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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第二章 若葉
48/286

48 瀬戸は日暮れに

登場妖怪紹介


『小豆あらい』

《カフェまよい》の従業員。

現在、ただひとりの、通いで勤めている従業員である。

祖父とふたり暮らしをしている。

腰をこわした祖父から小豆あらいの名を継いで間がなく、見た目は十歳前後の子供。

店での主な仕事は、小豆をあらう、米をあらう、野菜をあらう、食器をあらう、など、洗い物全般を請けおっている。


妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

開店は、中天より少し前、午前十一時くらい。

閉店は、日没前となるため、季節により多少変わる。

古参の実力妖怪が多く、比較的治安の良い『遠野』であっても、日没後はタチの悪い妖怪が出没しやすいということで、日が暮れる前の閉店が慣習となっている。





「マヨイどの。そろそろ陽が傾いてきた。閉店準備にかかるか?」


客席で接客の仕事をしている右近が、厨房の真宵の声を掛けてきた。


「そうね。たぶん新しいお客さんはもう来ないと思うし。ぼちぼち、片付けにはいるわ。いまはいってるお客さんにはゆっくりしてもらって。お茶やおまんじゅうのおかわりも受けてかまわないから。」


「わかった。・・・片付けが大変なら、客席と交代するが?」


厨房の片付けは意外と力仕事が多い。

鍋やら釜やらはけっこうな重さだし、皿や湯のみも数が多い。

杓子定規で融通が利かない右近であるが、こういった気づかいはちゃんとしてくれる。


「ううん。だいじょうぶ。 私と小豆あらいちゃんで、やっちゃうから、右近さんは客席をおねがい。」


真宵は右近の申し出を丁重に断った。

気持ちはうれしいが、右近が来るまでは自分でやっていたので、そこまで苦ではない。

あまり甘えるのも考えものだ。


「わかった。なにか手伝うことがあれば遠慮なく呼んでくれ。」


そう言って、右近は客席のほうへと戻っていった。



「さあ、それじゃあ、ふたりで片付けちゃいますか。」


真宵は小豆あらいに向かって笑顔を投げかける。


「りょうかいダゾ。」


「じゃあ、小豆あらいちゃんは洗い物をお願いできる? 私はテーブルの食材とか片づけるから。」


洗い物は小豆あらいの得意分野だ。食器だけでなく、米も野菜もなんでも洗うのは大好きで、なんといっても小豆をあらうことには並々ならぬ熱意と愛情をかけている。


「ワカッタ。」


それぞれ、仕事を分担して片づけを始めた。

その矢先に、大きな音が厨房に響く。


パリィーン。


小豆あらいが手を滑らせて、床に落ちた皿が音をたてて割れていた。


「だいしょうぶ? 小豆あらいちゃん。怪我はない?」


「スマナイ。マヨイ。」


いつも元気な小豆あらいが、珍しく萎れている。

皿を割ってしまったのがショックだったらしい。


「べつに、かまわないのよ。お皿くらい。・・・あっ。割れたお皿を手で触っちゃだめよ。指切っちゃたらどうするの。ちょっと待ってて。ほうきとちり取りを持ってくるから。」



真宵はほうきを持ってくると、すばやく割れた皿を片付けた。

しかし、小豆あらいはまだ落ち込んでいるようで、表情がさえない。


「そんなに、落ち込むことないのよ。毎日、仕事してれば、ミスくらいだれだってするんだから。」


真宵は小豆あらいを励ました。

よくよく考えてみると、小豆あらいが店に働きに来て、もう二ヶ月になるが、皿を割ったのはこれが初めてだった。

そっちのほうがすごいのだが、本人にしてみると、自分の失敗にショックを受けているようだ。なにかを洗うことには、並々ならぬこだわりを持っているようだし、意外に、完璧主義者なのかもしれない。


「ほんとに気にしないでいいのよ。それに、ほら、私も今日、お皿二枚も割っちゃったし。」


「そうナノカ?」


「あれ? 小豆あらいちゃん、気がつかなかった? 今日のお昼、ちょっとあってね。」


真宵は昼の出来事を思い出していた。


「まあ、私の場合は、あいつらが元凶なんだけど・・・。」



今日の昼。ランチタイムも終わって、真宵が客席を担当していたとき、例の客がやってきた。

『唐傘お化け』と『化け提灯』である。

ひとを脅かすのが大好きなふたりのラッパーかぶれ妖怪は、ことあるごとに、真宵をびっくりさせようとたくらんでいる。

最近は、そこに『天井さがり』まで意気投合してきているから、ますますタチが悪い。

油断していたつもりはないのだが、今日はまさかの三人連携の波状攻撃ならぬ、波状脅かしのせいで、持っておいたお盆を落とし、皿二枚と湯のみ一個が犠牲になった。


(まったく。あのガキンチョ妖怪ども。今度やったらただじゃおかないんだから。)


真宵は思い出しただけで、眉間にしわが寄った。


「ね。 だから、そんなに気にしないでいいのよ。今度から気をつければいいんだから。」


「わかったゾ。」


小豆あらいは、納得して仕事に戻っていった。

真宵は、回収した皿の破片を紙袋に入れる。中にはお昼に割った皿と湯のみの破片も入っている。


(この破片、どうしようかしら?)


普通なら、燃えないゴミの日にだすのだが、もちろん、妖異界にそんなものはない。

油と違って、土や水を汚したりはしないのでそこらへんに埋めるというてもあるのだが、簡単に土に還るわけではないので、ちょっと気が引ける。


(このまま、人間界に持って帰ったほうがいいかな。)


もともと、向こうの世界から持ってきた皿なので、それが妥当かのしれない。




「マヨイどの。お客人が来ているのだが・・。」


客席を担当していた右近が、厨房に入ってきた。


「え、お客さん? いいわよ。入っていただいて。 閉店時間だけお伝えしておいて。」


閉店時間が近づいているとはいえ、お茶とお菓子を楽しむ時間くらいはある。

あまり長居してもらうと困るが、入店をお断りするのは申し訳ない。


「いや。店の客ではなく、マヨイどのに逢いたいとやってきてる客なんだが・・。」


「え?私?」


「ああ。『瀬戸大将』だ。別段、悪さしたり危害を加えたりする妖怪ではないんだが、通してもかまわないか?」


「え。ええ。そりゃあ、かまわないけど。」


しかし、自分に用がある妖怪とはなんなのだろう?

しかも、『瀬戸大将』。真宵は聞いたことがない名前だった。



「失礼する。」


右近に案内されて入ってきたのは、なんとも奇妙な格好の妖怪だった。

一見、若い侍というか、鎧武者のようないでたちなのだが、その鎧というのがこれまた変わっていた。

右肩には大きな急須が、左肩には大きなどんぶりが、まるで肩当のように乗っている。

胴体は主に割れた皿やら茶碗の破片が組み合わさっており、腰にはお猪口と徳利が交互に並んで腰巻みたいになっている。

背中には一部欠けた大きな丸い絵皿を背負って、頭には長首の一輪挿しの花瓶をふたつ、耳の処にくっつけている。

たぶん、シルエットだけ見るとふたつの大角のついた兜をかぶっているように見えるのだろう。

つまり、体中に欠けたり割れたりした食器類を甲冑風にくっつけている若武者風妖怪なのだ。


(瀬戸大将って、瀬戸物の瀬戸だったのね。)


『瀬戸大将』

さまざまな瀬戸物をかき集め甲冑のように纏っている武者風妖怪。

壊れた瀬戸物が集まってできた九十九神。


「突然の訪問、受け入れていただいて感謝する。わが名は瀬戸大将と申す。」


「あ、はい。この店の店主をやっている真宵といいます。」


真宵は丁寧に頭を下げた。

瀬戸大将が妙に仰々しいものの言い方をするので、つられて丁寧になってしまう。


「たいへん不躾な質問で申し訳ない。こちらに、壊れた瀬戸物がないだろうか?」


「え?」


ちょっと想定外の質問に真宵は戸惑った。


「え、ええと。今日、割っちゃったお皿と湯のみがありますけど、それのことでしょうか?」


(お、怒られちゃうのかしら?)


「オレが割っちゃったんだゾ。」


いつのまにか、小豆あらいが後ろに来ていた。

やはり、責任を感じているのだろうか。


「そうか。もし、その壊れた瀬戸物が必要ないのなら、拙者にいただけないだろうか?」


「え?こわれたお皿をですか? かなり派手に割ってしまったんで、とても使えないですよ。」


少し欠けたとか、ヒビがはいった程度なら、まだ使い道もあるかもしれないが、完全に割れてしまった皿や湯のみが、なんの役に立つかわらない。


「かまわない。拙者はただ、不要になった瀬戸物たちが居場所なくうち捨てられるのが、不憫でならないのだ。」


「は、はあ。こんなのでよければ。」


真宵は、紙袋に入った皿の破片を瀬戸大将に渡した。

瀬戸大将は紙袋からひとつひとつ破片をとりだすと、自分の体に貼り付けていく。

不思議なことに、糊も磁石もついていないのに、破片たちは吸い付くように張り付いて、手を離してもまったく落ちる気配がない。


「・・・よい瀬戸物だな。大事に扱われて、たくさんの妖怪たちに食物を提供していた。湯のみのほうは、丁寧に煎れられた茶を注がれていた。決して高級品ではないが、愛されてきたものたちだ。」


「え?そんなことわかるんですか?」


《カフェまよい》の食器は真宵が人間界から持ってきたものだ。

そんな高いものではなく、おそらくはどこかの大量生産品で、名工の魂のこもった一品とか、代々受け継がれてきた骨董品とかではない。

正直、声が聞けたり魂が宿ったりするとは夢にも思わなかった。


「ああ。大事に扱われてきたものは意識が宿りやすい。うち捨てられ、寂しがり妖怪化するものも稀にいる。拙者はそれが不憫でな。捨てられる前に新しい居場所を与えてやりたくて、さまざまな場所を放浪している。ちょうど、この近くを通りかかったとき、壊れた瀬戸物たちの気配を感じて参った次第だ。」


「は、はい。」


真宵は恐縮した。

その瀬戸物の破片をどうやって捨てようか考えていた直後なのだ。


「この瀬戸物たちは、我が鎧の一部として、新しい居場所を得た。寂しがることも、ねじくれて妖怪化することもないであろう。」


「そうですか・・。すみませんでした。そのまま捨ててしまうつもりでした。」


「オレも割ってしまってわるかったゾ。」


「いや。そんな気の使い方はしないでいただきたい。壊れた道具が捨てられるのは運命。なにもおかしなことでも悪いことでもない。使われることもなく捨てられることもなく、ただ忘れられていくことは、道具にとってもっともつらいことなのだ。」


瀬戸大将は慌てた。

どうやら、真宵たちを諌めようなどとは思っていないらしい。

そっと、自分の胸の破片に手を当てる。


「この瀬戸物は、そなたたちに感謝していた。いつも大事にされ、きれいに洗ってもらい役に立てて、壊れるまで幸せな道具であったと言っている。そんなに気を病まないでもらいたい。」


「そうですか。それは、よかったです。」


「オレも、もっと大事にスルゾ。」


真宵たちは胸をなでおろした。


「それでは、拙者はこれで失礼する。忙しいところ、邪魔をして申し訳なかった。」


瀬戸大将は、丁寧に頭を下げた。


「あっ。瀬戸大将さん。もしよかったら・・、これ。もっていってくれませんか?」


真宵は、急いで折り箱にまんじゅうをいくつか詰めた。


「うちのおまんじゅうなんです。」


「あ、いや。ありがたい申し出なれど、いま、持ち合わせがなくてな。」


「いえ。お金はいいんです。ええと、なんていったらいいかわかんないんですけど・・・、そう、うちのお皿たちの供養した御礼っていうか。感謝の気持ちです。」


「いや。しかし、そこまでしていただくほどのことは・・。」


「いいんです。その代わりといっては何ですが、また、なにか割ってしまったときは捨てずに置いておきますので、また、供養してもらえませんか?」


営業している以上、また落としたり割ったりすることは避けられない。

そんなとき、また、あたらしい居場所とやらを与えてくれるのなら、そんなありがたいことはない。


「ああ。それはもちろんよろこんで。・・・そうか、では、ありがたく頂戴するといたそう。」


「はい。すぐ包みますね。」


「マヨイのつくったまんじゅうはウマイゾ。」





真宵は、瀬戸大将を入り口まで見送った。

普段、厨房から出ない小豆あらいも、珍しくついてきて、一緒に見送った。


「さあ、片付けの続きをやっちゃおうか。お皿割らないように気をつけながら、ね。」


「リョウカイダゾ。」


小豆あらいは笑った。


(それにしても・・・。)


「ドウシタ?マヨイ。」


「ううん。なんでもないの。」


真宵は否定したものの、なにかひっかかっていた。


(あの、瀬戸大将さんて、なにか、どっかで会ったような。似ているひとがいたような・・・。)


たぶん、、見た目ではない。あんなかっこうのひとと会っていたら、たぶん、忘れないだろう。


(かたくて、仰々しくて、真面目で、頑固そうな感じが・・・・。)


「マヨイどの。それで、瀬戸大将はなんの用だったんだ?」


客席の片付けをしていた右近が、真宵に尋ねた。


「ああ!」


真宵は理解した。


(右近さんにそっくりだわ。 かたくて、仰々しくて、真面目で、頑固そうで、でもちゃんと優しい。)


「どうした?マヨイどの。」


「ううん。あーすっきりした。」


真宵はそして仕事に戻っていった。




読んでいただいた方、ありがとうございます。

今回は「瀬戸大将」でございます。

瀬戸物と唐津物の勢力争いのなかから生まれた妖怪ともいわれています。

そのへんの設定というか謂れなんかがおもしろくて好きなんですが、おはなしにはうまく盛り込めませんでした。残念。

また、書けたらいいなぁとおもっている妖怪さんです。

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