45 鞍馬山にて4
登場妖怪紹介
『烏天狗』 清覧
鞍馬山の烏天狗。
鞍馬寺で伝令や通達の仕事をしている。
かなり若い烏天狗で、右近や古道よりも年下。
明るく物怖じしない性格であるが、多少、空気が読めず空回りすることもある。
怖いもの知らずの天然系烏天狗である。
《カフェまよい》のメニューではつぶあんのおはぎがお気に入り。
『鞍馬山』
《カフェまよい》から、山を三つほど超えた場所にある霊山である。
妖怪の棲む妖異界では特別な山で、その頂上には大妖怪『天狗』が居を構え、その弟子である『烏天狗』たちが暮らしている。
妖異界の自警団のような役割を担っており、『烏天狗』たちは、その機動力と神通力で各地を飛び回り、調査や巡回、トラブルの対処にあたっている。
鞍馬山には休みがない。
その役割のため、常に山頂に建てられた鞍馬寺にはだれかが詰めており、定休日などというものがない。
そのため、烏天狗たちは交代で休みを取り、勤務している。
今日も御側衆のひとり、烏天狗の古道は、鞍馬寺の一室で山積みの書類と格闘していた。
「今日も、仕事とはご苦労なことだな。古道。」
古道は話しかけてきた人影をねめつけ、返す。
「ああ、誰かさんがいなくなったせいで、仕事が増えてな。」
そこには、元同僚の友人、右近が立っていた。
この鞍馬寺で働いていたときの山伏装束ではなく、浅葱色の着物姿だ。
「どうした、こんな時間に? 《カフェまよい》をクビになったんなら、雑用係として雇ってやるぞ?」
「ふっ。とうとう、曜日の感覚もなくなるほど耄碌したか。今日は土曜日だ。店は定休日だ。ここと違って、きっちり休みがとれて、仕事には満足している。」
右近は誇らしげに胸を張る。
「曜日くらいわかってる! だいたいなんでここにいる? 御山を降りたやつが、寺のなかを勝手にウロウロするな。」
古道は顔をしかめる。
散らかり放題の書類とはいえ、なかには表に出せないような情報も混ざっているのだ。
「別に、勝手に入ったわけじゃないぞ。ちゃんと、許可をもらって案内された。」
「許可をもらったって、誰に?」
すると、右近の後ろから清覧がひょっこり顔を出す。
清覧は古道たちよりさらに若い烏天狗で、鞍馬寺で伝令や雑用の仕事に従事している。
《カフェまよい》のファンで休みの日には『おはぎセット』を食べに通っている。
「おまえか、清覧。」
「そんな、水くさいこと言わなくてもいいでしょう? ついこの間まで、一緒に仕事してた仲なんですから。」
清覧は無邪気に笑う。
基本的に、この天然系烏天狗には警戒心だの思慮深さだのは備わっていない。
先ほども、寺の入り口で訪ねてきた右近を見かけると、一にも二もなく勝手に迎え入れた。
「まったく。それで、なにしにきたんだ? 再就職の相談てわけじゃないんだろ?」
「ご挨拶だな。せっかく仕事漬けの元同僚のために、差し入れを届けにやってきたというのに。」
右近は、テーブルの上に布の包みをおろす。
「わあ。もしかして、《カフェまよい》のおはぎですか?」
清覧は期待を胸を躍らせる。
「ああ、これがいちばん喜ぶだろうと思ってな。」
「へぇ。気が利くじゃないか。ちょうど小腹がすいていたところだ。ありがたくいただくとするかな。」
「あ、じゃあ、僕、お茶をいれてきますね。ちょっと待っててください。」
そう言って、清覧はお茶を煎れに部屋を出て行った。
「・・・・、あいつ、完全に自分も食べるつもりだよな?」
結局、清覧も含めていただくことになった。
「うわぁ。おいしそう。こしあんときな粉と青海苔の三色なんですね。」
折り詰めのなかにきれいな黒黄緑の三色のおはぎが並んでいた。
「へぇ。いつもは二種類なのにな。マヨイさん、今日は三種類つくったのか?」
古道の疑問に右近は得意気に返す。
「ふふ。なにを言っている? 今日は土曜日。マヨイどのは人間界へ戻っており不在だ。これは、俺がマヨイどのの許可を得て、厨房を借りてつくったものだ。」
「えっ。右近さんがつくったんですか? すごい。」
「おまえ、もうおはぎをつくれるのか?」
ふたりの烏天狗はざわめいた。
「なにを驚いている? 俺は毎日、マヨイどのがおはぎをつくるのを手伝っているんだぞ。しかも、このたび、《カフェまよい》の最高機密たるあんこのレシピをマヨイどのから伝授いただいた。 これは、マヨイどが祖母から受け継いだという門外不出の秘伝の技だ。 まあ、おまえたちに詳しく話すことはできんが、その知識と技をもってすれば、この俺にも最高のおはぎを再現することができるのだ。」
右近は不敵に笑った。
普段、無表情な右近にしては珍しくご満悦だ。
「へぇー。秘伝のレシピを教えてくれるなんて、マヨイさんもずいぶんおまえをかってるんだな。」
「ですねぇ。右近さんすごいです。」
「じゃあ、さっそくいただくとするか。」
古道と清覧は、それぞれ自分の好きなおはぎを取るとかぶりついた。
「ふふ。材料もマヨイどのから許可を得て、まったくおなじものをつかっているからな。言わなければ、店で売っているものと区別もつくまい。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「ん?どうした。」
なぜかふたりは、ひとくち食べたままで止まっている。
バッ。
急に動いたかと思うと、清覧の煎れてきた茶をとり、口に流し込む。
「なんだ? のどにでも詰まらせたか? 誰も取らないから落ち着いて食え。」
右近がそう言うと、ふたりは思いきり眉間に皺を寄せる。
「・・ずい。」
「え?」
「まっずい! くそまずいぞ、このおはぎ。」
「なんだと?」
「ほんとですよ。なんなんです?これ? おいしそうなの見た目だけで、味は最悪ですよ!」
「ば、馬鹿な。そんなこと、あるはずないだろう!」
「あるはずもないはずも、実際、まずいんだよ!」
「ふ、ふん。いいか? そのおはぎは、マヨイどのと同じ材料と同じレシピと手順でつくられている。論理的に言って、同じものができてしかるべきだ。もし、おまえたちがマズイとおもうなら、それはおまえたちの舌に問題があると考えざるを得ない。」
「なんで、おんなじ材料つかってこんなもんができるんだよ?! まずおまえの腕を疑えよ。」
「そうですよ! あんこはなんかざらざらしてモサモサして全然小豆の味がしないし。」
「ああ、それでいて、もち米のほうはなんかベチャベチャしてドロドロして気持ち悪いし。」
散々な評価である。
「だいたい、おまえ、味見しなかったのかよ?!」
「同じ材料と作り方をしているんだぞ! 味見など必要あるか?!」
「しろよ!味見くらい!」
「えーん、せっかくまよいさんのおいしいおはぎが食べられるとおもったのにー。」
「ば、馬鹿な。いくらマヨイどののおはぎが秀逸とはいえ、同じ材料でそこまで差が出るはず・・。」
右近はひとつおはぎをつかむと、ひとくちかじる。
「・・・・。」
「どうだ?」
「まずいでしょう?」
右近は何度か顎を動かすと、ゴクリと飲み込んだ。
「・・・・ば、馬鹿な。何故こんなことに・・。」
右近は呆然と立ち尽くした。
なんとか飲み込んだが、たしかにこのおはぎは、マズイ。
それも、かなり高いレベルで。
《カフェまよい》のおはぎと違う!とかではなく、普通のおはぎより、普通の妖異界の食べ物と比較しても、かなりマズイ。
「わかったろう? まったく、料理をはじめて、たかだかひと月足らずのおまえに、そんなに簡単にあのおはぎがつくれるはずないだろう?」
「そうですよ。あーん。もう、せっかく期待したのに。次の休みいつだっけ? 今度の休みはぜったい《カフェまよい》に行って、まよいさんのおはぎを食べよう。」
散々な言われ方をした後、古道が席を立とうとした瞬間、右近はガッと腕をつかむ。
「・・・、このおはぎ、どうするつもりだ?」
「どうするったって、捨てるしかないだろう? こんな不味いの。」
しかし、右近は腕をつかんだまま、暗い顔で古道をにらむ。
「・・・だめだ。」
「は?」
「だめだ! マヨイどのにお願いして、材料を下付してもらったんだ。無駄にするわけにはいかん! われらで責任を持って処理するぞ。」
「は? ふざけんなよ。こんな不味いもの、こんなに食えるわけないだろう?!」
「そうですよ。もうひとくちだってたべられませんよ。」
「いいや! おまえたち、さっき、茶で流し込んでひとくち食べたんだろう? あれを数十回繰り返せば、三人でここにあるおはぎを平らげられる!」
「ば、馬鹿ゆうな! 無理に決まってるだろ、そんなこと。」
「やってみもしないで、無理だと決め付けるな! ・・・おい、清覧、逃げるな!」
「ぼ、僕、嫌ですよ! そんな泥饅頭みたいなおはぎ、食べたくないです!」
「な、なにが泥饅頭だ! いいか?!もし、逃げたら、今後一切、《カフェまよい》の敷居を跨ぐことは許さん!!」
「ええーっ? なんですか、それ? 横暴ですよ。なんの権限があるんですか?!」
「マヨイどのの食材を無駄にしたやつに、マヨイどのの料理を口にする資格はない!! よって、出入り禁止だ!!」
「食材無駄にしたのは、おまえだろうが!! 右近!」
「そうですよ! 僕らがなにしたってゆうんですか?!」
「えーい、だまれ! 口を動かすなら、おはぎを口に入れてから動かせ!」
三人の烏天狗による醜い争いは続いていた。
その光景を、別の場所から覗いていたものがひとりいた。
この鞍馬山の主、『天狗』そのひとである。
天狗は得意の神通力『千里眼』で、右近たちの様子の一部始終を盗み見ていた。
右近がなにか包みを持って、鞍馬寺を訪ねてきたとき、そのなかみがおはぎであることまでしっかり見抜いていた。
頃合を見計らって、その幾分かを取り上げてやろうと画策していたのだが、途中からなにやら様子が変わったので、静観していたのだ。
「・・・・。ま、まあ、今回は手を出さずにおいてやろうか。。」
天狗はそう独り言をつぶやくと、そっと『千里眼』を閉じた。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
鞍馬山のおはなしです。




