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妖怪道中甘味茶屋  作者: 梨本箔李
第二章 若葉
40/286

40 乙女の危機

登場妖怪紹介


迷い家マヨイガ

『遠野』に棲む古参妖怪のひとり。

本来、山や森で迷って困っている人間に、一晩の宿と食事を与えてくれるホスピタリティーに富んだ妖怪。

その際、家の中にあるものをひとつだけなんでも持っていってよいというお土産つき。

現在は、真宵の祖母との約束で真宵に力を貸し、妖異界で《カフェまよい》の経営に協力している。

迷い家は、その用途と要望に応えて、間取りや内装を変えることができ、いまは、茶屋の店舗部分と母屋の住居部分の併設構造になっており、茶屋の厨房から行き来できるようになっている。

セキリュティは完璧で、悪意や害意のある妖怪や出入り禁止にした妖怪は、たとえあの『ぬらりひょん』であっても侵入することができない。

反面、情にもろいのか、悪意や害意のない妖怪に関してはついつい門を開いてしまうらしい。

普段は日本家屋の姿をしているが、人間の姿をした分身体をつくり、しゃべったり食べたりもできる。しかし、その姿を見せるのは昔馴染みの妖怪の前だけで、真宵にすら、その姿はみせていない。



妖異界にただひとつ、人間の店主が営む茶屋 《カフェまよい》。

現在は朝の仕込みを終えて、開店前に軽く食事をとりながら、従業員同士のミーティングという名の雑談がおこなわれている。

以前は、朝は息をつく暇がないほど忙しかったのだが、右近という新しい従業員が増えたおかげで、このような時間もとれるようになった。



「ええ?右近さん、森で野宿しているんですか?」


真宵は驚いて声を上げた。

なにげない雑談の流れからでた話題であったが、真宵にとっては看過できない事実があきらかとなった。


「ああ。鞍馬山の仕事は辞めたからな。御山の仕事を辞したものが、御山の施設を利用するのでは、筋が通らないだろう?」


右近はこれまで、鞍馬山にある宿舎で生活していた。所帯を持ったものを除けば、ほとんどの烏天狗がそこで寝泊りしている。所謂、鞍馬天狗の独身寮のようなものだ。

しかし、右近が御山を降りるにあたり、宿舎を引き払い、通勤に便利な《カフェまよい》の近くの森に居を移していた。


「でも、森で寝泊りなんて、危険じゃないの?」


「べつに、危険などない。木の上で寝ているだけで、別段、不便な事もないしな。」


「木の上で寝てるの?!」


しかし、驚いているのは真宵だけで、ほかの面々は特に興味を示さない。


「真宵。右近は烏天狗じゃぞ? カラスが木の上で寝て、なにもおかしいことはあるまい?」

座敷わらしが、諭す。


たしかに、右近はみためは長身の若者で人間にしか見えないが、実は真っ黒な大きな嘴と翼を持ったカラスの妖怪である。

カラスが木の上で寝るのがおかしいか?と問われたらなにも言えない。


「マヨイどの。もし、衛生面のことを気にしているのなら問題ない。毎朝、来る前に川で水浴びをしている。」


「水浴びって、まだ、四月の終わりですよ? 風邪をひいたらどうするんです?」


「水浴びといっても、カラスの行水では、あまり意味がないぞ。右近。」

座敷わらしが茶化す。


「問題ない。マヨイどのに、飲食業は衛生観念が重要と教えてもらった。身体や髪だけでなく、身につけるものも、鞍馬山にいたときよりも清潔に保つことを心がけている。」


あくまで真面目に返す右近に、厨房の面々の笑いがこぼれる。

かなり大事な問題だと考えているのに真剣にとりあってもらえない。納得できない真宵は食い下がる。


「で、でも、他の烏天狗さんは、普通に屋根のある家で、寝起きしているんでしょう?」


「ああ。まあ、雨風が凌げるにこしたことはないからな。俺も、ゆくゆくはなにか小屋のようなものを建てようとはおもっているが・・。」


「だったら、ここに住めばいいじゃないですか!?」


和やかだった会話が、真宵の一言で、ぴたりと止まった。


(あれ?あたし、けっこう大胆なこと言っちゃった?)


「・・・それは、右近に、この家に住めということか?」

座敷わらしが確認してくる。


(う・・、どうなのかしら? 妖怪さんとはいえ、若い男性と一つ屋根の下で一緒に暮らすってゆうのは。でも、右近さん、ほんとはカラスさんだし。二人っきりってわけじゃないし。でも、やっぱり、嫁入り前の娘としては、問題ありなのかしら?)


思いつきで口走ってしまい、真宵が返答に困っていると、座敷わらしのほうが先に言った。


「まあ、良いのではないか。 迷い家もべつに反対はしないだろう。」


(え?いいの?)

真宵は自分で言い出しておきながら、あまりにあっさり納得されたので拍子抜けした。


「俺としても、行き帰りの時間が節約できるのはありがたいが、いいのか?」

右近はいたって真面目だ。


「え、ええ。もちろん。部屋はたくさんありますし、大事な従業員を野宿させるのは福利厚生的にもいろいろどうかとおもいますし、・・べ、べつにふたりっきりで住むってわけじゃありませんものね。ハハ。」


真宵は笑って誤魔化した。

それを、右近は真面目に返した。


「そうだな。この家には、いろいろ妖怪がいるようだし。」


「そうですよね。座敷わらしちゃんも一緒ですし、沢女ちゃんやかまど鬼さんや冷蔵庫の中にはつらら鬼ちゃんもいますし、いまさら、右近さんがひとり増えたって、どうってことないですよ。ハハ。」


すると、右近は少し困惑した顔をして、窓のほうを指差した。


「いや、それもそうなんだが、俺が言っているのは、ああいった連中のことだったんだが・・・・。」


意味がわからず、真宵が振り返ると、窓の隙間から人の顔がこっちを覗いていた。


「きゃああああああああ!!!」


真宵の悲鳴が、響き渡る。


「だれ?だれ?いまのだれ? なんで、あんなとこから覗いてるの?」


真宵が説明を求めるも、周りの反応は冷めていた。


「なんだ。ここに棲んでいるんじゃなかったのか?」

「誰といわれても、『しょうけら』じゃろう?」

「ウン。『しょうけら』ダナ。」


「ちょっと!座敷わらしちゃんも小豆あらいちゃんも知ってたの?!」


「知っていたというか、毎日のように来ておるしな。」

「オレが、店に来たときからずっといたゾ。」


突然知らされた事実に、呆然としていると、右近がすばやく裏口から出て行くと、屋根まで飛び上がり、あっという間に不審者妖怪を捕まえて戻ってきた。


『しょうけら』

精螻蛄しょうけらとも書く。

天井や窓から人間の生活を覗く妖怪。


「ちょ、ちょと旦那。あっしがいったい何をしたってゆうんですか?!」


「いや、許可を得て棲みついているんだとばかり思っていたが、そうじゃないんだろう? ならば、家主にひとことくらい挨拶するのがスジだろう。」


右近に首根っこを掴まれ、引きずられるように連れてこられたのは、四十代の中年男性のような妖怪だった。お腹がポッコリ出ていて、手足がちょっと短い。人間ぽくも見えるが、手の指が三本で鉤爪になっており、目が半分飛び出しており、ちょっと爬虫類っぽい。


「なんなんですか? あなた、なんで店の厨房を覗いてたりするんですか?!」


「あ、あっしは、しょうけらってもんです。なんで覗いてたっていわれても・・。」

しょうけらは頭をかいた。


「しょうけらは覗くのが仕事みたいなもんじゃからのう。」

座敷わらしがつぶやく。


「う、うちの厨房なんか覗いたって、意味ないでしょう?」


「そんなことはねぇですよ。」

しょうけらが反論する。

「今日のランチは肉か魚かとか、まんじゅうはなにかとか、おはぎはなにかとか、知りたがる妖怪はおおいんですよ。」


「そうなの?」


真宵は思わぬ事実に仰天した。

そして、あることに思い当たる。


「もしかして、酒蒸し饅頭をつくってる日、他の妖怪さんにおしえてたりします?」


「ええ、ええ。あのお酒を使った饅頭ね。あれをつくってたらすぐに教えてくれっていう妖怪は多いんですよ。」


それでか。

真宵は納得した。

酒蒸し饅頭をつくった日は、狙い済ましたように来店するのんべぇ妖怪が何組かいる。

告知しているわけでもないのに、どうやって察知しているのか不思議でしょうがなかったが、これで納得がいった。


「でも、そんなの聞いてくれたら、教えてあげたのに。なんで、覗いたりするんですか!」

真宵は憤慨した。


「なんでといっても、しょうけらじゃからのう。」

「マヨイ!しょうけらはこっそりノゾく妖怪だゾ。」


座敷わらしと小豆あらいの言葉に、しょうけらはウンウンとうなずいた。


「もう。勝手に覗かれるとびっくりするんですよ!」

真宵は腕組みをして、しょうけらを睨みつける。


「だいたい、いい大人がのぞきなんて・・・。」


真宵は、言葉の途中で、あることに気づいて顔色を変える。


「・・・しょうけらさん、あなた、まさか母屋のほうまで覗いたりはしてないでしょうね?・・・私の部屋とか・・。」


しょうけらはすっとぼけて、しらじらしく口笛をふいた。


ぷちっ。


パンパンパンパンパン!!!


真宵の何かがブチ切れて、しょうけらの顔に往復ビンタの連打をお見舞いする。


「いた、いた、いた、いたい。か、勘弁してください。」


「マ、マヨイどの。暴力はだめです、暴力は。」


右近が、なんとかなだめて、真宵を止める。

肩で息をしながら、睨みつけている。まだ、怒りはおさまっていないようだ。


「お、乙女のプライベートを、何だと思っているんですか!!ね、寝顔とか着替えとか、今度覗いたら、承知しませんからね!!」


そういったあと、真宵はさらなる可能性に気づき、顔を青くする、


「しょ、しょうけらさん・・。あなた、まさか、お風呂まで覗いていたりはしませんよね?」


もしそうなら、ただではおかない。と顔に書いてあった。

しかし、しょうけらは、そこの部分はきっぱりと否定した。


「風呂は一度も覗いたことありません。ホントです。あっしは嘘はつきません。」


「そう。・・ならいいのよ。」

あまりにすっぱり否定されたので拍子抜けしたものの、とりあえず安堵する。

しかし、その後に続く言葉は看過できなかった。


「風呂場は『あかなめ』のナワバリですからね。あっしは近寄れないんですよ。」


真宵の表情が凍りつく。


「いま、なんて?」


「まあ、風呂場といえばあかなめじゃろうのう。」

「オレも、風呂場の屋根に張り付いてるのをみたことアルゾ。」


座敷わらしと小豆あらいがこともなげに言った。


「だから!なんでみんな知ってたのに、教えてくれなかったんですか?!」


真宵は、右近のほうを向くと喚いた。


「右近さん!」


「な、なんだ?」


「いまから、お風呂場の屋根に行って、その妖怪さん、ふんじばってきてください!!」


「え?いやしかし・・。」


「いいから、はやく!!」


「わ、わかった。」


いつもとは違う真宵の迫力に負け、右近は裏口から飛び出していった。





ほどなく、右近があかなめの首根っこを捕まえて、戻ってきた。


『あかなめ』

垢嘗め。古い屋敷や風呂屋に棲みつき、浴槽についた汚れを嘗めとる妖怪。


あかなめは形こそ人に似ていたが、濃緑色の肌で赤黒いボサボサの髪をした異形の妖怪だった。

口からはだらりとあごの下くらいまで、舌が垂れている。

おせじにも、かわいいとか、かっこいいとかは言えない風貌である。


「な、なんなんでやんすか? オイラがなにやったってゆうんでやんすか?」


あかなめは理由も知らされず、真宵の前に引きずり出された。

真宵はすでにスイッチがはいっており、店で客を迎える笑顔とは似ても似つかぬ冷淡な顔をしていた。


「・・あかなめさん。アナタ、うちの風呂場を勝手にナワバリにしているそうですね・・。」


「へ?ええ、まあ、ナワバリっていうか、ちょくちょくかよわさせてもらってるでやんす。」


「・・・それで、あなた、お風呂場を覗いたりしてるんですか?」

真宵が詰め寄った。

その顔は並みの妖怪よりよっぽど怖い。


「え? いやいやいや。 オイラはあかなめでやんすから、風呂場を覗いたりはしたことないでやんすよ。ええ、ほんとでやんす。」


「・・ほんとうでしょうね?」


「ほんとのほんとにほんとでやんす。」


「そう。わかったわ。」

真宵はとりあえず安堵した。

しかし。


「オイラはあかなめでやんすからね。覗いたりしないで、ちゃんと皆が風呂から上がったあと、忍び込むようにしてるでやんす。」


「え?」

真宵の表情が一変する。

しかし、あかなめはそれに気づかず、話を続けてしまう。


「だれもいなくなったところで、浴槽や風呂桶を嘗めるのがあかなめの仕事でやんす。いやー、それにしても、やっぱり人間の娘さんがはいったあとの浴槽はひと味もふた味も違うでやんすねぇ。あれ?」


真宵は、あかなめの胸ぐらをつかむと、手加減なしに往復ビンタをお見舞いする。


パンパンパンパンパンパン!!!


「い、いたいでやんす。いたいでやんす。」


「マ、マヨイどの!暴力は、暴力はだめです。気を落ち着けて!」

右近が必死に止めた。


「マヨイ、あかなめに嘗めてもらえば、風呂掃除がらくになるぞ。」

座敷わらしが口を挟む。


「変態行為を容認してまで、お風呂掃除で楽したくありません!!」


真宵は一喝した。


「いいですか?! これからは覗きも変態行為も禁止です。・・・まさか、他にもお仲間の妖怪がいたりするんじゃないでしょうね?」

しょうけらとあかなめに詰め寄った。


「あっしらのほかに妖怪?」

「べつにいないでやんすねぇ。」


「そう。」

真宵はほっとした。


「ああ、あとは『加牟波理入道かんばりにゅうどう』くらいでやんすかねぇ。」

「ああ、たまーーーーーーに顔を出すくらいだから、あっしらとはちょっと違うですけどねぇ」


ピクッと真宵が反応する。


「その、かんばり入道さんてひとは、まさか、風呂場や着替えを覗いたりしてるんじゃないでしょうね?!」


「いやいや、加牟波理入道は、風呂場や着替えなんて覗かないでやんすよ。」

「ええ。それはあっしらも保証します。」


「そう。それならいいのよ。」

安堵の息をもらす。


「加牟波理入道が覗くのは、厠って相場が決まってます。」


「え? かわや・・・って。」


「そうそう。厠できばっているところを・・・。」


「きゃーーーーーー!!!」


パンパンパンパンパンパン!!!


真宵は、ふたりの妖怪を並べて交互にひっぱたく。


「いたい、いたいでやんす。」

「な、なんであっしらが・・・。」


「マ、マヨイどの、落ち着いて。冷静に。」

右近がみたび止めにはいる。


「だ、だいたい、この建物は迷い家さんで、悪い妖怪は閉め出して、はいってこれないはずでしょう?! なんで、こんなにズブズブのセキュリティになってるのよ?!」

真宵がさらに憤慨する。


「迷い家はお人好しじゃからのう。悪意のある妖怪は閉め出すが、悪意のない妖怪にはついつい門戸を開くくせがあるのじゃ。」

座敷わらしがうそぶいた。


「悪意がなかっても、覗きや変態行為は容認しちゃだめです!!!!」

真宵が怒鳴った。


「迷い家さん! 聞いてますか?!」

真宵が家の天井に向かって叫ぶ。


「聞こえてたら返事!!」

さらに叫ぶ。


  ・・・・キコエテイル。


屋敷全体が揺れるように響いて声がした。

迷い家の声である。

ふだんは、あまり話さないが、今はどうやら、真宵の迫力に押されているようである。


「今から、しょうけらさん、あかなめさん、加牟波理入道さんの三人は出入り禁止!! ほかにも、のぞきや変態行為をする妖怪さんがいたら、絶対にいれないように!! 」


「そんなぁ。」

「ひどいでやんす。」

しょうけらとあかなめは、抗議したが聞く耳はもたれなかった。


「わかったわね、迷い家さん。」


返事がない迷い家に苛立つ。


「わかったら、返事しなさい!!」


   ・・・・・ショウチシタ・・。




かくして、本日、三人の妖怪、(うちひとり不在のまま)が《カフェまよい》及び併設する住居部分から追放され、時を同じくして、右近が同居人として移り住むこととなった。





「加牟波理入道は、大晦日に『加牟波理入道不如帰かんばりにゅうどうほととぎす』と唱えると、首が落ちて、金と金運を授けてくれる妖怪でもあるんじゃぞ? マヨイ。」


「トイレを覗かれてでも、金運を授けてほしいなんていう嫁入り前の娘はいません!!!」


真宵の言葉には一理ある。





読んでいただいた方、ありがとうございます。

「しょうけら」「あかなめ」「加牟波理入道」初登場でございます。

が、登場したとたん、出入り禁止になってしまいました。

加牟波理入道に関しては、名前だけで登場すらできてません。


蛇足ですが、このおはなし、残酷描写もエロもでてこないほのぼのばなしなんんですが、いちおうR15になっております。

書くときに、「あかなめ」とか出すときにちょっとエロ描写とかはいっちゃうかもなー。っておもい、いちおうR15にしておいたのですが、必要ありませんでしたね^^;

まあ、もしかしたら後々書きたくなるかもしれないので、いいとしておきます。


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