんわりとやわらく、しっとりとジューシーで臭みがない。

これはたしかに、生の魚しかしらない岸涯小僧にとっては、まったく別の食べ物だろう。


「おい。岸涯小僧。アジフライばっかり食べてないで、飯や味噌汁も食べろよ。」


すでに一尾目のアジフライを尻尾も残さず食べてしまい、二尾目に手をのばした岸涯小僧に、河童は注意した。


「オレは、魚が食えればイインダ! 魚だけ食う! アジフライだけ食う!」


「駄目だ。いいか? 定食っていうのは、白飯と汁物それに主菜と副菜、漬物が揃っているんだ。全部きちんと食べないのなら、もう、ここには連れてこない。」

ピシャリと一喝する。

すると、岸涯小僧はおとなしく、アジフライを皿に戻すと白飯の茶碗を持ち上げた。


「イヤダ!オレはまたアジフライ食いたい! マタ来たいから、全部食う。」

カツカツと白飯をかきこんだ。



「ずいぶんと手馴れているな。まるで、本当の父子みたいだぞ。」

右近が戻ってきた。特別メニューの『きゅうりの糠漬け』をテーブルに置く。


「おいおい。勝手にオイラを子持ちにしないでくれよ。まあ、お互いおなじ河に棲む妖怪だからな。父子っていうか、弟分みたいなもんだな。」

河童は笑う。


「右近にだって烏天狗のなかに、可愛がっていた弟分くらいいるだろう?」


そう言われて考えてみたが、あまり心当たりがない。

烏天狗は人数は多かったが、仕事が忙しいので、あくまで仕事仲間という感じだった。


「いや、俺にはとくに、弟分とかは・・・・。」


そう言いかけたとき、店の入口が開いて、大きな声が聞こえる。


「右近さーん! また、食べにきましたよーー!!」


烏天狗の清覧である。


「どうした?右近。なにか顔が強張っているぞ。」


河童の指摘に、無理やり笑顔をつくる。


「い、いや。なんでもないんだ。気にしないでくれ。」


右近は平静を装いながら、心のなかでおもった。


(違う! 清覧は決して俺の弟分ではない!)






読んでいただいた方、ありがとうございます。

今回の妖怪は「岸涯小僧」でございます。

妖怪画集だと、毛がフサフサの半漁人のように書かれてたりしますが、このはなしでは、「小僧」らしくお子様設定にしてます。


蛇足ですが、自分はアジフライには、ソース派です。


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