05 働くものたち
人間界とは別の妖怪たちの棲む世界、妖異界。
ひょんなことから異世界で甘味茶屋を営むことになった真宵。
剣も魔法もつかえません。
特殊なスキルもありません。
祖母のレシピと仲間の妖怪を頼りに、日々おいしいお茶とお菓子をおだししています。
ぜひ、近くにお寄りの際はご来店ください。
《カフェまよい》 店主 真宵
《カフェまよい》の朝は早い。
妖怪の棲む世界である妖異界に存在するこの店では、まだ夜が明けないうちに、店主である真宵が目を覚ます。
ジカン ダゾ
真宵の寝室に低い声が響いた。
声の主はこの家自身。
「うーん。」
布団の中から起きだした真宵が、身体を伸ばす。
「おはよう。今日も一日よろしくね。」
天井に向かって話しかける。
天井にだれかがいるわけではない。
相手はこの家そのものなのだ。
『迷い家』
この家そのものである妖怪。ある意味真宵のパートナーであり、《カフェまよい》のオーナーといってもよいかもしれない。
本来は、森や山で迷っている旅人の前に現れ、一晩の宿と食事を提供する優しい妖怪である。
こちらの世界には、家電や機械はないため、目覚まし時計もない。
そのため、いつも朝は、迷い家に起こしてもらうことになっている。
最初は、この時間に起きるのはけっこう辛かったが、さすがにひと月近くこの生活を続けていると、適応してくる。夜も、テレビもラジオもインターネットもないので、早寝だ。
布団をたたんで、朝の仕度にかかる。
顔を洗って、歯を磨き、髪を櫛でとかす。
不便といえば、ドライヤーがないことくらいか。普段は問題ないが、寝癖がひどかったときは、直すのが大変だ。
そして着替え。
《カフェまよい》の仕事着は着物だ。
昔から、和装や浴衣を着せてもらっていたおかげで、簡単なものならひとりで着付けができる。
振袖やら訪問着となると大変だが、お店で着るような木綿の紬くらいなら楽勝だ。
そして、その上から割烹着。
厨房仕事のときだけのつもりだったが、客席に出るときもそのままで、なんとなくトレードマークみたいになっている。
洗濯機も乾燥機もない世界では、簡単に洗えて、乾きやすい、割烹着はとても便利なのだ。
身支度が整い、厨房に向かおうしたところで、この家の同居人で店の従業員でもある女の子が起きてきた。
座敷わらしである。
『座敷わらし』
家にとり憑き、その家にいる間は繁栄をもたらすという童子の姿をした妖怪。
一応、従業員であるが、特になにかの仕事を受け持っているわけではない。ときどき、注文をとったり、お皿をさげたり、簡単な手伝いをしてくれる。
家にいるだけで繁栄をもたらす妖怪ということなので、いるだけでもありがたいことなのかもしれない。
「座敷わらしちゃん。もっとゆっくり寝ててもいいのよ。」
朝の仕込みは、けっこう力仕事なので、小さな子供の座敷わらしに頼める仕事は少ない。
それでなくとも、みためちいさな幼女を朝から労働させるのは、なんとなく気が引ける。
「だいじょうぶじゃ。手伝うぞ。」
ニコリと座敷わらしが微笑む。
「そう? じゃあ、よろしくね。」
厨房に行くと、もうひとりの従業員が待っていた。
「マヨイ!遅いゾ。」
中学生くらいのみための男の子が、ちょっとサイズの大きな割烹着を着て待ち構えていた。
頭のサイズに比べて、少々おおきすぎる目がキョロキョロと動く。
「おはよう。小豆あらいちゃん。いつも早いね。」
住み込みではなく、通いの従業員なのだが、真宵より早く来ていることも多い。
「もう、小豆は洗ってあるゾ。」
「あ、あいかわず仕事が速いのね。」
『小豆あらい』
川辺で姿がないのに、小豆を洗うような音がすればこの妖怪の仕業らしい。
とくにひとに害を与える妖怪ではなく、たまに小豆をぶつけて悪戯する程度。
絵巻物では、頭の禿げた目の大きなお爺さんの姿で書かれているが、彼に聞くと、あれは彼の祖父であるらしい。長い間、無理な体勢で小豆を洗い続けたために、腰を壊して引退したとのことだ。
「たしかに、あの腰をまげた体勢で長時間はつらいわよねぇ。」
真宵がそれを聞いたときの正直な感想である。
開店初日の仕込みをしているときに、「小豆を洗わせてくれ。」といきなり店に乱入してきた。
それ以来、従業員として雇っている。
好きなこと。 小豆を洗うこと。
趣味。 小豆を洗うこと。
将来の夢。 りっぱに小豆を洗うこと。
店での仕事。 小豆を洗うこと。米を研ぐこと。野菜を洗うこと。食器を洗うこと。掃除など。
もともと、姿を見せず、音だけが聞こえる妖怪なので、客席には出ないで厨房にこもっている。
とにかく、洗うのが大好きで、とくに、《カフェまよい》の国産大納言小豆は洗い甲斐があるらしい。
真宵が来るのを待ちきれず、厨房の掃除を済ませて、小豆を洗い終わっていた。
「じゃあ、朝ごはんで使う野菜も洗ってもらえる? 座敷わらしちゃんは、客席のほう掃除してもらえるかな?」
「わかったゾ。」
「うむ。」
ふたりに指示した後、厨房の隅にある釜戸に向かう。
「かまど鬼のみんな、朝だよー。起きてるかな?」
真宵が話しかけると、二つ並んだ釜戸にポッと火が点る。
「おきとるぞい。」
「ふぁー。ぼくは、まだ眠い。」
釜戸のなかから声がした。
「おはよう。しゃんしゃん火さん、ほいほい火さん。」
すると、となりにあるドーム形の窯からも声がした。
「あたしも、おきてるわよー。」
「ふらり火さんも、おはよう。今日も一日よろしくね。」
『かまど鬼』
釜戸に棲んでいる三人の鬼火。
『しゃんしゃん火』『ほいほい火』『ふらり火』。
もともとは釜戸とは関係のない鬼火であったが、真宵の、
「薪のかまどは、火の管理が大変。」
の一言で、『迷い家』が集めて、雇った。
仕事には満足しているようで、弱火強火の調節も自由自在。閉店後の火の始末も自分たちでしてくれるので、火事の心配もなしである。
「さわめちゃんは、早起きね。 いつもありがとう。」
そう、声を掛けたのは、おおきな水がめの蓋の上に座っている小さな女の子にむかってだ。
小さな、といっても年齢のことだけではなく、ほんとうにてのひらにのる小ささの女の子だ。
沢女は、ニコニコと笑顔で返し、手を振る。
『沢女』
水瓶が住処の水神。
もとは、河の神様であったが、『迷い家』を通じて、交渉の末、働いてもらっている。
彼女が、水瓶に憑くと、どんなにつかっても、水がへらず、常にきれいな水で満たされている。
さらに、ポンプのように管を通して、水を送ってくれるおかげで、簡易的な水道のようになっている。
お店の厨房だけでなく、住居部分の洗面所や風呂場の水も管理してくれており、この家のインフラの要といえるかもしれない。
ついでに、冷蔵庫の中身もチェックする。
冷蔵庫といっても、電気製品のない妖異界なので、かなり古いタイプの氷をつかった冷蔵庫だ。
熱を通しにくい素材の箪笥みたいなもので、上の部分に氷をいれるようになっている。
その部分にも、ある妖怪たちが活躍している。
「つらら鬼ちゃんたち。いつもごくろうさん。」
収納された氷のまわりに、ちいさな透明な鬼たちがうろちょろしている。
『つらら鬼』
指先ほどのちいさなつららの鬼さんたち。
『雪女』の眷属である。
冷蔵庫の氷は雪女が月に一度、補充に来てくれることになっており、普段は、つらら鬼たちが管理してくれている。
このサイズ冷蔵庫で氷がひと月融けきらずにいてくれるのは、つらら鬼のおかげであるらしい。
雪女のところからきている派遣従業員といったところだろうか。
これが、真宵の仕事仲間であり、《カフェまよい》のメンバーだ。
人間は真宵ひとりだけであるが、それを気に留めるものはいない。
「それじゃあ、みんな、すぐ朝ごはんの用意するからね。」
また、いそがしい《カフェまよい》の一日が始まる。
今回は おはなしというより、登場人物紹介みたいなかんじです。
店で働いている妖怪なので、また、ちょこっとでてきたりするとおもいます。