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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第二章 若葉
43/286

43 女の妄執

※ 注意!! ※


今回のおはなしは、ちょっと鬱がはいっています。

普段のほのぼの系を期待しているかたは、ご注意ください。


特に、妊娠、出産、流産、死産、などのワードにナーバスになるかたは、特にお気をつけください。


妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

開店は、中天より少し前、午前十一時くらい。

閉店は、日没前となるため、季節により多少変わる。

古参の実力妖怪が多く、比較的治安の良い『遠野』であっても、日没後はタチの悪い妖怪が出没しやすいということで、日が暮れる前の閉店が慣習となっている。



「今日もお疲れさまー。」


《カフェまよい》はすでに閉店し、厨房の片付けも賄いも食べ終わり、通いで働いている従業員の小豆あらいは帰宅していた。

あとは、明かりを消して併設されている住居部分である母屋に戻るだけ。

そんなときに、その客は門を叩いた。


・・・・スミマセン・・。


入り口の戸を叩く音と、かすかに聞こえる、か細い声。


「あれ?誰かしら? 今日は水曜じゃないから、夜雀ちゃんじゃないわよね。小豆あらいちゃんがわすれものでもしたのかしら?」


しかし、小豆あらいなら厨房の裏口から出入りしているので、店の入口からは来ないはずである。

声もあの元気な少年妖怪の声とは思えない。


「はぁーい。どなたですか?」


真宵が戸の鍵を開けようと、入口に近づくと、その袖をグイと座敷わらしが掴んだ。


「開けずともよい。」

座敷わらしが無表情のまま、真宵を止める。


「でも、お客さんよ。なにか困っている妖怪さんかもしれないし。」


「こんな時間に来る客なぞおるまい。それに、招かざる客人というのもおる。」


「もし、悪い妖怪さんなら、迷い家さんが近寄らせないようにしているんでしょう? だったら大丈夫じゃない?」


普段から、比較的陽気で害のない妖怪と交流しているために、真宵には妖怪に対する警戒心が薄い。

それは、妖異界で仕事をするにあたって、大きな長所でもあるが、短所でもあると、座敷わらしはおもっていた。


「悪意や害意がないからといって、善良なものだとは限らんぞ。まして、積極的に関わるべきかどうかといえば、さもあらん。」


「ずいぶん冷たいのね。悪い妖怪さんじゃないんだったら、困ってるときは助けてあげなきゃ。ね。」


真宵は聞く耳をもたず、鍵を外し戸を開けた。



「・・・あ、ありがとうございます。開けていただいて・・。」


そこに立っていたのは、薄汚れた着物をまとった女性だった。

髪には艶がなく、まるで何年も櫛も鋏もいれていないようにパサパサで伸び放題だった。

顔色も悪く、痩せこけていて笑った唇がカサカサにひび割れて痛々しい。

そして、その細い両手で大事そうに産着でくるんだ赤ん坊を抱いていた。


「・・ウブメか。」


後ろに立っていた右近が小さくつぶやいた。

しかし、真宵の耳には届いていなかった。


「こんばんは。どうかしましたか?」

真宵は女性の身なりや風貌は気にせず聞いた。


「あの・・・、ここが食べもの屋さんだってうかがって・・・。申し訳ありません。お金がないんですけど、なにか食べものを分けていただけないでしょうか? この子のぶんだけでいいんです。」


女性は大事そうに子供を抱きしめながら、頭を下げた。


「え? 赤ちゃん? うちに赤ちゃんの食べられるものなんてあったかしら? ご飯は賄いでみんな食べちゃったし、おはぎが今日は売り切れちゃったし、残ってるのは、おまんじゅうと羊羹くらいしか・・。あ、ところてんも残ってる・・けど、赤ちゃんにそんなもの食べさせて大丈夫なのかな?」


いきなり赤ん坊の食べられるものといわれても、出産経験も育児経験もない真宵には、なにを食べさせていいかわからなかった。粉ミルクや離乳食などあるはずない。

まして、この女性も子供も、おそらくは妖怪である。


「この子はもうなんでも食べられます。・・・あの、できれば甘いお菓子を食べさせてあげたいんです。残り物でもなんでもかまいません。いただけないでしょうか?」


女性は、何度も何度も頭を下げる。


「え?もう食べられるんですか? そんなにちっちゃいのに? わかりました。あまいものがいいんですよね? おまんじゅうでよければ、差し上げます。すぐ持ってきますんで、ちょっと待っててくださいね。」


真宵は急いで、厨房へと走っていった。


「・・・・いいのか?」

右近が小さな声で、座敷わらしに聞いた。


「・・・・。止めたところで聞くまい。好きにさせてやれ。危害をくわえる気はないだろうしな。」

座敷わらしは固い表情で応えた。




「はい。おまたせしました。おまんじゅうがはいってますから。あと竹筒にはお水がはいってます。赤ちゃんだから、お茶よりいいとおもって。沢女ちゃんのだしてくれるきれいなお水だから安心してください。」


真宵は包みを手さげのように結び、女性の腕に掛けてあげた。これで、赤ん坊を抱いていても、持って帰ることができる。


「ありがとうございます。ありがとうございます。これで、この子も元気になります。」


「赤ちゃんの分だけじゃなくて、あなたの分のおまんじゅうもはいってますから、食べてくださいね。」


女性は何度も何度も頭を下げると、夜の闇の中に消えていった。




「ほら、なんともなかったでしょう?」


真宵は少し得意気に言った。


「そうじゃな。」


座敷わらしの表情はまだ固い。


「でも、大丈夫かしら? あんなに小さな赤ちゃん抱いて、こんな夜中に。今晩寝るところあるのかしら? 赤ちゃんが風邪でもひいたらたいへんだわ。」


いまにも、探してきて一晩泊めてやろう、と言い出しそうだった。

座敷わらしは仕方なく口を開く。


「その心配はないじゃろう。赤子は本物ではない。おそらく、石か丸太かなにかじゃろう。」


「え?」


「マヨイどの。あれは姑獲鳥だ。」

右近が教えた。


姑獲鳥うぶめ

産女、憂婦女鳥とも書く。

赤子を抱いて徘徊する女性妖怪。


「姑獲鳥は、孕んだ女が事故や産褥で亡くなったとき、自分の子供も亡くしたことを認められずに、愛情と執着で凝り固まって妖怪化したものじゃ。石や丸太を子供と思い込んで抱き続ける。成仏するまでな。」

座敷わらしが右近の後に続けた。


「さっきの赤ちゃん、偽者だったの?」


「まあ、わしらから見ればな。姑獲鳥は自分の子だと信じておる。」


たしかに泣き声ひとつあげなかった。

だが、真宵には赤ちゃんの顔も肌の色も見えており、あれが石や丸太だとは信じられなかった。


「昔は、孕んだ女が死んだとき、腹を裂いて子供の遺体を取り出し、抱かせた状態で埋葬したそうじゃ。」


「そんな・・・。」

ひどいことを・・・。

と続けたかったが、口に出せなかった。

それが、どんな意味を持つのか真宵にはよく理解できない。


「遺体の腹を裂く事と姑獲鳥となって彷徨い続けること。はたして人間にはどちらが残酷なことなんじゃろうかのう。」


真宵はショックを隠し切れなかった。


「・・・成仏できないって、幽霊みたいなものなの?」


「幽霊なら祓うなり清めるなりして、成仏させることもできるがな。姑獲鳥は妖怪じゃ。本人が自分で気づくまで成仏することも消えることもない。彷徨い続けるだけじゃ。」


「気づくってなにを?」


「子供が死んだことを、じゃ。」


子供がすでに死んでいることに気がつかず、石や丸太を抱いて彷徨う。

子供の声を聞くことなく、どこかにたどりつく事もなく、ただ、冷たい石や丸太を抱いて。


「・・・・私が教えてあげちゃ駄目なの?」


「べつにかまわん。」


「いいの?」


意外な答えに驚いた。

それなら簡単なことのように思えた。


「じゃが、それで成仏するとは限らん。」


「え?」


「ひとから言われて納得するなら、姑獲鳥になどなるまい。マヨイ、たとえばおぬしは、いきなり他人から、両親が死んだといわれて納得するか? 信じられず、連絡を取ろうとしたり、遺体をたしかめようとするのではないか?」


「それは・・・。」


そのとおりだろう。

大事なひとを失えば、それを受け入れるのは時間がかかる。

まして、他人からの伝聞だけでは、そう簡単には納得できるわけない。


「マヨイ。世の中には何十年も前に死んだ子供の年を数える親がおる。戦地で死んだ息子の死を信じられず葬式をだせぬ親がおる。孕んだ女は死産しても、乳が張って治まらぬことがある。言葉で伝えたところで、理解できるのは頭でだけじゃ。頭でわかるのと、心や身体が受け入れるのではまったく意味が違うからな。」


「・・・・・。じゃあ、私が教えても意味がないのね。」


「・・・必ずしもそうとも言えぬ。」


「え?」


「もしかしたら、マヨイの言葉で納得して受け入れるかもしれん。じゃが、逆に意固地になってさらに成仏できなくなる可能性もある。」


真宵は血の気が引くのを感じた。

意味がないならまだいい。徒労に終わるならそれでいい。

それは、真宵の問題だ。

真宵の努力が実らなかった。がんばったけど無駄だった。

残念かもしれないが、逆に言えば残念なだけですむ。

だが、それで相手を傷つけたり、事態をこじらせれば、真宵の気持ちだけの問題ですまされない。

助けてあげるつもりでしたが、相手をさらなる地獄へ突き落としました。いいことをするつもりでしたが、相手を苦しめるだけでした。

それで、残念のひとことですまされるわけがない。

正直、そこまで深く考えてはいなかった。考えようともしなかった。


「マヨイ。先ほど、姑獲鳥に饅頭をやったな。もしかしたら、マヨイの優しさに触れて、頑ななこころが綻びを見せるかもしれん。じゃが逆に、マヨイが赤子がいることを肯定したせいで、さらに子供の死を受け入れなくなるかもしれぬな。」


真宵は唇や指先が冷たくなっていく気がした。

自分がやったことで、あの女性妖怪が成仏するのを遠ざけた可能性があるのだ。

困っている妖怪に優しくするのは良いことだと、信じて疑わなかった自分がとても薄っぺらく愚かに感じる。


「姑獲鳥は絡みもつれた糸のようなものじゃ。解こうと引っ張ってみればさらに難くもつれてしまうやもしれん。」


「俺はマヨイどのの優しさで、良いほうに向かうのではないかとおもう。」


みかねた右近が、フォローをいれた。

しかし、それを聞いても真宵の心はすこしも楽にはならなかった。


「・・悪意や害意がないからといって善良だとも正しいとも限らん。また、優しさや善意でおこした行動でも必ずしもよい結果を生むとは限らん。」


場合によっては、優しさからでた行動が最悪の結果を生むこともある。


「わしも、あの姑獲鳥が一日も早く成仏することを祈っておるよ。」


座敷わらしは、それを最後に口を閉じた。




その晩、真宵は部屋に戻っても、なかなか寝付くことができなかった。







読んでいたただいた方、ありがとうございます。

今回の妖怪は「姑獲鳥」でございます。

ちょっと設定がアレな妖怪さんなので、暗い話になってしまいました。

ほのぼの系が好きな方、ごめんなさい。


ちなみにこのお話だと「姑獲鳥」より「産女」のほうがいいかとおもいますが、「姑獲鳥」の字面が好きなのでこっちを使いました。鳥さん要素はゼロでしたが。

私事ですが、昔、はじめて姑獲鳥って名前を知ったとき、勝手に想像で、

しゅうとめ捕らえてついばむ妖怪か・・。こわー。

とか思ってました。

嫁姑の関係って昔から怖いんだなーとか。

お恥ずかしい。


ほんとはもともと中国の妖怪で、捕まえるには他人の子供で、おしゅうとめさんは関係ないみたいです。

中国語では姑はいろいろな意味でつかわれるので、おしゅうとめさんとは限らないみたいです。

若い女性を姑娘クーニャンとかいったりしますよね。


そんなことで「姑獲鳥」って名前にはなんとなく愛着があったりします。産女より妖怪っぽい名前ですしね。

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