42 運ぶもの急ぐもの
登場妖怪紹介
『女郎蜘蛛』
『古都』にある花街に棲む美女妖怪。
その美貌で捕らえた男を離さないとされるが、実は正体は蜘蛛の妖怪である。
甘いものも好きだが、それ以上にお酒好きで、《カフェまよい》でお酒を提供してくれる日が来るのを願っている。
花街は苦界とされ、そのため様々な妖怪が生まれている。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
開店からすでに二ヶ月以上が経ち、多くの妖怪たちが訪れ、その料理や菓子に舌鼓を打った。
なかには、その味に魅了され、あししげく通う『常連』と呼ばれる妖怪も多い。
食い逃げとつまみ食いで、店主を困らせている『ぬらりひょん』。
みためとは裏腹に妖異界一の大食いである『ふたくち女』。
ランチのために、朝一番に並ぶ『見上げ入道』と『一つ目入道』。
ぬか漬をこよなく愛し、裏メニューとして注文する『河童』。
現在、従業員として働いている『烏天狗』の右近も、元常連だ。
だが、ある意味、その常連たちよりも繰り返し、店に足を運んでいるものが存在する。
従業員ではないが、また違うかたちで店を支えるもの。
「いらっしゃいませー。お好きな席にどうぞ。」
真宵の声が店内の響いた。
最近はランチタイムは右近が客席を担当し、真宵は厨房で調理に専念している。
それが終わった後は、交代しながら仕事をしている。
今は、真宵が客席担当だ。
「こんにちは、まよいちゃん。今日のおまんじゅうはなあに?」
「こんにちは、女郎蜘蛛さん。今日のおまんじゅうはヨモギ饅頭ですよ。」
「あら、ステキ。アタシ、ヨモギ饅頭大好き。」
「うーん。私も今日は『おまんじゅうセット』にしようかしら。」
三人の客は『女郎蜘蛛』『毛倡妓』『骨女』。
花街に棲む三美女妖怪だ。
今日はそれぞれ緋色、山吹色、紺碧色の艶やかな着物で着飾り、来店している。
それぞれ別々に来店することもあるが、ときどき今日のように一緒に来て女子会のようなことをやっている。
楽しそうに話す三美女のあとから、ひとりの男性が店に入ってきた。
「あら。輪入道さん。」
男は禿げ頭をなでながら、こっちを見ていた。
「ああ、おれはそいつらとは、別なんだが・・・。」
「ああ、はい。ちょっと待ってくださいね。・・・座敷わらしちゃん、女郎蜘蛛さんたちの案内おねがいできる?」
真宵は、三美女妖怪を座敷わらしに任せ、輪入道と向き合った。
『輪入道』
炎に包まれた牛車の車輪に禿げ頭の入道の顔がついた妖怪。
いま、来店しているのは、人間の姿で首の周りにおおきな車輪がついている。
禿げ頭に太い眉毛と厳つい顔、まるで昭和の漫画に出てくる頑固親父のような風貌に、エリマキトカゲみたいに首に車輪がくっついているために、なんともコミカルな見た目になっている。
「おまたせしました、輪入道さん。今日はどうされますか?」
「ああ、これからもう一件仕事がはいっているんでな。あとで取りに来るんで、四個入りおはぎを用意しといてくれるか?」
「はい。かしこまりました。 いつもごくろうさまです。輪入道さんのおかげで、うちの店もいろんなお客さんが来られて助かっています。」
「いや、おれのほうこそ、この店のおかげで仕事が増えてな。ありがたいとおもってるよ。それじゃあ、おはぎの件、よろしくな。」
輪入道は足早に店を後にした。
輪入道の仕事は車力。
車を使って、人や荷物を運ぶ仕事である。今で言うタクシーと運送業のようなものだ。
《カフェまよい》は『遠野』の山間にある峠に存在する。
景観はすばらしいが、交通の便がいいとは言えない場所で、様々な妖怪が訪れることができるのは、輪入道のような妖怪が活躍しているからだ。
先ほど来店した女郎蜘蛛たちも、普段は『古都』と呼ばれる妖怪たちの多く棲む都の花街で生活している。
烏天狗のように、翼でもあれば別だが、そうそう頻繁に通えるような距離ではない。
いまも、輪入道が運んできたというわけだ。
輪入道に頼んでいるのは女郎蜘蛛たちだけではなく、多くの客を抱えているので、彼自身はまともに茶屋でくつろぐ時間はほとんど取れない。
たいていは、持ち帰りのおはぎやまんじゅうを頼んで、ちょっとした隙間の時間でかぶりつくのがやっとというところだ。
「輪入道さん、いつも忙しそうねぇ。」
真宵は感心した。
見た目だけなら還暦近い感じなのに、ゆっくり休憩をとる暇もないくらい働いている。
たまには、店でゆっくり茶でも飲んでほしいのだが、お客が待っているとなると、そうもいかないのだろう。
(そうだ!)
真宵は、ふとアイデアが浮かび、すぐにそれを実行に移した。
「右近さーん。悪いんだけど、ちょっと客席と厨房を交代してもらえます?」
「おーい。さっき、おはぎの持ち帰りを頼んだんだが、できているかい?」
またひとり客を運んできた輪入道は、額に少し汗をにじませている。
「はーい。ちょっとお待ちください。」
真宵は一度厨房に戻ると、包みをふたつ持って出てきた。
「はい。こちら、おはぎ四個入りです。それからこっちはいつもお世話になっているのでサービスです。」
真宵はふたつの包みを輪入道に渡す。
「サービス?」
「はい。山菜の炊き込みご飯をおにぎりにしました。山菜がたくさん手に入ったんで、今日のランチでもお出ししたんですけど好評だったんですよ。」
「もらってもいいのかい?」
「ええ。おにぎりならちょっとした時間に食べられるでしょう? あと竹筒に冷たいお茶がはいってるんでいっしょにどうぞ。お茶なしだとおにぎりもおはぎも食べにくいでしょうから。」
「へぇー。こりゃありがたい。至れり尽くせりだな。」
輪入道は厳つい顔を崩して、喜んだ。
「あ、できれば、竹筒だけはまたいつでもいいんでついでのときに返却してもらえますか?」
竹筒の水筒は、煮て消毒した竹を節で切って穴を開け、栓をしただけの簡素なもので、別段高価なものではないのだが、新しく作ろうとするとそれなりに手間がかかる。
ケチくさいかもしれないが、できれば使い捨てにしてほしくはないのだ。
「ああ。了解した。しかし、うれしいねぇ。山菜の炊き込み飯か。」
輪入道はおにぎりのはいった包みを鼻にあててにおいをかぐ。
「ああ、山菜のいいにおいがする。ここの飯はウマイウマイって、いろんな客から聞いてたんだが、なかなか食う機会がなくてな。昼時はとくに運んでくれって客が多いし。こんなかたちで食えるとは思っていなかった。ありがたくいただくとするよ。」
輪入道は丁重に礼をすると、おはぎの代金を支払った。
「あっ。輪入道。そろそろ帰ろうとおもっているんだけど、いまから乗せていってもらえるかい?」
客の妖怪の一人から声がかかった。
「おうよ。いまならすぐ出せるぜ。乗っていきな。」
輪入道の仕事は、《カフェまよい》に負けず大繁盛のようだった。
「ふぅ。やっと一息つけるな。」
輪入道はあれから三組の客を乗せて運び、やっと少し休憩する時間が取れた。
よく休憩に使う常緑樹のトネリコの樹の下で座ると、待ちかねたように包みを取り出し開ける。
おそらく真宵が握ったのであろう、少々小ぶりな三角形のおにぎりが三つ並んでいる。
たまらずひとつ持ち上げかぶりつくと、山菜のかるい塩味とご飯のあまみが、口の中でほぐれ、空腹を満たしていく。
ワラビにゼンマイ、蕗、いろいろな山菜がごろごろはいった炊き込みご飯は、山菜の味をひきたてるために出汁の味はこころもち控えめにされている。
山菜の、少し青臭さの残る野趣は、屋外で食べるとまた格別だ。
輪入道がまたもうひとくちかぶりつくと、今度は山菜とは違うコリッとした感触に出会う。
筍だ。
「ほぉ。こりゃあ贅沢だな。」
まったくエグみのない、硬すぎもなく、柔らかすぎもない、心地よい食感の筍が炊き込みご飯のアクセントとして使われている。
みためは素朴なおにぎりだが、なかなかどうして贅沢な一品である。
輪入道はおにぎり一個をペロリとたいらげると、竹筒のお茶をながしこんだ。
ゴクゴク。
「おっといかん。あんまり美味いんで全部飲んでしまうところだった。」
竹筒のお茶はさすがにキンキンに冷えているというわけにはいかなかったが、一日中走り回って乾いているのどを潤すには十分に冷たかった。
そして茶葉のほのかな甘みと苦味が疲れた身体に生気を取り戻す。
すると、もう一度火がついた食欲は止めることができず、瞬く間に三つのおにぎりは腹の中へと消えていた。
「ハァ。うまかった。これはなんとかして、またつくってもらえんかなぁ? 山菜の炊き込みごはんは無理にしても、普通の握り飯と茶だけでも・・・。」
輪入道は切実に思った。
疲れたときにおはぎのような甘いものもよいが、今日のようにいい陽気の日には、ちょっと塩味のきいた握り飯や冷たい茶が御馳走になる。
もちろん、次は無料でもらおうなどと、あつかましいことは考えていない。ちゃんと代金を払って購入したい。
「一度、嬢ちゃんに交渉してみるか・・・。」
輪入道は本気で考えていた。
「お、いかんいかん。あまりゆっくりしてると、次の客を待たせることになる。」
輪入道は立ち上がると、再び仕事へと戻っていった。
次の客が待っている。
行き先はおそらくまた、あの甘味茶屋であろう。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
今回の妖怪は「輪入道」です。
いろんな妖怪はどうやって峠の茶屋である≪カフェまよい≫にやってきているのか?
もっとはやめに書こうと思っていたおはなしですが、タイミングを逃してました。
たぶん、また登場する妖怪さんだと思います。




