41 猿山の恵み
登場妖怪紹介
『烏天狗』 右近
《カフェまよい》の従業員。
元鞍馬山の御側衆。
元々《カフェまよい》の常連だったが、店の人手不足を聞きつけ、従業員に志願する。
真面目で無表情。融通が利かない一面もある。
現在、料理人を目指して奮闘中。
好きな食べ物は『おはぎ』
とくに、こしあんときな粉がお気に入りである。
妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。
中天前の開店から約二時間はランチタイムだ。
現在、この時間帯は客席の担当は、新人従業員の右近に任されている。
真宵が見繕った濃紺のエプロンを身に纏い、忙しく接客に勤しんでいる。
「いらっしゃいませ。空いている席へどうぞ。」
いつものように、接客業にしては少々無愛想な態度で客を出迎えた。
本人としては、そんなつもりはないのだが、生来、感情を表に出さないタイプなので、まわりには冷たい印象を与える。
「おーぉ。ちょっくら邪魔させてもらうじょう。」
「ウヒヒ。なんかええ匂いがしとるのぉ。」
入ってきたのは、大きな身体をもつ二匹の猿の妖怪だった。
「『狒狒』に『猩猩』ではないか。珍しいな。山から降りてくるなんて。」
『狒狒』
老いた猿が変異したといわれる猿の妖怪。
見た目は巨大なニホンザルで怪力の持ち主。
よく笑い、その笑い声が名前の由来とも言われる。
『猩猩』
赤と黄色の派手な体毛を持ったオランウータンのような見た目の猿の妖怪。
酒好きの妖怪としても知られる。
どちらも、山の中で生活してめったに下界には下りて来ない。
「ウヒヒ。鞍馬山の烏天狗ではないか。ひさしぶりだのぉ。」
狒狒は大きな身体を揺らしながら笑う。
「鞍馬山はもう降りた。今はここの従業員だ。」
「烏天狗が鞍馬山から出るとはめずらしいじょう。」
猩猩は、おおきな腹をさすりながら言った。
「俺のことはいい。食事なら、どうぞ好きな席に座ってくれ。」
右近はふたりに着席を促した。
「おーぉ。すまんが、先にマヨイ嬢ちゃんを呼んでほしいじょう。」
「マヨイどのを? なにか用か?」
返答を聞く前に、ふたりの来店に気づいた真宵が厨房から出てくる。
「あっ、狒狒さん猩猩さん、こんにちは。」
「マヨイどの。狒狒と猩猩と知り合いなのか?」
右近にとっては意外だった。
狒狒も猩猩も、山奥に棲んでめったに下りて来ない妖怪だ。
店の客としても見たことがない。
「いえ、一度だけいらっしゃったことがあるだけなんですが。」
真宵はなにか含めたような言い方をした。
「ウヒヒ。わしら、山んなかで生活しとるもんじゃから、あまり金をもってなくてのぉ。」
「嬢ちゃんに相談したら、山の木の実やら山菜やらを持ってくれば、金に換えてくれるって言ってくれたんじゃじょう。」
右近は真宵に視線を送る。
「ええ。燻製つくりのときにオシラサマに木屑をもらって思ったんですけど、もともとこっちの世界にあるものなら、わざわざ全部、人間界から持ってこなくてもいいかなって。」
基本、《カフェまよい》でつかわれている食材は人間界のものだ。
肉にしても野菜にしても、人間の手で食用に作られたものは、持ってこなければ仕方ないが、もともと、自然に存在しているものなら、わざわざ持ち込まなくても、妖異界で調達できるのではないかと考えたのだ。
「とりあえず、山菜とか筍とかもってきたんだじょう。」
「ウヒヒ。筍は言われたとおり、朝、掘ってきたばかりのものだぞぉ。」
そう言うと、ふたりはそれぞれ持ってきた包みを開けてみせる。
真宵なら両手で抱えるほどの大きさの包みに、山菜やら筍がいっぱい詰まっていた。
「まあ、りっぱな筍。それにワラビにぜんまい、蕗に、これはイタドリかしら。あっ、ヨモギもこんなに。明日はヨモギ饅頭にしましょうか。」
真宵は大喜びではしゃいだ。
「あ。ごめんなさい、つい、テンションがあがっちゃって。えーと、それで買取の値段なんですけど・・・、ひとりあたり、これくらいでどうでしょう?」
真宵は、値段を提示した。
それは、《カフェまよい》で十回ランチを食べて、少しおつりがでる金額だった。
妖異界の物価や山菜の値段の相場はわからなかったが、少なくとも店で出している料理の値段と比較すれば、ボッタクリでもサービスしすぎでもないように思われた。
「おぉ。じゅうぶんだじょう。それでおねがいするじょう。」
「ウヒヒ。これで、今日はランチが食えるぞぉ。」
「はい。じゃあ、先に代金をお渡ししますね。ちょっと待っててください。」
真宵は一度、厨房のほうに戻ると、代金をもって帰ってきた。
「はい。ちゃんとあるか確かめてくださいね。」
「おぉ。ありがたい。これで、とうぶん飯代にはこまらんじょう。」
「ウヒヒ。今日は食うぞぅ。メニューはなんじゃろうのぅ。」
「今日はお魚ですよ。『鰆の幽庵焼き』です。」
「ほぉ。うまそうだじょう。」
「ウヒヒ。それを頼むぞぉ。」
「はい。ランチふたつですね。かしこまりました。」
真宵は、山菜の詰まった包みを持って戻ろうとしたが、重くてふたつは持てなかった。
「マヨイどの。それは俺が運ぶので、ランチのほうをお願いできるか?」
右近は、荷物を軽々ふたつとも持ち上げた。
「はは。じゃあ、お言葉に甘えて。お願いしますね、右近さん。」
真宵は厨房へと戻っていった。
「おまたせしました。今日のランチ『鰆の幽庵焼き』です。」
右近はテーブルに注文の品を並べた。
「ほぉ。うまそうだじょう。さわらってゆうのは魚の名前か?」
「ああ。海の魚だ。ここらへんでは珍しいな。冬から春にかけては脂が乗って旨いらしい。」
「ウヒヒ。幽庵焼きってのはなんだぁ。」
「調味料に漬けてから焼く方法らしい。名前は創作したものの名が由来らしいが詳しくは知らない。」
右近は、今朝、真宵に聞いたばかりの知識を披露する。
「それでは、ごゆっくり。」
右近はその場を離れた。
「ウヒヒ。それではいただくとしよう。」
「いただくとするじょう。」
ふたりの猿妖怪は箸を器用に使い、鰆をひとくち食べる。
「ウヒヒ。これは身がしっとりして脂がのってうまいのぉ。」
「ほんに、川魚とはだいぶ違うじょう。」
普段、山の奥で暮らす猿妖怪にとって、魚といえば岩魚やヤマメなどの川魚だ。
それはそれでうまいが、これほど脂ののった魚は普段食べられない。
「ウヒヒ。味付けもいいのぅ。そこはかとなく柚子の香りがするぞぉ。」
「醤油の塩梅もいいじょう。白飯がすすむじょう。」
ふたりは、どんどん箸がすすみ、ランチをたいらげた。
「ウヒヒ。うまかったのぉ。」
「うまかったじょう。」
「・・・・。」
「・・・・。」
「ううむ。まだ、食い足りんじょう。」
「ウヒヒ。おかわりすればいいんだぁ。」
「そんなに無駄遣いしたら、すぐに金がなくなるんだじょう。」
「ウヒヒ。そしたら、また山菜や木の実を採ってくればいいんだぁ。」
「それもそうだじょう。」
「ウヒヒ。おかわりするぞぉ。」
「「おーい、こっちにランチをもうふたつ!」」
ふたりの大猿妖怪の腹を満たすには、一人前では足りなかったようだ。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
今回の妖怪は「狒狒」「猩猩」です。
お猿さん妖怪ですね。
カタカナでヒヒ、ショウジョウって書くより、漢字で書いたほうが、妖怪っぽくって、なんか好きです。




