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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第二章 若葉
50/286

50 もう一度あなたに逢いたくて

登場妖怪紹介


『烏天狗』 綾羽

鞍馬山の『天狗』の娘。

本人は鞍馬山の仕事をしているわけではない。

かなり過保護に育てられたようで、気が強くわがままな性格。

以前、右近との婚約話が持ち上がったが、右近にその場で断られた。

いまだに、そのことを根に持っている。

趣味はプチ家出。




妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

今日はいつもと、若干かわった雰囲気が漂っている。

その理由は、入り口に貼り出された一枚の紙。


  〈本日、柏餅祭り 開催中〉


普段の看板メニューである『おはぎセット』や『まんじゅうセット』は、提供しておらず、三日間だけの特別メニュー『柏餅セット』が用意されている。

客の反応はなかなか好評で、なかにはおかわりする妖怪や、持ち帰りを頼む妖怪もいる。

それもあってか、店内はいつもより多少混雑しているようだ。




「・・・・・。」


「・・・・・。」


「なによ。何か言いたいことでもあるの?」


女烏天狗の綾羽は、注文を取りに来た右近をねめつける。


「まだ、何も言っていない。」


右近は無表情のまま返した。


綾羽は右近の師匠である『鞍馬山』の『天狗』の娘で、一度、右近との婚約話が持ち上がったが、右近が断ったために、微妙な関係になっている。

綾羽にしてみれば、父親の弟子である右近が縁談を断ったのが、許せないらしく、いまだに婚約者だと言い張っている。

右近にしてみれば、話をもちかけられた時点で断っているので、婚約者でも元婚約者でもない、ただの知り合い程度にしか思っていない。

この認識の齟齬が、先日、開店前の《カフェまよい》でひと騒動おこしたのだ。

右近にしてみれば、当分面倒ごとは御免こうむりたいと思っていたのだが、あれからわずか三日。綾羽はちゃっかり来店して席に座っていた。


「いらっしゃいませ。ようこそ。」

右近は感情なく、口を動かした。


「あ、あんたに逢いにきたわけじゃないからね!」

若干、顔を赤らめながら、綾羽は言った。


「だれも、そんなことは言っていない。」


「あ、あたしだって、あんたの顔なんて、当分、見たくなかったんだから! でも、柏餅はこの三日間だけしか出してないんだから、しょうがないでしょ。」


「なにも、言っていません。おこしくださって、従業員一同感謝しています。」

また、同じように、感情なく返した。


「本日は、『柏餅祭り』となっています。甘味メニューは『柏餅セット』のみとなっていますが、それでよろしいでしょうか?」


「そ、それしか、ないんじゃ、仕方ないでしょ。それで、かまわないわ。」

先ほど、柏餅を食べにきたと言っていたことと、多少ズレているが、綾羽は気づいていない。右近も指摘したりはしなかった。


「なんでしたら、お持ち帰りもできますが、こちらで食べていかれますか?」


綾羽が顔色を変える。


「な、なによ! ここで食べずに、持って帰って食べろって言うの!? 」


「いえ。そんなことは言っていません。そういう選択肢もあるということをお伝えしただけです。」


「なによ!選択肢って。 そんなのあんたに言われたくないわよ!」


がなり散らす綾羽に右近は初めて感情を顔に出した。


「少し、声を抑えてくれ。 他の客に迷惑になる。 ・・・選択肢といったのは、お前が俺の顔を当分見たくなかったと言ったからだ。持って帰れば、顔を見なくて済むだろう? ここで食べれば、俺は接客してるんだから、嫌でも視界に入るぞ。」


気配りといえば気配りなのだが、的外れな見当違いな気配りに、綾羽は歯噛みする。


「なによそれ?! それじゃあ、あたしがまるで、あんたを意識しているみたいじゃない? あ、あたしはあんたのことなんて何にも思ってないんだから! あんたがそこらへんうろうろしてようが、のたれ死んでようが気にしないわ。」


「わかりました。 『柏餅セット』をひとつ。ここでお召し上がりですね。少々お待ちください。」


右近は小さくため息をついて、注文をくりかえした。

そして、席を離れようとしたとき、別の場所から声がかかる。

一難去ってまた一難。

というか、一難が去る前にさらに一難とばかりに、右近に降りかかる。

その声は、またもや、聞いたことのある声だった。

右近や綾羽とおなじ妖怪。

鞍馬山の清覧という烏天狗だった。




「右近さーん。 こんにちは。食べにきましたよ。今日はお客さん多いですねー。」


『烏天狗』の清覧。

鞍馬山で仕事をしている烏天狗のひとり。

かなり若い烏天狗で、右近の元後輩にあたる。

明るく元気で悪い妖怪ではないのだが、その楽天家ぶりと奔放さで、まわりを振り回す傾向にある。

通称、天然系烏天狗。


「いらっしゃいませ。」


右近は仰々しく挨拶した。

真面目すぎるので、基本の挨拶や注文取りなどは、知り合いでも年下でも、マニュアル通りに行う。

たんに、融通がきかないとも言うが。


「またー。そんな、かしこまらないでくださいよ。僕と右近さんの仲じゃないですか。」


清覧は笑った。

ちなみに、右近と清覧がまともに話すようになってから、まだ、二ヶ月足らずである。


「ああ。やっと来られました。仕事が忙しくって、なかなか休みとれなくて、ずぅーーーと、ここのおはぎが食べたかったんです。何日ぶりだろう? 《カフェまよい》の『おはぎセット』。 あっ。言っておきますけど、この前、右近さんに無理やり食べさせられた不味いおはぎはカウントしてませんからね! 対象外です!」


いまにも踊りだしそうなテンションで清覧ははしゃいでいる。

そこに、右近はバッサリと一太刀あびせた。


「舞い上がっているところ悪いが、今日は『おはぎセット』はやっていないぞ。」


「え?ええ? な、なんでですか? もう売り切れちゃったんですか? こんな時間に? まさか、また右近さんがつくったんじゃないでしょうね? また、あの泥団子みたいなおはぎをつくって、それで、お客さんからクレームがでて、もう『おはぎセット』つくれなくなったんじゃ? だから、言ったのに! 右近さんは、二度とおはぎをつくらないでくださいって!!」


先日、右近がいちからつくったおはぎを差し入れたところ、かなり不評であった。どうやら、そのことを根に持っているらしい。

右近は、口を真一文字に結ぶ。


「俺のつくった料理をそのまま客に出す許可はまだでていない。・・・余計なお世話だ。」


「ええ?じゃあ、なんで『おはぎセット』ないんですか? 僕が今日休みもらうために、どれだけがんばったとおもってるんですか? あーん。次の休みなんていつになるかわからないのに・・・。いつになったら、たべられるんだろう。僕のおはぎ。」


「なんなのよ。おはぎおはぎって。うるさいわね。あんた、入口の張り紙を読まなかったの?!」


騒ぐ清覧が癇に障ったのか、綾羽が睨む。


「え? 張り紙なんてありました?」


どうやら、柏餅祭りの張り紙を見逃したようである。


「だいたい、おはぎおはぎって、そんなに大騒ぎするほどのものなの? 」


これには、清覧も黙ってはいなかった。


「ちょ、ちょっと!なに言ってるんですか? おはぎですよ。おはぎ。 この店に来て、おはぎを馬鹿にするなんて、そっちこそ、どうかしているんじゃないですか?!」


「ば、馬鹿にしてなんかないわよ! ただ、そんな大騒ぎするほどのもんなのかって話よ。 柏餅に比べたら、おはぎなんて騒ぐほどのものじゃないっていってるの。」


「え?かしわもち? 柏餅ってなんですか? そんなにおいしいんですか?」


清覧が柏餅というワードにひっかかる。おはぎへの愛と食べたことのない柏餅への興味で心が揺れ動いた。


「食べたことないの? 柏餅はね。この三日間だけしか食べられない特別なお餅なのよ。すっごくおいしいんだから!」


綾羽は得意気に言った。

実際は、綾羽はこの店に一度しか来たことはなく、それも開店前に押しかけただけで、正規に来店するのはこれが初めてであり、本当はここのおはぎも食べたことがないのだが、清覧がそれに気づくわけはなかった。


「ほんとうですか? 右近さん。柏餅って、本当におはぎよりおいしいんですか?」


右近は半ば呆れて返した。


「どっちが美味いかは、自分で食べて判断しろ。どっちみち、今日は『柏餅セット』しかやっていない。」


「わかりました。へぇー、柏餅かぁ。どんなのだろう? 」


「そうだ。ちょうどいい。清覧、おまえ、綾羽と合席してくれ。」


「え?」

「ちょっと!なんであたしがコイツと合席しなくちゃいけないのよ!」


抗議したのは清覧よりも先に綾羽のほうだった。

少し遅れて、清覧も反応する。


「そうですよ。知らない人と合席なんて・・・。あれ?綾羽・・さんて、どっかで聞いたような・・。」


「いま、混雑してて、四人席をひとりで占領されると困る。おなじ烏天狗同士だから話も合うだろう。」


今日は柏餅祭りのせいか、いつもより客が多い。

完全に満席というわけではないが、テーブルごと空いている席はほとんどないといった感じだ。


「え? この女の子も烏天狗なんですか? え? 綾羽・・さんって、・・・・まさか、大天狗様のお嬢さんの綾羽さま?」


「そうよ。いまごろ気づいたの?」


「ええーーー!! なんでこんなところにいるんですか? 昨日、綾羽さまが家出したって、大天狗様が騒いでましたよ?」


「ん?綾羽、お前たしか家出から帰ってきたんじゃなかったか?」

右近がこの前に聞いた話と少しずれていた。

たしか、家出して帰ってきたら、右近が御山を降りていて、それに立腹して、店にのりこんできたのではなかっただろうか?


「そうよ。この間帰ってきて、また昨日家出したのよ。」


「なんだそれは?」


「別にいいでしょ? パパったらいろいろ干渉してきてウザいんだもの!」


「なら、なんで一回戻ってきたんだ?」


「家出しっぱなしじゃ、パパが心配するでしょ?」


年頃の娘の複雑な心境とでも言うのだろうか?

どうやら、綾羽は家出と帰宅を何度も繰り返しているらしい。

右近にはよくわからない行動だ。


「とにかく、ふたりで座ってくれ。 ふたりとも『柏餅セット』でいいんだろう?」


「「もちろん。」」


ふたりは声をそろえて言った。

意外と、気が合うのかもしれない。

右近は心の中で思った。


(うるさいのは、一箇所にまとめておいたほうがいいだろう。)






「おまたせしました。『柏餅セット』です。」


右近が、綾羽と清覧のテーブルに柏餅の皿と湯のみを並べる。

すると、清覧が右近にいきなりかみついてきた。


「ちょっと、右近さん! 綾羽さまとの婚約を破棄したって、本当ですか?!」


「・・・婚約を破棄したんじゃない。 婚約話を断っただけだ。人聞きの悪いことを言うな。」


「似たようなものじゃないですか。まったく、女心のわからないひとですね!」


「あら、あんた、意外とわかってるじゃない。」


「ふふ。あたりまえじゃないですか。右近さんは仕事もできるし、かっこいいし、神通力もすごいですけど、そうゆうことには疎いんですよ。」


「そう!そうなのよ!」


「いわゆる、唐変木ってやつです!」


「そう!唐変木! それよ!それ!」


どうやら、ふたりはかなり息が合っているらしい。

ふたりとも若い烏天狗なので、精神年齢が似ているのかもしれない。


「いいですか? 右近さん。 綾羽さまはね、右近さんのことが好きなんですよ! 何でわかってあげないんですか?!」


それを聞いて、綾羽の顔がボンと赤くなる。


「な、なに言ってるのよ! 違うわよ! 全然違うわよ! なんでそうなるのよ! 頭おかしいんじゃないの!?」


「あれ? 違うんですか? 僕、てっきり、そうゆうことかと・・。」


ふたりの言い合いは続いていたが、右近は無視してそそくさと席を離れた。


(ちぃ。あいつらを一緒にしたには失敗だったか・・・。)




その予想は的中したようで、ふたりの若い烏天狗は、意気投合し、おおいに盛り上がり、よく食べ、よく飲み、よく騒いだ。


「右近さーん! お茶のおかわりおねがいします。」



「ちょっと!右近。この緑色のほうの柏餅、前に食べたのと違うわよ! 中の餡子が。」

「前に食べたのは、試作品だ。つぶあんがなかったのでこしあんでつくったものだ。今日のが完成品なので、気にせず食え。」

「つぶあんっておいしいですよね。 僕、こしあんよりつぶあんのほうが好きです。」

「そうね。前のより今日のほうがおいしいわ。」



「あら、このお漬物は何?」

「セットを頼むとお茶請けでついてくるんですよ。甘いものの箸休めにちょうどいいんですよ。」

「うん。ちょっとしょっぱくておいしいわね。・・ねぇ!右近。このお漬物もうちょっともらえない?」



「ちょっと、右近。『柏餅セット』もうひとつちょうだい。」

「あ。僕もおかわりおねがいします。」



「右近! 湯飲みがからっぽよ! 気が利かないわね。」

「僕も、お茶おねがいしますー。」



ことあるごとに、右近を呼びつけ、食べに食べ、飲みに飲み、しゃべるだけしゃべって、最後は仲良くテイクアウトの柏餅まで買って帰った。


途中、一緒に接客を担当していた座敷わらしに、二人の席の担当を代わってくれと懇願したが、

「いやじゃ。」

の一言で断られた。

烏天狗の面倒な客は、烏天狗の右近がなんとかしろ、ということらしい。



「くっ。あのふたり、一緒にするとひとりのときより、三倍はうるさかったぞ。どうなってるんだ?」


右近は、ふたりを引き合わせたことで、悩みの種がひとつ増えたような気がした。






読んでいただいた方、ありがとうございます。

ラブコメ回、再び、でございます。

ぜんぜんラブコメになりませんでしたね。

また、リベンジしたいです。

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