47 ひとめあなたに逢いたくて
登場妖怪紹介
『天狗』
鞍馬山の主。
妖異界の名を轟かす大妖怪で、大天狗、鞍馬天狗、天狗の大将、などと呼ばれることもある。
身の丈三メートル以上ある巨大な姿をしているが、変化が得意なので、それが本当の姿なのかは、本人以外知らない。
鞍馬山の『烏天狗』は全員、天狗の弟子であり部下である。
様々な神通力を操り、『千里眼』で自由にものごとを見とおせる。
プライドが高く、人間の営む茶屋に食い物目当てで行くことを恥と考え、《カフェまよい》には行けないでいる。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
現在は朝の仕込みを終えて、開店前に軽く食事をとりながら、従業員同士のミーティングという名の雑談がおこなわれている。
以前は、朝は息をつく暇がないほど忙しかったのだが、右近という新しい従業員が増えたおかげで、このような時間もとれるようになった。
今日は店主である真宵から、あるものが従業員たちに披露されていた。
「これが柏餅か。おなじ餅なのに、普通の餅とも桜餅とも違うんだな。」
茶屋の従業員、料理人見習いの右近はひとくちひとくち味わいながら柏餅を堪能した。
「ウマイゾ!マヨイ。この葉っぱは食べられないノカ?」
勤労少年妖怪の小豆あらいも喜んでいる。
「そうね。アク抜きはしてるから、食べられないわけじゃないけど、食べるひとは少ないわね。」
真宵も自分のつくった柏餅の出来を確かめながら応える。
「そこも、桜餅とちがうんだな。」
「そうねぇ。桜餅の葉は薄いし塩漬けにされてるけど、この柏餅の葉って厚いし、アク抜きしただけだから、あんまり美味しくないのよね。まあ、食べられなくはないんだけど。」
「柏餅か。ひさしぶりだの。」
「座敷わらしは食べた事があるのか?」
「何度かな。たしか柏は子孫繁栄の象徴とかで、縁起物だったはずだ。」
「あら、座敷わらしちゃん、物知りね。柏は新芽が出ないと古い葉が落ちないから、子供ができるまで親が死なない、子孫が絶えない。だから縁起がいいんですって。」
真宵は柏の葉を買ったおじさんから聞いた話をそのまま披露した。
「なんだか、納得できるような、できないような。こじつけみたいな話だな。」
右近は正直者だ。
「ふふ。縁起物ってだいたいそうゆうものよ。」
「それで、この柏餅を店で出すのか?」
「ええ。今週の水木金の三日間。柏餅まつりをしようと思います。」
真宵はちょっと楽しそうにはしゃいでいる。
「前の桜餅祭りみたいにか?」
「ええ。その三日間はおはぎもおまんじゅうもなしで、柏餅だけ。今回は白いのとヨモギを混ぜた緑色のふたつをセットで販売します。もちろんセットでお茶もつけて。」
「二個セットなのか? そこは桜餅と違うんだな。」
桜餅祭りのときは、『道明寺』と『長命寺』、ふたつの桜餅を選択できるようになっていた。
客の間では、『道明寺』派と『長命寺』派で不毛な争いにまで発展していた。
「ええ。桜餅よりちょっと小振りですし、両方食べてもらいたいですしね。あ、そうそう、今食べた試作品は両方こしあんでつくりましたけど、本番では緑のヨモギ餅の方はつぶあんでつくりますから。」
「おなじ柏餅なのに、なかみの餡子は別にするのか?」
「ええ。別にしなきゃいけないわけではないんですけど、私のおばあちゃんの柏餅がそうだったんですよね。だから、私の中でヨモギの柏餅はつぶあんなんです。」
「なるほど。マヨイどのの祖母どののレシピか。」
真宵の祖母のレシピ。
《カフェまよい》の基本の味ともいえる餡子。それにおはぎやまんじゅうは、ほとんど真宵の祖母から受け継いだレシピである。
なので、逢った事はないが、右近の中では《カフェまよい》の味を最初につくった人物として神格化している。
「今日はつぶあんがなかったんで、こしあんで代用しちゃいましたけどね。」
今日の『おはぎセット』の内容はこしあんときな粉だ。
試作品のぶんだけつぶあんを作るのは手間だったので省いたのだ。
「そうゆうわけで、餡子を多めに仕込まなきゃならないんだけど、明日の夜、ちょっと残業してもらってもいいかな?」
「別に問題ない。」
「かまわないゾ。」
「うむ。」
「よかった。それじゃあ、よろしくね。」
真宵はにっこり微笑んだ。
実際のところ、一番働いているのは真宵なのだが、疲労の顔はほとんど見せない。
人間、自分のやりたいことに夢中になっているときは意外とそんなものかもしれない。
そんな真宵を横目に、小豆あらいが、右近の袖をグッと引っ張った。
「右近!小豆はオレがあらうからナ!」
大きな目で右近をにらみつける。
「わかってるよ。おぬしの仕事をとったりせぬから、安心しろ。」
右近は苦笑いした。
実は先週、右近が餡子を作る流れを知りたいと言って、最初からひととおり真宵の指導の下やらせてもらったのだ。
その、最初の一工程、小豆をあらうという作業を右近がしてしまったために、小豆あらいが激怒したのだ。
小豆あらいたるもの、烏天狗ごときに小豆をあらわれるのは大変な屈辱だったらしい。
右近は謝って、二度と小豆あらいに無断で小豆はあらわないと約束したのだが、小豆あらいは信用しきれず、ことあるごとに右近を警戒している。
「だいじょうぶよ。ちゃんと、小豆あらいちゃんにあらってもらうから。右近さんにはそうね、ヨモギのアク抜き手伝ってもらうことにするわ。それでいい?」
「ウム。イイゾ。」
真宵の一言で安心して小豆あらいは右近の袖を開放した。
ふふん。と勝ち誇った顔で右近を一瞥すると、上機嫌で自分の持ち場の洗い場へ行ってしまう。
「俺はべつに小豆をあらいたいわけじゃないんだがな・・・・。」
右近はため息をつきながらつぶやいた。
「ちょっとー!! だれかいるー??!!」
店の入り口から大きな声が聞こえた。
若い女性の声だ。
開店までには、まだ少しある時間だ。
「あら? だれかしら?」
「まだ、開店してないのに不躾な客だな。追い返すか?」
右近は真面目な分、規則にはうるさい。
「そうねぇ。ちょっと早い時間だし、あんまり融通を利かせると、きちんと待ってくれているお客さんに悪いしね。」
ランチ目当ての客の中には、売り切れで食いっぱぐれないように、開店直後を狙っているものもいる。
あまり特別扱いするのは、そういった客に対しても失礼になる。
「わかった。追い返してこよう。」
右近は、入り口の方へと足を運んだ。
「やんわりとお願いしますね。あまりきつく言い過ぎちゃだめですよ。」
右近が厨房をでて、入り口に向かうとそこには、十代後半くらいの女性性に見える妖怪が仁王立ちしていた。
黒い艶髪で、少しきつめの顔立ちが快活そうな印象を与える。
「いたわね!右近!」
艶髪の女性妖怪は、右近を見るなり指差した。
表情から察するに、なにやら怒っているようである。
「む。おまえ、綾羽か?」
「綾羽か? じゃないわよ! あんた、なんでこんなとこにいるのよ!」
「なんでもなにも、ここで働いているからに決まっているだろう?」
「なんで、こんなとこで働いているのかって聞いてるのよ! 御山の仕事はどうしたのよ?」
「鞍馬山は降りた。仕事も辞した。いまさら、なにを言っているんだ?」
「なんで、あたしに内緒で、そんなことになってるのよ!!」
「内緒も何も、お前に報告する義務などないだろう?」
「どうしたの? 何かあった?」
わめき散らす女の声に、何事かと真宵が出てきた。
「こいつね! 右近をたぶらかした人間ていうのは!!」
「た、たぶらかす????」
綾羽が真宵をおもいきりにらみつけた。そこに、間髪いれず右近がゲンコツで綾羽の頭を小突く。
「いったーい。なにするのよ!」
頭をおさえながら抗議する。
「失礼な言い方をするな。誰もたぶらかしてないし、たぶらかされてもいない。用が済んだなら帰れ。今は営業時間外だ。」
右近は綾羽の首根っこをつかむと放り出そうと引きずっていく。
「う、右近さん。もうちょっと穏便に・・・。 お友達なんでしょう?」
真宵の言葉に、ふたりは同時に答えた。
「友達なんかじゃないわよ! 『婚約者』よ!!!!」
「友達なんかじゃありません。 ただの『知り合い』です。」
綾羽の「婚約者」という爆弾発言により、とりあえず退場は免れ、客席に通された。
右近は、なにやら不満そうであるが口に出そうとはしない。
「えーと、綾羽・・さんは、右近さんの婚約者、なんですよね?」
真宵がためらいながら尋ねた。
あまり、従業員のプライベートに立ち入るのはいかがなものかと、思いながらも、うやむやにしておくのも、それはそれで禍根が残りそうなのでちゃんと聞いておくことにした。
とくに、この綾羽という妖怪は、追い出しても何度でも乗り込んできそうな気がする。
「そうよ!」
「違います。」
あいかわらず、ふたりの間には認識の相違があるらしい。
(・・・右近さんが、婚約破棄したとか?)
口には出さなかったが、ちょっとだけ真宵の頭をよぎった。
(ま、まさか、結婚詐欺とか? ・・・ありえないわよね。右近さん、真面目だし。)
融通が利かないくらい真面目な右近が、さすがに結婚詐欺をするとは思えない。
「え、ええと、こちらの綾羽さんとはどういった関係・・・、じゃなくてお知り合いなんですか?」
「綾羽は鞍馬山の『天狗』、俺の師匠の娘だ。」
「ああ、じゃあ、綾羽さんも『烏天狗』なんですか?」
「ええ。あたしのパパは、あの、鞍馬山に天狗あり、と謳われた、かの大妖怪『天狗』なの。そこらへんの馬の骨ともわからない人間の娘とは格がちがうのよ!」
綾羽は声高らかに言い切った。
しかし、妖異界の格とか勢力とか実力者に疎い真宵は、関しない。
「へぇー、天狗さん。・・・天狗さんて、うちのお店には来たことないですよね?」
「・・・・、まあ、真宵どのは面識がないと思う・・。」
幾分、歯切れの悪い答えを右近は返した。
実は、餅つき大会のときに変装して紛れ込んでいたり、烏天狗を使っておはぎを取り寄せてたりと、店にはけっこう関わりがあるのだが、本人は隠そうとしているので言及は避けた。
面識がないというのは、まあ間違いはないであろう。
「だ、か、ら。右近にふさわしいのは、わ、た、し。人間の女なんかに出る幕はないのよ!」
「はあ。」
真宵は気の抜いた返事をする。
「あの。なにか勘違いされてるみたいですけど、私と右近さんは、なにもないですよ。」
「ふ、ふん。ごまかそうったってだめよ。じゃなきゃ、あたしに黙って、右近が御山を出て行くわけないでしょ!」
「なにをわけのわからないことを言っている。だいたい、なんで今頃、文句言いにきたんだ? 俺が御山を降りてから何日経ってると思っているんだ?」
右近があきれ気味に言った。
「そういえばそうですよね? 右近さん、うちに働きに来てもう半月ですもんね。何で今まで黙っていたんですか?」
「そんなの、昨日知ったからに決まっているでしょ!」
綾羽がわめいた。
「なんで、昨日まで知らなかったんですか?」
「家出してたのよ! それで、ひさしぶりに御山に帰ったら、右近が御山を降りたっていうじゃない!」
「い、家出ですか?」
確認しようと、右近の方を向くと、こともなさそうに首を振られた。
「いや、しらない。家出してたのか?」
綾羽は顔を赤くして、さらにわめいた。
「なんで知らないのよ! 婚約者がいなくなったのよ! 気がつかないってどうゆうことよ。」
「いや、だから、婚約者じゃないだろ。そもそも、気づく気づかないの前に、気にも留めていなかったし。」
右近は無表情で容赦がない。
「ひ、ひどいわ。女心をもてあそんで! パパに言いつけてやる!」
綾羽はいかにも、傷ついてます、という顔で右近をねめつける。少々芝居がかっているようにも見えなくもない。
右近は慰めるでもなく、淡々と言い放つ。
「言いつけるも何も、師匠には婚約のはなしが出た時点できっぱり断っているぞ。」
「あ、そうゆうはなしは、あったんですね?」
「三年くらい前にな。その場できっぱり断ったが。」
「ちょっと! なんであたしがふられたみたいになっているのよ!」
綾羽が抗議の声を上げる。
「それで綾羽さんは、ずっと右近さんのことが好きだったのね。」
「な、なんで、あたしが、あいつのこと好きになんなきゃいけないのよ!」
「え?違うんですか?」
真宵がすっとんきょうな声をあげた。
そういう流れのはなしだと思っていた。
「ち、ちがうわよ。ぜんぜんちがうわよ。なに言ってんのよ。そんなことあるわけないじゃないのよ。頭おかしいんじゃないの、あんた。」
(あれ?やっぱり、そうゆうことよね? この反応。)
真宵は思った。
しかし、右近には伝わっていないようだ。
「なら、婚約話なんて、こだわることないだろう? もともと三年前に立ち消えていた話なんだから。」
「あ、あたしは、右近があたしをふったみたいになっているのが、気に入らないのよ! なんで、あたしがふられたみたいになってるのよ! だいたい、アンタ、パパの弟子でしょ! なんであたしのこと、呼び捨てにしているのよ! 態度でかすぎるんじゃない!? それに、弟子の癖にあたしとの縁談断るってどうゆうこと!生意気よ!!」
綾羽が右近にかみついた。
しかし、右近は態度も表情も崩さない。ただただ淡々と答える。
「俺はたしかに天狗の大将の弟子だが、べつに綾羽の弟子になったわけじゃない。敬意を表す必要は感じないし、敬意を抱く人物でもない。それに、師弟関係も仕事の上下関係も婚約話とは関係ない。結婚は考えていないし、婚約をしたつもりもするつもりもない。俺が断ったかたちが気に入らないなら、そっちが断ったことにしてかまわない。どっちでもかまわないしな。」
いっさい、余分なものも無駄なものもない返答だった。
無駄がないぶん、優しさや配慮も微塵もない。
(うわあ。すごい。容赦ないなぁ右近さん。綾羽さんはぜったい右近さんのこと好きなのに。・・・でも、下手に優しくするよりはいいのかな?)
「う、う、うわぁっぁぁぁん。」
とうとう泣き出してしまった。
どうやら、見た目よりは精神年齢が幼いらしい。
もしかしたら、右近の前で精一杯、虚勢を張っていたのかもしれない。
「ちょ、ちょっと右近さん。言い過ぎたんじゃないですか?泣いちゃいましたよ。」
真宵が、こっそり耳打ちする。
しかし、右近はあいかわらず容赦なしである。
「優しく言ったって、内容は同じなんだから、変わらない。・・・それより、そろそろ開店時間だ。いいかげん邪魔になるから、強制的に放りだします。」
実力行使に出ようとする右近を、真宵が止める。
それはいくらなんでもかわいそうだ。
とはいえ、店内で泣かれたままでは、営業にさしつかえる。
なんとか、泣くのだけでもやめさせたい。
「あ、綾羽さん、とりあえず、落ち着きましょう。・・・そうだ、お茶。お茶でも飲んで落ち着きましょう。ほら。いっぱいしゃべったから、のど渇いたでしょう?」
しかし、綾羽は真宵をにらみつける。
「あんたの煎れた茶なんか飲みたくないわよ。」
「そ、そう言わずに・・。そうだ。柏餅。柏餅食べませんか。うちの新作なんですよ。」
そう言うと、真宵は返事も聞かずに、厨房にすっ飛んで行った。
「はい。どうぞ。柏餅っていうんですよ。」
真宵は柏餅がふたつのった皿を、差し出した。
綾羽は、そのひとつの餅をひっつかむ。
「なによ。こんなもの!」
綾羽が餅をつかんだ手を振り上げた。
「おい!」
右近の声が響く。いつもより低くどすのきいた声だ。
「この店で、食い物を粗末にしたら、師匠の娘であろうとただではおかない。」
普段、あまり表情をださない右近だが、今のはかなり本気なのは誰もがわかった。
「な、なによ。食べればいいんでしょ。食べれば。」
右近の迫力に負けて、振り上げた餅を仕方なく口に運ぼうとする。
「あ。柏の葉は取って食べたほうがおいしいと思いますよ。」
真宵が口を挟んだ。
「もう。食べれもしないものを客に出さないでよ! 不親切な店ね!」
綾羽はイラッとした感じで、柏の葉を取り外してひとくちかじった。
柏の葉は絶対に食べられないわけではないのだが、そこまで細かく言う気は真宵にはなかった。
「まったく。なによ。・・・こんな。・・餅が・・なんだって・・・まぁ、・・・たしかに・・・あら?・・・けっこう・・・・うん。・・・・ちょっとは・・・おいしい・・かも。」
文句を言いながら、ひとくち、ひとくちと、結局、ひとつ全部食べてしまった。
「あの。よかったら、お茶も・・。」
真宵の言葉を最後まで聞かずに、湯飲みをひったくると茶をすする。
そして、もう一個の柏餅もペロリとたいらげた。
「ねぇ?この柏餅ってどうやってつくったの?」
さっきまで泣きわめいていた綾羽が真宵に詰め寄る。
「え? ええと、お餅の方は上新粉で・・・。」
「そんなのは、簡単に説明できるわけないだろう。どれだけ手間がかかっているとおもっているんだ。」
説明しようとした真宵を右近がさえぎった。
たしかに、言葉で全部説明するのは、難しい。
「ふ、ふーん。そうなんだ。・・・へぇー。柏餅ねぇ。・・・。」
綾羽はなにか言いたそうにこっちを見ていた。
「ま、まあ、けっこうおいしかったから、もうちょっと食べてあげてもいいわよ。」
「え? ああ、柏餅ならあとふたつ残ってますけど、よかったら・・。」
「わかった。柏餅を土産にやるから、さっさと帰れ。」
右近が言った。
「な、なによ。なんで、アンタにそんなこと言われなきゃいけないのよ! ここ食べ物屋でしょ。お客が食べたいっていったら出すのが常識でしょ!」
「お前は客じゃないし、まだ、店も開店前だ。それに柏餅は、試作品で店にはまだ出していない。普通に客が注文しても食べられない品だ。」
「・・・そうなの?」
綾羽が真宵に確認する。
「ええ。あさってから、出すメニューの試作品です。」
「帰らないなら、柏餅は出さん。出してやる義理も理由もないしな。どうする?」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
すると、右近と綾羽はにらみ合ったまま口をつぐむ。
我慢大会のようになるかと思われたが、勝負は意外とはやくついた。
「・・わかったわよ。今日のところは帰るから、さっさとよこしなさい。」
折れたのは、当然のことながら綾羽のほうであった。
「今日のところは、柏餅に免じて引き下がってあげるけど、これで、はなしが終わったわけじゃないからね!」
そう言い残し、綾羽は去っていった。
「た、台風みたいな女の子でしたね。」
「まったく。もう来てくれないことを祈る。」
右近はそう言い捨てたが、その祈りはおそらくかなわないだろう。
たぶん、彼女はまた来店する。
右近目当てに。柏餅目当てに。
「はぁ。今日は、開店前から、どっぷり疲れた気がする。」
右近の言葉に、真宵は心中では同意しながらも、口には出さなかった。
ツンデレ系台風女烏天狗に、ちょっとだけ同情したからかもしれない。
(右近さんに、恋した妖怪さんは、大変だなぁ。)
心からそう思った。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
柏餅あんど烏天狗の回でございます。
ラブコメ風にしたかったんですが、うーん。なかなか。